青薔薇を照らす星明かり   作:椎名洋介

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 明けましておめでとうございます。
 年が明けたので初投稿です(ンなわけあるか)。


第六章 突然の誘い:後編

       

 

 

 いつもの駅でいつもの電車を降りて、荒川自然公園を突っ切る形で帰路に着く。

 すっかり陽の落ちたいつもの帰り道のはずなのに、友希那にはこの道が果てしなく長く感じられた。

 つい先ほどのスカウトについて、ずっと考えていたからだ。

 なぜ、すぐに引き受けなかったのだろう。

 憧れのステージに立てる絶好の機会だったのに。

 だが友希那の選択は、ただ回答を先延ばしにしただけ。待たせたところで、いったいどうするというのだろう。

 そんな心境を知ってか知らでか、隣を歩く一哉もずっと黙ったままだ。

 

「あれ? 友希那と一哉じゃん」

 

 ようやく家が見えてきたところで、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 

「二人ともおかえりーっ!」

「……リサ」

「あれ……リサも今帰ってきたとこか?」

 

 街灯に照らされて、こちらに駆け寄ってくるのはもう一人の幼なじみである。

 

「うん。今日のお茶会、楽しかったよ!」

「みたいだな。あの写真見たら、だいたいの雰囲気は伝わってくる」

「……あなた達、今日の練習、しないつもりなの」

「みんな家でやってるってさ~。えへへ、アタシもこれから! それより友希那、アタシ達から一個提案があるの!」

「……なに?」

「Roseliaの衣装、作ってもいい?」

 

 お茶会に集った三人は、まずそれぞれが欲しいメニューをオーダーして普通に軽食を楽しんでいたという。

 おいしいスイーツに舌鼓を打ち、他愛のない会話で盛り上がる……ザ・お茶会だ。

 そんな中で、思い切ってリサは訊いてみることにした。

 二人とも、雑誌見て……どー思った?

 

「そーしたらさ、あこに言われちゃったんだよね~。アタシだけギャルっぽくて浮いてる、ってさ。オシャレには結構、気を(つか)ってるんだけどな~」

「すまん。それ、俺も思ってた」

「うっそ、一哉まで!? うわー、友達に言われるよりショックかも……」

 

 ともかく。

 そこで燐子が零した『統一感』をヒントに、Roseliaのバンド衣装を作ってはどうかということになったらしい。

 

「でね、燐子が衣装作れるって話になって。Roseliaの世界観っていうか、演奏を伝えるためにもイイと思うんだよね」

「衣装か……、俺はアリだと思うけど。友希那は……?」

 

 そう問いかけてくる一哉の声音がいつもとは違うことくらい、友希那にはすぐに判っていた。

 何事もないかのように、必死に取り繕っているのだ。

 なぜ?

 そんなの決まっている。

 リサに気づかれないためだ。

 

「……好きにしたらいいわ……」

 

 顔を俯かせたまま、友希那にはそう返すことしか出来なかった。

 うまく誤魔化せる自信も、余裕もない。

 

「へへ、ありがとー! 早速みんなにメールしよーっと!」

 

 そう言いながら携帯を取り出すリサの手が、

 

「……ん?」

 

 ふいに止まった。

 

「友希那……、顔色悪くない?」

 

 どき、とした。

 

「それに、一哉もちょっと元気なさげだし……何かあったの?」

 

 どうして……どうしてこうも、彼女は鋭いのだろうか。

 幼なじみ、だから?

 その時だった。

 

「あーぁあ、やっぱ隠すのは無理かあ」

 

 突然、一哉はそう言うと顔をあおのかせる。

 それからこちらを向くと、浮かべるのは苦笑である。

 

「悪い、友希那。俺言うわ」

「え……」

 

 ちょっと待って。

 その一言を発するより早く、一哉はリサと向き直ってしまう。

 

「リサ」

「うん?」

 

 携帯を持ったままのリサに、ぽりぽりと鼻を掻きながら一哉はあっさりと言ってのけた。

 

「俺、スカウト受けたわ」

「ふーん……え!? スカウトってあのスカウト!? どどどどういうこと一哉!?」

「そのまんまの意味。バックバンドのメンバーってことでライヴに出てみないか、ってさ」

「ホントに!? やったじゃん!」

「いやまあ、まだ出るって決めたわけじゃないぞ? 返事は待ってもらってる」

「絶対出た方がイイって! せっかくのチャンスなんだもん!」

 

 アタシも負けてらんないなー、と、まるで自分のことのように喜ぶリサの様子を見ながら、友希那は一哉の袖を引っ張った。

 こちらを振り向いて顔を寄せる一哉の耳元で、ぼそぼそと声をひそめる。

 

「どういうつもりなの?」

 

 わずかながらに声が震えているのが、自分でも判る。

 

「時間を稼ぐには、こうするしかないだろ」

 

 応える一哉も、ぼそぼそ、である。

 

「時間?」

「……お前が答えを見つけるまでのだよ」

 

 なんの、とは訊かなかった。

 そんなこと、判りきっている。

 

「なになにー、二人でナイショの話ー?」

 

 二人の間を覗き込むように身を傾げるリサに、なんでもない、と一哉は返す。

 

「そっか。……じゃ、アタシもう帰るね。一哉も夕飯食べてくでしょ?」

「荷物置いたらそっち行くわ。ちなみに今夜は?」

「ハンバーグだって」

「お、やりぃ」

 

 そうして門扉を開けて帰って行くリサの姿を、友希那はただ黙って見送ることしか出来なかった。

 

 

 

        

 

 

 夕飯を食べ終えてやることと言えば、学校の宿題と、ベースの練習くらい。

 それすら終わってしまえば、あとはお風呂に入って、寝るだけだ。

 

「だはぁ」

 

 ぼふ、とベッドに仰向けで倒れ込みながら、リサは腹の底からの溜め息を吐き出した。

 夕飯の後、成り行きで一哉にベースの練習を三〇分ほど付き合ってもらった。楽器の練習になると相変わらずスパルタ気味の幼なじみにヒーヒー言いながら必死こいて喰らいついたわりには、両手に残る疲労感はどこか心地よい。

 照明を遮るように、手をかざす。

 季節に合わせた桜色のジェルネイルは、もうない。本格的にベースを再開するにあたって、実里に頼んで付きっ切りでていねいに剥がしてもらったからだ。そのおかげか、今のところ爪に目立った傷は見受けられない。

 

「一哉ってば、絶対アタシに何か隠してる」

 

 それは言うならば、女の勘である。

 スカウトの話は、おそらく本当だろう。だがその話に『続き』があることに、リサは気付いていた。

 何かを誤魔化そうとする時、決まって一哉は鼻を掻く癖があることを知っていたからだ。

 だが、その『続き』がいったい何なのかは、リサには判らない。

 

「アタシってそんなに頼りないのかな?」

 

 もぞり、と寝返って、枕元に置いてある猫の人形を手にとる。

 そして思い浮かべるのは、無類の猫好きな幼なじみのことだ。

 そう言えば、中学くらいまでは、ベランダ越しによく話していたっけか。当時の一哉は友希那の父にギターを教えてもらおうと向こうの家にしょっちゅう遊びに行っていたから、タイミングが被った日は一哉を交えた三人でいろんな話をしたものだ。

 もう、そんなことをしなくなって久しい。きっとリサが窓を開けて呼びかけたところで、向こうが応えてくれる確率は低いだろう。

 ねえ、友希那。

 本当は、何か悩んでるんじゃないの……?

 

「どうしたらいいのかな……」

 

 その問いに答えてくれるものは、どこにもいなかった。

 

 

 自室に戻った友希那は、荷物を置いてベッドに座り込んでいた。

 何をするでもなく、

 呆然と。

 ただ、ぐるぐると、思考だけが渦巻いている。

 まだ、まとまらない。

 掛け布団の上に放った携帯が鳴ったのは、その時だ。

 一本の、電話であった。

 さっきの事務所からだ。

 少しばかり逡巡して、友希那は電話を取った。

 

「……はい、もしもし。……ええ、そうですが」

 

 流されるままに返事をし、流されるままに電話を切る。

 何が正しくて何が間違っているのか、まだ判らなかった。

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