マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争   作:ロマニ

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第七夜

 桜にとってアラジンは親しみやすい少年だった。

 蟲蔵から救い出してくれた少年。最初はそのように感じていた桜も、アラジンと接していくうちに、そのような崇高なる思いは消えた。

 理由としてはいくつか思い当たるモノがある。

 まず一つ目に、アラジンはとても子どもらしかった。遊びの誘惑には乗るし、何より意外と抜けている部分がある。この前なんて、カリヤおじさんと女の人が載っている写真集を、鼻の下のばして見ていたのを桜は知っている。これに関しては、子どもらしからぬ行動だと桜は思っているが。

 二つ目に、アラジンは桜に友達として接するように言ってきた。

 桜がアラジンにどう接していいのか分からない時、彼は桜に友達として接するよう促したのだ。それこそ遊びたくなれば誘ってほしいと言われたし、何か困ったことがあれば相談してほしいとも言われた。最初は躊躇いがちだった桜も、今ではアラジンが肉体的勝負事に弱いと知ってからは、積極的に遊びへ誘うようになった。姉しかいなかった桜からしてみれば、年上のように振る舞えるのが嬉しかったのだろう。そのせいで、人知れずアラジンのトラウマが増えていることなんて当然知らない。

 兎にも角にも、これらの理由から桜はアラジンを救世主と認識する事はなかった。それはアラジンも望んでいたところであるし、何より誰か一人に依存するのは良くない事である。雁夜もそれを懸念していたのか、桜には適度の厳しさを垣間見せるようにはしている——と言っても、雁夜の厳しさは第三者から見たら、まだまだ甘いが——。

 そんな環境に置かれている桜だが、実は未だに助けられてから笑ったことがなかった。のっぺりとした表情からは、絶望に装飾された鎧を身に纏っているようにさえ感じる。きっと、いつあの地獄に戻ってもいいように心を封殺しているのだろう。それが、桜を見た雁夜と鶴野の見解だった。

 いくらアラジンと遊ぶようになったからと言って、それだけで少女が完璧に救われたわけではない。過去のトラウマは消えないし、失ったものは戻ってこない。ましてや、間桐臓硯も今は壊れているだけで、もしかしたら明日に治るかもしれない。今はぼけている只の好好爺であるが、あれは元々人肉を食らう蟲の頭領である。目が覚めたら誰の手にも負えないだろう。それを齢五歳程度の少女が悟っているというのは、あまりにも嘆かわしいことであった。

 そんな少女の心労を少しでも軽くするためなのか、ある日アラジンが桜にこう声をかけた。

 

「ねえ! 桜さん。少し街を見て歩かないかい」

 

 滅多に外へ出ない桜からすれば、少しだけ億劫な気持ちにさせる誘いだ。

 少しばかり外に出た己を想像し、桜はすかさず首を横に振った。

 

「私はいい。アラジンくんだけでいってきて」

 

 別にアラジンと出かけるのが嫌だという気持ちは桜に無い。どちらかと言えば、それの逆。間桐の家に来て、初めて彼女は同等とも言える存在—-そんな少年とは可能な限り一緒に遊びたいと願っている。それなのに桜が断る理由は、外にある可能性を脳裏に過らせてしまったためだ。

 それがなんなのか、アラジンは察する事が出来たらしく苦笑いを浮かべた。

 

「もしかして凛さんや葵さんに会うのが怖いのかい?」

「ううん」

「だったら、迷惑が掛かるって感じてしまうのかな」

「……」

 

 桜の返答がそこで止まる。

 凛や葵は、もう既に桜とはなんの繋がりもない赤の他人と成り果てた。そんな間柄なのに、桜が彼女たちと出会ってしまうのは如何様なものだろう。

 自分を追い出した彼女たちが、自分を見て嫌な顔をしてしまうのではないか。声をかけたとしても無視されてしまうのではないか。

 まだ精神が発達しきっていない少女にとって、その考えが足を竦ませる。

 

「大丈夫。凛さんや葵おねえさんも、桜さんのことが大好きさ! 出会ったらきっと喜んでくれるはずだよ!」

 

 アラジンが、初めて会ったときのようにキラキラと笑顔を咲かせた。

 なんの確証もないはずなのに、どこかその言葉を信じてみたくなる。

 不思議な感覚だ、と桜は思った。

 この感情がなんなのか少女の語彙力では表現ができない。けれど、決してマイナスな言葉ではないだろうと確信していた。

「フフフ」と可愛らしく笑うアラジンを見て、桜は少年の手を握る。

 

「一つだけお願い」

 

 真剣味を帯びた口調に、アラジンはこてんと首を傾げた。

 

「なに?」

「ターバンを貸してほしいの」

 

 桜の視線が指し示すのは、アラジンの頭に巻かれた白いターバン。アラジンが空を飛ぶときに使う不思議な道具だ。

 アラジンは桜の意図に気がついたのか、ニコニコと目尻を下げては自分のターバンを桜に巻いてあげた。

 

「いいよ。桜さんの美人なお顔が隠れるのは、少し残念だけど」

 

 アラジンが「はい」と言い終われば、白いターバンが桜の頭を覆っていた。大きさはそこまで嵩張って見えないほどにおさまっている。元々、アラジンもそこまで頭が大きい方ではないため、桜でもすっぽりハマったのだろう。

 桜は頭部に巻かれたターバンの具合を確かめるべく、暗い瞳でガラスを見た。そこに写っているのは、横で快活に笑うアラジンと陰鬱な表情をした少女の顔。明暗がくっきりと分かれている二人に、桜は思わずため息を吐きそうになる。

 ——いつか、私もアラジンくんみたいに笑えるのかな。

 不安と期待が入り混じった気持ちが少女の奥底から芽生える。

 大きくなったアラジンと、大きくなった自分が肩を並べて歩く。そんな、そう遠くない未来に想いを馳せ、少女はアラジンに手を引かれるまま間桐家を飛び出した。

 

 

 

§

 

 

 

 悪い予感というのは、唐突に当たるものである。

 

「あら、アラジンくんじゃない?」

 

 マウント深山商店街で食べ歩きしていた桜とアラジンに声がかけられる。

 桜はその声に肩を一瞬震わせ、アラジンは困ったような笑みを浮かべた。

 

「やあ、凛さん。久しぶりだね」

「ええ。公園で会った以来ね」

 

 アラジンが振り返れば、そこには案の定と言うべきか、桜が最も会いづらい人物が仁王立ちしていた。まさに王者の貫禄と言うべきだろうか。その堂々とした立ち振る舞いには、思わずアラジンだけじゃなく、桜も舌を巻く。程よくかかった髪のウェーブは,相も変わらず凛の可愛らしさを一段と盛り上げているように見えた。

 凛はアラジンの身なりを一通り見回した後、その隣にいる桜へと視線を投げた。

 

「まさか……アラジンくんの隣にいるのって……」

 

 白いターバンで顔は隠されているものの、人生の大半を一緒に過ごした凛からすれば、一眼で分かってしまうのだろう。養子に出されてから一度も遭遇してこなかった元妹の姿に、凛は目を見張る。

 

「……久しぶりね、桜」

 

 優しいようで、どこか冷たい声色が凛の口から発せられた。

 桜はそれに対し、怯えた目をする。

 

「お久しぶりです……()()()()

「っ」

 

 桜の呼び方に面食らってしまったのだろう。凛は持っていた手提げを落としそうになった。

 アラジンはそんな二人を交互に見ながら、困ったように笛を握る。こういう時、どのような反応をするのが正解なのか、アラジンにも分からなかった。

 

「……それじゃ、私行くところがあるの。この辺りで失礼するわね」

 

 久しぶりに出会えたというのに、凛はそれだけを言って踵を返す。

 本当はもっと話したいことがある。そんなのは顔を見れば一目瞭然だ。目頭に溜まった不自然な雫が、それを物語っている。

 そのため、アラジンは凛の離れそうになる手を思わず握り止めた。

 どうしたら良いか分からないながらも、今ここで確執を残すのは良くないと思ったのだろう。実際、このまま二人が離れてしまえば、溝はどんどん深まるばかりである。

 

「なに、アラジンくん? 私急いでんるだけど」

「待ってよ。そんな逃げることないじゃないか」

「逃げる? 私が? 誰から逃げるってのよ」

 

 半分キレかけている凛の目がさらに細められた。

 

「逃げているじゃないか。桜さんに少し昔と違う接し方をされただけで、凛さんは怖くて逃げてるんだ」

「っ、あんたね〜〜〜!」

 

 思わず振りかぶられた左手。

 的を射られた凛ができるのは、ただ純粋な力で訴えることのみ。自分が逃げていないと証明するための、八つ当たりである。

 けれど、そんな状態でもアラジンは凛から目を離すことはなかった。

 

「桜さんも怖いのさ。凛さんと話すのが怖くて怖くてたまらない筈さ。だからまずは、三人でゆっくりとお話をしようよ」

 

 一寸たりとも動かさないその目線に、凛はとうとう堪えきれなくなり手を降ろした。

 アラジンの真っ直ぐな瞳は、どこまでいっても純情なのである。そんな少年に暴力を振るったところで、なんの解決にもならないことは、聡い凛であればすぐに分かった。

 アラジンに言われるがまま、桜と凛はお互いに会話もせず近くの公園のベンチへと移動した。

 休日だというのに誰もいない。重たい話をするのであればうってつけではあるが、ムード的にはガヤガヤとしていた方が良かった。沈鬱な二人の空気に、言い出しっぺのアラジンも内心では頭を抱える。

 

「と、とりあえず二人はどれくらい会ってなかったの?」

 

 ひとまず話題を提供しようと、アラジンはろくすっぽ詰まっていない頭で考えた。

 

「二ヶ月よ……。この子が養子に行ってから会ってなかったわ」

 

 一度、凛から聞いたことある内容が、再び凛から告げられる。

 桜もそれに同意すべく首を縦に振って応じた。あまり声は出したくない様子だ。

 

「へぇ〜、じゃあ二人はすごい久しぶりの再会なんだね」

 

 アラジンが桜の代わりに凛に返事をすると、凛はそれに対して鼻を鳴らす。

 

「ふん。お父様だってそれくらい出張に出かけたりするわよ。()()()()()()()()

「凛さん……」

 

 幼さ特有の意地っ張りが悪い意味で出ている。本当は寂しがっていたし、桜のことを誰よりも心配しているのに、妹に弱さを見せたくないのだろう。

 対して桜はと言えば、凛の「お父様」という言葉でさらに気分を沈めていた。桜からすれば、己を捨てた元凶とも言える人物だ。本音のところはどうあれ、娘からすれば自分と家族を切り離したことに変わりない。これを乗り越えられるようになるのは、それこそ桜が大人として成熟してからであろう。それは、魔術師の家庭にありながらも、葵が早々に割り切れるような家族の絆を築いてこなかった証明でもある。

 

「遠坂さんは……大したことないって言うの……」

 

 いつの間にか、桜は己の口を開けていた。

 この二週間、文字通り死ぬ思いで間桐家に放り込まれていた少女は、瞳から光を消し去る。白いターバンで顔をすっぽりと覆わせているものの、少女の沈鬱な気持ちは収まることを知らなかった。

 

「わたしが、わたしがどんな気持ちで……」

 

 桜の今にも泣き出してしまいそうな声に、アラジンは蟲蔵のことを思い出し、顔を伏せた。

 ずっとあの薄暗い地下室で、少女は絶望と戦っていたのだ。己の心を壊さないように、諦観し、精神と体を切り離して、希望という文字を見ないようにしていた。

 卑猥に笑う老人も、罪悪感に囚われる中年も、桜からしたら絶望を運ぶ担い手でしかない。

 父に捨てられたから、と時臣を恨むことはなかった。その代わり、父に捨てられるような悪い娘だったから、と自身を怨んだ。本来の肉親を恨みたくない故の苦痛を桜は抱えている。そんな少女に向かって、凛は容赦ない言葉を吐いた。例えそれが蟲蔵のことについて放たれたものでなくとも、桜の今のメンタルでは全てを悪い方に捉える。

 

「桜さん落ち着いておくれ。凛さんは悪気があって言ったわけじゃ……」

「じゃあ、どういうつもりで言ったの!? 私が毎日毎日、お爺さまにいじめられているとき、どうせお母さんとお父さんと幸せに暮らしてたんでしょ!? 私はトオサカにとって要らない子なんでしょ!? お姉ちゃんだって私に会いたくないなら、はっきりそう言ってよ!!」

 

 桜はそう叫ぶと、そのまま走り去ってしまった。

 まだまだ、少女からしてみれば遠坂家との確執は取れないらしい。全てを呑み込めと言う方が無理な話でもあるが、雁夜やアラジンが目指す、葵や凛、そして桜が三人で笑い合える未来は本当にくるのだろうかと狼狽してしまう。

 叫ばれた凛はと言えば、桜の闇に気が付けなかったことを悔いているらしく、ただ黙して顔を伏せていた。

 

「アラジンくん、桜が言ってたことって」

「……うん、本当のことだよ。間桐のお爺ちゃんは桜さんに酷いことをしていた」

 

 アラジンは嘘をつかず、しかし核心を付くこともせずに言った。

 ここで全てを話してしまえば、雁夜が危険視していた時臣の介入が始まってしまうかもしれない。だからこそ、魔術という部分だけは絶対に秘さなければならないのである。

 

「でも、大丈夫だよ。お爺ちゃんも桜さんに酷いことをするのはやめてくれたから、雁夜おじさんも一緒だしね!」

「……それは本当なの?」

「うん、本当さ! 雁夜おじさんは桜さんに美味しいものを食べさせたいからって、今では料理の勉強をしてるくらいだよ!」

 

 アラジンがそう言って、立ち上がると凛に向き合う。

 

「だから安心しておくれよ、凛さん。桜さんと今は仲直りが難しくても、きっと近い未来、みんなで笑い合える日常にしてみせるから」

 

 桜の体内に潜む虫。

 遠坂家との確執。

 姉妹故に拗れてしまう軋轢。

 それら全ては今すぐに解決すると言うことは不可能な問題たちばかり。桜自身が成長することも必要であるが、それを整えるための環境作りも必須なのである。

 

「わたしっ、あの子に酷いこと、ひぐっ……言っちゃったけど、仲直りっ……できるの?」

「勿論。僕たちが全力でさせるさ。だからもう泣かないで、凛さん」

 

 くしゃくしゃに畳まれた凛の顔とは対照的に、アラジンはシミひとつない笑顔で答えた。

 

「それじゃ、僕は桜さんを追わなきゃいけないから、凛さんは気をつけて帰るんだよ?」

「……分かってるわよ」

「あっ、それと桜さんが酷いことされてたのは内緒にしててくれるかい?」

 

 アラジンが口止めをするのを思い出し、そう言った。

 

「どうしてよ。お父様に言えば—-」

「そうすると、また桜さんが違うところに行っちゃう可能性があるんだ。だから、お願い」

 

 凛の言葉に被せるようにアラジンが言った。

 その顔つきはまさに真剣そのもの。時折見せる、アラジンの鋭い眼差しであった。

 

「し、仕方がないから信じてあげるわよ」

 

 アラジンに気圧された凛は、思わず腕を組んでそっぽ向く。同年代とは思えない存在を出すアラジンには、流石の凛も反論する気が起きなかったらしい。

 そんな態度を見たアラジンは、凛に飛びつき満面の笑みを漏らした。

 

「本当!? ありがとう! 凛さん!」

「ちょ、ちょっと! 良いから、あんたは桜を追いなさいよ!!」

 

 人がいない公園に響く甲高い二つの声。

 これから先の未来、この三人がどのような関係になるのかは神様もまだ知らない。




んー、これにて聖杯戦争前は終わりかな。
あとは本当に幕間として適宜投稿するくらいにしよう。
次回からは戦争に向けてサーヴァント召喚だ。
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