マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争   作:ロマニ

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第二夜

「わー、ウーゴくん。街がだんだん小さくなっていくねぇ!」

 

 雁夜の出張期間も終わり、いよいよ日本へと向かうこととなった二人。日本行きの飛行機の中、アラジンは窓にへばりつきながら感嘆の声を漏らした。次の目的地が、前々から楽しみにしていた日本ということもあり、アラジンはかなり浮き足立っているように見える。

 雁夜はそんなアラジンを横目に、C Aから受け取ったドリンクを口につけた。

 二ヶ月——アラジンと出会ってから約二ヶ月の歳月が流れた。

 外国にいる間、雁夜はアラジンとの共同生活をそれなりに楽しみ、休日には少年のためにと小旅行なども行った。世界を見たいと言っていたアラジンは、いつもご機嫌そうにしていたのを覚えている。

 今、思い返してみても楽しい思い出ばかりだった。

 結婚をしていない……親から愛情も受けていない……そんな雁夜にとってこの二ヶ月は、途方もなく幸福なものに感じられた。

 これからも先、ずっと続けばいいのに。

 そう考えはするものの、それが不可能であることに雁夜は薄々感じている。アラジンはあくまで旅人というスタンスだ。一つどころにずっと留まり続けるとは思えない。日本に行き、そこでアラジンが次の目的地を定めれば、雁夜との関係は終わりを告げるかもしれない。

 ——だが、その時が来るまではせめて……せめて、少しでも。

 雁夜は思考の海へと埋没しながら、ひそかに手を握る。アラジンが人との関わりに飢えていたように、雁夜という人間もまた、人との関わりに飢えていた愚者なのかもしれない。

 

 

 

§

 

 

 

 日本に到着した雁夜とアラジンは、公共交通機関を駆使し冬木市へ訪れた。

 道中、日本が誇るファストフード「おにぎり」を食べたアラジンの感想は、「まいゆ〜」という気の抜けたものである。アラジン曰く、今まで食べた料理の中でも最高峰とのことらしい。やっぱり日本の食文化は世界的に見ても質が高いのだろう。かく言う雁夜ですら、三ヶ月の海外料理に慣れすぎて、久しぶりに食べた日本米に涙を流したほどである。彼の舌は日本食に過剰反応するようにできてしまったらしい。

 

「へぇ〜、ここがおじさんの生まれた街なんだね!」

 

 風に髪をたなびかせながら、アラジンは街を見渡す。

 雁夜とアラジンが出会った街も、高層ビルやらマンションやらが立ち並んでいた。それに比べれば、こちらの街並みは少しだけ開発が遅れているように感じられる。あちこちで工事をしているため、まだ都市開発の途中だろうことが分かった。

 

「ああ……と言っても、こっちは新都だから、正確にはあっちの深山町が俺の生まれ故郷だ」

 

 西の方角へと指を差す雁夜。それにつられてアラジンも、そちらへと目をやった。

 

「じゃあ、今日はその深山町というところへと行くのかい?」

 

 それを聞いた雁夜は首を横に振って答える。

 

「いや、あそこには近づかない」

 

 雁夜には冬木市に立ち寄ったとしても、必ず踏み入らない領域がある。

 それが間桐の家がある深山町だ。もう十一年は帰っていないと記憶している。あの化け物の筆頭である自身の父、間桐臓硯が存命しているうちは、否が応でも家に帰るつもりは無かった。

 勿論、あの化け物にアラジンを会わせるつもりも無い。ウーゴくんを見せれば、あの化け物に何を企まれるか想像もできなかった。

 

「そうなんだね、分かったよ。それじゃ新都だけでも見て回ろっか!」

 

 雁夜の微妙な変化に気が付いたのか、アラジンがそう言った。深く追及するつもりは無いらしい。雁夜もアラジンの好意に笑顔を浮かべる。

 

「ああ、でもその前に公園に行こう。この時間帯なら、前に言ってた娘たちがいるはずだ」

「あ、凛さんと桜さんって子達かい!? フフフ、楽しみだなぁ〜」

「きっと仲良くなれるさ」

 

 雁夜はそう言って踵を返す。その足取りはどこか軽く、何かに期待しているように感じられた。

 雁夜とアラジンが少し歩けば、そこには緑の豊かな公園が広がっていた。太陽の日差しは程よく差し込み、子供たちをキラキラと照らしている。

 ふと、雁夜が公園を見渡せば一人の女性が目に入る。屋根付きベンチに腰掛けて、本を読み耽っている遠坂葵だ。

 

「やあ、葵さん」

 

 雁夜が葵の名前を呼べば、彼女はそれに呼応し顔をあげる。

 

「あら雁夜君、久しぶり。出張から帰ってきたの? 今回は随分と長かったのね」

「あー、まあね」

 

 三ヶ月ぶりに見る彼女を、相変わらず綺麗だな、と思いながら見る雁夜。少しだけ会話のしづらさを感じるものの、それだっていつも通り。雁夜からすれば、葵と己の距離感はそのくらいで丁度いいと思っていた。

 

「あれ、その子は誰?」

 

 葵が雁夜の後ろに佇む少年を見ながら問いかける。

 彼女からすれば初めて見る顔だ。この公園にはよく来るはずの自分が、見知らぬ子供がいるとは思わなかったのだろう。

 

「やあ! 僕はアラジン、カリヤおじさんの世話になっている者さ! よろしくね、葵おねいさん」

 

 アラジンがそう言って、ふらふらーっと葵に近づく。雁夜は咄嗟に危険を感じたので、アラジンの首根っこを引っ掴んで、それを止めた。海外にいるときにも何度か見たが、アラジンは無類のお姉さん好きである。流石に人妻に手を出させるのはまずい。相手が時臣といういけ好かない奴でも、雁夜として思うところはまだあった。

 それに……、

 

「あ、カリヤおじさん!」

「やあ、凛ちゃん、久しぶり」

 

 アラジンが葵に飛びかかる場面など、その娘には見せられるものでは無かった。

 

 

 

 遠坂凛にとって、それは不思議な出会いだった。

 最初に彼を見かけた時の感想は、ひ弱そうな男、というなんとも残念なものだった。胸に巻いたサラシは女を彷彿とさせ、身長に関しても相手の方が小さい。肉体的な強さだけで判断するのは愚かしいことと知っていながらも、目の前の少年はあまりに頼りなさそうというのが凛の意見である。

 そんな少年と出会ったのは、いつも遊びにくる公園。顔馴染みである間桐雁夜が、その少年を連れて歩いていた時だった。

 

「カリヤおじさん、その子は?」

 

 母親と雁夜が話していたところに割って入り、凛は少年を指差す。

 雁夜が結婚していたという情報は母親から聞いたことがない。つまり、雁夜に子供などいるはずもなく、また彼と少年ではあまりにも似てなさすぎた。

 

「やあ、僕はアラジン! 君が凛さんかい?」

 

 少しだけ拙い日本語でアラジン、と名乗る少年が挨拶をした。

 凛はなぜ自分のことを知っているのか、と疑問に思ったが、それについてはすぐに合点がいく。

 

「ああ、凛ちゃんについてはおじさんから話をしたんだよ。アラジンも君と同じくらいの歳だから、仲良くしてもらおうと思ってね」

 

 雁夜が頭を掻きながら言うと、凛はうなずいて笑顔を作った。

 

「そう。私は遠坂凛よ。よろしくね、アラジンくん」

 

 アラジンは凛の笑顔を見て、ぽかんと呆けた表情を浮かべた。

 今まで凛の笑顔でこのような態度を取られたことはない。同年代の男女問わず、みんな一様に凛の可憐さへ目を奪われるくらいだ。

 ——何か、変なことでも言ったかしら?

 一抹の不安が凛の頭に過ぎるものの、すぐにそれは無いと確信した。ただ名乗っただけなのに、おかしいと思われるなど心外だ。それこそ、「遠坂凛」という名前そのものがおかしいと言われているみたいではないか。

 だから凛は「なに?」と少しだけ声を低めてアラジンに問いかける。

 

「あ、ごめんよ〜……ただ、凛さんの笑顔って、こわいカオだなって思っただけさ」

 

 アラジンが悪意の無い笑顔でそう言えば、ピキッ、とどこかから音が響いた。

 

「なん、ですって?」

 

 凛の上がっていたはずの口角が、ますます吊り上がる。見る人が見れば、それはまさしく般若の形相。虎みたいな恐い目が、アラジンの心臓を鷲掴みにした。

 

「お、怒らないでおくれよ! 僕は別に、凛さんのことを化け物見たいなんて」

「あら、大丈夫よ。別に怒ってないわ。ただ、今日はじめて会った男の子に、怖い顔って言われたから、少しだけ驚いてるの」

「その割には目が笑ってないじゃないか!」

「笑ってるわよ。うふふふ、アラジンくんって面白いこと言うね」

 

 がし、と凛がアラジンの手を取る。

 決して好きな人とフォークダンスを踊る前のような、優しい握り方ではない。ライオンが獲物を仕留めるとき、首に噛み付くような握り方である。

 凛からすれば、アラジンというデリカシーのかけらもない男は万死に値する存在だ。レディに対しては、それ相応の気遣いと思いやりが必要なのである。凛の中でそれらを完璧にこなすのは自身の父くらいだ。あの貴族に相応しい立ち振る舞い、遠坂の家訓を体現した男の姿は、まさしく凛の憧れである。そう考えれば必然。アラジンのような男は、凛にとって塵芥と相違ない。

 

「ど、どうしよう! おじさん助けておくれ!」

 

 アラジンが何か危険を察知したのか、必死になって雁夜へと目を向ける。

 しかし、一連の流れを見ていた彼は、

「ごめん。あれはどう見ても、お前が悪い」

 と言って、アラジンに合掌するだけであった。

 哀れなり。幼年の凛は、最早雁夜すらも黙らせてしまうくらい凄みがあった。葵は我が子の強さを垣間見て、将来に対して苦笑いを浮かべる。

 

「さあ、ちょうどあそこでボール遊びをしていたの。アラジンくんも一緒にやりましょう!」

「痛い、痛いよ! もっと優しく握ってはくれないかい!?」

「あなたにはこれで十分でしょ」

「そんな〜……」

 

 側から見れば仲良さげな、少年と少女。今日はじめて出会ったにしては、違和感という三文字が働いていない。

 だが、それは第三者から見たときの感想である。当人たちからすれば、恐怖と怒りしかその場にはない。アラジンは身をブルブルと震わせ、凛はギラギラと目を光らせていた。

 

 手を引っ張られてからというもの、アラジンは悉く凛に勝負で負けた。ボール当て・かけっこ・靴飛ばし・鉄棒などなど、それはもう完膚なきまでに敗北した。文句の付け所なんて見つけられないくらいの完全勝負だ。

 肩で息をするアラジンに比べ、凛は涼しい顔をしたまま佇んでいる。体の強さは、凛の方が一つも二つも上であることが証明された。アラジンはそんな凛を見上げると、凛は呆れたように額に手を当てる。

 

「本当に弱いわね。全然、私に勝てないじゃない」

「うぅ〜、僕はあまり体が強い方では無いのさ」

 

 アラジンが仰向けに倒れ込みながら、言い訳がましく呟く。凛はそんな情けない少年を見下ろして、柔らかなゴムボールをアラジンのお腹に向けて投げた。

 これでは全く気を逸らすことができない。

 凛はそんなことを考えながら自分もその場に座り込む。

 

「あ、そうだ凛さん。一つ聞きたいことがあるんだ」

「なによ」

 

 ぶっきらぼうな目つきで返す凛。出会ったときの笑顔は既に無い。どう考えても、これが遠坂凛という人間の素顔なのだろう。アラジンもそれを理解しているのか、目尻で曲線を描きながら続ける。

 

「桜さんって子はどこにいるんだい? 凛さんは怖いから、僕は桜さんっていう子とお話をしてみたいのさ!」

 

 アラジンは寝転がった状態で頭を振った。

 上下反転して見える公園には、凛やアラジンと同い年くらいの子供がちらほらといる。ということは、その中に遠坂桜という少女がいるのだろう。

 少なくとも、アラジンはそう考えているようだった。

 

「……桜はもういないの」

 

 だから凛は意を決したように言った。

 今日だって彼女がここで遊んでいたのは、桜のことを忘れようと我武者羅に遊ぶためである。葵も凛の辛さは理解しているのか、喜んで外に連れ出してもらえた。おかげで、少しだけ桜のいない日常を紛らわすことができた。

 けれど、少女にとってまだ足りない。時々、妹の笑顔が脳裏にちらついては消える。未練がましいと言われても仕方がないことだ。

 

「え? それはどういう意味だい?」

「言葉通りの意味よ……桜は、()()ではなくなったの」

「遠坂では無い? ん〜、難しい表現だね……何かの謎かけ?」

 

 アラジンの理解力が乏しすぎるせいか、少年は起き上がって腕を組んだ。

 

「はあ、あなたって意外と馬鹿なのね」

 

 凛が呆れたように言うと、「えっ」とアラジンが漏らす。

 それに対して、「別になんでもないわよ」と凛はそっぽを向いた。これ以上アラジンに、桜について説明する必要はないからだ。

 しかし、あることに凛は気が付いた。アラジンと一緒にいた雁夜は、桜の養子先となった間桐家の人間だったはず。両親が一度、そういう話をしていたのを思い出した。

 ——ならば、アラジンも桜と同じ魔術師の血を受け継いだ養子?

 凛の頭が妙に冴え渡る

 

「ねえ、アラジンくんって間桐の子供なの?」

 

 期待のこもった目でアラジンに問いかける凛。

 アラジンはそれを受けて申し訳なさそうに頭を左右に振った。

 

「ううん。僕はおじさんのお世話になってはいるだけで、間桐じゃないんだ」

「そう、なんだ……」

 

 もしアラジンが間桐の養子になる子供なら、桜のことを間接的に頼もうと思っていたのに。

 凛は少しだけ残念な気持ちになる。目の前の少年は、確かにデリカシーも優雅さもないが、どこか信頼できる男の子だった。それに彼が桜と仲良くなれば、この公園で桜ともう一度で会える可能性もあった。養子に出されてから一度も見かけなくなった妹。今どうしているのか、凛はそれが気かがりとなっている。

 

「もしかして、桜さんは間桐の子になったのかい?」

 

 妙なところで察しのいいアラジンを、凛は一瞥する。

 

「そうよ。桜は遠坂の子じゃなくて、間桐桜になったの」

「そっか、寂しいね」

「ええ、多分桜は寂しがってると思うわ」

 

 凛がそう答えると、アラジンは頬を掻いた。その手癖からは、そう言う意味で言ったんじゃないんだけどな、という気持ちが秘められているように思える。

 だが、あえて凛はそれを無視した。

 

「ねえ、教えてよ。桜さんってどんな子なんだい?」

 

 アラジンが仕切り直しと言わんばかりに、そう問いかける。

 凛はいくらか悩んだ素振りを見せたが、直ぐにどうでもいいかと考え直した。

 

「あの子、普段はニコニコと私の後ろをついてくるだけで、いざという時に危なかっしいの。『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って人懐っこくて、人一倍甘えん坊だから」

「可愛い子なんだね、桜さんって」

「あんたには釣り合わないくらいに、ね。けど、そんな子だからこそ心配なの。いきなり他人の家の子供になるなんて、耐えられないんじゃないかって……でも、私はあの子のお姉ちゃんじゃなくなったから……」

 

 それっきり凛は口を閉じた。少女の中で妹が妹じゃなくなると言うのは、どのような思いなのだろう。兄弟がいないアラジンに、凛の心情を理解することはできない。

 変わりに、アラジンにも分かることはあった。凛がどれだけ桜のことを思っていたのか、それを推し量ることは可能だった。旅をし、多くの人間と触れ合ったアラジンだからこそ、凛の素直な気持ちを率直に受け入れられる。

 

「へ〜、凛さんってこわいカオだけど……妹想いの、いいおねえさんなんだね!」

「っ、そういうんじゃ無いわよ」

 

 照れ隠しからか、凛は頬を朱色に染めて目線を逸らした。

 けれど、アラジンの追撃は止まらない。

 

「大丈夫。桜さんも、君のそういう素敵なところを分かっているはずさ!」

 

 ニコニコと純朴に咲かせる笑顔を、凛は直視できなかった。アラジンの人畜無害そうな態度が、今の凛には嬉しかった。同年代くらいの子供で、こんなふうに励ましてくれたのはアラジン一人だけである。大抵の友達はまだまだ小学生らしい考え方と価値観しか持っていない。時折見せるアラジンの大人な雰囲気は、凛にとって温く、何より独特な気持ちにさせた。

 

「……あーあ! 馬鹿らしい!」凛が声を荒げて立ち上がる。「なんで私がアラジン君なんかに、こんな話をしてるの!?」

「ええっ、そんなの僕にも分からないよ!?」

 

 凛の怒声にアラジンは徐に身を引く。彼としては、思ったことを素直に言っただけにすぎない。それなのに、凛からは何故か馬鹿にされたような言葉が返ってきた。同い年の女の子は気難しいな、と眉間に縦しわを作るアラジン。

 

「でも桜さんか〜。ますます会いたくなったね〜」

 

 足をバタバタとさせながらアラジンが言えば、凛は頷きでそれに返す。

 

「ねえ、桜に会えたら仲良くしてあげてくれない?」

 

 その言葉に、どのような意味合いが含まれているのかは分からない。

 悲しみなのか、喜びなのか、期待なのか、それとも絶望なのか。

 まだ二桁の年数も生きていない子供には、感情の言語化などできようはずもない。

 だからこそアラジンは、そんな凛の表情を見て、曖昧ながらも笑みで返す。

 

「……うん!」

 

 遠坂桜、元い間桐桜。

 アラジンの中で会ってみたい人間ランキングに入ったことは間違いなかった。

 

「あれ、おじさん?」

 

 凛と話していたアラジンが、公園の外を歩く雁夜を見つけた。

 凛も釣られてそちらへ目線を投げる。そこには雁夜の急いで歩く姿が目に入った。遠目からなので表情は読み取れない。しかし、雰囲気としてはいつもの雁夜らしく無い気がした。

 

「なんか急いでるように見えるわね」

「どうしたんだろう? おトイレかな」

「だったら、公園に設置されてるやつを使うでしょ」

 

 アラジンと凛の間で憶測が飛び交うも、いい答えは出なかった。

 となれば、答えを知ってそうな人間に聞くのが手っ取り早い。凛とアラジンは屋根付きベンチに腰掛ける葵の下へと走った。

 

「葵おねえさーん」

「アラジン君」

 

 葵の下に到着すると、彼女はもの寂しい表情を浮かべていた。空虚感に囚われている、と言えばいいだろうか。何かが剥げ落ちてしまった時のような顔色に似ている。

 雁夜と何かあったのは明白だ。

 その認識が凛とアラジンの中に芽生える。

 

「おじさんが思い詰めたような顔をして、どこかへと行っちゃたようなんだけど、何か知らないかい?」

 

 アラジンの問いかけに葵は目を伏せた。

 

「……間桐の家に戻るって」

「え?」

 

 素っ頓狂な声が出た。アラジンは、まさか、といったような顔をしている。凛からすれば、間桐の人間が間桐に帰るのは当然のことだと思ったが、何か自分の預かり知らぬところで軋轢があるのかもしれないと感じた。

 

「おじさん、家に帰る気になったのかい?」

 

 葵は猫のようにこくりと頷く。

 アラジンからすれば、間桐の家に帰りたくなさそうにしていた雁夜が、突然、しかもアラジンを置いて帰ろうとすることに疑問を抱かずにはいられなかった。葵の様子を見れば、雁夜が帰ろうと思った理由も知っているはずだ。だが、そんなことは聞かなくてもなんとなく分かることがある。

 間桐桜。

 自分が帰りたくない家に、桜という大切な知り合いが養子となったのだ。雁夜からすれば、耐え難いナニカがあるのだろう。

 こうしてはいられない、とアラジンは踵を返す。

 しかし、それは葵の手によって止められた。

 

「だめよ、アラジン君は私の家に来て。雁夜君に頼まれたの」

「おじさんに?」

「ええ、面倒が見れなくなってすまないって言っていたわ……」

 

 見れば、葵も何故か戸惑ったような表情をしていた。

 雁夜がなぜあそこまで必死になっているのかが分からないのだろう。当然、それはこの場にいる全員が当てはまること。凛も、アラジンもすべからく間桐という家に詳しくない。

 雁夜がなぜ間桐と家を毛嫌いし、近づこうとしなかったのか。一緒に海外で過ごしたアラジンにすら、雁夜は実家の話をほとんどしてくれなかった。

 それをなんとなくアラジンは悲しく思う。

 隠していることを憂いているわけではない。ただ、自分を頼ろうとしてくれないことに寂しさを感じていた。

 アラジンからすれば、雁夜は父のような、友達のような、兄のような存在だ。だからこそ、何か問題があるのなら一緒に解決したいと、力になりたいと願う。

 

「ごめんね、葵おねえさん。やっぱり僕はおじさんと一緒に行くよ」

 

 葵の手を優しく振り解き、アラジンは笑った。

 その笑顔に込められた意思は何者にも侵されないように見える。横目で見ていた凛ですら、少しだけ見惚れてしまった。

 

「でもそれは……」

「うん。きっと、おじさんは望んでいないかもしれない。それでもね、僕はおじさんのことが大好きなんだ。一人にはさせられないよ」

 

 アラジンの中には解答がある。であれば、あとは行動に移すだけだ。

 このまま雁夜が一人で行ってしまわないように。

 雁夜が苦悩で押しつぶされてしまわないように。

 アラジンは雁夜とともに、その間桐邸へと乗り込むことにした。

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