マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争   作:ロマニ

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第十六夜

「これは……何があったんだっ」

 

 もはや見る影も無くなった間桐邸の明朝。雁夜の目にまず映ったのは、桜とすぐ側で倒れ伏したアラジンである。ぎゅーっと笛を握り締めながら体を横にするアラジンへ、桜が異常な行動を取っていた。

 接吻——いわゆるキスである。倒壊した間桐邸で、桜はアラジンの唇を見事に奪っていた。

 これだけ聞けば、子供らしからぬ盛りっぷりに頭を悩ませるであろう。

 けれど、桜がアラジンとキスしているのには理由がある。

 魔力の枯渇。

 それを防ぐため、桜は本能的ではあるものの、己の体液を休むことなくアラジンへ与え続けたのだ。

 

『カリヤ、桜はアラジンに魔力を与えています! あの笛を取り上げてください!』

 

 そういった魔術的事情をすぐに察したのは、他でもないランスロットである。

 アラジンの膨大だった魔力が切れかかっており、その生命線を桜が健気に維持している。一眼見ただけで見抜いたのは、流石は英雄と言うべきか。機能不全まで陥り掛けていた雁夜を正気に戻し、事情を手早く説明してみせた。

 ランスロットから事情を聞かされた雁夜は、慌ててアラジンから笛を取り上げる。魔力枯渇の原因が、笛に力を与え続けていることも、ランスロットは見抜いたからだ。

 今までずっと無表情だった桜は、雁夜の帰還に今にも泣きそうな顔色を浮かべた。

 

「おじさん……アラジンくんが、アラジンくんが息してないのっ……」

「……!?」

 

 桜はそこまで伝え終えると、ふらりと地面に横たえる。彼女も彼女で、眠らず介抱していたため疲れたのだろう。桜の言葉にぎょっとした雁夜は、すぐさまアラジンの胸に耳を当てた。

 心臓の拍動は微かに聞こえる。だが、呼吸をしているのかは怪しい。

 額にべっとりと垂れている汗の量は尋常じゃなく、素人目で見ても危険な状態であることが察せられた。

 

「アラジン! しっかりしろアラジン!?」

 

 雁夜は肩を叩き、アラジンの意識を呼び戻そうとする。

 ランスロットも厳戒態勢に入るため、霊体から物体へと戻り、眠りに入った桜を抱き上げる。そして、取り上げた笛を見た。

 

「……笛から術式が消えている。まさか、術式を戻そうとアラジンは力を送っていたのですか」

 

 アラジンの魔力は決して無尽蔵というわけではない。ルフから力を分け与えてくれる代わりに、アラジンはきちんとその代償を払い続ける。それは他の魔術師と同じ、己の生命力を削るようなもの。自身の体力など関係なしに引き出していては、衰弱するのも当然の結果だった。

 

「ただの笛じゃない……それだけ、アラジンにとってウーゴくんは大事だったんだ」

 

 ひとしきり声を掛け終えた雁夜が、ぐったりとした様子で肩を落とした。どうやら雁夜の呼びかけにアラジンが応えることはなかったらしい。そっと汗ばんだ手を握り、雁夜は祈るように自身の額へと近づける。

 

「カリヤ、聞いてください。ここでは危険だ。いますぐに移動する必要がある」

「っ、アラジンを置いていくつもりか!?」

「そうではない。きっと、アラジンは私たちがいない間、ここを襲ったサーヴァントと戦ったのでしょう。その際、彼の友人が消滅するほどの激戦を繰り広げた……これは憶測ではありません、カリヤ。証拠に崩れた間桐邸の中には、宝具らしき宝剣が多数落ちている」

 

 ランスロットは言外に「ここから逃げろ」と言っていた。

 また、いつアラジンたちを襲ったサーヴァントが来るとも限らない。今回は自分もいることから、サーヴァント同士の激しい戦闘になるだろう。そうなってしまえば、アラジンと桜を巻き込んでしまう。

 幸い、アラジンが危険な状態に陥った理由は、外傷ではなく魔力の枯渇だった。生命力を源泉として生み出されるそれを、休むこともなく笛へ与え続けたのが原因である。

 今はその原因も取り上げているため、アラジンの命がこれ以上危うくなることはない。ランスロットはそれが分かっていた為、この場から離れることを優先させた。

 

「こんな時ですが、もう一つ聞いてください。ここを襲撃したと思われるサーヴァントについてです。

 私はアーチャー、アサシン、キャスター以外のサーヴァントと会合していますが、その中にこのようなことが出来る者はいませんでした。また、破壊痕から派手さを好まぬアサシンを除外。各陣営から討伐依頼を出されているキャスターも除外します。となると、襲撃者と思われるサーヴァントのクラスはひとつ……」

「——アーチャーか」

 

 雁夜は小さく息を呑んだ。

 アーチャーのサーヴァントを使役している人物に心あたりがあったからだ。

 飲み込んでしまうのに、僅かの時間もいらない。雁夜はアーチャーのマスターである、その人物へ向けて、ふつふつとどす黒い感情を溢れさせた。

 

「遠坂っ、時臣ぃ!」

 

 視界が霞む。口の渇きを忘れてしまいそうなほど、雁夜の心は真っ黒に犯されていった。

 アラジンだけじゃない。この間桐邸には、時臣の愛娘である桜も同居しているのだ。それを承知で破壊し、あまつさえ、生命の危機へと追いやった。

 許せるわけがない。

 許していいはずもない。

 桜をあの吸血鬼の元へと送り出しただけでは飽き足らず、更なる絶望を時臣は与えたのだ。

 雁夜の拳は自然と強く握られ、そこから血が漏れ出る。一度、アラジンによって忘れさせてくれた憎悪が、まるで決壊したダムのごとく溢れてくる。

 雁夜は悉く奪われてきた。

 初恋の相手も、その娘の幸せも、人並みの幸せすらも。

 それなのにまだ奪おうというのか。雁夜は激情に身を焦がしながら、やつれた顔のアラジンを見下ろす。一年と数ヶ月。ともに濃密な時を過ごした少年すらも、今奪われようとしている。

 

「バーサーカー」

「……なんでしょう、マスター」

 

 雁夜の境遇を軽く説明されていたランスロットは、瞠目して答える。

 ランスロットとて、雁夜と同じく義憤に駆られていたからだ。自分と王の間を取り持とうとしてくれた恩人。その少年を殺そうとしたサーヴァントを、ランスロットは決して許さない。出来ることなら、己の手で惨めに殺してやりたいと思っている。

 だから、ランスロットは嘘を吐かず、沈黙を守るでもなく、雁夜へと犯人と思わしきサーヴァントを伝えた。

 

「この戦争で一人だけ殺したい奴がいる」

「奇遇ですね。私もです」

 

 二人は地面に横たわる二人の子供を見て決意を固めた。

 本来は戦いに身を投じるつもりなど、ほとんど無かった。戦うとしても、誰かに協力する形で本腰を入れる気など、さらさら無かったのである。

 そんな二人が、一つの陣営に対し明確な殺意を持つ。

 

「「時臣(アーチャー)は、俺(私)が殺す」」

 

 言葉が重なった時、ちょうど日の出が地平線から登り切った。

 

 

§

 

 

 ケイネスを連れたランサーは、なんとかアインツベルンの森を抜け出し、現隠れ家である廃工場へと駆け込んだ。

 その後、意識を保ったままいたケイネスは、婚約者であるソラウによって治療を施される。

 内臓多数損傷。下半身の筋肉及び神経もくまなく破壊。魔術回路は暴走した形跡があり、およそ7割は機能していない。今後、どれだけ時間をかけ治療したとしても、体を作り直さない限り、ケイネスに大規模な魔術は使えず。さらには、歩くことすら困難である。

 それが、ケイネスの治療に当たったソラウからの、正確な診断結果であった。

 淡々と婚約者の口から語られる事実に、ケイネスはじわじわと絶望に苛まれる。

 そしてとうとう絶望は怒りへと変化し、とめどない激情が脳を熱した。

 

「くっ、忌々しい……この私が不覚を取り、令呪を使わされるだと!?」

「差し出がましいことを申し上げますが、懸命な判断だったかと。あの場で令呪を使っていただけなければ、私は貴方を守ることはできませんでした」

「黙れっ、この痴れ者めが! セイバーとの共闘を許したお前が、なぜキャスターを討ち取れていない!」

「……申し開きのしようもございません」

 

 激昂したケイネスは、八つ当たりとして、目の前で膝を折るランサーに矛先を向けた。

 今回、落ち度があるとすれば、全てケイネス側にある。ランサーだけを置いて、セイバーのマスターと一騎討ちをしようなどと思わなければ、こうは成り得なかった。

 いや、それだけじゃない。もし、ケイネスがあの場に残ってさえいれば、キャスターもセイバーも敗退させることができたかもしれない。

 全ては己の浅慮な考え故である。

 それでもランサーの不首尾を挙げるとするならば、それこそケイネスを止められなかったことだろうか。

 

「私はこれからの人生、大規模魔術を行使することもできず、あまつさえ下半身不随だと!? 生き恥を晒せというのか、このロード・エルメロイである私に!!」

 

 ケイネスが自分勝手な罵詈雑言を向け出した時、後ろから肩に手が置かれた。

 

「そこまでよ、ケイネス。話を聞けば、独断専行したのは貴方じゃない。ランサーに落ち度はないわ」

「ソラウ!?」

 

 出てきたのは、ケイネスに残酷な診断結果を告げたソラウである。彼女は触診する医者のような手つきで、ケイネスの肩を撫でた。

 

「貴方の体を治せるのは、もはや万能の願望器たる聖杯だけよ。勝つしかないの、わかるでしょう?」

 

 普段であれば、穏やかな心境で聞けていたその声に、何故かケイネスは不安を抱いた。

 しかし、それ以上に泣きたくもなる。さっきまで芽生えていた憤怒が、婚約者の登場によって絶望へと舞い戻ったのだ。今のケイネスの精神状態は、まさに幼児も同然であった。

 

「私は、私はどうすればいい……この体たらくでは、あの魔法使いの少年に勝てないっ」

「まだ、そんなことを気にしているのね。くだらない」

「くだらない……だと?」

 

 辛辣な言葉に、喉の奥きゅっと締まる。

 ソラウから向けられる眼差しは、どうあっても夫に向けるようなものではなかった。

 

「これは聖杯戦争。確かにマスターの腕も大事だけれど、一番大事なのはサーヴァントとの連携でしょう? 貴方はそれを怠った。だから敗けたのよ」

 

 そこまではっきりと言われてしまえば、高々と積み上げられたケイネスのプライドも呆気なく瓦解する。

 かつては神童ロード・エルメロイとまで謳われた男。

 何故これほどの仕打ちをうけるのか、彼にはまったく理解できない。世界はケイネスを祝福していたはずなのだ。彼の天才に無限の未来と栄華とを保証していたはずなのだ。

 なのに、どうして。

 

「泣かないで、ケイネス。諦めるにはまだ早いわ。まだ、聖杯戦争は続いている。最後に勝てばそれだけでいいの。

 ねぇ、だからその令呪を私に頂戴。今の貴方では、あの教え子にも負けるかもしれないわ」

「っ。ソラウ様、それは……」

 

 ソラウの言葉に否定の声をあげたのは、意外にもランサーだった。

 ケイネスが動物的本能で遮るよりも早く、ランサーがソラウを咎めてみせたのだ。その事実に幾ばくかの驚愕と、何より不信感を抱かせる。何か裏があるのではないかと、勘繰ってしまう。

 けれど、今はそれでも良かった。

 ケイネスはランサーの言葉へ被せるように、続ける。

 

「駄目だ——それだけは」

 

 ランサーが否定して見せた時とは違い、ソラウの顔が険しくなった。

 決して、陶酔したような熱っぽい視線ではない。ともすれば、北極の地で吹き荒ぶ寒風のような冷たさがある。

 彼女の面貌からは、いつの間にか笑顔が抜け落ちていた。

 

「ふぅ——今の状況を分かっているのかしら? 貴方は腰から下が言うことを聞かず。しかも、魔術だってろくに使えない、三流もいいところの魔術師なのよ。私とケイネス。どちらの方が勝算があるか、論ずるまでもないわよね」

 

 確かに筋は通っている。

 魔術刻印までは与えられていないソラウだが、彼女も一端の魔術師。しかも、アーチボルト家に嫁いでくるほどの名家出身である。今のケイネスと比較されれば、どう考えたってソラウの方が優秀であろうことは語るまでもない。

 けれど、今のケイネスは頭ではなく心で考えている。

 どれが一番大事で、どれが不要なものなのか。一つずつを天秤に掛け、最終的に残ったものをケイネスは優先する。

 

「令呪は……渡せない」

 

 ケイネスはきっぱりと言い切った。

 いつの間にか、自身を襲っていた絶望が遠のいていることに気が付く。

 

「……ソラウ。私が不覚を取ったのは認めよう。その上で君を戦場を送り出せば、私の二の舞になる。私の体にもはや未来はないが、だが逆に言えばそれだけだ。戦いは君の言う通り、サーヴァントとの連携なのだろう? 君の体には未来だってある。

 ……ソラウ、私は君を失いたくない。私は君の笑顔を翳らせたくない。頼む……ソラウ」

 

 それが、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの本音だった。

 体も、才能も、未来も奪われた男は、ただひとつ己に残った物を大切に思えた。

 失いたくない。

 彼女だけは失いたくない。

 ケイネスの心を強く揺さぶるほどの愛。今までこのような事を言ったことは一度もなかった。お前が大切だと。お前が必要なのだと。腹の底から声を出したことなど無かった。今までは、恥ずかしさがあったからなのかもしれない。拒否されたらと思うと、怖かったのかもしれない。

 けれど、今ここで伝えなければいけないと思った。後悔するよりはずっといいと、そう思えた。

 

「…………」

 

 ケイネスの言葉にソラウは沈黙で返す。

 相変わらず、笑顔は抜け落ちたまま、ぴくりとも動いていない。熱っぽい視線を送られるわけでもなく、さっきの言葉が彼女の心に響いたのかも曖昧だ。

 数秒か、はたまた数分か。時の体感が狂ってしまうほどの空白。

 ソラウはランサーに一瞥だけくれてやると、何も返さぬまま奥へと引き返した。

 それを見たケイネスは「良かった」と胸を撫で下ろす。もし彼女が「右手を切断してでも令呪をもらう」と言い出したら、どうしたものかと考えていたのだ。

 かぶりを振って、ケイネスは静かに目を伏せる。

 

「ランサーよ、正直に言う。私はお前を欠片も信用していない」

「マスター……」

「しかし、聞いての通り、私の本心は詳らかに暴露した。もう体裁も無ければ、虚栄心もない。私にとってはソラウこそが大事だ。他のことは些事だと決めつけ、投げ打つ覚悟でもある。それを踏まえた上で聞くぞ、ランサー。お前が聖杯に望む本当の願いはなんだ?」

 

 ケイネスは召喚した時と同じように、再びランサーへ願望を問うた。

 それは歩み寄りなのかもしれない。一度、絶望に冒された魔術師は、道具や器械だと嘲笑っていたサーヴァントへ、縋るように目を向けている。

 ランサーは痛み入るような態度で頭を垂れると、己の忠節の道を口にした。

 今度は失敗してはならない。言葉足らずで終わらせてはいけない。そう己を律しながら。

 

「私の願望を語るためには、まず、私の生前を語る必要があります」

「構わん、話せ。でなければ、私とお前は一生不信感という爆弾を抱えなければならない……彼女を守るためだ」

 

 ケイネスは最後まで「ソラウのため」と言って憚らなかった。

 しかし、それでもランサーは胸中で抱く歓喜に身を奮わせる。ずっと、どこかで距離を感じていたのだ。召喚されて以来、ずっと。それが今は無い。なんの隔たりもなく、なんの憂いもなく。ランサーはケイネスと今初めて、赤裸々に言葉を並び立てる幸福に下唇を強く噛み締めた。

 

 そうして滔滔と肩られるランサーの真意。

 なぜ、己が忠節の道を目指そうとしているのか。願望器を使い、過去をやり直すのではなく、なぜ第二の生で成し遂げようとするのか。

 疑問が湧けばケイネス自らが質問し、ランサーはその意見を考慮した上で改めて答えを出す。日が昇ってからも、ずっと、ずっと、ランサーとケイネスは語り続けた。彼らに今できることはそれしか無いというのもある。だが、ずっとお互いに溜め込んでいた物を吐き出すには、それほどまでに時間が必要だった。

 

 時間は流れ、二人は同時に深く息を吐く。

 もう十二分に弁を尽くした。これで理解されないのであれば、根本的な問題へと発展するであろう。

 けれど、ケイネスとランサーは不思議とそうはならない確信を得ていた。

 

「ここからは守るための戦いだ。あの卑劣な男から、私は必ずソラウを守る」

「ええ、マスター。私は貴方の槍として、聖杯を齎すことを約束しましょう」

 

 この日、敗北と絶望を知ったランサー陣営は、ひとつ大きく成長した。




ケイネスのランサー理解度が上昇した。
ケイネスが愛に目覚めた。
ケイネスがイケメン(心)属性を手に入れた。

という冗談は置いておいて。
これで2日目夜はおしまい、おしまい


雁夜が救われていないじゃないか、タイトル詐欺め!
と言われても仕方がない
雁夜おじさんは一度曇らせた方が輝く
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