マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争   作:ロマニ

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第十八夜

 アインツベルンの城にて、ライダーとセイバーが酒盛りをしていた。

 きっかけはライダーの突然の襲来である。「出入りに不便であろうから、庭木をいくらか伐採しておいた」と曰う来客を、セイバーとアイリスフィールは辟易しながらも出迎えた。

 訪問の理由は至ってシンプルなものである。

「どちらがバーサーカー陣営をものにするか、ひいては、聖杯に一手を掛けるか。格で競い合おうではないか」

 とのことらしい。

 謂く、これは「聖杯戦争」ならぬ「聖杯問答」だとか。たった二騎で執り行うには、些か見窄らしい酒宴な気もするが、他にバーサーカー陣営と共闘を申し出た陣営もいない。自ずと、セイバーとライダーだけに参加者は絞られていた。

 城の主であるアイリスフィールは、ライダーの荒唐無稽さに目眩を起こしそうになった。当然、ライダーのマスターであるウェイバーも同様である。

 しかし、互いに英雄と呼ばれた存在。両者の格を競うという大事さを、サーヴァントである両名は誰よりも心得ていた。否、人理を背負ってきた者たちだからこそ、それが必要であることを悟っていたのかもしれない。

 

 宴の場所として選ばれたのは、城の中庭の花壇であった。ライダーが持ち込んだ酒樽を真ん中に挟んで、二人のサーヴァントは差し向かいにとっかりと胡座をかき、悠然たる居住まいで対峙している。下手にはアイリスフィールとウェイバーが並んで座り、ともに先の読めない展開に気を揉みながら、ひとまずは成り行きを見守ることに徹していた。

 

「あの童を余が遇し、そして聖杯を手に入れる」

 

 そう静かな声で口火を切ったのは、何を隠そうライダーだ。芳醇なワインの香りを楽しみつつ、柄杓で掬って一気に呷る。

 次に柄杓を渡されたセイバーも、その矮躯からも想像できぬ男のような豪胆ぶりでワインを呷ってみせた。ライダーが「ほう」と愉しげに微笑する。

 

「童とはアラジンのことか? だったら、貴公とあの少年では反りが合わなさそうだな」

「かもしれんなぁ。余の王道は征服——即ち『奪い』『侵す』のに終始しておるわけだ。あの童に征服の何たるかは理解できんだろう」

 

「しかしな」とライダーはそこでニヤリと口角を歪めた。

 

「余がまた征服王であるからこそ、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。聖杯も童もそれは変わらん」

「貴様——あんな子供を傷つけるつもりか」

 

 セイバーの声が一段と低くなった。

 善良な子供が、我意に塗れた——それも死者の横暴に巻き込まれるなど、彼女の王道が決して許さない。アラジンは自分のことを深く聞かず、それでもかつての臣下と間を取り持ってくれようとした優しい少年だ。

 セイバー個人の好き嫌いを抜いたとしても、アラジンと言う少年がいかに尊い人物であるかは容易に推し量れる。それこそ、彼を大事に思っている人間は、大量に居るであろうことも。

 そんな子供の未来を奪うと言うのは、決して許されていい行為じゃない。

 湧き上がる怒りを胸に鎮めて、セイバーは重ねて問うた。

 

「そこまでして、何を聖杯に求める?」

 

 フフン、とライダーは鼻で笑ってから、まずは酒を呷り、それから答える。

 

「受肉、だ」

 

 誰も想像していなかった答えだ。ウェイバーに至っては取り乱しすぎて、詰め寄ったところをライダーのデコピンで黙らせられている。

 斯く言うセイバーも、ほんの一瞬ばかり呆けてしまった。

 

「いくら魔力で現界しているとはいえ、所詮我らはサーヴァント。この世界においては奇跡に等しい——言ってみりゃ何かの冗談みたいな賓の扱いだ。貴様はそれで満足か?

 余は不足だ。余は転生したこの世界に、一個の生命として根を下ろしたい」

「……」

「身体ひとつの我を張って、天と地を向かい合う。それが征服という行いの総て——そのように開始し、推し進め、成し遂げてこその我が覇道なのだ」

 

 言葉を聞いたセイバーは黙り込み、また思案する。

 やはりライダーの言葉は全て我欲だ。正義もなければ道理もない。清廉を旨とするセイバーからしてみれば、ライダーの論法はただの暴君のそれでしかなかった。

 強大な敵とはいえ、セイバーの胸の内には、新たなに不屈の闘志が漲りつつある。

 このサーヴァンだけには負けられない。断じて聖杯は譲れないし、アラジン陣営と共闘を結ばせるわけにも行かない。ライダーの願望は武人としての潔さは認めるが、所詮は個人の欲望から端を発したものでしかない。それらに比べれば、セイバーが胸に抱く願いの方が、はるかに尊く価値がある。胸を張ってそう言い切れる。

 

「次は余が問う番だな。どれほどの大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらおうではないか。セイバーよ、貴様はひとかどの英霊として、余を魅せるほどの大言を吐けるか?」

 

 ライダーが酒を掬った柄杓を向けてきても、彼女は微塵も揺るがなかった。

 真に誇るべきは、我が王道。決然と顔を上げ、騎士王は真っ向から征服王を見据えて切り出した。

 

「私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望器をもってして、ブリテンの滅びの運命を変える」

 

 それがライダーによって否定されるとも知らず。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ざらつく礫を舌に感じて、ウェイバーが慌てて唾を吐く。

 セイバーの正体が騎士王だと知り、その上で願いを真っ向から叩きのめしたライダー。その渦中を無視して、いきなりアサシンの大群。ライダーが客人として招こうとするも、差し出した酒は地面へぶち撒けられ、拒否された。その次の瞬間のことである。

 それは砂塵だった。怪異なる風が運んできた、あり得ないほどの熱砂だった。

 

「セイバーよ。これが宴の最後の問いだ。——そも、王とは孤高なるや否や」

 

 願いを完全に否定され。

 王としてのあり方を否定され。

 屈辱的にも憐憫の情を向けられた。

 だが、それでもセイバーは躊躇わない。己の王道を疑わぬならば、王として過ごした彼女の日々こそ、偽らざるその解答だ。

 

「王たらば……孤高であるしかない」

 

 そんなセイバーの解答に、ライダーは豪笑する。その笑い声に応じるかのように、逆巻く風がよりいっそう勢いを増した。

 

「ダメだな! 全くもって解っておらん! そんな貴様には、やはり余が今ここで真の王たる者の姿を見せつけてやらねばなるまいて!」

 

 その言葉を皮切りに、熱風が現実を侵し、覆す。熱砂の乾いた風こそが吹き抜けるべき場所へと変容していく。

 照りつける太陽。晴れ渡る蒼穹の彼方。吹き荒れる砂塵に霞む地平線まで、視野を遮るものは何もない。

 ——固有結界。

 夜のアインツベルン城から、ただの一瞬で変転したそこは、明らかに現実を侵食した幻影。奇跡と並び称される魔術の極限に違いなかった。

 

「見よ、我が無双の軍勢を。

 肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。

 彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具ッ——王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!」

 

 一人一人、独立したサーヴァントとしての連続召喚。

 誰もが王の夢に賭け、王とともに駆けた英傑たち。

 死してなお果てることのなかったその忠義を、破格の宝具へと形を変えて具現化させる征服王。

 セイバーは総身が震えた。その宝具の在り方そのものが、騎士王としての根幹を揺さぶるに足り得たからだ。

 かくも完璧な、絶大なる支持——。

 宝具の域にまで達する臣下との絆——。

 英霊となってまでも付き従う臣下など、セイバーにどれほどいようか。この聖杯戦争で呼ばれたランスロットでさえ、彼女を見ると発狂し、剣を向けてくると言うのに。

 理想の王として在り続けた己が、最後まで手に入れらなかったモノ。

 その事実が耐え難い苦しみとなって、セイバーの胸をちくりと刺した。

 

「王とは、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する、清濁含めてヒトの臨界を極めたるもの! そう在るからこそ臣下は王を羨望し、王に魅せられる。一人一人の民草の心に、我もまた王たらんと憧憬の火が灯る!」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

「王とはッ、誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!

 全ての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王!

 故に、王とは孤高にあらずッ! その偉志こそが、全ての臣民の志の総算である!」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

「騎士どもの誉たる王よ。たしかに貴様が掲げた正義と理想は、ひとたび国を救い、臣下を救済したやもしれん。

 だがな、ただ救われただけの連中がどういう末路を辿ったか。もう目にしたのではないか?」

 

 ライダーの睥睨にセイバーは鼻白む。

 誰のことを指しているかなど、容易に想像できた。ライダーもあのコンテナターミナルにいたのだ。ましてや、バーサーカーと直接対面で話していたサーヴァントでもある。セイバーの正体が騎士王だと知ったライダーは、狂戦士の正体に何となく察しがついていた。

 

「私は……」

 

 アイリスフィールを庇い立ちながらも、セイバーの脳裏に血に染まった落日の丘が過ぎる。一人の騎士を聖槍で貫き、何もかもを取りこぼしてしまった瞬間が去来する。

 ただ救いたかったのだ。

 自分が美しいと感じたもの、そう見えたものを。セイバーはただ守りたかった。

 

「さて——」

 

 ライダーはセイバーからの返事に期待していなかったのか、次に相対するアサシンたちへ視線を投げた。

 

「では、始めるかアサシンよ。見ての通り我らが具現化せし戦場は平野。生憎だが、地の利はこちらにあるぞ?」

 

 百の貌を持つアサシンたちが全員臆した。

 自暴自棄に吶喊するもの。棒立ちになるもの。無駄だと分かっていながらも逃げ出すもの。その容態は様々なれど、個であり群衆を強みとしていたアサシンの余裕は、もうどこにも無い。

 マスターである言峰綺礼によって出された指示など忘れ、各々がばらばらに行動を始めた。

 

「蹂躙せよ!」

 

 されど、ライダーのその一言で全て片付かれてしまう。

 轟く鬨の声。戦場を震撼させるほどの軍勢が、アサシンへと容赦無く襲いかかる。

 もはや闘争の欠片も感じさせない蹂躙に、アサシンの生存を示すものは悉く失われた。ライダーの率いた陣形が、彼らの手足を余すことなく喰らい尽くしたのだ。もはや、血臭を孕んだ砂埃だけが、とうとうの立ち込めるに過ぎない。

 勝利を確信したライダーは拳を振り上げ、勝鬨をあげる。

 ライダーに応じたサーヴァントたちも次第に消えゆき、固有結界も泡沫の夢のように消失した。それに伴い、景色は元いたアインツベルン城の中庭へと立ち戻る。

 白い月明かりの中の静寂が訪れた。

 

「——幕切れは興醒めだったな。今宵はこの辺でお開きとするか」

「待てライダー、私はまだ——」

「貴様の吐く言葉など、もう聞く意味もない」

 

 突き放すような硬い声で、ライダーはセイバーの言葉を阻む。

 

「なぁ、小娘よ。いい加減にその痛ましい夢から醒めろ。さもなくば貴様は、いずれ英霊として最低限の誇りさえも見失う羽目になる。貴様の語る王というユメは、いわばそういう類の呪いだ」

「だが、私は——!」

「はぁ……今宵はつまらん。また陰気な相手をしてしまった。ほら、いくぞ坊主」

 

 セイバーの反駁を最後まで聞くこともなく、ライダーは一人勝手に呆れたように言いながら、戦車で空へと駆け上がった。そして、遠雷の響きだけを残し、東の空へと消えていく。

 

「……」

 

 どうにかライダーを論破し、撤回させたかったセイバーはぎゅっと拳を握った。

 全ての敵が去った後に黙然と佇むのセイバーの姿に、アイリスフィールは既視感を抱く。

 そう、一昨日のコンテナターミナルの時だ。

 だが今日のセイバーの横顔には、少女らしい笑みは微塵もなかった。アラジンと話した後の爽快感が少しも感じられなかったので在る。

 

「セイバー……」

「——ライダーが私の抗弁に耳を貸していたら、私はあの後どのように言い返すつもりだったのでしょうね」

 

 それは誰に向けられるでもない問いだった。セイバーが振り向いてアイリスフィールに見せた苦笑いは、やはりあの時の笑顔とは雲泥の差がある。自嘲に塗れ、道を見失いかけているような不安感が読み取れた。

 

「思い出したのです。『アーサー王はヒトの気持ちが分からない』と、かつてそう言い残してキャメロットを去った騎士がいたことを」

「……」

「あれは、もしかしたら——いいえ、きっと円卓に集った騎士たちの、誰もが胸に抱いていた本音なのでしょうね。現にランスロット卿は、私に剣を向け、憎悪を抱いている様子だった」

「そんなことっ……!」

 

 アイリスフィールはそこで何も言えず、目を伏せた。

 ランスロットという、かつての臣下の有様を見てしまったセイバーに、どのような言葉を投げ掛ければ良いか分からない。切嗣との信頼関係の問題もある。これ以上、彼女に迷いを与えたくはなかったが、それでも安っぽい言葉になりそうな気がした。

 アイリスフィールが何も言わないのをいいことに、セイバーの独白は続く。やるせない気持ちが競り上がっている証拠だった。

 

「私は誰にも理解を求めなかった。過ちを避けるために私情を封じ、決して本音を言うこともしなかった。それが理想の王として十全に機能する道だと、たとえ孤高であろうとも、それは王として正しい姿だと信じている。

 だが私は……」

 

『またね! 僕、おねえさんはきっとすてきな王様だったと思うよ!』

 

 セイバーはそこで言葉を区切る。瞼を閉じ、再生される落日の丘。思い出せば血生臭さが鼻腔をくすぐり、やがて肌を刺す痛みが再現される。

 何も知らない、純粋な一人の少年に言われた言葉が、今ではただ虚しく響くだけだった。

 

「本当に私は——すてきな王様だったのでしょうか」

 

 セイバーの問いに、答えられる者はここにはいない。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「良かったのか、綺礼? お前の手駒をあのような捨て石にして」

 

 片っ端からボトルを開け、利き酒をしていたアーチャーが無粋にも問いかけた。言峰はそんなアーチャーの態度を歯牙にも掛けず、腕組みをしたまま答える。

 

「師の命令に是非を問うつもりはない。それに、あの場ではライダーの奥の手を知る必要があった」

「ふん、つくづくつまらん理由だな」

 

 上機嫌に嘯くアーチャーは、空けたグラスを眺める。こちらに関心があるのかどうか、本当に疑いなくなる挙動だ。

 言峰はアーチャーを視界の端に捉えつつ、腕を組んで考える。

 昨晩の間桐邸襲撃。それ以来、アーチャーはどことなく上機嫌な様子だ。遠坂時臣の差配に何かを言うこともせず、ただその場その場を見守っている。

 まるで何かを待っているとすら思えるその動向に、言峰としても些か興味が湧いていた。

 あの宇宙を愛でるだけで満たされている、と言ったアーチャーだ。何かを心待ちにしているのであれば、それは世界を揺るがしかねないナニかだと、知っているから。

 

「何を待っている、ギルガメッシュ。お前が熱を入れているあの子供には、それほどの価値があるのか?」

 

 我慢ならず、という訳でもないが、ただ何となく言峰は問いかけた。

 アーチャーの紅玉の瞳が、ぎょろりと言峰に向かって移動する。

 

「さあな、今は我にも分からん」

「分からない? 似合わないな、お前がそのような不確定なものに心躍らせるなど」

「そうでもない。悦びは一瞬で消え去るもの。全てを理解しなければ愉悦を識れないなど、目的と手段を履き違える雑種どもにすぎん。肝心なのは終わりでも無ければ。過程でも無い。我が見定めることこそが重要なのだ」

 

 アーチャーはそれだけを言ってソファから立ち上がる。

 綺礼の奇癖で買い漁っていた高級酒は須く、この傲慢なる王の腹へと収納された。ただの酔漢、それも生命体とも言えぬサーヴァントに酒を振る舞うなど、綺礼をしても歓迎はできない。

 けれど、このサーヴァントは勝手に上がり込んでくる。

 そうして一頻り満足すると、何処かへと消える。

 今回も一昨日と変わらない様子で、アーチャーは邪悪に笑い、虚空へと姿を消した。




この小説でろくにアサシンが出てこないまま、敗退したぞ!?
なんでだってばよ!?

と、ここはかなり原作沿いで行かせていただいた訳だが
カットしても良かったけど、まぁ次話以降に響くところなので、あえて書いた
ランスロットと分かっているため、セイバーの疑心暗鬼が早いぞぅ

そして初めまして、みんな大好き言峰綺礼ですよ!
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