マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争 作:ロマニ
雁夜がアラジンと知り合って三日が過ぎた。
あのあと色々な話をしたが、1番の驚きは少年が野宿をしているという事である。流石に、旅人を自称しているとは言え、子供に危ないことはさせられない。そう思った雁夜は、一時的にではあるがアラジンに宿を提供することにした。と言っても、雁夜が提供した宿は自分が出張している間、間借りしている社宅である。もし、子供を住まわせているということがバレたら、雁夜にどんな不利益が被るのか想像に難しくない。それでも雁夜は、日本にいる少女たちと同じ年齢くらいの少年を見過ごすことはできなかった。
「へぇ〜。それじゃ、おじさんは日本という国から来たのかい?」
仕事が終わって帰宅した夜に、アラジンがそんなことを聞いてきた。
話題は雁夜が国籍を置いてある日本について。アラジンも日本は行ったことがないのか、目をキラキラさせていた。
雁夜はそんなアラジンの眼差しを受けながら、己が生まれた土地を思い出す。
「ああ。料理が美味しく、緑豊かな国だ。山も多いし、アラジンも驚くと思う」
三日前と比べ、丁寧さが消えた口調で雁夜が言った。
日本という国は食にこだわる性質のせいか、やたらとご飯が美味しい。外国のモノが口に合わないなんて、ざらに起きたりするほどだ。
アラジンはそんなことを聞いて、さらに想像を膨らませたのか布団の上で転がった。側からは質素な天井を見上げているように見えるが、彼の目には日本という国が見えているのだろう。
「行ってみたいな〜」
ニコニコと笑顔を咲かせるアラジンに、一抹の影が見える。
だが、三日程度しか関わり合っていない雁夜には、それを捉えることができなかった。
「特に予定が無いなら来いよ。その時は休みを合わせて案内するから。紹介したい子もいるんだ」
雁夜は桜や凛にアラジンを合わせてみようと考えた。
アラジンは不思議な少年だ。話をしていると、なんとなく歳不相応な柔らかさが垣間見える。それなのに、根は小学生とほとんど変わらないほど純粋だ。きっと、桜や凛も彼を気に入るだろうと雁夜は踏んだ。
「ん〜、そうしたいのは山々なんだけどね、僕はお金がないから、陸続きじゃなければ難しいのさ」
確かにそれは問題だ、と雁夜は素直に思った。
「逆に聞くが、アラジンはこれまでどうやって旅をしてきたんだ?」
お金を一文も持ってなさそうなアラジンを見つめながら、質問してみる。もしかしたら、彼は盗みなどで生計を立てていたのかもしれない。野宿をするくらいだ。十分にあり得る。
「基本的には自分で歩いたり、誰かに乗せてもらったりしたよ! あと、時々なにかお手伝いをしたりして、お世話になっていたかなー」
思い出すように紡がれたその言葉には、彼の壮絶な冒険譚が秘められているのだろう。齢29歳程度の雁夜ですら、そんな経験は得られていない。いや、雁夜だけにかかわらず、日本という安全な国に生まれた人間であれば誰しも同じようなものだ。
「でもね、僕もそろそろ島国には行ってみたいのさ! 西からずーっと歩いてきて、そろそろ海には出るからね」
太平洋はもう目前だ。このままユーラシア大陸を延々と彷徨うつもりは、アラジンに無いらしい。
アラジンは「何かいい方法ないかな〜」と言いながら、ちらりちらりと雁夜を見た。
「そんな期待を込めた目で見られてもな……こればっかりは密入国するわけにもいかない。真っ当にお金を稼ぐのが一番手っ取り早く、何より確実だ」
とは言っても、アラジンはどう見ても子供。働かせてもらうにしても、変に騙されて搾取されるのがオチとしか思えない。そもそも、働かせてもらえるとすらも思えない。
雁夜は髪をかきながら、どうしたものかと腕を組んだ。
「でも、お金とか僕にはよく分からないや。使い方もそうだけど、お金ってそんなに必要?」
アラジンはあっけらかんとした態度でそう言った。
世に生きる人間であれば、誰しも金の重要さ、必要性は言わずとも理解している。みんなお金を稼ぐために働き、お金を浪費するために生きているのだから。この世に貨幣制度が誕生して以降、その認識は万国共通のものとなった。
だけど、世俗に塗れていないアラジンからすれば、それが不思議で仕方がないのであろう。
「なんでお前が今日まで生きてこられたのか、俺は不思議で仕方がない」
雁夜は呆れるように嘆息した。
まだ今は、奇跡的にアラジンも死なずに済んでいる。だが、この生活が五年後も十年後も続けられるとは、到底思えなかった。そこら辺でのたれ死んでいるかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
——どうにかして金の価値や、労働の尊さだけでも教えられないだろうか。
雁夜にそんな不思議な使命感が湧く。
「あ、いいことを思いついたぞ、アラジン」
ふと、何か妙案でも浮かんだのか、雁夜が手を叩く。
「なんだい?」
アラジンは不思議そうに首を傾げて雁夜を見た。
「俺がお給金を出してあげるから、それを溜めて一緒に日本へ行こう」
「っ、それは本当かい!? 僕はおじさんと日本へ行けるのかい!?」
「ああ。コツコツお前が手伝いをして、貯金さえ出来れば日本へ行けるよ」
「やったああ〜!」
雁夜が考えた妙案はこうだ。
アラジンに家の手伝いさをさせて、それに合わせて報酬を与える。
なんとも小学生の躾に使われそうな手法だ。だが、これが一番実践的でわかりやすい。アラジンを野宿に晒す必要もないし、こうすれば彼は少しくらい金の稼ぎ方、使い方を学んでくれるはずだ。
だが、雁夜からすればこれは100%の善意ではない。
多少と言えるかは分からないが、彼には打算的な部分もあった。
(日本でアラジンを住まわせれば、その分、子供関係で葵さんと会えるかもしれない)
なんと利己的な願いだろう。他人から見れば、とても醜く歪んだ愛情とも言える。
けれど雁夜からすれば、月一に会うか会わないか程度の関係が、子供を通じることで毎週会えるかもしれないというのは、非常に大きなメリットであった。第一、雁夜からすれば、魔術師の家系に嫁入りした彼女が心配という建前がある。それに「アラジンを野垂れ死させたくない」という願いが加わり、余計にこじれたに過ぎないのだ。
無償で誰かを助ける正義のヒーロー。
間桐雁夜をそう呼ぶには、少しばかり人間性が汚すぎる。
「よーし、がんばるぞぉ。早速だけど、僕は何から始めればいいんだい?」
アラジンはワクワクと言った感じで、雁夜に近寄る。
「そうだな……まずは風呂洗いと洗濯物の畳み方でも覚えてみるか?」
「……………………なんだか、すごくショボそうな初仕事だね」
「子供に危険な手伝いは任せられないから、仕方がない」
雁夜は腕を組み、うんうんと頷く。
食器洗いや料理なども頭を過ったが、下手をすれば怪我をしてしまうものだ。それよりかは、まだ小学生程度でもできそうな無難なものをお願いする。
「そう言えば、おじさんが僕に紹介したい子って誰なんだい?」
アラジンは思い出したように言った。
あー、と雁夜は自分が凛や桜のことを、まだ話していないことに気がつく。
「凛ちゃんと桜ちゃんっていう二人の姉妹のことだ。幼馴染の娘なんだよ」
「へぇ〜、凛さんと桜さんっていうのか」
「アラジンと同じ年くらいだし、お前ならあの二人とも友達になれるはずだ」
雁夜は確証にも似た感覚で宣言した。
アラジンであれば、あの二人も警戒はしないだろう。何度も言うが、アラジンには表現できないような魅力がある。
唯一の不確定要素があるとすれば、彼の持つウーゴくんという存在だが、「魔術」という存在をアラジンは知らなかった。それにアラジンは時臣や臓硯のような、
所詮は間桐の落伍者。アラジンの笛を見ても、その相対的な価値を推し量ることは雁夜にはできなかったのである。
「フフフ、友達か〜」
ふわふわとした雰囲気でアラジンは部屋の中を回る。同年代の友だちができるのを、今から心待ちにしているらしい。きっと彼の心は、まだ見ぬ日本のことで一杯だろう。
やはり、こういう人との関わりに飢えているところは普通の子供だな、と雁夜はつくづく感じた。そしてそれと同時に、彼の両親へ義憤に駆られる。どういう事情があるにせよ、こんな小さい子供を放り出すなんて、ろくな考えを持っているとは思えないから。
雁夜の家も特殊だったために、そういった気持ちは人一倍強い。
化け物としか言えない親父と、自分を産んだであろう見たことも無い母親。両親の愛情というものを一度も感じたことのない雁夜からすれば、アラジンは己の生写しのように感じる。
「早く行ってみたいな〜、日本に……:」
窓から外を眺めるアラジンを見ながら、雁夜は静かに思う。
——少しくらい、俺がアラジンに家族の暖かさをあげられたら……。
家族愛を知らない人間が二人。
これから起こるであろう戦争のことなども知らず、今はただ、平和に思いを馳せるのだった。
§
『ここから先が、この家の心臓部だ……と言っても、よく分からないだろうけど』
三日前、初めて出会った男がそう告げた。
どこか震えているのが少女にも分かる。握られている手からは冷や汗が滲み出し、骨の髄まで何かに怯えているように感じ取れた。
そんな男に連れて来られたのは薄暗い部屋。まるで、黄泉の国へと繋がっているのではないかと想起する、気味の悪い場所。
『とても大事な場所だから秘密にしている。誰かに喋ったら大変なことになるからね』
男が少女に向かって悲哀に満ちた笑顔を向けると、一歩後ろへ下がった。
——なんで下がったんだろう。
少女のその疑問は、次の言葉で抹消される。
『さて——この奥にマキリのお爺さまが君を待っている』
——痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
——辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
——甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い。
——嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。
——痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
——辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
——甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い。
——嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。
——痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
——辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
——甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い。
——嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。
——痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
——辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
——甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い甚い。
——嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。
薄暗い地下室で少女は哭いた。
ガサガサと気持ちの悪い音が、体のあちこちから聞こえてくる。
穴という穴は犯され、心という心は踏み躙られた。
三日——、この地獄に突き落とされてから少女は三日間も泣き続けている。
——ダメ、コワレル。
——ナニカイケナイモノガ、クダカレル。
——ダレカタスケテ。
——オトウサン、オカアサン、オネエチャン……。
だが、そんな嘆きは誰にも届かない。
ここに巣食うは一匹の化け物。
数多の命を犠牲に、永く細く生きすぎた憐れな化け物。
それがくつくつと喉を鳴らし、虫に犯される少女をただ見下ろしている。
——コレハ、モウタスカラナイ……。
少女がそう悟った時、全ての希望が彼女の体から剥離した。