テーブルに着いた少年少女達のオーダーは、満場一致でWハンバーグ&エビフライ&チキンソテーのプレート、ご飯大盛デザート付きになった。
驚異の1382キロカロリーを有する、俗に『スーパーやけ喰いセット』と
その数、実に九人前。
四人掛けと六人掛けのテーブルが横並びになった格好である。二つのテーブルの間は人が一人通れる程度の隙間が空いていて、半分がその向こう側のソファへ、もう半分が手前の通路に面した椅子に腰を下ろしていた。
しかし、それぞれのバンドに覆いかぶさる空気は、いささか暗い。
困惑と、そして
それぞれで取りに行ったドリンクバーにも、手をつける様子はなかった。
「なあガミよ、本当にオイラ達もいっしょでいいのか?」
壁際の椅子に腰かけた
場違いじゃないのか、と言外に訴えているのだ。
ORIONをこの場所へ連れて来た、張本人である。
「いいんです!」
一哉と隙間を挟んで隣に座った、リサだった。メニュー表を閉じて、鳴海と反対側の壁側の椅子に座ったあこにそれを仕舞うように手渡して。
だが、一哉は気づいていた。
気丈に振舞って見せるリサの、その笑みがいくらか無理やりに浮かべられていることを。
「今日は無事にコンテストが終わった打ち上げみたいなものなんですから!」
「打ち上げ、ね……」
口を開くのは、奥のソファに腰かけた紗夜である。腕を組んで、閉じられた瞼はどこか不満げだ。
手前側のソファには、テーブルとテーブルの間を挟んで一哉とはす向かいになる格好で友希那が座っていた。
「聞こえはいいけれど、正直私も鳴海さんの意見に賛成です。わざわざいっしょにテーブルを囲まなくてもよかったのではないでしょうか?」
「だってさ、みんなで食べたほうが会話も弾むし、何より楽しいじゃん?」
「ですが」
瞼が開き、緑色の瞳が向く先は一哉……ではなく、ORIONの面々だ。
「百歩譲って、野上さんはメンバーですから良しとしましょう。しかし『落ちた』私達と違って『受かった』彼らと同じ席というのは……どう気持ちを処理したらいいのか判りません」
そう。
それこそが、先のコンテストの結果だった。
ORIONは、コンテストを二位という成績で通過した。
だがRoseliaは、上位三位の枠に漏れたのだ。
だから、
「そう言われると、ぶっちゃけ俺も肩身が狭いんだよな」
ぽりぽりと頬を掻いて、そう呟く一哉は苦笑を浮かべるしかない。
彼はフェスへの切符を手にしたORIONのリーダーであると同時に、切符に手が届かなかったRoseliaの一サポートメンバーでもある。ゆえに、どちらの立場でいればいいのか判らないのである。
たしかにコンテストを通過するつもりではあったが、まさか本当にメイン・ステージに出られるとは思っていなかった。だがそれ以上に、一哉にとってはRoseliaが落ちた事実の方が驚愕だったのだ。
いったい、なぜ?
一哉でさえ気になるその理由を、彼女達が知りたがらないわけがなかった。
「講評、聞いたんだろ?」
うん、とリサは頷いた。
それから友希那に視線を投げて、彼女が小さくうなずいたのを確認してから、続ける。
「一言で言うとね、経験不足だって」
「経験不足?」
「うん。ほら、アタシ達って結成からそんなに日が経ってないじゃん?」
たしかに、春先にメンバーが集まってから正式にバンドとして動き出すまで時間はかかったし、Roseliaとしての活動は始まったばかり。まだ二ヶ月と経っていないのだ。
逆にORIONは、すでに結成してから一年近くが経過している。その経験の差が、今回の勝敗を分けたと言ってもいいだろう。
「審査員の人達からはけっこういいこと言ってもらったんだよ? いい演奏だった、実力も充分にある。って」
「だったら……」
言いかける一哉の言葉は、
「でもね」
やんわりと遮られた。
「だからこそ経験の浅さが引っかかったんだって」
荒削りではあるが短期間でバンドとしてのグルーヴを磨き披露して見せた楽曲は、伸びしろがあり過ぎる、と言わしめるほどに審査員の心を
ゆえに、彼らは賭けたというのだ。
一年後……このジャンルの未来を担うに相応しいバンドとして成長したRoseliaに。
『入賞』ではなく、『優勝』という形で『FUTURE WORLD FES.』のメイン・ステージに立って欲しいから。
「落選はしたけどさ、すっごく認めてもらえてたし、アタシはそんなに悪くないんじゃないかなって思ってるよ」
次々と運ばれてくる料理を眺めながら、リサの笑みは憑き物が落ちたように爽快だ。
「だから一哉も気にしちゃ駄目! 今回は落ちちゃったけど、また来年挑戦すればいいんだしさ!」
「リサ……」
「もー、辛気臭い顔しないの! さ、食べよ食べよっ!」
「そうだな」
にやり、と笑みを浮かべて、鳴海が頷く。
「飯が冷める前に喰っちまうか」
「よーし、食べるぞー!」
拳を突き上げる実里の手を、そっと隣の影山が下ろしてやる。
それから全員で手を合わせ、いただきます、と
「……それでも、私は納得出来ません」
紗夜が、むすっとした様子でナイフでチキンソテーを切り始めた。
「ジャンルを育てるためと言うのなら、なおさら私達をメイン・ステージに出すべきです」
そうこぼす紗夜の不満に、切り分けたハンバーグを頬張ったあこが声をあげた。
「むぐ……たしかにすっごい悔しいけど、でも、それがどうでもよくなるくらい……あこ、楽しかった!」
無邪気な笑みを浮かべて。
そんな彼女の口元に、燐子が紙ナプキンを掴んだ手を伸ばす。
「あこちゃん、ちょっと動かないでね。ソースが付いちゃってる……」
「ん……、ありがとう、りんりん!」
「どういたしまして。……わたしも、あこちゃんといっしょだよ……。今までで一番、楽しかった……」
「あ、あなた達……」
紗夜の顔に、困惑が浮かぶ。
「何のために練習してきたのか判ってるの?」
「うん、ちゃんと判ってるよ。でもさ、そういう紗夜も楽しかったでしょ?」
リサの返事に、紗夜は言葉に詰まった。
「それは……まあ、ええ……」
ちらり、と紗夜が視線を投げる相手は、友希那だ。
「……湊さんは、どうなんですか?」
話を振られた友希那はちょうどエビフライを口に入れようとする寸前で、だから一度フォークを置いた後、そうね、と言った。
見ると、何やらリサは笑みを浮かべている。
にこにこと。
「正直、楽しくなかったと言えば嘘になるわ。今まであんなに、お父さんのために、って思ってたのに……。歌っている間、何も考えられなかったから……」
その顔が、
「でも」
付け加えられる言葉で、途端に崩れた。
「どんなに認められても、父が本当の意味で立てなかったステージで歌うその日までは、私は私を認められないわ」
「そっか……」
なんとも情けない笑みに。
それからこちらを向いて、リサが寄越してくるのは苦笑である。
どうしろというのか。
しかし。
「……同じですね、私と」
ふいに呟いたのは、紗夜の方だった。弾かれたように、一哉とリサもそちらを振り返る。
「紗夜……?」
「湊さんのお父さんのように、私にも、逃げられない大きな存在がいる」
それが誰のことを指しているのかは、何となく一哉にも察しがついた。
「どんなに距離を置きたくても、それは決して離れてくれない」
当然ですよね、と紗夜は笑みを浮かべる。
どこか自嘲めいた。
「それも含めて『私』なんですから」
たとえ切り捨てたつもりでも、『過去』は決して消えることはない。どこかで帳尻を合わせて『現在』との折り合いをつけない限り、『過去』はいずれ『現在』の自分へと逆襲してくるのだ。
氷川紗夜にとって、今この瞬間こそが、その帳尻を合わせるべき時なのである。
「だから私は、あなた達とともにバンドを続けたい。Roseliaで頂点を目指したいんです!」
「わ、わたしも……」
燐子が、胸に手を当てて呟く。
「やっぱり……このみんなで、『FUTURE WORLD FES.』に出たいです……。それを目指してきた今までが……とても、楽しかったから……!」
「りんりんは次の衣装も考えてくれてるんだよね!」
さらりと付け加えるあこに、しかし燐子の方は慌て気味だ。
「あ……あこちゃん、それはまだナイショって……」
「あっ!! ご、ごめん……」
しゅん、となってしまう。
その様子がおかしくて、つい一哉は吹き出してしまった。つられるようにリサや実里、それから鳴海が笑い始めて、少しばかり笑いの発作を収めるのに苦労した。
目尻に溜まった涙を拭って、
「アタシも」
リサが言う。
「まだ……もっとこのバンドをやりたい! だって、すっごーく楽しかったから! それに友希那に……紗夜にも、もっともっと『楽しい』って思ってもらいたいから……!」
「リサ……」
「今井さん……」
「はいはーい! あこもあこも!!」
しゅばっ、と音をたてる勢いで、あこが片手を挙げた。
「あこもね、なんか今日……紗夜さんに言われた、自分だけのカッコイイ、ちょっとだけ掴めた気がして……」
それは、一哉も何となく感じていたことだった。
コンテストのステージで演奏するあこのドラムは、爆裂の勢いでバンド全体のサウンドを引っ張り上げていた。今までの練習ではどこか『可愛らしさ』を感じざるを得なかった一四歳の少女が、どうだ、これくらい屁でもないぜ。とでも言いたげに余裕の笑みを浮かべて演奏する様子は、初めて一哉があこのことを『格好イイ』と意識した瞬間だったのである。
「だけど……もっとガッチリ掴めたら、そしたら優勝出来るじゃないかって……そう思えたんです!」
「……ええ、そうね」
友希那は頷いた。
それから、
「期待しているわ」
宇田川あこが友希那の言葉を完全に理解するまで、たっぷり三秒。
歓喜の声をあげる最年少を、お店の中だからとリサと燐子が静まらせ、座らせる。
「ははっ。いいねえ、いいねえ」
陽気な声は、鳴海だった。コーラで喉を鳴らして、その目はもはや保護者のそれである。
「ぶっちゃけどうなるかと思ったけど、その調子なら美味い飯喰えそうだな」
「当たり前です」
友希那だ。
「私達は、いずれ頂点に立つバンドですから。たった一回落選したからと言って諦めるほど、私達の夢は脆くありませんから」
そうね、と紗夜が続く。
「思うところは皆さまざまだけど、私達は来年もコンテストに出る。そして、必ず優勝する。その気持ちは、みんな同じようね」
こくり、と四人の少女達が力強く頷いた。
「というわけで!」
ばっ、とリサがこちらを振り返る。
「アタシ達の『反省会』はこれでおしまい! こっからは、一哉達の『お祝い』だよー!」
「え?」
思わず、一哉が声を漏らしてしまう。
無論、顔に浮かぶのは困惑である。
「お祝い? この流れで?」
「うん。だって、アタシそのために呼んだんだよ? 幼なじみの晴れ舞台だもん。せっかくの打ち上げなんだから、パーッとやろう!!」
「いや、晴れ舞台つったって……本番は来年だぞ?」
それも、年度末の三月だ。まだ一〇ヶ月近くも先なのである。
「まあまあカズくん、細かいことは気にしない!」
気がつけば、対面の実里がソフトドリンクの入ったプラスチックのコップを掲げていた。
「ここはリサの厚意に甘えようよ!」
「いや、でもなあ……」
「いいじゃねえかよ」
鳴海が、コーラを持つのとは反対の腕を一哉の肩に回す。
「リサちゃんもああ言ってるんだしさ」
「けど、友希那とかが……」
……何か言わないか、と言おうとした。
言えなかった。
他ならぬ友希那本人に、先回りされたからだ。
「あら、私はかまわないわよ」
わずかに微笑んで。
「それとこれとは話が別だもの」
言いながら、友希那がコップを手にとる。紗夜も、それに続いた。
「友希那……」
「新曲、よかったわ」
真っ直ぐにこちらを見つめる友希那の、その言葉はいつだったかライヴで新曲を初披露した時に言われたセリフだ。
そして、
「おめでとう、一哉」
それで、決まりだった。
リサの乾杯の音頭で始まったORIONの祝賀会は、それからさらに一時間ばかり続いた。
店を出た時、都会とは思えないほどに澄んだ空に瞬く星々が、九人を照らした。
これにて『バンドストーリー第一章』部分は完結。
ここからは二~三本ほど短編を書こうかなと思ってます。
まだ一行だって書いちゃいねえけど(笑)。
でもだいたいの構想は、着々とオツムの中で出来上がってきております。
二章は、とりあえず今現在では『未定』とだけ。
でも、『もしかしたら』とは言い添えておきます。
まだまだ一哉をはじめORIONの面々には色々と頑張ってもらいたいしね。
特に今回、作劇上の都合であまりスポットが当てられなかったキャラ……というかあまり喋ってないキャラ(影山とか影山とか影山とか)にも、何か出番を与えたいなあ、なんて考えてみたり。名前の通りほとんどカゲ(影・陰)になってたしね。
せっかく衣装が山吹色なんだし、山吹の彼女との絡みを持たせてみるか?
『やりたいこと』を挙げたらキリがないね。
まあ、それが『BanG Dream!』シリーズの魅力でもあるんだけれども。
そんなわけで、次回はまた間が空くと思いますが、更新された時はぜひ見てやってください。
では、また。