マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争 作:ロマニ
第八夜
寂寞という言葉が似合いそうな洋室で一人の男が虚な目を細くした。
男の名前は衛宮切嗣。アインツベルンが第4次聖杯戦争の戦力として買い入れた、「魔術師殺し」の異名を持った傭兵である。
そんな切嗣の手の中には、四枚の書類が収まっていた。書類の上には、どこかの日常風景を切り取ったような写真が貼られている。
一枚目は遠坂家当主 遠坂時臣の情報と写真。
二枚目は時計塔のケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
三枚目は聖堂教会の言峰綺礼。
そして最後の四枚目には、一人の男と一人の少年が写り込んでいた。
「どうかしたの切嗣?」
切嗣の様子がおかしいと感じ取ったのか、男の妻であるアイリスフィールが訝しげにそう問う。
「いや、この間桐の落伍者と共に映っている少年は誰なのかと思ってね」
「? ただの実子なんじゃないかしら」
「それだけなら話は簡単なんだが、間桐雁夜が子供を拵えたという情報は出てきていない」
そう——切嗣の情報網に引っかかった間桐家の子息は、間桐慎二という子供くらいであった。どれだけ探ろうと切嗣の手元にこの写真に写る少年の素性が見えてこない。いつ、どこで、どうやって、間桐雁夜と出会ったのか。誰かが意図的に隠蔽しているようにしか思えないほど、完璧な施しがされている。
それ故に切嗣は警戒心を高めずにはいられなかった。たった一人の少年の素性を、そこまでして隠匿する理由はなんなのか。それを勘繰らずにはいられなかった。
「もしかして、切嗣——貴方はこの子をフリーランスの魔術使いと思っているの?」
「無くは無いだろう、くらいにはね」
まさか、と言う表情をアイリスフィールは浮かべた。
それを見た切嗣は、ふっと短い息を漏らすと、少し固い背もたれに己の体重を預ける。
「そうであれば説明がつくこともあるんだよ。家を出奔していた間桐雁夜の突然の帰郷。遠坂家次女の養子縁組。何より、これから開催される聖杯戦争……マスターを間桐の落伍者と見せかけておきながら、実はこの人畜無害そうな子供こそがマスターだった——なんてのは笑える話だろ?」
「そんな……まだこの写真の子はイリヤとあまり歳が変わらないじゃない……!」
今にも泣きそうな顔をするアイリスフィールの気持ちは、切嗣にも分からないわけじゃない。こんな年端もいかない少年が、まさか自分に矛先をむける可能性のある人物だと彼も考えたくはなかった。
しかし、紛争という最下辺の経験をしてきた切嗣に、そのような考えをするなという方が無理である。子供が銃を持っただけで撃たれる瞬間を見たことがある。なんなら、まだ酒のうまみもしらなさそうな少年が、敵国の軍人に向かって爆弾を放り投げた光景だって彼は見た。人は他人のためであれば、鬼にでも悪魔にでもなれることを、彼は知っている。
「アイリ……僕はきっと大勢の命を守るためなら、この子でも殺す。それでも君は、僕に着いてきてくれるのかい?」
これは宣誓であり問いかけだ。
今こそ人類史最後となる戦争を、最後の流血とするために、衛宮切嗣は戦場へと赴く。その戦いの果てにどれだけの犠牲が出ようと、それは大を救うための必要な犠牲だと割り切る。例えそれが、自分の娘と同じ歳をした少年であろうと。
§
夜、誰もが寝静まった晩のことである。間桐のお家騒動から早一年。とうとうこの日が来てしまった。雁夜は緊張の面持ちを張り付けたまま、元蟲蔵であった地下で一人いそいそと油で魔法陣を描いていた。
「結局、最後の最後まで聖遺物が手に入らなかったな……」
雁夜の嘆きの通り、この一年、兄である鶴野の協力も虚しく、聖杯戦争でキャスターを呼ぶための聖遺物を彼は収集できなかった。間桐臓硯が壊れてしまった現状、間桐家としての力は無くなってしまったため、当然と言えば当然の結果である。魔術師としての繋がりを失ってしまった間桐家が、魔術的物品を手に入れるのは不可能に近かった。
しかし、僥倖なこともあった。
聖杯戦争の参加資格となる令呪。それが今日やっと雁夜の手の甲に宿ったのである。これが意味することは一つで、間桐雁夜に聖杯戦争への参加資格が与えられたことにほかなかった。一応、令呪は御三家に優先して配られるようにできているらしいが、正直、魔術師として半端もいいところな自分が選ばれないかも、と雁夜はこの一年気が気でなかったのだ。
「俺の代わりにアラジンや桜ちゃんにでも宿ったら、本当どうしようかと」
口にした言葉を想像しただけでも総毛立つ。自分は何もできないまま、かわいい子供達だけが戦禍に巻き込まれるなど、雁夜の良心は許容できなかった。
だからこそ、そんな未来を回避するべく雁夜は雁夜なりに魔術へと打ち込んだのだ。例えその結果が、魔術師として未熟もいいところな仕上がりだったとしても、子供たちの代わりに矢面に立てたと素直に喜んでいる。
「やあ、雁夜おじさん。準備はできたのかい?」
ちょうど雁夜が油の魔法陣を刻み終わったとき、その声が響いた。雁夜が呼応するかの如く、すっと見上げてみれば、そこには白いターバンを巻いたアラジンが立っている。サーヴァントを呼び出すための魔法陣の完成は、アラジンの一手間が必要なのだ。
「よ、アラジン。こっちはもういいぞ……って、それなんだ?」
ふと、アラジンが手に持っていた物へ雁夜の視線が固定された。
よく見てみれば古本であろうか。ところどころ色が剥げ落ちているが、どうやら絵本のようだ。古臭い子供じみた絵がクレヨンか何かで描かれている。
「あ〜、これかい? 触媒になるかなって思って持ってきたのさ!」
「絵本が触媒? その中の登場人物でも召喚してみるのか?」
「そうさ。なんたって、この中の魔法使いはとても凄い人らしいからね! マーリンさんって人らしいのさ」
そうアラジンが嬉々とした表情で説明するものだから、雁夜はあまり強く言えなかった。
確かに、絵本を触媒にしてマーリンという魔法使いが出てくれれば御の字もいいところ。触媒が用意できなかった手前、験担ぎでも神頼みでもしてみるべきだろう。
けれど、そんな大人びた感情とは裏腹に、雁夜の脳裏に一抹の不安が脳裏に過ぎる。具体的には、王を召喚しようとしたら、変な劇作家が出てきたみたいな……そんな最悪のシナリオが頭をかすめたのだ。
そこまで想像できた雁夜はアラジンの奇行を咄嗟に止めようとした。
「いや、ちょっと待ってくれ! 下手な触媒を使うと、魔術の魔の字も知らない変なサーヴァントが出てくるかもしれない! ここは触媒無しで運に賭けよう!」
「む、そうかい? おじさんがいいなら、僕もそれでいいけど」
「ああ、俺は運だけは昔からいいからな! 任せてくれ!」
なんともまぁ必死な雁夜の形相にアラジンも納得したらしい。何をそこまで、と側から見れば思うのだろうが、雁夜にとっては死活問題だった。
「よし、じゃあアラジン頼む」
「うん!」
気を取り直し雁夜はアラジンと視線を交わした。
ここからの手違いは決して許されない。
油で描かれた消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んだ油の召喚の陣。そこへアラジンは好々爺となった臓硯から貰った杖を背中から取り出し、一振りする。
「
アラジンの呪文と同時、油に火が灯った。
そうすれば、必然と炎の魔法陣が完成する。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師ゾォルケン。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
呪文を唱えながら雁夜が考えることは、アラジンや桜が無事生き残れるようにという嘆願であった。この召喚儀式が成功した瞬間、その時から間桐雁夜の聖杯戦争は否が応でも開始する。
「閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻は破却する」
額から頬へ流れ落ちる脂汗が止まらない。体に巡る魔術回路が励起する。大気より取り込んだマナに蹂躙される彼の肉体は、今、人であるための機能を忘れ、一つの神秘をなし得る為だけの部品、幽体と物質をつなげる為の回路に成り果てている。
そんな軋轢に苛まれて悲鳴をあげる痛覚を、雁夜は理性で無理矢理ねじふせて呪文に集中する。
「——告げる。
汝の身は我が下に、汝が命運は汝の剣に。
聖杯の寄る方に従い、この意、この理に従うならば応えよ!」
全ては一人の少女のために。
背負ったものを、救ったものを想うなら——ここで退くわけにはいかない。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
——汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!!」
その祈祷の結びをつけるとともに、雁夜は身体に流れ込む魔力の本流を限界まで加速させる。
渦巻く風と稲光。見守るアラジンでさえ目を開けていられないほどの風圧の中、召喚の模様が燦然と輝きを放つ。
ついに魔法陣の中の回路はこの世ならざる場所と繋がり、本来あり得てはならぬ存在を呼び出した。暗雲たる煙の奥から覗き見えるのは、紫に輝きを放つ粛然とした立ち姿。その威容に心奪われて、雁夜は忘我の呟きを漏らす。
「……お前は?」
かくして、彼の嘆願は受け止められた。
はるか昔の時を経て、具現する伝説の幻影へと。
「サーヴァント、バーサーカー。ランスロット、参上致しました。ひとときではありますが、我が剣はマスターに捧げましょう」
ランスロットが抱いた雁夜への第一印象は見窄らしいというものだった。
自身のマスターであろう青年から供給される魔力量は一笑に付す程度。とても、バーサーカーである自分を扱いきれる魔力量ではない。
声を聞き届けた故にはせ参じたが、なるほど。これは如何せん骨が折れそうだとランスロットは考える。
「問おう、貴公が汝のマスターで相違ないか?」
ランスロットが少しの期待を抱きながら雁夜へ問うた。
しかし、雁夜はその期待を裏切るように首を縦に振る。
「ああ。俺があんたのマスターだ」
「そう——ですか」
「なんだ、その圧倒的な残念顔は」
いきなり不躾な態度のランスロットに雁夜は怒気を孕ませた声色で言う。
「まぁまぁ、落ち着いておくれよ雁夜おじさん。ランスロットおじさんも、雁夜おじさんのヘボさには目を瞑って欲しいのさ」
「おい、アラジン。お前もさらっと俺を貶してるからな?」
そうやって雁夜の背後から出てきたアラジンに、ランスロットは幾許かの驚嘆を見せた。
まず驚いたのが、その圧倒的な魔力量だろか。まるで神経の一つ一つが魔術回路なのではないかと錯覚するほど、アラジンは濃密な魔力を常に発していた。
次に目に付いたのは、アラジンが首から下げている笛である。何かしらの魔術式が描かれているが、それは神秘がまだ残っていたブリテン島でも見る事ができないほど、高度なものだと感じ取った。
「失礼、少年。あなたもサーヴァントなのですか?」
「? いや、僕はただのアラジン。旅をしていた者さ」
その説明に納得がいかない、と顔にするランスロット。持っている魔術アイテムは明らかに神代を彷彿とさせるもの。サーヴァントで言う宝具となんら遜色ないほど神秘が込められている。
それをただの一個人。それも、この神秘が薄れた現代で平然と持っている少年が、ただの人間ではないはずだった。
「あぁー、とりあえず、自己紹介も含めて色々と話さないか」
ランスロットの訝しい目に気が付いたのか、雁夜が間に割って入りそう提案した。アラジンのこと、桜のこと、そして聖杯への願い……その他諸々を擦り合わせる必要がある。
ランスロットもアラジンも、そんな雁夜の意図を察したため、ひとまず客間にて打ち合わせすることにした。
§
「なるほど、雁夜が望むのは桜という娘の平穏ですか」
そう告げたのは魔力消費を少しでも抑えるため、平服へと着替えたランスロットである。
雁夜から間桐家の実情、桜という爆弾について教えられ頭の中を整理していた。召喚に応じる際、彼の「誰かを救いたい」と言う嘆願の本当の意味を、ランスロットは初めて知ったのである。
「そうだ。だから、呼んでおいて、その、悪いが……」
「聖杯を勝ち取るつもりは最初から無い、と言う事ですね」
「ああ、そうだ」
気まずげに雁夜はそう告げているものの、ランスロットは反面、これはこれで実に賢いやり方だと自身のマスターを褒めていた。別に命を賭してまで聖杯を取りに行く必要はない。その道中で叶う願いがあるのなら、己が守りたいものを補償するやり方を選択するべきである。雁夜にとってそのやり方が、今回は聖杯戦争への参加だっただけである。
「ランスロットおじさんの願いはないのかい?」
「そうですね……王に私という罪人を裁いて欲しい。私が聖杯に望む願いとすれば、その程度です」
ランスロットはそれだけを告げると、静かに目を伏せる。
サーヴァントになろうと、あの時の光景はいまだ鮮烈に思い出せるのだ。不貞が公となったあの瞬間、誰よりも王からの裁きを懇願したあの瞬間、それでも裁かれなかった事が、王への忠義とともに罪悪感として膨れ上がっていく。
「ですが、騎士としてマスターの願いを聞き届け馳せ参じた身。此度の戦において、私は自身の欲を出そうとは思っていません。桜という娘を第一に動くのであれば、私もその指針に則り動きましょう」
「それでいいのか?」
「ええ。我が宝刀に誓います」
ランスロットがそう言えば、雁夜は安堵の息を大きく漏らした。
「ふは〜、よかった。話が通じるサーヴァントで」
「本当だね! これなら他の魔術師さんにも協力を仰げそうだよ!」
「ああ、ランスロットと言えば、アーサー王伝説でも最強格らしいし、誰も拒否したりしないだろ」
最早、祭り状態とも言えるはしゃぎっぷりで喜色の声をあげる二人だが、ランスロットには一つだけ懸念すべきことがあった。
「一つ、忠告しておくべき事があります」
ランスロットの妙に畏まった言い方に、雁夜がピクリと声を止める。
「な、なんだよ」
「私のクラスはバーサーカー。本来であれば、違う器として顕現するはずでしたが、雁夜の召喚が遅かったこともあり、他の器は全て取られていました」
そこまで言っても雁夜とアラジン、双方なにが言いたいのか伝わっていないらしい。首を小さく捻りながら、ランスロットに説明の続きを促した。
「つまり、私は残りものの器に無理矢理入れられたサーヴァントです。そのため、今は比較的狂化スキルが発動していませんが、何をトリガーに爆発するか私でも分かりません。他者と協力するのであれば、この上ないデメリットになるでしょう」
ここまで説明して、ようやく事の重大さに気が付いた二人は、さっきとは違い絶望の声色で騒ぎ始める。
「そうだよ! おじさんが普通にお話をしているものだから、ついうっかり!」
「きょ、狂化ってめちゃくちゃ共闘するのに不向きじゃないのか!?」
「キャスターさんたちに断られたら大変だよ!」
「それどころか、暴走して変に敵を作るんじゃないのか!?」
阿鼻叫喚とはまさにこの状況のことである。雁夜はソファにぐったりと頭を押し付け、アラジンすら放心したように天井を見上げている。お通夜ムードとはまた違った絶望感が場を支配していた。
流石にそれを見かねたランスロットは二人に光明を与えるべく、己が思いつく限りのメリットを提示する。
「いつ暴走するかも分からない爆弾もようは使いよう。当て馬なり、特攻に使うなり提案すればいい。キャスターと呼ばれる魔術師も前衛は欲しいはずです」
「っ、そうか! 常に一緒に戦う必要もないもんな! いざとなれば、令呪を渡したって言い訳だし!」
流石に令呪まで渡すのはどうかと思いながらも、ランスロットは静かに頷いた。
「ええ。なので、そこも含めて詰めていきましょう。最後の七人目——つまり、私が召喚されたことにより、聖杯戦争の幕開けは決定したのですから」
こうして第4次聖杯戦争は幕を開ける。
数々の陰謀が、思惑が交差しながら、生者も亡者も関係なく喰らう魔術儀式。
その果てに、彼ら間桐家に光はあるのか、それは誰も分からない。