ハマったら書くしかねぇべ! とばかりに、えいやっ、と書き始めた次第。
『闘わない作品』に、初挑戦であります。
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オールスタンディングの観客席は、開演まで一〇分を切ったところで、定員の三〇〇名に達しようとしていた。
男女比は、ほとんど5:5に近い。圧倒的に若者が多いが、仕事帰りのサラリーマンやOLらしいスーツ姿も何人か見受けられる。
オーディエンスが注目するのは当然、目の前に広がるステージだ。
こちら側に背面を向けて二段に積まれたキーボード、
四本の弦に、さらに細い四本の複弦が張られた赤い八弦のベース、
それらに挟まれる格好でセッティングされた黒いドラム・セット、
指板に星のインレイがあしらわれたサンバーストのギター、
そして、『いつも』のライヴであれば置かれることのない、ステージ中央のマイクスタンド……。
今か今かと待ち構える観客達の喧噪は、控えめに流れているBGMをかき消すには充分過ぎるボリュームだった。
「もうすぐ始まる!」
「
「チケット買えてよかった~!」
特にステージに近くなるほど、ファンの熱量も高くなる。
やがてすべての照明が落とされ、上手から四人のメンバーが現れた。
それぞれの楽器の前に立ち、各々が自身の楽器を手にする。
軽いサウンドチェックを済ませると、いの一番に声をあげたのは下手側にいた短髪のベーシストだった。
「お前ら、準備はいいか!?」
「おおぉおぉおおぉおぉおおお!!」
彼がひとたび観客を煽れば、会場のボルテージは一気に高まる。
満足気にグリスダウンで応えると、それじゃいってみよー、とフロントのギターに向かって合図する。
頷き、ギタリストの少年の視線が向く先は背後のドラムだ。
レギュラーグリップで握られたスティックが掲げられ、カウントを取る。
「ワン、トゥー、スリーッ!」
四拍目は、ピッコロ・スネアが抜けの良い音が響く。
次の瞬間、
オーバードライヴがかかったベースのイントロで、今宵のライヴは幕を開けた。
一年前。
キャパ一〇〇〇人を超えるライヴハウス『渋谷dub』で行われたブッキング・ライヴにて、鮮烈なデビューを飾った一組のバンドがいた。
劇昴的で力強く、あるいは流れるような涼美的に溢れるメロディラインとスリリングなリズムアレンジで観客を魅了し、学生とは思えない華麗かつ巧みなプレイは会場に来ていた音楽関係者の度肝を抜いた。
その日出演したバンドで唯一ヴォーカルが不在ながらも、たった四人だけで奏でるアンサンブルは一気に会場の熱気と勢いをかっさらった。
インストゥルメンタルバンド“
期待の新人バンドが、彗星のごとく現れた瞬間だった。
真っ白くステージを照らすパーライト。
光の下で繰り広げられる演奏に、一人の少女は文字通り飲み込まれていた。
身長わずかに一四八センチ。薄紫の髪を左右で束ねた、小柄な少女である。
「すごい……」
開いた口から漏れ出た言葉は、まさに彼女の感情をダイレクトに表していた。
もともと、ファンで応援しているヴォーカリストが出演しているという理由で買ったチケットだった。
同じダンス部の先輩も出演すると知ったのは、ほんの二日前だ。
圧倒された。
「あの人達、すごくカッコイイ……!」
オープニングから三曲、怒涛の演奏が続いた。
とにかく、凄い。
何が凄いかって言うと……ええと……こう、ドーン! バーン!! って感じで。
最初のMCでマイクを握ったのは、キーボードに立つオレンジブラウンの少女だった。
「あっ、実里
ダンス部の先輩だ。
「皆さんこんばんは~、ORIONでーす! 今日は『ORION×友希那 ジョイント・ライヴ in
観客席のあちこちから歓声が上がる。
実里ちゃーん!
カワイイ~!!
今日もカチューシャ似合ってるよー!!
「わあ、ありがと~!」
声をかけてくれた女子達に手を振り返してから、はぁい、と話を戻す。
「え~そんなわけで、オープニングから三曲続けて聴いていただきました」
ベースのイントロから始まったのは、『
中盤で全部の楽器がわざと少しずつズレる箇所がドミノ倒しみたいで印象的だったのが、『
煌びやかなピアノが綺麗な曲は、『
どうやらライヴで何度も披露されている曲らしい。楽曲それぞれに真剣に取り組んでいながらも、四人の表情には余裕が見て取れた。
「今日は新曲も何曲か用意してるので、皆さん最後まで楽しんでってくださいね~!!」
実里の軽快なMCに、観客も拍手で応える。
見知った顔ということもあって、少女も精一杯の拍手で応援した。
「さてさて、今日のライヴはいつもと違ったジョイント・ライヴ! 前置きはナシにして、早速この人に登場してもらいましょう…………私の同級生、友希那!!」
コールとともに、実里はマイクを持っていない左手で上手を指す。ステージを照らしていたライトが、一斉に上手に置かれたスピーカーの……その裏から出てくるであろう人物に狙いを定めた。
果たして、透き通るような銀髪をなびかせて現れた一人の歌姫に、会場はさらに沸いた。
「キタ……!」
無意識に、自分の口が緩んでいるのが判る。
逢えた。
また、逢えた。
今日はどんな曲を歌うのだろうとか、どんな歌声を聴かせてくれるのだろうとか、そういったことしか考えられなくなっていた。
それくらい、初めて彼女を『観た』時は衝撃だったのだ。
流れるような所作でステージ中央に置かれたマイクスタンドに立つ友希那の一挙手一投足を、見逃さないようにしっかりと目に焼き付ける。
そして。
「友希那です。今日はよろしく」
涼やかな、しかしそれでいて芯のある心地よい声が、ステージ脇のスピーカーから聞えてくる。友希那は一度キーボードの方へ視線を投げると、小さく息を吐く。
そして。
「行くわよ……『
この日、
2
「それじゃあ、今日もお疲れさまでした」
ギターとマルチエフェクターが入ったハードケースをそれぞれ持って銀色のバンから降りると、一哉は運転席に納まる男性を振り返る。
「すみません鳴海さん、いつも送ってもらっちゃって」
いいってことよ、と鷲鼻のベーシストは笑って犬歯を覗かせた。
「メンバーをちゃんと送り届けるのが、年長者の務めってやつだからな」
メンバー内で唯一の大学生である鳴海が早い段階で普通自動車免許を取得したこともあって、ライヴのある日は車での移動が主である。
もっとも、ライヴで使う様々な機材を積んである関係上、一〇人乗りのバンは『とりあえず四人。頑張れば五人乗れる』程度になっているが。
「それにしてもなあ」
言いながら鳴海が視線を向けるのは、一哉といっしょに下車した銀髪の少女だ。
「まさかうちのリーダーが話題の歌姫と幼なじみだったとはね~」
「ちょ、その話はこの前したじゃないですか!」
「はっはっは、悪い悪い。ガミが慌ててる顔って珍しいからさ」
「ったく……お疲れさまでした!」
「ん。友希那ちゃんも、お疲れ様。歌モノ
「こちらこそ、いい刺激になったわ」
ありがとうございました、と頭を下げる友希那に、よせやい、と鳴海が返す。
「そういうのはガミに言いなよ。今回の企画だって、持ち込んだのはガミなんだから」
そんじゃ二人とも気をつけてな~、と窓枠から手を出してひらひら振りながら、銀色のバンが走り去って行く。
「……帰るか」
「そうね」
車を見送ってしばらくして、示し合わせたように二人は夜の住宅街を歩き始めた。
ふと見た携帯の画面に表示されるは、『21:37』の数字。今日はさほど遠くない距離のライヴハウスということもあって、比較的早めの時間に帰ってこれたらしい。
ちらり、と傍らを歩く少女を見る。
身長差もあって、こちらからは美しい銀色の髪しか見えない。
その髪が、
「ねえ、一哉」
呟きとともにこちらを見上げた。金色の双眸とセットになって、だ。
いきなり振り向くものだから少しばかり驚いたが、どした、と一哉は聞き返す。
「あなたは、今日のライヴ、どうだったの?」
「俺か?」
「ええ。あなたの感想を聞かせて欲しい」
湊友希那の音楽に対する姿勢は、超が付くほどにストイックだ。一切の妥協を許さず、常に全力で目の前のオーディエンスに向かって歌を届ける。
『あの日』を境に貪欲なまでに自身の理想を追い求めるようになった彼女が、鳴海に対して、いい刺激になった、と言ったのだ。
つまりそれが、今回のイベントを終えた友希那が抱いた、嘘偽りのない感想なのだろう。
だったら、
「俺は……」
こちらも素直な感想を述べるべきだろう。
「……懐かしかったかな」
「懐かしかった……?」
「ああ。小っちゃい頃、公園でお前の親父さんにギター教わってた時さ、よく一緒になってやってたろ? 俺が弾いて、お前が歌うってやつ。リサも一緒だったかな……まあなんか、あの時みたいでさ」
覚えたてのコードを少年が弾き、それに合わせて少女が歌う。たまにもう一人の幼馴染みがベースを奏でたりして。
そんな公園でのセッションはいつからか自然消滅してしまったが、それでも当時は夢中になって演奏していたのを憶えている。
そして、笑顔で歌っていた彼女の顔も。
だから、
「すごく楽しかった」
たとえ、今はその笑顔が失われても。
「やっぱり俺、友希那の歌、好きだわ」
こんな真正面から称賛されると思っていなかったのか、友希那はわずかに目を見開いた後、その言葉を飲み込むように顔を俯かせた。
二人の靴音が、アスファルトを叩く。
しばらくして、片方の音がぴたりと止んだ。
「……友希那、どうかしたか?」
立ち止まって、振り返る。まだお互いの家まではもう少し距離があるのだ。
背後で足を止めている友希那はまだ俯いていて、だからどんな表情をしているのかは判らない。
「考えごとか?」
怪訝そうな一哉に、ええ、と友希那は頷く。
そして顔を上げると、彼女は唐突に問いかけてきた。
「私が毎日ライヴハウスに行ってる理由は知ってる?」
「へ? ぁ、いや……自分の歌を磨くため、じゃないのか?」
それもあるわ、と友希那は言った。
「でも、それだけじゃない。ずっと探していたのよ。夏の『フェス』に向けたコンテストへ出場するために必要なメンバーを」
「『フェス』?」
彼女の口から出た『フェス』という単語……思い当たるのは一つしかなかった。
「
全てが終わり、
全てが始まった『フェス』……。
「ええ、そうよ。私は必ずあの舞台に立って、自分の音楽を認めさせてみせる。だからこそ、ギタリストとしてのあなたの腕を見込んで提案があるの」
そして。
「一哉……私とバンドを組んでほしい」
覚悟を込めた金色の瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜いていた。
人気急上昇中のインストバンド・ORIONと、各地のライヴハウスに出演してはめきめきと頭角を現している孤高の歌姫・友希那の一夜限りのジョイント・ライヴが、先日『LIVE HOUSE AXIS』にて行われた。
定刻通りに始まったライヴは、まずORIONのステージから。『EYES OF THE MIND』に始まって『DOMINO LINE』、『TAKE ME』と、すっかりライヴでおなじみになった曲を一気に演奏。
「私の同級生」という八谷のMCで友希那が呼び込まれると、会場を包む熱気はさらに高まる。彼女の持ち込んだカバー楽曲をORION流のロック・アレンジに乗せて時に力強く、時に伸びやかに歌い上げる友希那の美しい歌声に魅せられて、会場はおおいにわいた。
後半戦はORIONによる怒涛の新曲ラッシュ。もちろん影山のちょっとジャジーなドラム・ソロや鳴海のうねるようなベース・ソロも圧倒的。本編ラストの『ASAYAKE』では、野上と観客が一体となってこぶしを突き上げる姿が印象に残る。
アンコールでははもう一度友希那を呼び込み、全員での『
会場に駆け付けた双方のファンにとって、忘れられない一夜となったことだろう。
| セットリスト
<MC> Believe in my existence(feat.湊友希那) 魂のルフラン(feat.湊友希那) 残酷な天使のテーゼ(feat.湊友希那) 右肩の蝶(feat.湊友希那) <MC> FLUSH UP*新曲 目撃者*新曲 ROMANCING*新曲 <Encore> 大世界*新曲 ETERNAL BLAZE(feat.湊友希那) |
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ご覧いただき、ありがとうございます。
お気づきになられた方もいるかと思いますが、オリ主達のバンドは実在するフュージョンバンド『
なお、本作の世界観では『ORION』のオリジナル曲として『CASIOPEA』の楽曲が演奏されますので、その点、ご了承ください。