マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争 作:ロマニ
閑静な街並み。日毎に開発の進む新都と違って、この辺りはまるで時が止まったかのように古い景観を残している。雁夜の故郷とも言える深山町ではあるが、彼自身、思い出に浸る気はないらしい。先ほどから歩調も緩めず、景色を見ようともしなかった。
対してアラジンは、初めて見る日本の家屋に興味を示しながら歩いていた。和風、というのはこういうもののことを指すのだろう。そんな益体もない感想を胸に抱きながら、頭では間桐家について考えている。
不老不死を目指している老魔術師。
それが支配する魔術の家系。
雁夜から教えられた間桐家の真相とは、簡単に言えばそんなものだった。魔術というものを知らないアラジンからすれば、どれだけの脅威があるのかは計り知れない。第一、間桐臓硯なる者が、どのような悪事を働いているかなど、アラジンには想像も出来ないのである。
だが、雁夜はアラジンと違い、間桐臓硯を悪として認識している。魔術による外道な延齢と、間桐に伝わる悪徳な魔術体系。それらが嫌で家を飛び出したというのが、アラジンの聞いた雁夜の半生であった。
「最後の確認だ、アラジン。俺が奴と交渉を試みる。決裂しそうな時は、お前の力を頼って桜ちゃんを無理やり奪った後、法的処置をとる」
歩調を緩めることのなかった雁夜が、スピードを少し下げてアラジンに言った。
どうやらもう少しで間桐邸に到着するらしい。アラジンもそれが分かったため、厳粛な態度で頷く。ここから先は雁夜のいう敵地である。
「うん、わかったよ。最後のあたりはおじさんの方が詳しいから、僕の出る幕は無さそうだね」
「あの化け物が人の法に縛られるとは思えないがな……」
雁夜が憎々しい表情を浮かべた。何十年、何百年と生きてきた怪物が間桐臓硯である。人の法で裁けるのであれば、とっくの昔に処断されていたことであろう。それが今もなお、間桐の毒として生きていることを鑑みれば、あの老魔術師の恐ろしさがよく伝わった。
気が付けば、鬱蒼と聳え立つ洋館の前で二人の足が止まる。
雁夜からすれば10年の時を経て、再び生家の門前に立ったということだろう。これを見て蘇ってくる思い出には、快いものなど一つもないはずだ。
アラジンも雁夜につられ顔をあげる。見る人が見れば、立派な肝試しスポットになりそうなその邸宅をマジマジと見つめた。
すると——光が飛んだ。
鳥を象ったような光だった。
アラジンからすれば見慣れたものであるが、その正体が何であるかは知らない。ただ、どことなくその光が寂しげに映った。何かを訴えてくるかのような、物寂しさを感じずにはいられなかった。
アラジンはいつの間にか、邸宅ではなくその光を凝視していた。
「? どうした、アラジン」
「いや、少し気になることがあってね……」
アラジンの見えている光は、他人には見えない。
だから、この寂しそうな感情もアラジンにしか伝わらない。
少年は考える。光が何故こんな寂しそうな、悲しそうな気持ちを伝えてくるのか。いつもは力を分け与えてくれる存在なのに、今回はなぜ感情を曇らせているだけなのか。
そして一つの考えに帰結した。
「ねえ、おじさん。どうして臓硯さんという人は不老不死を目指してるんだい?」
純朴な瞳で質問を投げかけたアラジン。
その問いかけに、雁夜は終ぞ答えることが出来なかった。
§
門前で繰り広げた奇妙なやりとりの末、ほどなくして雁夜とアラジンは間桐邸へと入っていた。その
さて、そんな雁夜とアラジンが通されたのは一室の応接間だった。雁夜は勝手知ったる部屋の中で、設置されたソファに腰を据える。アラジンもそれを真似て雁夜の隣に座った。
しばらくして、応接間の扉がキィと鳴って開いた。
「ほぅ、これは意外な客が来たものだな。……その面、もう二度とワシの前に晒すでないと、確かに申しつけた筈だが」
低く嗄れた声だ。
アラジンがそちらへと目を向けてみれば、そこにはミイラと見紛うほどに萎びれた老人が立っていた。
彼が間桐臓硯なのだろう。
アラジンは老人の周りに彷徨く光を見ながら、そう確信を得た。
「聞き捨てならない事を聞いた。遠坂の次女を間桐が養子にとったという、おぞましい噂をな」
怖気付く様子もなく、雁夜はそう切り出した。目の前にいるのは、彼からしてみれば生涯を通して、嫌悪と憎悪を向けてきた人物だ。たとえこの男に殺されたとしても、雁夜は最後まで相手を蔑み抜く覚悟を固めているのだろう。でなければ、10年も前に間桐を離れ、自由を得ることなぞできるはずもない。
臓硯は息子の意を汲んでいるのか、雁夜の失礼な物言いなぞ気にする様子もなく、対面のソファに腰掛けた。その際、雁夜の隣に座っているアラジンへ臓硯は怪訝な瞳を向ける。が、すぐにそれは雁夜へと移った。
「はてさて、それが貴様とどのような関係がある。間桐の家を出奔した貴様に、それを
「俺はあんたの所で、遠坂の次女が危険な目に遭うのが気に食わないだけだ。詰っているわけじゃない。そもそも間桐の家なんぞ、さっさと潰れてしまって構わないとすら思っている」
「相変わらず、可愛げのない奴よのう。身も蓋もない物言いをしおって」
雁夜の目がいっそう鋭くなった。心の底からああ願っていることは誰が見ても明白である。
アラジンはそんな雁夜と臓硯の押し問答に口出しもせず、傍観人を貫いた。
「単刀直入に言う、臓硯。今日俺はここに交渉に来た」
「交渉?」
「そうだ。遠坂の次女を俺の養子にするための交渉だ」
「ククク——失笑を禁じ得んな」
暗にお前では無理だ、と臓硯の目が語っていた。
雁夜という男を、臓硯は心底あなどっているのだろう。その証拠に、雁夜が向ける怒気なんぞ、涼風を浴びるような笑顔で流している。およそ人間らしい情緒など欠片も窺えない。それは怪物の笑みだった。
しかし、雁夜はそんな冷笑を向けられても己を見失わず、淡々と己の見識を述べ続けた。
「お前はどうせ間桐の存続などどうでもいいんだろう? 欲しいのは万能の願望器。あんたの不老不死を完璧な形で叶えてくれる聖杯だけだ。俺たち間桐の魔術師はそれを奪うための道具でしかない。違うか?」
そう雁夜が言い当てると、臓硯はこくり——首を縦に振った。
「左様。お主や鶴野の息子よりも、なおワシは後々の世まで生き永らえるじゃろうて。だがそれも、この日毎に腐れ落ちる身体をどう保つかが問題ではあるがの」
「チッ——吸血鬼め」
「そう睨むな。ワシは貴様の交渉次第では飲むのもありだと思うておる」
臓硯の延齢方法を知っている雁夜が思わず悪態をつく。
だが、臓硯は話を進めることに雁夜を集中させた。アラジンも話を続けるべきだと考えたため、雁夜の顔をじっと見つめる。雁夜はアラジンの瞳を見て、一つ大きく息を吐いた。
「俺の案はこうだ。間桐桜は間桐雁夜の庇護下で育てる。あんたの魔術の鍛錬を受けるのは俺だ。俺が長い年月をかけて学び、それを桜に継承する。そうすれば、次次回の聖杯戦争にはそれなりの魔術師が用意できるはずだ。どうせ、あんたはそれくらいの長い年月を待つつもりだったんだろ?」
それを聞いた臓硯はさぞや楽しそうに喉を震わせた。
雁夜はそんな老人の態度に眉を顰める。
「雁夜、お前にしては中々悪くない案を言ってくるではないか、そこの小僧が何か関係しておるのか?」
じろり——。
臓硯の醜悪な眼差しがアラジンの矮躯に突き刺さる。光の灯らない眼窩はまさしく深淵を模したような闇。何を考えているのか、何を感じているのか。それは見られたアラジンにすら理解はできなかった。
しかし、それに反してアラジンの心は穏やかだった。臓硯の視線を侮蔑することもなく。ましてや恐れることもない。アラジンは非常に落ち着いた様子で、臓硯の闇を見返した。
「お爺ちゃん、これはおじさんが自分で考えた案だよ。僕はなにも考えていない」
「ならば貴様は誰じゃ? よもや、この落伍者の息子と宣うではないな」
臓硯からの質問にアラジンは笑顔を浮かべる。
「僕はアラジン。旅をしていた者さ」
それを聞いた老魔術師の顔は、見事なまでに皺の一本一本を険しくしていた。
臓硯が聞きたかったことは、そういうものではない。アラジンが何故この場に同席し、何故化け物と分かっている臓硯を恐れないのか。それを知りたがっていたのだろう。
決して、益体もない名前と身分を聞きたかったわけではないのだ。
臓硯は再度アラジンについて問いかけるべく、口を開こうとするが、
「話を逸らすのはそこまでで良いだろう。さっきの案、受けるのかどうか早く決めろ」
雁夜がアラジンを庇うようにテーブルを叩きながら言った。
それを鬱陶しそうに見ながら、臓硯はしわくちゃになった細い手で顎先を撫でる。さっきまでの笑顔はすでに消失していた。
「ふむ……そうじゃな。逃げ出した愚息にしては、中々に落とし所として堅実な案ではある。ワシは別に勝てる魔術師さえいれば、それで良い」
「っ、そうか———!」
思わず雁夜は喜色を浮かべる。
だが、臓硯はゆっくりと首を傾げて、次のように続けた。
「しかし、その上で貴様の案は断らせてもらうわ」
「なっ!?」
ソファから立ち上がった雁夜と同じく、アラジンもその言葉には驚きを隠せなかった。今しがた、雁夜の発案は悪くないと言っていたくせに、その上で臓硯は断ったのだ。意味が分からない。おおよそ人の思考回路とは思えない選択肢が、臓硯からはじき出されている。
臓硯はそんな二人の様子を見て、快楽に酔った笑い声をあげる。老人特有の嗄れた声はまさに悪魔の鼻歌だ。まるで雁夜とアラジンのその声を見たくて、わざとやっているようにしか見えない。いや、現にそうなのだろう。この老ぼれは、間桐から逃げ出した離反者と、それが連れてきた得体の知れない少年を玩具にしているに過ぎなかった。
「いやはや、あと二ヶ月遅かったのう。貴様がどういう目的であの遠坂の次女を救い出そうとしたのかは知らぬが、既に手遅れじゃ」
さらに追い討ちをかけるように、臓硯は心底楽しそうに告げる。
「爺ぃ、まさか――」
「初めの三日は、そりゃあもう散々な泣き喚わめきようだったがの、四日目からは声も出さなくなったわ。今日などは明け方から蟲蔵に放り込んで、どれだけ保つか試しておるのだが、ホホ、半日も蟲どもに嬲なぶられ続けて、まだ息がある。なかなかどうして、遠坂の素材も捨てたものではない」
悦楽に浸された老人の顔は見るに堪えないものだった。雁夜は思わず拳を握り込み、それを臓硯の顔面に叩き込む衝動に駆られる。
だが、そんな雁夜にアラジンの姿が目に留まった。
アラジンは目の前の老人が楽しそうにしているのを、寂しそうに、何より悲しそうに眺めていた。雁夜のように憎悪を向けるのではなく、そこには老人への慈しみすら見える。
流石の臓硯も、何故そのような感情を向けられているのか疑問に思い眉を顰める。今日初めて会った少年に、そのようなモノを向けられる言われはない。なのに、臓硯はひどい虚脱感に襲われた。其れこそ、先程まで浮かべていた歓びが、全て消え失せるほどの虚脱感に。
固まってしまった臓硯を尻目に、我に返った雁夜がいち早く次の手を考える。臓硯はどれだけ説得されようと、損得関係無しで全てを台無しにするであろう。そうなれば桜を救える手段は強行突破以外に道は無い。
アラジンも同じことを考えていた。臓硯という人間性を知らないアラジンですら、この老人に舌を振るって力説しても無駄なのだと悟っている。ならば、今は蟲蔵と呼ばれる場所に放り込まれた間桐桜を、無理やり救い出すしか方法はない。
「っ、アラジン! 蟲蔵だ! ウーゴくんを頼む!」
「うん!」
雁夜とアラジンの考えがリンクした瞬間、少年が笛に力を吹き込む。
にゅるにゅると出てきたその巨躯は、応接間には入りきらないほどの巨漢であり、また誰もが見惚れる肉体美を誇っていた。
臓硯はあまりの出来事に目を皿にする。アラジンの笛から出てきたのは、ありえない魔力密度を叩き出すこの世の理から外れた存在だ。人間が召喚・使役することなど、ほぼ不可能なはずなのに、何故かあの笛にはその召喚式がきちんと構築されている。聖杯システムの根幹に関わった臓硯だからこそ、その異常性と危険性に瞠目せずにはいられなかった。
「……貴様、本当に何者じゃ」
気がつけば、臓硯の口からそのような言葉が漏れ出した。
アラジン——。
魔術師として長い間忘却されていた本能が、間桐臓硯に蘇りつつあった。