青薔薇を照らす星明かり   作:椎名洋介

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SPACE LAST:後編

       

 

 

 実際のところ、不安がなかったと言えば嘘になる。

 中学校も三年生に進級してほどなく、友達と組んでいたバンドがメンバーの受験勉強による忙しさで活動が困難になってしまった。

 だが志望校も固まっていない彼女にとって、バンドが続けられないという事実は精神的にかなり(こた)えた。

 進路のために勉強が必要なのは判る。

 だが漠然とした将来へ向ける勉強になかなかモチベーションが上がらないことも、また悩みの種だった。

 バンドをとるか、

 受験をとるか。

 だからと言って、朝から高速バスで四時間かけて上京したことに後悔はない。

『聖地』と呼ばれる場所が、今日をもって閉店してしまうからだ。

 それでも時おり、ちくり、と胸が痛むのは、きっと親にナイショで来てしまったことに対する罪悪感に違いない。

 でも、きっと大丈夫。

 友達にはちゃんと口裏を合わせてもらっているし、目的を済ませたらまた四時間かけて地元へ帰るつもりだ。そのためのチケットも、ちゃんと買ってある。

 中学生の(ふところ)事情的に、かなりの出費であることには変わりないけれど。

 

 バスターミナルから眺める新宿の街は、何もかもが新鮮だった。

 緑豊かな地元の田園風景とは程遠い、林立する背の高いビルはどれも窮屈そうだ。

 バスターミナルと新宿駅を隔てる道路は六車線と信じられないくらいに広いのに、通り過ぎて行く車はまるで何かに急かされているようにみんな速度を出している。

 それに、吸い込む空気もどこか濁っているような気がする。

 何よりも彼女が目を奪われたのは、行き交う人の数だ。

 多い。

 多過ぎる。

 あまりの人通りの多さに呆然と立ち尽くしていたら、危うく正面から向かってくるおしゃれな女性とぶつかりそうになってしまった。

 慌てて避けてから、通行の邪魔にならない位置に移動する。

 エスカレーターの脇まで動いてから、ほっと一息ついた。

 これが、と六花(ろっか)は思う。

 東京なんだ。

 携帯を確認する。

 七月二〇日。

 時刻は、午後一時を少し回ったところ。

 予定の時刻まで、あと三時間ほど。

 目的地までの移動を計算に入れても、昼食を()るくらいの時間はありそうだ。

 よし。

 行こう。

 

 

 

「ここが、ガールズ・バンドの聖地……!」

 

 そう呟いて、朝日(あさひ)六花は黒縁眼鏡を指で押し上げる。

 もう片方の手には、チケットを握りしめて。

『SPACE』と看板の掲げられたライヴ・ハウスの前には、すでにたくさんの人が集まっていた。

 六花と同じくらいの年代の子もいれば、大学生くらいの若者もいる。

 ほとんどが、女性客である。

 中には子連れの親子もいるが、その中にちらほらと男性客も見受けられるのは、きっとガールズ・バンド人気だけが理由ではないだろう。

 大勢の客の合間を縫って、扉の脇に置かれたブラック・ボードの前に立つ。

 そこには、本日のラスト・ライヴを盛り上げる出演バンドが一覧になって書き込まれていた。

 

Glitter*Green(グリッター・グリーン)』、

CHiSPA(チスパ)』、

Poppin'Party(ポッピン・パーティ)』、

Roselia(ロゼリア)』、

 

 そして、

 

「『ORION(オリオン)』……」

 

 一番下に書かれたバンドの名を、六花は読み上げる。

 六花が初めてORIONを知ったのは、動画サイトにアップロードされたとある動画を観たことだった。

CROSSOVER JAM(クロスオーバー・ジャム)』……昨年末に開催された総合音楽フェスの模様を収めたものだ。

 メンバーの大半が男性の、インストゥルメンタル・バンド。

 そんなバンドが今日、『ガールズバンドの聖地』たるSPACEのラストステージに立つのだ。

 順不同、と書かれているから、どのバンドがどの順番で登場するのかは六花には判らない。だがグリグリやRoseliaといったさまざまなバンドが出演する今日のライヴは、きっと忘れられない日になるだろう。

 

 受付でチケットを提示すると、入場したことを表すスタンプが押された半券とドリンク引換券が手渡された。

 人の流れに押し潰されてしまうのが怖くて、しばらくはラウンジで時間を潰していた。開場はしても開演までは三〇分ほど時間があったからだ。

 ドリンク・カウンターで交換したアップルジュースを飲み干してから、六花はおそるおそるフロアの方へと歩を進めた。

 会場はすでに満員に近く、だから六花はほとんどステージの後方からライヴを観ることになりそうだ。

 

 やがて客席の照明が、ゆっくりと光量を落としてゆく。

 続いて会場に流れていた背景音楽が徐々にその音量を絞ってゆく。

 残るのは暗闇になった客席と、そして期待に満ちた観客のざわめきだけだ。

 次の瞬間、緑色のライトとともにそれが歓声になる。

 四人人の少女達が、舞台上手からステージの上に姿を現したのだ。

 全員が、揃いの緑を基調としたノースリーブの衣装を着ている。

 白いギターを引っさげて、センターに立つ少女がスタンドに付けられたマイクを握った。

 

「SPACE! 遊ぶ準備は出来てますかー?」

 

 拍手。

 歓声。

 

「オッケー! 行くよー!!」

 

 それに応えるように、ギターのアルペジオから演奏が開始される。

『SPACE LAST』。

 最初のバンドは、Glitter*Green(グリッター・グリーン)のステージからだ。

 

 

 

 SPACE常連のグリグリ、それから『二度めまして』なRoseliaのステージが終わると、初出演のバンドが続いた。

 CHiSPAと、Poppin'Party。

 とくにPoppin'Partyが披露した『夢みるSunflowerサン・フラワー』や『前へススメ!』といった楽曲は、バンドにかける想いや未来へ向けた覚悟などが歌詞から感じられて、六花には彼女達がとても輝いて見えた。

 

「ありがとうございましたー! 私達、Poppin'Partyです!!」

 

 ステージのツラに出て、横並びになった五人の少女達が弾けんばかりの笑顔を咲かせる。

 そして、中央の香澄が宣言した。

 

「絶対、またライヴやります!!」

 

 万雷の拍手を背中に受けて、Poppin'Partyはステージを後にする。

 客電と控えめなBGMが復活して、上手から数人のスタッフが姿を現した。ポピパの機材と次のバンドの機材を入れ替える作業に入ったのだ。

 六花は客席を見回した。

 スタンディングの観客の中に、出番を終えたバンドメンバーの姿が見受けられることに、初めて気がついた。

 その中に、六花が注目しているバンドの姿は、ない。

 当然だ。まだ彼らの出番は終わっていないのだから。

 

「楽しかったね、香澄ちゃん」

「うん! りみりんもお疲れ様!」

「どうしよう沙綾(さあや)。私達の出番、終わっちゃった」

「ほんと、あっという間だったよね」

 

 しばらくして、背後からPoppin'Partyの面々が談笑しながらフロアにやって来るのが判った。

 

「他の客もいるんだから、はしゃぎ過ぎるなよ?」

「判ってるよ有咲(ありさ)~!」

「お前のこと言ってんだよ!」

 

 ……なんだろう。すぐ後ろにPoppin'Partyのメンバーがいる、ということを認識した途端、妙にそわそわする気がする。

 でも振り向いて、ライヴよかったです、と言えるだけの勇気は、まだ六花にはなかった。

 ステージに視線を向けると、すでにスタッフの姿は見えない。据え置きの青いドラム・セットを除いて、どうやら機材の転換が済んだようだった。

 ステージ中央にはギター・スタンドが二つ並んでいて、エレキ・ギターとクラシック・ギターがそれぞれに立てかけられている。

 下手側にはこちらに背面を向けたキーボードが縦に二台積まれ、サイドにはもう一台のキーボードが設置されている。その配置は、言うなればアルファベットの『L』だ。

 舞台の袖に近い上手側には、ベース用の機材が置かれている。

 

 徐々に軽快なBGMが小さくなってゆく。

 入れ違うように、SPACEに押し寄せた大勢の観客のざわめきが大きくなる。

 徐々に客電が落とされてゆき、入れ違うようにステージの照明が灯された。

 舞台上手から姿を現す四人の少年少女の姿に、どう、と歓声が沸き上がる。

 六花もその一人で、彼らを温かい拍手で迎える。

 きた。

 ついに、きた。

 彼らが。

 ORIONが。

 

 夏の暑さを考慮してか、白い衣装に身を包んだギターを除く三人は、それぞれに柄が異なる五分袖のハワイアン・シャツを着ている。男子陣は黒のスラックスのようだが、紅一点の少女はデニムのパンツだ。

 各々が定位置に着いたのを確認してから、唯一マイク・スタンドが置かれているキーボードに立つ少女がマイクを握った。

 

「SPACEのみんな、初めまして! ORIONで~す!!」

 

 ギターとベースのセッティングの合間を繋ぐ、自己紹介を兼ねたMCである。

 

「簡単に私の方からメンバー紹介させてください。オン・ドラムス、影山大樹(たいき)!」

 

 青いドラムセットの奥で、小柄な少年が片手を挙げて応える。彼が二代目らしい。

 

「オン・ベース、鳴海奏太!」

 

 構えるベースは、動画で見たとおりの八弦だ。

 

「オン・ギター&リーダー、野上一哉!」

 

 脚を閉じ、左腕を広げつつ右手を胸に添える、それは『ボウ・アンド・スクレープ』と呼ばれる西洋のお辞儀だ。

 

「最後にMC&キーボードの、八谷実里です!」

 

 そんな少女の自己紹介に、あちこちから彼女の名を呼ぶ声があがる。それはSPACEでのステージが初とは思えないほどの馴染みっぷりだ。

 

「少ない時間ですが精一杯演奏したいと思いますので、最後まで楽しんでってください!!」

 

 拍手。

 歓声。

 

「さてさて、それでは早速最初のコーナーにいってみたいと思います! 私達、もう結成して一年以上経つんですけど、これまで本当にたくさんの楽曲を披露してきました。そんな私達の『これまでの歩み』を知ってもらおうということで、今夜はその中から選りすぐった珠玉のメドレーをお聞きいただきたいと思います!」

 

 そこで言葉を切って、実里はメンバーの顔を見まわす。

 準備が出来たか確認しているらしい。

 リーダーの頷きを見てから、少女は宣言する。

 

「軽快なリズム! 爽快なメロディ! 痛快なキメ! 豪快なトゥッティ! 『スリル・スピード・テクニック』が揃った、その名も『SPACE SPECIAL MEDLEY(スペース・スペシャル・メドレー)』! まずはこの曲からお聞きください、『EYES OF THE MINDアイズ・オブ・ザ・マインド』!」

 

 ワン、

 ツー、

 スリッ!

 ベースのイントロで幕を開けたORIONのメドレーは、すぐさまファットなシンセ・リードがメロディーをとる。

 どっしりと腰の据わったドラミングはタイトかつパワフルで、あの小柄な体躯のどこにそんな力があるのか見当もつかない。

 ピックを使わずチョッパー・スタイルで奏でられるベースも、多弦ベースの課題とも言えるミュートのし辛さを難なくクリアしており、プレイヤーの力量の高さをうかがわせた。

 サビからAメロへ戻る前のブリッジでは実里のリズミカルなピアノ・ソロがフィーチャーされ、バックではベーシストが傍らのティンバレスを軽快に叩きあげる。

 何より、六花の目が奪われたのは伸びやかに歌い上げる一哉のギターだ。ソロに入るなり徐々に音数を増やしてゆき、しまいにはスウィープ奏法まで駆使して演奏を盛り上げる。

 もう一度サビへ戻って、怒涛のキメを終えたところで……、 

 

 ──BLACK JOKEブラック・ジョーク──

 

 ストロボ・ライトが点滅する中で繰り出される六連符のテクニカルなユニゾン・フレーズに繋がって、拍手と歓声が沸き上がった。

 ソリッドなアンサンブルを経て、シンセ・ブラスのソロ……そしてギターのソロと続いたところで突如ステージが暗転し……、

 

 

 ──SPACE ROADスペース・ロード──

 

 ドラムのフィルから入ると同時に、ステージに立つ四人それぞれにスポット・ライトが当たる。

 次の瞬間、六花は眼前で繰り広げられる光景に目を剥いた。

 バス・ドラムのサンバ・キックで刻まれるビートに乗って、残る三つの楽器が一六分音符のユニゾンを始めたのである。

 時おり挟まれるスネアでアクセントを付けながら、しかし先ほどの六連符のユニゾンなど比にならないくらいの、それは実に四〇小節近いユニゾンだ。

 仕掛けに気づいたのは、カラー・ライトとともに駆け上がってゆくイントロ・フレーズを経て、歪んだギターがメロディーをとり始めて少ししたころだった。

 打ち上げられたロケットが成層圏を突き抜けて広い宇宙へと飛び立つようなメインのメロディーが、八小節ごとに転調しているのだ。

 それも、ごく自然に。

 それでいて最終的には元のキーに戻るのだから、いったいコンポーザーたる一哉はどこまで計算してアレンジをしているのだろうか。

 唐突に浮遊感を憶えるのは、ボリュームペダルを駆使したギターのヴァイオリン奏法によるものだ。

 それからフルート系のリードで緊張感のあるソロをとるキーボードに、続くギターソロは対照的に爽やかさを感じさせる。

 そんなギターが最後のキメをとる直前で……、

 

 ──ASAYAKEアサヤケ──

 

 六花が動画サイトで何度も繰り返し目に焼き付け、耳にした、あの小気味いいコード・カッティングが聞こえてきた。

 イントロを盛り上げるのは、観客の手拍子とストロボ・ライトだ。

 Aメロ後のオクターブ奏法では、動画の見様(みよう)見真似(みまね)で、六花もタイミングを合わせて拳を突き上げてみた。

 他の観客もギターの動きに合わせて、拳を突き上げる。

 

 いよいよ、曲も大詰めだ。

 イントロと同じコード・カッティングで、しかしそれをバックにシンセブラスがラストに相応しく曲のスケールを広げてゆく。

 楽しい。

 やっぱりライヴって、でら楽しい!

 ということは、と六花は思う。

 バンドだって、きっと……。

 

 こうして一五分以上に及ぶメドレーは、最高潮の勢いで幕を閉じた。

 

 

 

 メドレーを弾ききった余韻に浸る中、実里は軽く手の筋肉をほぐすように振ってからマイクを手に取った。

 きん、と甲高いハウリング音がスピーカーから響いて、実里の声が会場中に響き渡った。

 

「どうもありがとうございました~っ! 四曲お送りしましたが、途中でこう……メロディーと関係ないややこしいイントロの曲があったり、弾いてるこっちも手が()るんじゃないかと思わせるようなユニゾンの曲があったりしてね。実は何度もヒヤリとさせられてました」

 

 苦笑しながらマイクを握る自分の手がわずかに震えていることに、実里は気づいていた。

 不安に、ではない。

 高揚に、だ。

 

 どうしよう。

 どうしよう!

 ライヴしてる。

 私、今、SPACEでライヴしちゃってるよ!

 

「でも、みんな盛り上がってるでしょー?」

 

 ちらり、とリーダーの方を見やってから、実里は客席に笑みを投げる。

 返ってくるのは、歓声と、割れんばかりの拍手だ。

 

「さて、それでは次のナンバーに行ってみようと思います」

 

 その言葉を合図に、ギターとベースがそれぞれ楽器の持ち替えに入った。

 カミソデからスタッフが持ってきた真紅のベースには、複弦を含めて一〇本の弦が張られている。

 

「みなさんもご存知のように、ライヴハウスSPACEは、今夜をもって閉店します。その最後のライヴに、こうしてステージに立てること……本当に、ほんッとーに! 嬉しいです!! ありがとうございます!!」

 

 一哉の方は、エレキからエレガットへと。

 

「……次の曲は、今日のために作ってきた、私の新曲です」

 

 そう言った途端、ふいに視線が引っ張られた。

 客席の後方。

 その一点。

 その真っ暗な空間にいるであろう、Glitter*Greenのメンバー達。

 

「今日、この機会を与えてくれた先輩に……」

 

 言いながら、実里が視線を投げるのはステージに立つバンドメンバー達だ。

 

「……仲間に……」

 

 そして、

 

「……オーナーに……」

 

 それから、

 

「今日この場に来てくれているみんなに、お送りしたいと思います」

 

 マイクを持つのとは反対の手で、シンセサイザーのプログラム・チェンジを済ませる。

 上の76鍵シンセは、ブラスに。

 下の88鍵シンセは、ピアノに。

 

「タイトルも決まってます。それではお聴きください……」

 

 ──FINAL CHANCEファイナル・チャンス──

 

 切ない曲である。

 儚い曲である。

 いつからか胸に描いていた夢、叶うことがないと思っていた夢……。

 SPACEで、ORIONとしてステージに立つこと。

 それが、今、ついに叶った。

 こんなに嬉しいことなんて、ない。

 この時間が、ずっと続けばいいのに。

 でも、

 それは駄目。

 だって『始まり』がある以上、『終わり』は必ず来るんだから。

 だから……だから今だけは、

 

「どうもありがとうございました~っ! ORIONでしたー! それじゃ最後のナンバーはこの曲でお別れいたしましょ~! いきますよー? 『と・き・め・き』!!」

 

 全力で楽しむんだ。

 

 ──ときめき──

 

 

 

 終演後、ORIONは秋に自主製作のアルバムを二枚リリースすることをサプライズ発表した。

 

 

 

 朝日六花が羽丘女子学園に入学するのは、この翌年のことである。




 これにて『SPACE編』は完結になります。
 もう少しキャラクターを掘り下げたかったところですが、一応短編扱いなので長過ぎるのもあれかなと。


 次回は一期のOVAに(あた)る海の話を書きたいなあ。


 まただいぶ期間が空くでしょうが、気長にお待ちいただければ幸いです。


 では、また。
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