マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争 作:ロマニ
「アラジン……くん?」
桜の意識が戻ったのは、アーチャーの襲撃から2日目の昼ごろであった。
最初に目に入ったのは見慣れない天井。ホテルと思わしき場所を見ると、きっと雁夜が自分たちを此処へと運んでくれたのだろうと、察する。
ぐったりとした様子でベッドを起き上がり、隣で寝ているアラジンを見下ろした。カーテンの隙間から入ってくる朝日が、彼女の久しく開いていなかった眼球を焼くようだ。すっと目を細め、その柔らかく小さな手でアラジンの額を撫でてみた。
”熱い。”
汗ばんでいるはずの桜の手よりも、アラジンの額は高熱である。目の隈は取れてきているが、それでもアラジンの容態が未だ快復したとは言えない状況なのだろう。
「っ、起きたのか、桜ちゃん」
アラジンの苦しそうな顔をじぃと眺めていると、玄関口から雁夜が入ってきた。
桜は空虚な瞳で雁夜を一瞥し、そしてまたアラジンへと視線を戻す。
「おじさん、アラジンくんとウーゴくんは?」
「……アラジンはまだ目を覚まさないんだ。……ウーゴくんも」
「そう、なんだ」
桜は残念そうに、痛みに耐えるように言った。
あの晩のことを桜はよく覚えている。アラジンのターバンに乗せられて、離れた位置で彼らの戦闘を目撃していた。
ウーゴくんの痛ましい姿は、今も桜の脳裏から張り付いて消えない。アラジンと共に、ウーゴくんとも遊んだことのある桜からしてみれば、彼も十分に大切な者だ。触れると照れて力が抜ける。ちょっと抜けたところのある不思議な生命体。それでいて優しく穏やかな精霊。
桜はウーゴの悲惨な最後を目撃することこそ無かったが、アラジンがぎゅっと笛を握っていたことからも、ウーゴの消失をなんとなく理解していた。
「ねぇ、おじさんたちは何をしてるの?」
桜はこの数日間ずっと聞けなかったことを、ここにきて初めて問うた。
未だ怖い気持ちはある。聞いてしまえば、あの地獄から救われた日々が嘘のように瓦解してしまうのではないか。そんな言い知れぬ不安感がある。
けれど、問わねばならないことも桜は気付いていた。
だって、現にアラジンがこうして傷ついてしまっている。なんの理由もなく、大切な家族が傷つくのは、いくら心に蓋をしている桜でも耐え難いことだ。せめて、雁夜やアラジンが何の為に危険を冒しているのか。それを知らなければいけないと、桜は幼少ながらも悟っていた。
雁夜はそんな桜の覚悟から逃げるように、目を伏せる。
「……桜ちゃんが知らなくても良いことだよ。大丈夫、おじさんが何とかするから」
「……」
雁夜と桜の間で気まずげな沈黙が流れた。
これほどまでに言葉が詰まる会話を、桜と雁夜は交わしたことがない。大抵は雁夜が桜を甘やかすし、桜も大人が困るようなことは言わない子へと変貌してしまった。
なんの弊害か、二人はここから相手の意見を聞き出す技術を持ち合わせていない。
他人から見れば、ただ雁夜が冷たく突き放しただけ。でも、そこには確かな愛情がある。
桜もそれを感じずにはいられないからこそ、ぎゅっと無意識にシーツを掴んだ。
「わたし、おじさんが血だらけで帰った日に聞いたの……『アラジンくんはどこにも行かない?』って。
そしたら、アラジンくんは『どこにもいないよ』って、『僕もおじさんも私のことが大好きだから』って言ってくれた……約束してくれた……なのに、今じゃこうやってベッドに倒れちゃってる……」
「……」
桜に残された手札は、もはや相手のことなど度外視した独白だった。
己の思いの丈を言葉にする恐怖は拭い取れない。それでも聞いてほしいことがあるし、話してもらいたいことが多々ある。桜は間桐邸に来てから——いいや、間桐臓硯に心を壊されてから、我儘を口にすることは滅多になかった。
だからこれは下手っぴな我儘だ。
歪に歪んでいるが、少女なりの精一杯の甘え。
「ねぇ、どうしてなの? アラジンくんもおじさんも……どうして危ない目にあってるの?」
「桜ちゃん……」
「私はまた……」
——それ以上の言葉は出せなかった。
これを言ってしまえば、本当にそうなりそうだったから。
桜は自身の口を無理やり閉し、虚な瞳から涙を零す。無意識だ。今まで封殺してきた感情が、押し止めることを知らず溢れ返る。
静かに泣く桜は、雁夜の瞳に痛々しく映ったことだろう。これまで喜怒哀楽全てが乏しかった少女の慟哭だ。胸を痛めないほうが無理である。
がしがし、と雁夜は乱暴に頭を掻き、天井を見上げてから嘆息する。瞳には決意の火が灯っているようだった。
「ごめん、ずっと悩んでたよな……俺は本当にどうしようもない人間だ」
「おじ、さん?」
桜は未だ流れる涙を拭き取ることもせず、そんな雁夜の動向を窺う。
「桜ちゃん、今から話すことは全て真実だ。君にとって辛いことが多く含まれるかもしれない。それでも聞く覚悟はあるかい?」
雁夜は優しげに微笑みながら、聖杯戦争——そして、桜の体調に関して詳らかに話すことにした。
桜に全て話し終えた雁夜は、屋上にて夕日が沈む街を見下ろしながら缶コーヒーを啜る。
聖杯戦争や、自分たちの参加目的が「桜を治すこと」と説明すると、少女は安心したように、されど悲しそうな表情で再び眠ってしまった。
無理をしていたのだと思う。昨晩の時点で、ウェイバーが桜の回復が遅いと言っていた。意識が目覚めたからといって、すぐに桜の体調が全快したわけではない。きっと、無理をしながら雁夜の話を辛抱強く聞いたのだろう。
しかし、桜にはあえて伏せた事もある。
それは間桐邸を襲ったサーヴァントが、時臣の使役するアーチャーだと言うこと。
本当に成すべきことを自覚した雁夜は、桜の泣きそうな顔をさらに曇らせることはしなかった。もし、これがライダーに会う前の自分であったならば、きっと雁夜は嬉々として時臣を陥れる事実を語っただろう。それによって桜がどんな感情を抱くとも考えずに。
だから、今回は理性が働いてくれて良かったと素直に思う。
「桜とアラジンの体調も大分良くなってきましたね」
ふと、実体化したランスロットが雁夜に話しかけた。
珍しいこともある。ランスロットは雁夜の乏しすぎる魔力供給を少しでも効率化するべく、霊体でいることが多い。なのに、何の気まぐれか。ランスロットは雁夜の横にあえて実体のまま腰掛けた。
「? ああ、アラジンの顔にも赤みが戻ってきた。この聖杯戦争中に体調が戻るかは分からないけど……そもそも子供の力を借りるべきじゃなかったんだ」
「ふっ、我がマスターながら変なところで貴方は善良だ」
「そうか?」
「ええ。私としてもそれが誇らしいと感じるのです。私と雁夜では違いすぎますから」
ランスロットはそう自重気味に笑った。
後ろに括られた一本の長い髪束が風に揺れる。
「違わないだろ。俺だって皆がいなけりゃ、何もかも履き違えていたさ。今の俺があるのはアラジンや桜ちゃん、それにお前がいたからだ」
「殿方にそのような口説き文句を言われても、嬉しくはないのですがね」
「チッ、人が真面目に言ってるってのに」
本当に騎士らしくない騎士だ、と雁夜は唾棄した。
もちろん、そのニュアンスこそは憎たらしさを含んでいるものの、声音自体は穏やかである。雁夜はきちんとランスロットを信頼しているし、ランスロットは雁夜を好ましく思っている。ここ数日間で獲得したラ絆は、簡単な言葉を挟まずとも疎通できるほど強固であった。
「カリヤと私は本当に違いすぎます」
ランスロットは、先ほど否定されたにも関わらず、再度そう呟いた。
「知っていますか、カリヤ。私がギネヴィアを助ける際に犯した罪を」
「いや……すまんが、そこまでアーサー王伝説には詳しくは無いんだ」
「でしょうね。知っていれば、貴方やアラジンが私に信頼を向けるはずもない」
「……」
ランスロットはそう言って遥か上空を見る。
瞳は憂いに満ち、今にも消えいってしまいそうな儚さがあった。
雁夜は静かに耳を傾ける。ランスロットが溜め込んでいるものを聞かなければいけない。そんな気がしたから。
「私はかつての同胞を——それも何の武装もしていなかった騎士を殺したのです。その騎士はギネヴィアの死刑にも反対していた。私を慕ってくれてもいた。なのに、私は怒りと狂気で眼前のことが見えなくなり、己が宝剣で脳漿を砕いた」
「っ、それは」
雁夜は次に出す言葉を見失ってしまった。
なんと声を掛ければいいと言うのだ。目の前で懺悔する男に、ただ一般的に生きてきただけの雁夜が、なんと声を掛ければいい。
あの夢の内容を思い出す。皮膚と骨だけになったランスロットが、闇を彷徨い呪詛を撒き散らす晩年。誰に裁かれることもなく、ただ己が背負う罪に押しつぶされた男の末路を、雁夜は何も言うことはできない。
「私が犯した罪はあまりに業が深い。なのに、カリヤ。あなたが復讐に走ろうとした時、私もまた同じ道を歩もうとした。狂気に身を落とした者が、どのような末路を辿るか知っておきながら。
此度の聖杯戦争で私がバーサーカーとなったのも、もしかしたら、あの時のようにただ己が狂いたかっただけではないか……そう思う時があるのです」
聞いていた雁夜は沈み切った夕日を一瞥し、次に街頭を見つめた。ぽつぽつと明かりが点き始めている街は、これから暗闘が始まるのを示しているように思える。また、薄暗い景観は自分たちの心に巣食う狂気と言う悪魔を彷彿とさせた。
「……確かにお前の言う通りかもな、バーサーカー。俺とお前は違う」
雁夜は白状するように、ベンチに後ろ手で手をついた。
「お前は毒舌だし。心ないことで俺を傷つけるし。魔力は馬鹿みたいにもってくし。コスパは悪いし。本当に騎士なのかも疑いたくなる奴だ」
でもな、と雁夜は続けた。
横目でランスロットを見て、薄く笑みを浮かべる。
「それ以上にお前は頼りになるし、優しいし、高潔だし、人を愛せるし、誰よりも気高い騎士だと思うぞ」
「私に、そのような——」
「うるさい。誰だって罪は犯すものなんだよ。神様だって間違えたりする。お前がやった事も本当に最低だと俺は思うよ……ていうか、ぶっちゃけ引いた。
けどな、ランスロット。それを悔いているなら、まだ大丈夫だ」
やってしまったこと、起こってしまった事はどうしようもない。
そんな簡単な一言で済ましていい筈もないが、人間がどれだけ頑張ろうと、結局は逆らえない事象というものがある。
大切なのは、それを踏まえてどう落とし前をつけるか。
雁夜もライダーに言われた、「未来を見ていない」と。
本当にその通りだった。時臣を殺すと息巻いていた時の雁夜は、未来を見ず、ただやるせない怒りを仇敵にぶつけようといていた。そして、それを終着点として定めていたのだ。
ぶつけてしまえば、新たな悲劇が生まれるとも考えずに。
ランスロットはそれをぶつけてしまった側。雁夜は何とか踏み止まれた側。
両者の間には明確な隔たりができてしまった。
だが、それ故に投げかける言葉もある。
「本当の狂気に呑まれたやつは、悔いることもしないし、顧みることもしない。
お前はこれから、ちゃんと向き合うべきだ。狂気という逃げ道へ走らず、きちんとな。何のためにこの聖杯戦争にやって来たのか、お前が本当はどうなりたいのか。それを決めるのは、その全部を飲み干した時でいいじゃないか。俺だって、お前が狂気に走らないよう援護くらいできるはずだ」
そう言って雁夜は令呪を見せた。
誰もが喉から手が出るほど欲する令呪。それを、ただバーサーカーの狂気を抑えるために使用する。聖杯戦争の勝敗になんら直結するわけでもない些事。そのためだけに使うと雁夜は曰うのだ。
ランスロットは嘲笑する。
雁夜の馬鹿さ加減に、そして自分の愚かしさに。
「だから、ランスロット。俺が狂気に走ろうとした時は、お前が俺を止めてくれ。俺は時臣を殴り飛ばす覚悟でいるけど、もしかしたら歯止めが効かなくなるかもしれん」
「……その時は血管という血管から血が吹き出し、雁夜は死んでしまうかもしれませんよ」
「お前……やっぱ騎士らしくない」
雁夜とランスロットはその後、しばらく談笑を続けた。
アラジンと桜が眠りについてからと言うもの、彼らの気が休まった事はない。けれど、今日は桜が目覚め、ある程度の問題ごとに目処がついたおかげか、こうしてまた気軽に話に花を咲かせられる。
ランスロットも、雁夜の言葉が安い慰め程度にはなったのか、いつも通りの表情を取り戻していた。今はそれでいいと雁夜は思う。彼の悩みを完全に取り除くのは、それこそセイバーでなければならない。雁夜にできることは、同族の傷の舐め合いまでだ。
そうして、30分が経過したあたりである。
突然のマナの乱れに、雁夜とランスロットの顔が強張った。
§
「おや、これはジャンヌ」
セイバーらが異変を感じ取り未遠川へ辿り着けば、キャスターは川の真ん中で獰悪に笑った。
彼の横には四艇の小型ボートが浮いている。ボートには3、4人の子供が搭乗し、アインツベルンの森で見た時と同じように虚な目をしていた。
未だ酸鼻の景観は作り上げられていない。臓物臭もしなければ、鮮血で汚れた箇所すら見えない。
だが、それが何の気休めになろうか。
セイバーは既に知ってしまっている。目の前の男が、どれだけ醜悪に、卑劣に、残虐な行いができるかどうかを。何の罪もないいたいけな子供らが、ただ我意のためだけに殺戮されたことを。
セイバーはその気高い感情から、ただの目の前の外道を滅ぼすためだけに雄叫びを上げ、駆けた。
「この外道め——!」
セイバーの疾走を、キャスターはただ哄笑する。まるで白銀の貴影を歓迎するかのように、手に魔本を掲げてはケラケラと喉を震わせた。
あまりに悍ましい。
キャスターのぎょろりと見開かれた目は、地獄の深淵を覗かせるように不気味であった。
「ああ、聖処女よ! この不肖不肖ジル・ド・レェが催す死と退廃の饗宴にお越しいただき、恐悦の至り! 貴方まで列席していただけるならば、私としても至上の歓びですとも!
ですが——!」
ぞっとするほど禍々しい邪笑に顔を歪め、かつてないほどの狂気の相を露わにしながらも、キャスターは応じた。
「今宵の主賓は貴方ではない」
瞬間、4艇のボートに乗せられていた子供たちの体が爆ぜた。
文字通り、肉体が二つに割かれたのだ。最後まで悲痛な叫びを上げることもなく、きっと、自分が死んだことにも気づかないまま、子供たちは醜悪な怪物の贄となった。
失笑するキャスターは、これ見よがしに満足げに頷く。
駆けていたセイバーもあまりの唐突さに足が止まり、瞠目した。
「貴、様——性懲りも無くっ!」
怒りを露わにしたセイバー。されど、キャスターにとってはどこ吹く風で失笑する。
キャスターにとって今宵の宴は神へと捧げるもの。ジャンヌ・ダルクと思わしき聖なる乙女へ愛を捧げるものではない。
なればこそ、これは当然とも言える帰結だった。
「傲慢なる神を! 冷酷なる神を! 我らは御座より引き摺り下ろす! 神の愛した子羊どもを! 神の似姿たる人間どもを! 今こそ存分に貶め、凌辱し、引き裂いてやろう! 神の子たちの嘆きと悲鳴に、我ら逆徒の哄笑を乗せて、天界の門を叩いてやろう!」
キャスターの足元の水面が、ごぼりと盛り上がる。ボートに乗っている異形らも、次々に川の中へと飛び込んでいった。
セイバーは嫌な予感がし、すぐさま踵を返して走り出す。巻き込まれてしまえば、次の瞬間、自分がどうなっているか分からない。最悪、この場で己の聖杯戦争が幕を閉じることさえ考えられた。
セイバーの直感はまさしく正しかった。
河岸に辿り着いたセイバーが振り返れば、後ろには先ほどまで居なかったはずの汚肉の集積体が顕現している。川底の深さを考えると、そいつの全長がどれほどあるのか。それすら考えるのが億劫なほど、怪魔は巨大に膨れ上がり続ける。
§
同時刻。
ホテルの一室で桜が目を覚ましたのは偶然ではなく、必然だった。
キャスターの宝具によるマナの乱れが原因ではない。もっと身近な、隣で寝ている者の以上を感じ取ったからこそ、桜は目を覚ました。
「アラジンくん?」
桜が横を見れば、夜中ではありえない光量に包まれたアラジンが寝ている。
光の粒は小さな鳥を象っており、何かを運ぶように天上へと昇っていた。
桜からして見れば、その鳥はまるでアラジンを死後の世界へと誘う怪鳥のように見える。
「どうしよう……どうすれば……」
桜は自分にできることを必死に考えた末、アラジンへ呼びかけ続けることしかできなかった。医療知識なんて欠片もない子供だ。さらに言えば、人間が光に包まれる現象など見たこともない。
どう対処すればいいのかも分からなかった。
さぁ、次回久しぶりにアラジン登場予定!
みなさんが大好きな強化イベントかな?
私がこの小説で書きたかったところも、もうすぐです。
終わりも近くなって来ましたので、どうでもいい裏設定をお教えしましょう!
実はランスロットの触媒は、
「雁夜との相性」「アーサー王伝説の本」そして…………なんと「アラジン」自身です。
ソロモンの子孫であるランスロットは、アラジンが触媒にもなってたんですね!
気づいた人はいますか?
こういう裏設定みたいなものが、このSSにはあるので、見つけてみるのもいいかもですね。