青薔薇を照らす星明かり   作:椎名洋介

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第八章 Re:birth day:前編

       

 

 

「りんりんからオフ会誘ってくれるの、初めてだね?」

 

 手元に視線を落とすあこに、

 

「うん。……家にいても、落ち着かなくて……」

 

 燐子(りんこ)は応える。

 CiRCLEの、オープン・カフェである。

 利用客は、何もスタジオで練習するバンドマン達だけではない。コーヒーをちびちび飲みながらノートパソコンを開く大学生らしき青年もいれば、人気メニューのフルーツ・タルトを囲んで談笑する女子高生達の姿も見える。

 ちょうど、学校帰りの時間と被っているのだ。

 そんな中で二人の着いたテーブルには、オレンジ・ジュースとホット・ミルクがそれぞれ並べられている。ジュースの方に、あこはストローを()した。

 

(わか)るっ。……あこも、なんかどうしたらいいか判んなくって……」 

 

 だから、と浮かべて見せる笑みは、しかし苦し紛れの作り笑いだ。

 

「りんりんに会えて、ちょっとほっとしてるんだ~」

 

 あの騒動から、すでに三日が経とうとしていた。

 だからあこにしてみれば、それは不意を()かれた恰好だったのだ。

 共通の趣味であるゲームを通じて親交を深めた二人は、たびたび『オフ会』と称して遊びに出かけることがある。そしてそれは、話を持ち掛けるのは決まってあこの方からなのだ。

 だが、今日は違った。

 燐子の方から声をかけてきたのである。

 Roseliaとしての練習がもともと組まれていた、この日に。

 

「……ねえ、りんりん。あこ、皆に余計なこと言っちゃったのかな」

 

 テーブルの上に置いた手が、拳を作る。

 そのまま小さく震え始める拳を、

 

「あこがあんなこと……」

「それは違うよ」

 

 燐子の(てのひら)が優しく包み込んだ。

 

「……友希那(ゆきな)さんや野上(のがみ)さんが、本当にRoseliaを辞めるなら……いつか……判ってたことだと思う」

「じゃあ……このままRoselia、なくなっちゃうの……?」

「それは……」

 

 言いかける燐子の言葉が、ふいに途切れた。

 怪訝に思ったあこが顔を上げると、対面に座る親友は両手で口元を覆い、驚きに目を見開いている。

 

「…………まさか……待って……」

 

 それは、何に対してのことなのかは判らない。しかし彼女は何かを確信したかのようにうなずくと、手を下ろして、こちらを見据えた。

 

「……あ、あこちゃん」

「なに? りんりん」

「その……もしかしたらなんだけど」

 

 そして、彼女は言った。

 

「一哉さん、スカウトを断ってるかも知れない」

「え!?」

 

 思わず、声をあげてしまう。だが周りの利用客はほとんど気にしていないようで、特に誰にも咎められることはなかった。

 

「ど、どいうこと……?」

 

 あこの問いは、浮かした腰を下ろしながら。

 

「だってこの間、紗夜さんが()いた時は」

「うん……、否定はしてなかった。……でも、この前……友希那さんを追って、ホテルに入ったこと……あったよね?」

 

 あこは、ぶんぶんと首肯した。

 (おぼ)えている。

 何しろ、そこで聞き耳をたてていた時に、例のスカウトの話題を知ってしまったのだ。

 だが。

 

「あの時に、スーツの女の人が友希那さんに言ってたこと、思い出したんだ」

「言ってたこと?」

「うん……同じ(てつ)()まないように、って……」

 

 思い出した。

 席を立とうとした友希那を呼び止めるように、彼女はたしかにそう言ったのだ。

 もっとも、

 

「り、りんりん……それってどーゆー意味?」

 

 その意味はさっぱりだが。

 

「えっとね……『轍を踏む』って言うのは……『前の人と同じ失敗を繰り返す』って意味で……」

 

 なるほど。

 相手は友希那に対し、『一人のアーティストとしての正しい選択』を迫っていた。その彼女に、こんな言葉を告げるということは、つまり……?

 

「……だからこの場合だと、野上さんと同じ決断をしないように、ってことなんじゃないかなって……」

「あっ!」

 

 また、あこは声をあげた。

 やっと判ったのだ。

 

「てことは、一哉(かずや)さんも本当はRoseliaをなくしたくないってこと!?」

「……あくまで、推測……だけどね」

 

 小声でちぢこまる燐子に、あこは言った。

 

「ううん! きっとそうだよ!」

 

 そして、ポケットから携帯を取り出す。写真フォルダの中に収めた中から一つを選ぶと、あこはそれをテーブルの中央に置いた。

 不思議そうに覗き込んだ燐子が、わあ、と声を漏らす。

 

「これって……」

 

 一本の動画である。

 Roseliaの練習風景だ。

 だがそれは、いつか燐子に送ったものとは別物だ。

 

「……わたしも、いる……」

 

 燐子を含めた六人の演奏を収めたものなのだ。

 

「……新しいの、撮ってたんだ」

 

 うん、とあこはうなずく。

 

「あこ、あの日はカッとなって飛び出しちゃったけど……またこうやって集まりたいんだ……」

 

 それは、本心である。

 実際のところ、怯えがないと言えば嘘になる。仮にまた集まったとしても、この前のようにバンドそのものが瓦解(がかい)してしまわないか、そんな漠然とした不安は、今でも胸に巣くっているのだ。

 しかし。

 それでも、まだ可能性が残されているのなら。

 

「皆でもっとバンドがしたい……。あこ、Roseliaでもっともーっと、カッコよくなりたい!」

 

 あこの宣言に、

 

「わたしも……」

 

 あこの携帯に映る動画に落とされた燐子の紫目(しめ)が、こちらを向いた。

 

「……わたしも、わたしを変えてくれたこの人達と……もっともっと……もっと音楽がしたい」

 

 それは、紛れもなく二人の心からの願いだった。

 まだ、Roseliaでいたい。

 まだ、Roseliaを終わらせたくない!

 だから、と続ける燐子の姿は、あこにはどこか、いつもよりも凛々(りり)しく見えた気がした。

 

「だから……わたし達でも出来ることを……いっしょに、考えて欲しい」

「うん。……うん! あこ、頑張るよ!」

 

 とはいえ、

 

「うーん……何だろうな……何がいいんだろう?」

 

 呟くあこの視線は、テーブルの上の携帯に落されている。

 考えるとは言ってみたものの、しかし起こすべき正しい行動が何なのか、すぐには出てこないのだ。

 チャットで全員を説得してみる?

 ……駄目だ。リサや一哉ならともかく、友希那と紗夜がこちらから何か言ったところで動いてくれるとは思えない。

 

「……うん、そうだね……」

 

 応える燐子も、見つめる先は練習風景の動画である。

 公共の場ということもあって、スピーカーから流れる音量はいくらか控えめだ。

 だが六人の合奏は、わずかな音量であっても二人の耳には轟きわたるように響いている。耳に、(からだ)に……血肉に染み渡るように『音』を憶えているからだ。

 その事実に、

 

「あれ?」

 

 あこは引っかかった。

 

「音?」

「あこちゃん、どうしたの?」

「りんりん、音だよ」

「え?」

「音だよ、音!」

「……あっ!」

 

 ぽん、と燐子が手を打った。まるで、解けなかったクイズの正解に納得したみたいな、そんな仕種(しぐさ)だ。

 彼女もまた、思い出したのだ。

 

「りんりん、前に言ってくれたよね? 言葉だけじゃ伝わらないかも知れない、って!」

「う、うん……」

 

 友希那のバンドに加入したくて猛アタックを仕掛けても撃沈していたあこに、相談を受けた燐子が言ってくれたのだ。

 だから、

 

「『音』だよ、りんりん!」

「うん……『音』だね……」

 

 二人の顔に、笑みが浮かぶ。

 希望は、まだ、ある!

 

 

 

       

 

 

 自分のことを、天賦の才を持った特別な人間だ、などと思ったことは一度もない。

 まさしく『天才』と呼ぶべき人物を、他に知っているからだ。

 とは言え、勤勉な学生、くらいは思わなくもない。

 こんな日は特に、だ。

 所属していたバンドが、崩壊した。

 それも、さあこれから目標に向かって練習するぞ、というタイミングで、だ。

 それから、三日である。

 紗夜(さよ)は学校から帰宅するなり、自室にこもってギターの練習に取り組んでいた。

 無論、苦手にしているセクションを少しでも克服するためだ。

 ベッドに腰を下ろした紗夜の脇に広げられた一冊のノートには、罫線(けいせん)を五線譜に見立てたいくつかの練習用の譜面と、それぞれに合ったトレーニング方法が書き込まれている。それらを一つずつ、順番に反復してゆくのだ。

 しかし。

 

「ちっ……!」

 

 思わず、舌打ちをしてしまう。

 納得のいく演奏が出来ていないのだ。

 シールドを()さずアンプにも(つな)げず、だからピックで弾かれた弦は電気信号に変換されることなく乾いた硬い音を奏でる。

 フレーズはきちんと弾けている。

 だがそれだけだ。

 自然と、ピックを掴む右手に力が入る。そのせいで出音は強くなり、かろうじて保たれていた『旋律』が崩壊して、ただの『音』の『流れ』へとなり下がってしまった。

 もたつく運指に、さらに紗夜は奥歯を噛みしめた。

 駄目。

 駄目!

 こんなレベルじゃ……弾いても弾いても、ただ苦しいだけ……!

 一人の少女が、紗夜の脳裏をよぎる。

 いつも紗夜の後を追いかけては、嬉々として真似を始める、あの顔。

 忌々しい、あの顔。

『あの子』は、昔から何でも感覚だけでこなせてしまう奇妙な才能があった。紗夜がどんなに何かを努力したとしても、『あの子』はそれを持ち前の才能で軽々と追い抜いてしまう。

 そのたびに、比べられてきた。

 そのたびに、諦めてきた。

 勉強も、趣味も、何もかも……一度も『あの子』に勝てたためしがなかった。

 最後に残されたのが、今、紗夜の腕の中にある一つの楽器なのだ。

 もう、なりふり構ってなどいられない。

 たとえ、Roseliaがなくなったとしても。

 

「あれ? やめちゃうの?」

 

 突然の声に、紗夜は自分が練習の手を止めていたことに初めて気がついた。

 弾かれたように、声のした方を振り向く。

 視線の先は、部屋の入り口である。

 そこに、いた。

 一番顔を合わせたくない『あの子』が。

『天才』が。

 ……双子の妹が。

 

「……日菜(ひな)っ。勝手に部屋に入って来ないでって言ったの、もう忘れたの?」

「入ってないよ。ほら、ドア開いてたから……」

 

 部屋の戸口に立ってこちらを覗き込む日菜の眉が、ふいに寄る。顎に手を当てて、それは何かを考え込んでいるようだ。

 

「ん~……あれ? なんだろ……?」

「なんだろ、って……なに? ちゃんと(しゃべ)りなさいっていつも……」

 

 そこまで言いかけて、

 

「……なんかおねーちゃんのギターの音、おねーちゃんっぽくなった気がする」

 

 日菜の(つぶや)きに(さえぎ)られた。そして彼女の曖昧な表現の仕方に、紗夜は面食らってしまう。

 

「え?」

 

 きょとん、と目を()いて、だから妹が言いたいことを把握するのにたっぷり三秒もかかった。

 だが、それでも理解は出来ていない。だから紗夜の言葉は、溜め息混じりである。

 

「……あなたの説明はいつも判りにくいの」

 

 そう言った時だ。

 ふいに日菜が、あっ、と声をあげた。

 

「教科書! 前は『教科書』だった!!」

 

 何やら思いついたようにはしゃぎながら、それはどうやら紗夜の指摘に対して相応しい例えを見つけたつもりらしい。

 

「だけど今は『おねーちゃん!』って()こえる!」

「なによ、それ……」

 

 ポケットから携帯を取り出すて、それにね、と日菜は部屋に入って来た。ぱたぱたと、紗夜の前までやってくる。

 無邪気な笑みで。

 

「今のおねーちゃんすっごく、るんっ、てしてる!」

 

 そして、

 

「この人みたいに!」

 

 そう言って、携帯の画面をこちらに(かざ)して見せる。何かのウェブサイトだろうか。

 

「……なに、これ?」

「動画!」

「それは判るわよ。中身の話をしているの」

「この前、麻弥(まや)ちゃんが昔サポートしてたバンドの映像見せてくれたんだけどね、これがもうすっごくて! とにかくずっと、るんっ、てしちゃうんだよ!!」

 

 さっぱり判らない。

 

「早く出て行って。忙しいんだから」

 

 そう言ってみても、日菜は(きびす)を返す様子はない。それどころか、さらに一歩近づいて、ぐい、と携帯を差し出してくるではないか。

 

「いいから、これだけ見てみてよ! あたしの言いたいこと、きっと伝わると思うから!!」

 

 この場合、彼女は梃子(てこ)でも動かないということを紗夜は知っている。

 平気で自分の言いたいことを言い、相手の気持ちなど忖度(そんたく)することなく否定したければ否定する。やりたいことしかやらず、やりたくないことは決してやらない。

 そういう少女なのだ。

 渋々、日菜の携帯を受け取って、画面に視線を落とす。どうやら動画サイトに上げられたうちの一本らしい。

 投稿時期は昨年の暮れ。何かのライヴ映像を収めたものなのか、サムネイル画像には野外ステージに立つ四人のバンドマン達を正面から撮影したものが表示されている。

 画像に白い文字で書き込まれた『CROSSOVER JAM(クロスオーバー・ジャム)』という名前には、紗夜も見覚えがあった。プロアマ問わずオーディションを通過したミュージシャン達がジャンルの壁を超えて出演する、総合音楽フェスなのだ。

 動画タイトルを見た瞬間、紗夜は思わず腰を浮かしそうになった。

 後ろの方に、よく知っている名前が書かれていたのだ。

 

『【圧巻】十手観音・大和麻弥ラストステージ!【ORION】』

 

 ORION(オリオン)

 まさか……、

 

「……野上(のがみ)さん……?」

 

 気づいた時には、紗夜は再生ボタンをに指を伸ばしていた。

 すっかり陽の落ちた野外音楽堂の巨大な舞台、その中央に立った野上一哉は、愛用のギターを構えている。この前のような白い衣装ではないが、それでも清潔感の感じられるカジュアルなジャケットである。

 他のメンバーも似たようなものだった。ベースの方は衣装用に買ったのだというのが丸判りな総柄のジャケットで、キーボードはYシャツの上にVネックのニット・ベストを身に着けている。

 黒いドラム・セットに座る人物だけ、紗夜の記憶と違っていた。小柄な少年ではなく、眼鏡をかけたボブカットの少女なのだ。

 だが、見覚えはあった。

 日菜が映っていたバンドのポスターにいた、あの少女なのだ。

 会場はすでに大盛り上がりで、だからステージも佳境に差しかかったころだということが判った。

 そんな中で一哉が小気味いいカッティング・フレーズを二回ほど繰り出すと、待ってましたと言わんばかりの歓声があがる。それを受けた一哉は背後にそびえる台の上に乗っかる格好のドラムを振り返り、そこに陣取る少女とアイコンタクトを交わす。

 三度めからは、ドラムのキックと同時だった。四つ打ちで刻まれるビートに合わせてベースがボトムを支え、シンセブラスが曲にさらなる広がりと(いろど)りを与える。

 

 ──ASAYAKE──

 

 紗夜が連想したのは、水平線の向こうから昇る太陽だ。

 夜の闇を追い払い、ブラシで掃いたような雲が浮かぶ空を群青(ぐんじょう)から茜色へと染め上げてゆく。はるか遠くで鳥の群が横切ってゆく様子が、鮮明な映像として『見えた』のである。

 美しい、と思った。

 そうだ。

 ORIONは技術も表現力も、他の同世代のバンドと比べて目を見張るものがあったのだ。

 初めてORIONのステージを目の当たりにした時も、同じ衝撃を受けたのを憶えている。

 だが真に驚嘆すべきは、その技術ではない。

 ディストーションに切り換えてメロディーをとるギターを始めとしたバンドメンバーはもちろん、イベントスタッフや拍に合わせて手拍子をするオーディエンスを含めて、その場にいる全員が晴れやかな笑顔を浮かべているのだ。

 その先にあるのは、たしかな一体感である。

 バンドだけではない。それは観客をも巻き込んだ巨大な一つの塊となって、音の奔流を都会の空へと解き放っているのだ。

 それは、決してお遊びのバンドではなし得ることの出来ない、音楽の一つの完成形である。

 演奏が、終わる。

 爆裂のような拍手が巻き起こる。

 メンバーがステージ中央に集合し、四人で手を繋いで精一杯のお辞儀をする。アップになったドラムの少女の(ほお)に光るものが伝うように見えたのは、気のせいだろうか。

 拍手の余韻の中、画面が消えゆく前に、紗夜は動画を止めた。それから一つ、溜め息をこぼす。

 

「謝らないといけないわね」

「ん? なんのこと?」

「いいえ、こちらの話よ」

 

 日菜に携帯を返して、もう一度、部屋を出るように言いつけた。その言葉がやけに穏やかだったことに、紗夜自身が驚いた。

 

 

 宇田川あこから動画メールが送られてきたのは、それからすぐのことだった。

 中身を確認した紗夜は、その時になってようやく、妹の言葉の意味を理解した。

 

 

 

       

 

 

 ベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた一哉は、突然の携帯のヴァイブレーションに飛び起きた。

 友希那からだった。

 電話口の少女ははっきりとした口調で、決めたわ、とだけ言った。

 一哉も、判った、とだけ応えた。

 電話を切った一哉の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

 

 

 その日の夜、一哉の携帯が通知音を鳴らした。

 Roseliaのグループチャットに、友希那からのメッセージが届いていた。

 

 

 

       

 

 

 久しぶりに足を踏み込んだCiRCLEは、たった数日来なかっただけだというのになぜか懐かしい。

 受付を済ませると、カウンターの奥でまりなが微笑みを投げかけてくる。

 みんな来てるよ、と言われた。

 友希那から送られてきたチャットで、集まったのだ。

 

『私の正直な気持ちを伝えたいので、みんなに集まって欲しい』

 

 その一文とともに指定された日時と場所が、今日のこの、CiRCLEである。

 ポップなBGMが流れるロビーを横切って、細長い廊下を進む。突き当たりのスタジオが、目的の場所だ。

 ドアノブに手をかける。

 一哉(かずや)は、瞼を閉じた。

 それから小さく、息を吐く。

 再び瞼を(ひら)いた直後、彼は重い防音ドアのノブを回して、静かにドアを()けた。

 まりなの言ったとおりだった。

 彼を除く五人の少女達が、すでにスタジオの中央で向かい合うように円になっていたのだ。

 

「あっ、一哉……」

 

 振り返るリサに応えて、

 

「悪い、遅くなった」

 

 扉を閉めて、背負っていた大きな帆布製のザックをドア脇の壁に立てかける。

 全員が、制服姿っだ。

 学校が終わってから、直接ここへ来たのだ。到着が遅れたのは、単に花咲川(はなさきがわ)羽丘(はねおか)と比べて学校からの距離が遠いからに他ならない。

 それでも予定していた時刻より一〇分ほど早くたどり着けたのは、おそらく友希那がそのあたりの事情を考慮して時間設定をしてくれたに違いない。

 だが急いで来たことには変わらないので、一哉は臙脂(えんじ)のネクタイを緩めて、ワイシャツのボタンを一番上だけ外す。それから、円の中へと入った。

 

(そろ)ったわね」

 

 全員の顔を見回して、口を開くのは友希那である。

 

「まず……この前のことを謝らせて。いちバンドメンバーとして、不適切な態度だったわ」

「それは……」

 

 紗夜だ。腕組みで、友希那を見据えている。

 

「どういう意味の謝罪ですか?」

「自分の気持ちを、自分で理解しきれていなかった」

 

 友希那は、淀みなく言葉を重ねてゆく。

 

「あなた達との関係性を認識しきれていなかった。そのことに対しての謝罪よ」

 

 それから、歌姫は左隣に立った幼なじみの少年を見上げた。

 一哉は小さく、うなずいて見せる。その仕種(しぐさ)に、右隣のリサが目を見開いた。

 

「ひょっとして……」

 

 声を漏らすリサに、一哉は肩をすくめて見せる。

 応えたのは、友希那の方だった。

 

「スカウトは断ったわ」

 

 友希那のその言葉に、溜め息とともに安堵の視線を向ける者、きょとん、と目を剥く者、胸を()でおろす者……反応は人それぞれだった。

 その中で、

 

「そうだったとしても」

 

 翡翠の少女だけは、相変わらず胸の下で両腕を組んでいた。

 

「私達を『バンドメンバー』ではなく、『コンテスト要員』として集めた事実は変わりないのよね?」

「紗夜、何もそんな言い方……」

 

 言いかけるリサを、

 

「やめて、リサ」

 

 あっさりと友希那は(さえぎ)った。

 

「紗夜の言うとおりよ。私がコンテストのためにメンバーを探していたのは知ってるでしょう?」

「そ、それはそうだけど……」

「私は『FUTURE WORLD FES.』に出場するため……全てはそれだけのために音楽をやってきたわ」

 

 だから、と友希那は紗夜に向き直る。

 

「私は、責められて当然だと思ってる」

 

 紗夜の唇から漏れるのは、切るような溜め息である。

 

「たしかに、フェスは頂点……私もその思いに賛同し、フェスを目指していました」

 

 でも(みなと)さん、と続ける紗夜の瞼が、ついに開かれた。

 そこにあるのは、明らかな困惑だった。

 

「全てが『フェス出場』のためだと言うなら、失礼だけどあなたには、『フェスに出て』それからどうするのか……、その先のヴィジョンが何もないということになる」

 

 そうなる。

 そういうことになってしまう。

 

「違いますか?」

 

 その問いに、友希那は顔を俯かせて、ゆっくりとうなずいた。

 続く紗夜の溜め息は、落胆の意だろう。

 しかし、

 

「結局、私達は『使い捨て』ということなんですね」

 

 その言葉に敏感に反応した友希那が、がばっ、と顔を上げた。

 

「それは違うわ!」

 

 突然の大音声(だいおんじょう)は、防音加工の施されたスタジオの空気さえも、ぴり、と震わせる。その強い否定にたじろいだあこの肩を、側にいた燐子が優しく抱いた。

 しん、と静まった空間で、友希那はゆっくりと言葉を紡いでゆく。

 

「メンバーを探していた時は、そうだった……バンドを組む目的も、そう……。だけど紗夜を見つけて……みんなが集まって……」

 

 いつの間にか友希那の手に携帯が握られていることに、一哉はこの時初めて気がついた。

 表示されているのは、一本の動画だ。

 一哉にも、同様のものが送られてきている。

 

「それ、あこがみんなに送った動画……」

 

 あこの呟きに、友希那はうなずきで返す。

 楽しげに演奏をしている六人の様子が収められた、それはRoseliaの練習風景のビデオである。

 両手ですくい上げるように持たれた携帯を見つめて、友希那の声はわずかに震えている。

 続く言葉に、一哉の眉が、ひくり、と動いた。

 

「いつのまにか、私……お父さんのことよりも……」

「お父さん?」

 

 おうむ返しする紗夜に続いて、

 

「……話すのか」

 

 一哉は口を開いた。銀髪の少女は、こくり、とうなずいた。

 

「本当の私はただ、私情のために音楽を利用してきた人間よ」

 

 そして彼女は、とつとつと語り始める。

 

「少し、長い話になるわ……」

 

 全ての始まりを。

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