青薔薇を照らす星明かり   作:椎名洋介

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 久しぶりの投稿&急遽企画に間に合わせるための大急ぎのヘッドスライディング。


 かなりの高確率で加筆します(加筆しました)。


合宿とビーチボールとライヴ

       

 

 

「合宿?」

 

 夏真っ盛りの八月も、そろそろ終わりに差しかかってきたころ。リサ達はいつものようにCiRCLE(サークル)のスタジオで練習していた。

 休憩としてそれぞれが水分補給やクールダウンをしている時に、思いついたようにあこが声をあげたのだ。

 

 ねえねえ、みんなで合宿しましょうよ!

 

「合宿って……Roselia(ロゼリア)で?」

「そー! 合宿! せっかくの夏休みだし、みんなでどこか行きませんか!! 海とか!」

「う~ん、アタシはイイと思うんだけど……」

 

 丸椅子に腰かけるリサは、店先のカフェテリアで買ってきたソフトドリンクをあおりながらドラムセットのあこから目を逸らす。

 視線の先で同じく丸椅子に座った紗夜(さよ)はリサの言わんとしていることを理解したのか、わざとらしく溜め息をついた。

 

宇田川(うだがわ)さん、私達には遊んでる時間なんてないのよ?」

「そ、それはあこだってちゃんと判ってますよ~! だから『合宿』なんじゃないですか! 場所だってちゃんと押さえてあるんです!」

「え、それマジ?」

 

 リサは思わずそうこぼす。

 正直、あこがここまで段取りよく事を進めているとは思っていなかった。いつもの思いつきだと考えていたのだ。

 

「うん! 実はね、りんりんのお(うち)が別荘持ってるんだー! そこで練習も出来ちゃうんだよ!」

「……燐子(りんこ)、そうなの?」

 

 譜面台に次の曲の譜面を乗せていた友希那(ゆきな)が、その手を止めて黒いキーボードに立つ燐子を見やった。

 

「は、はい……千葉の方に……。周りが、田んぼばかりなので……夜遅くとかでなければ、問題ないと……思います……」

「なにそれ、めっちゃ条件イイじゃん!」

 

 おそらく、音出しが可能などこかのコテージを借りるよりも、白金家の持つ別荘で泊まり込みで練習する方がずっと費用を抑えられる。うら若き女子高生のお財布事情的にも、『安さ』は重要なファクターなのだ。

 

「でしょでしょー!? 近くに海もあるんだよね、りんりん!」

「う、うん……」

「海か~! そう言えばアタシ、海とかもう何年も行ってないな~。久しぶりに泳いじゃう?」

「リサ」

 

 近くから、鋭い幼なじみの声。

 

「まだ行くとは決まってないのよ?」

 

 諭すような友希那の視線に、判ってるって、とリサは肩をすくめて見せる。

 

「でもさ、海に行くなら一哉(かずや)にも声かけたかったよね~」

 

 今日のRoseliaのバンド練習には、インストゥルメンタル・バンド『ORION(オリオン)』のリーダーかつRoseliaの六人めのメンバーでもある野上(のがみ)一哉の姿はない。

 今月に入ってから、彼はほとんどRoseliaの練習には合流出来ていないのだ。

 だが、何もそれは一哉が怠け者だからというわけではない。

 

「仕方ないわ。一哉は今、ORIONのレコーディングで忙しいもの」

「だよね~」

 

 レコーディング・スタジオのあるコテージに泊まり込みで、それは当初の予定を大幅にオーバーした、実に二〇日間日近いバンド合宿になると聞いている。

 新作一枚とベスト盤二枚組……都合アルバム三枚分という分量のレコーディングを、この三週間弱というスケジュールでこなさなければならないのだ。

 今は、大詰めの三週めである。

 それこそ紗夜の言ったように、遊ぶ時間などないに違いない。

 とは言え、せっかくなら、というのがリサの本音だった。

 

「はあ、ずっと忙しそうにしてたし、時間があったら誘おうと思ってたんだけどなあ~」

 

 天井を見上げてそう言った、その時だ。

 

「ふっふっふ~」

 

 自信満々といった足取りで、あこがこちらへと寄ってくる。その手にはドラムスティックではなく、スマホが握られていた。

 

「リサ姉、これ見て!」

「んー?」

 

 あこに言われるまま、ひょい、とこちらに向けられたスマホの画面を覗き込む。

 

「なになに……え、これORIONのSNSアカウント?」

「そーそー! でねでね、この下に……」

 

 言いながら、画面をスクロールしてゆく。

 

「ほら、これ!」

「ええと、『ウミボウズプレゼンツ/海の家ライヴ出演決定! 夏の終わりに爽やかになりましょう!!』って……これ、ライヴの告知? それも今度の週末じゃん」

「それがどうかしたの?」

 

 訊ねる友希那に、あこは弾かれたように振り返ると鼻息を荒くして答えた。

 

「海の家でライヴなんですよ! 海の家! しかもりんりんの別荘の近くにある海の!!」

「……あっ!!」

 

 言われて、ようやくリサも気がついた。

 レコーディングのために遠征中のORIONが、月末にライヴをする。

 ということはつまり、燐子の別荘の近くに一哉達の合宿先もあるということではないのか?

 そして宇田川あこという少女は、ORIONのファンである。

 

「あこ、ひょっとして合宿に行こうって言い出したのって……」

 

 考えられることと言えば、それしかない。

 

「……ORIONのライヴが見たいから?」

「あ、あはは~……駄目、かな?」

「いいんじゃないかしら」

 

 肯定の声は、すぐ近くから。

 

「友希那……?」

 

 振り向いたリサの視線の先で、友希那はちょうど手にした携帯を下ろしたところだった。

 

「……実は新曲を書いているところなのだけど、少し行き詰まりなのよ」

「へ、へえ~……え、新曲?」

「ええ。だから、普段と違う環境に身を置いてみることがRoseliaの最高の音楽を作るために必要なことなら、私は行ってもいいと思う」

「……ってことはもしかして……?」

 

 友希那の言葉に、あこが目を輝かせる。

 そして、我らがボーカルはそれを宣言した。

 

「合宿に行くわよ」

 

 きっとライヴを見たい気持ちもあるんだろうなあ、とリサが察するのは、大して難しいことではなかった。

 

 

 

       

 

 

 東京から南西へ約百キロ。のどかな田園風景が広がる片田舎の一角に、そのスタジオはあった。

 建物の西側には全面に大きな窓がとられ、そこから太平洋とそれに面した海水浴場を一望することが出来る。

 夕方は西陽(にしび)が強く射し込むためさすがにカーテンを閉める必要があるが、それでも『海が見えるスタジオ』というのはそれだけで抜群のロケーションだと言えるだろう。長期間の泊まり込みとなるならなおさらだ。

 ──気晴らしに海へ遊びに行く、なんてヒマが取れそうになかったのが心残りではあるが。

 

 もっとも、と一哉は思う。

 それは彼女も同じなんだろうな、と。

 

「じゃあ、最後にパーカッションのチェックしよっか」

 

 慣れた手つきで制御卓を操作するのは、一哉と並んで座る鮮やかな黄色い髪の女性である。

 佐治(さじ)エリカ。鳴海(なるみ)と同じ大学で、今回のレコーディングにエンジニアとして召喚されたのだ。

 この合宿生活で少しでも『夏』を感じたいのか、空調の効いた部屋であるにもかかわらず、デニムのホットパンツにオレンジのチューブトップである。剥き出しの肩も、伸びやかな脚も、まるで内側から輝くようだ。

 時おり見せるヒマワリみたいな笑顔は、どことなくリサに似ていなくもない。

 

「どうかな?」

 

 言いながら再生されるのは、先日レコーディングが終わったばかりの楽曲にダビングされるパーカッション・サウンドだ。

 

「ん~……もう少し、こう、全体的にリバーブかけてもらってもいいですか?」

「いいけど、あんま強くしない方がいいよね。チャンバーぐらいにしとく?」

「いや、ルームでいいと思います」

 

 普段の生活をおくる中で耳にするさまざまな『音』には、必ずどこかで『反射した音』もいっしょに混ざって鼓膜に届いてくる。物や壁に当たって反射する『音』は、反射した先で壁に当たればさらに反射する。この反射の連鎖は、音が完全にエネルギーを失うまで続く。これがリバーブ……すなわち残響音である。

 二人の会話は、この効果を応用したエフェクト処理をかけるにあたって『どのくらいの残響を施すか』というやりとりをしているのだ。

 

「うっきー、ちょっと待ってね~」

 

 応えて、エリカがまた制御卓のキーを叩く。

 すると続いて再生される音源は、先ほどと聞き比べてみても、明らかにより自然な響きになったのが判る。こちらの求める音像にすぐさま応えてくれる彼女の実力の高さは、実際に調整作業に入ったここ数日でかなり実感出来た。

 

「こんな感じだけど、どう?」

「めっちゃイイ感じです」

 

 嘘偽りなく、一哉はエリカにサムズアップして見せる。それで彼女も安心したのか、

 

「よかったぁ……」

 

 まるで湯船に肩まで浸かったかのような脱力感で椅子の背もたれにぐでっと身をあずけた。

 

「これでマスタリングが終われば完成、だね」

「はい、ようやくです。ほんと、今回はありがとうございました」

「いいっていいって。あたしも奏太のいるバンドがどんな感じなのか気になってたし、ウィン・ウィンだよ。こっちもけっこう勉強させてもらったもん」

「そう言ってもらえると助かります」

 

 正直、ほっとしているのは一哉も同様だ。

 

 思えば、この夏はとにかく駆け抜けた夏だった。

 FWFへの出場決定、それに伴う数々のイベントの出演依頼、ライヴハウスSPACEのラストライヴへの出演……。平日の学業を除けばここ数ヶ月、まともに休みなど取れていないのだ。

 それに加え今回のレコーディングを八月中に捩じ込んだものだから、その分夏休みの宿題を可能な限りやっつける必要もあった。忙しいったらありゃしない。

 こうしてトラック・ダウンを終えた今なら間違いなく言える。

 いち高校生が過ごす夏にしては少々ハード過ぎた、と。

 だがそれも、今日で一段落だ。

 

 ちらり、と壁にかけられた時計に視線を投げる。

 午前一一時。そろそろ動き出した方がよさそうだ。組んだ両手をめいっぱい天井に向かって伸びをしたところで、思い出したようにエリカが口を開く。

 

「あ、もしかしてそろそろリハ?」

「ええ、まあ。まだ最後の一仕事が残ってるもんで」

「今日だっけ? 海の家ライヴって」

「はい。だから……本当はマスタリングまで立ち合いたかったんですけど、すみません」

「だいじょーぶ。最終チェックはちゃんと時間がある時にやってもらうからさ。とりま、ライヴ頑張ってきな~」

 

 言いながらエリカが、ぷるぷると胸の前で手を振って見せる。

 

「おっしゃ、じゃあ行ってきます」

「おう、行ってらっしゃーい!」

 

 立ち上がる一哉に、エリカはまたぷるぷると手を振って見送ってくれる。

 演奏に必要な楽器は、すでに会場へ運び出してある。あとは正午から始まるリハーサルに間に合わせるだけだ。

 もっともリハーサルとは言っても各楽器の音量のバランスやちょっとした照明機材の演出の確認くらいのもので、実際にステージでやる曲目はすでにこちらで通してある。

 つまり、これが終われば本番までの約四時間、ようやくまともな『休み』が転がり込んでくるのである。

 

 わずかながらの『夏休み』が訪れる瞬間に、心なしかコントロールルームを出る足取りが軽く感じた。

 

 

 

       

 

 

 サングラスぐらいかけておくべきだった。

 すっかり陽も高く昇った今の時間帯では、蒸し蒸しした暑さと刺すような強い日差しの両方が待ち受けていたのだ。ちょっと歩いただけで額や背中からじんわりと汗が出てきた。

 

 ビーチはかなり賑わっているようだった。家族連れや一哉と同い年ぐらいの若者など、大勢の人が夏の思い出作りにはしゃいでいる。無論、水着で。

 そんな彼らを視界に収めつつ、一哉は目的地へと歩を進める。

 海水浴客達の憩いの場、海の家である。

 

「ん? あー、カズくぅ~ん! こっちこっち!」

 

 本日の会場でもあるウッドデッキの近くまで来たところで、手摺り沿いのテーブルに着いていた客の一人がこちらに気づいて振り返った。

 シルバーのカチューシャで留めたオレンジブラウンの髪をなびかせて、その手には店頭で注文したのかメロンソーダのグラスを持っている。ノースリーブのワンピースは白地に青のボーダーで、裾は脛くらいまでのミモレ丈である。

 八谷実里(やたがいみのり)

 一哉と同じORIONのメンバーで、紅一点のキーボーディストだ。その奥には、ドラムの影山(かげやま)が冷やし中華をすすっていた。

 一哉のギターや鳴海の複数のベース、影山のドラムや実里のシンセといった機材のセッティングはおおかた済んでいるようだ。すぐにでもリハーサルを始められる、そんな感じである。

 

「ごめん、待たせたな」

「だいじょぶだよ~、こうしてまったりさせてもらってるから~」

「そっか。……にしても、けっこう繁盛してるんだな」

 

 お昼時だからだろうか、テーブル席はほとんどが埋まっているし、カウンターにも続々と人が集まっている。夏休みも終盤とは言え、なかなかの賑わいである。

 

「まあシーズンだしね。カズくんも何か頼んで来たら? 焼きそばとかおいしそうだったよ~?」

「そうだな~、俺も何か喰うか。……あれ、そういえば鳴海さんは? もうすぐリハだろ?」

「ナルルンなら、今ウミボウズさんと打合せしてるよ。それが終わってからだって」

「ふうん」

 

 そういうことなら仕方がない。ちょうど腹も減っているし、お言葉に甘えて何か買って来るか。

 

「TDの方はどうでした?」

 

 影山がカットされたトマトを食べながら。それはトラック・ダウンと呼ばれる、楽曲全体の音量やエフェクト処理を行う作業の略称だ。 

 

「ひとまず片づいた。あとはマスタリングだけだな」

「いよいよか~、私達の初アルバムっ! ……まあ、録ってる時は大変だった記憶しかないんだけど」

「いやぁ、あれはさすがに自分でもキツいことやったなーって反省してる」

「別に怒ってるわけじゃないって。カズくの無茶ぶりは今に始まったことじゃないし? 慣れっこ慣れっこ」

「はは……そう言ってもらえると助かるや」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら、苦笑で返すしかない。

 

「あー!」

 

 突然、快活な少女の声がデッキに響き渡った。

 屋根のある、カウンターの方からだ。

 続いて、ぺたぺたと複数の足音が聞こえてくる。

 

「見て見てさーや! こんなところにドラムが置いてあるよ!」

「ホントだ……でも、どうしてだろ?」

「これって叩いていいのかな?」

「勝手に触っていいわけないだろ? なんか、ここでライヴやるみたいだし」

「そうなの、有咲(ありさ)?」

「店のあちこちにチラシ貼ってあんの見てねーのかよ……」

「ぜんぜん見てなかった!」

「自慢するとこじゃないだろ」

「えへへ~」

「褒めてねーよ!」

 

 どこか聞き覚えのある三人声に振り向いた一哉は、そこで思わぬ一行の姿を見た。

 

「……あれ?」

 

 すぐ目に飛び込んできたのは、先頭を歩く特徴的なネコ耳の少女である。白いビキニにデニムのホット・パンツで、見るからに『遊びに来ました!』という出で立ちだ。

 残りの二人も見覚えのあるツインテールとポニーテールで、だから声をかけるには充分な理由だった。

 

「おーい、ポピパ~!」

 

 だが、相手からすればそれは予想外の呼びかけだったようだ。きょろきょろと辺りを見回しては、頭にハテナを浮かべている。

 ……さすがにこの人込みでは、見つけるのも一苦労か。

 そう思った時、

 

「カスミ~ン! こっちだよ、こっちこっち!」

 

 同じように気づいたらしい実里がより声を大きくして、ついでに目印にと腕を上げる。

 

「……あ、実里さんだー!」

 

 名前を呼んでようやくこちらに気づいたネコ耳が、一瞬の驚きの後にぱあっと笑顔を咲かせてやってきた。

 

「ちょまっ!? 急に走んなって!」

「あはは……私達も行こっか、有咲」

「沙綾もちょっとはあいつ止めんの手伝ってくれよな……」

 

 香澄に少し遅れて、後続の二人も一哉達がいるテーブルへとたどり着く。ツインテールが市ヶ谷(いちがや)有咲で、ポニーテールが山吹(やまぶき)沙綾だ。

 

「わーい! 一哉くんもいるー!」

「よっ、相変わらず元気そうだな」

「うん。今日はポピパのみんなで遊びに来てるんだー!」

 

 つまり、あと二人はいる、ということだ。

 

「お……おい香澄っ、先輩なんだから言葉遣い気をつけろって!」

「大丈夫だよ有咲~。ねっ、一哉くん!」

「まあな」

「ちょっとカズくん、いつの間にカスミンと仲良くなってたの~? 私聞いてな~い」

「……あれから色々あったんだよ、色々と」

「ふうん」

 

 SPACEのラストライヴ以来、同じギタリストということで何度か香澄の練習に付き合ったことがある。はじめこそ『先輩と後輩』を意識した立ち居振る舞いをしていた彼女だったが、その際一哉が『堅苦しいのはあまり好きではない』と言ったところ、今に落ち着いた、というわけだ。

 

「あの……」

 

 それまで会話を見守っていた沙綾が、控えめに手を挙げた。

 

「もしかして、お昼中……でした?」

 

 彼女が指す先は黙々と冷やし中華を食べ進めていた小柄なドラマーである。

 全員の視線が、影山へと集まる。

 当の本人は、注目されているのが自分だと判ると、Poppin’Partyの面々を向いて会釈を投げた。口を開かないのは、今まさに中華麺やらキュウリやら錦糸卵やらが口の中に入っているからだろう。

 

「まあ、そんなとこかな」

 

 苦笑しつつ、しかしおかげで一哉は思い出した。

 

「香澄達も何か食べるか? ちょうど俺もこれからだし、何なら奢るぞ」

「へ?」

 

 きょとん、とする有咲に、すぐさま香澄が食い気味に反応する。

 

「え、いいの!?」

「おう。この店、焼きそばがけっこうイケるらしいぞ」

「焼きそばぁ~! じゃあ私も焼きそばにする!」

「ちょ、香澄!?」

「なら私は冷やし中華にしようかな~」

「沙綾まで!?」

「せっかくだからお言葉に甘えようよ。私達もお昼まだなんだしさ」

 

 それに、と沙綾はもう一度テーブルの方を向いた。

 冷やし中華をすする影山を。

 

「久しぶりに、ゆっくり話したいし」

「ぅうぅううぅ……」

 

 唸りながら、ツインテールの少女は頭を抱える。奢られるべきかどうか、かなりの僅差で悩んでいるようだ。

 やがて唸りが止み、頭を抱えていた手を下ろすと、観念したとばかりに彼女は口を開いた。

 

「……私も焼きそばで」

「おし、決まりだな。んじゃみんなの分買ってくるから、ちょっと待っててくれ」

「私も行くー!」

 

 勢いよく手を挙げて、そう立候補するのは香澄だ。

 

「お、そりゃ助かる。ならドリンク持つの任せていいか? 食事系は俺が持つから」

「判った!」

 

 やっきっそばっ、やっきっそばっ、と上機嫌で先を歩いてゆく香澄に苦笑しつつ、じゃ行ってくるわ、と言って一哉もカウンターへと向かった。

 

 

 

 

 人生は偶然の連続である、そんな言葉をよく耳にする。

 しかし逆に、全ては必然である、という考え方もまた存在する。どちらを信じるかは、その人次第だろう。

 だが、一哉は思った。

 

「いやー食べた食べた! にしても、ポピパちゃんと遭遇するなんてね~!」

「私も、まさかリサ先輩や氷川先輩とお会いするなんて思ってませんでした!」

「アタシもだよ~! でも香澄ちゃんと一哉がいっしょにいるとは思わなかったな~。ホント、すっごい偶然だよね☆」

 

 こんな偶然があってたまるかいと。

 絶妙に旨い焼きそばを平らげて。

 

 香澄の後を追う恰好でカウンターに向かった一哉は、たまたま同じタイミングで注文したメニューを受け取っていたリサ達と鉢合わせした。どうやらこの海水浴場の近所にある白金家の別荘を借りてバンドの強化合宿をしているらしく、あこや燐子はもちろん、友希那もこの合宿に参加していると言うのだ。

 

「今井さん、はしゃぎ過ぎですよ。戸山さんも」

「えーいいじゃん紗夜~。紗夜だって一心不乱にフライドポテト食べてたんだし」

「いっ、一心不乱になんか食べてません!」

「そういうわりには、ポテトを食べる手が停まってませんでしたけど~?」

「氷川先輩、ポテトお好きなんですか?」

「べ……別に好きなんかじゃ……」

 

 もはや暗黙の了解になりつつある紗夜のポテト好きだが、俯いて顔を赤くさせている彼女を放っておくのはいささか可哀相だ。

 

「それはそうとさ、リサ」

 

 発言権を求めるように胸の前で小さく手を挙げて、一哉は周囲を見回す。問いかけるのは対面に座ったリサである。

 

「んー? なに?」

「友希那、けっきょくどこにいるんだ?」

 

 現在複数のテーブルに分かれて着いているのは、Poppin’Partyの五人に打ち合わせから戻ってきた鳴海を加えたORIONの四人、それにリサや紗夜、あこに燐子のRoselia組四人。全員が昼食を済ませ、今は腹休めにそれぞれが談笑している時間だ。

 しかし、そこには最後の一人……と言うべきかはひとまず置いておこう……の友希那が見当たらないのである。

 

「えーっとね……」

 

 幼なじみは指に自身の毛先をくるくると絡ませつつ、器用に眉を寄せて困ったような笑みを浮かべると、言った。

 

「たぶん、一人で考え込んでんじゃないかな~」

「んん? どゆこと?」

「今、友希那がRoseliaの新曲を考えてくれてるんだけどさ。中々納得出来るアイデアが浮かんでこないんだって」

「そんなにか?」

「そうなんですよ!」

 

 割って入って来たのは、別のテーブルに座っていた宇田川あこだ。

 

「なんか、ソファーに寝っ転がって祈ってる感じでした!」

「あー……それは重症だな」

 

 何となく状況は把握出来た。

 作詞ないしは作曲に行き詰まる時、友希那はよくそうやって仰向けに寝転がり無言になることがある。一哉はこれを『祈りタイム』と呼称していた。

 単に次の歌詞のフレーズが浮かばないだとかメロディーが降りてこないなど理由はさまざまだが、いずれにせよ『祈りタイム』に入っている間、端から見た彼女はまさしく『虚無』と化す。

 全く喋らず、全く動かなくなるからだ。

 

「でも外には連れ出してるから、近くにはいると思うよ」

 

 だったら、と香澄が声をあげる。

 

「友希那先輩も誘って、みんなでビーチバレーしませんか!?」

「ビーチバレー?」

「はい! いっぱい(からだ)を動かしたら、きっといいアイデアも浮かぶと思うんです!」

「いいね~それ! 友希那、最近ちょっと運動不足だからちょうどいいかも……ふふっ、一哉もいっしょにやる?」

 

 小悪魔的に微笑んだリサがこちらを向いたが、一哉は肩をすくめた。

 

「いや、今は遠慮しとく。ちょっとこれから忙しくてな」

「あ、今日ライヴなんだっけ?」

「そうそう。そのリハをこれから……」

 

 ……やろうかと思ってて、と言いかけて、一哉は口をぽかんと開けたまま静止した。

 目の前の幼なじみが、やべ言っちゃった、とでも言いたげに大袈裟に目を見開き、開いた両手を重ねて口の前にかざしているのである。

 

「え!? 一哉くん、ライヴやるの!?」

 

 一哉が再び動き出すきっかけをくれたのは、香澄だった。

 その間、わずかに二秒。

 

「まあな。予定では一八時スタートだけど」

「それでドラムとかキーボード置いてあったんだ……あのドラム、大樹(たいき)のだったんだね」

 

 納得したように、別テーブルの沙綾が声をあげる。その隣で、声をかけられた影山大樹がこくりと頷いていた。どうやらこの二人、家が同じ商店街の中にあるといういわゆる『ご近所さん』で、昔から付き合いがあるらしい。

 あるいは、幼なじみ、と呼ぶべきか。

 

「観たい観たい!」

 

 はしゃぐ香澄に、

 

「おい香澄」

 

 有咲が唇を尖らせる。

 

「あんまし先輩にワガママ言うなよ? チケットがあるかも判んねーのに」

「あ、それは大丈夫」

「……え?」

「今日のはフリーライヴだから、そもそもチケットの概念がないんだよ。だから観る分には別に問題なし」

「……マジすか」

「……マジっす」

「やったー!!」

 

 じゃ皆で観ようよ、と有咲に抱きついてはしゃぐ香澄を尻目に、一哉はゆっくりと視線をリサへと向ける。

 腕を組んで、やれやれ、とばかりに。

 

「やっぱ知ってて来たんだな」

「……てへっ。バレちゃった?」

「そらバレるだろ。つか、てへっ、て何だよ。てへっ、て」

「可愛いでしょー」

「はいはい、可愛い可愛い」

 

 あっさりと応えたのがよくなかったのか、ぷうっ、とリサは頬を膨らませる。

 

「だってさー、ライヴあることアタシに教えてくれなかったじゃん?」

「都内ならまだしも千葉だぞ千葉。電車でもけっこう距離あるし、そう簡単に声かけらんないだろ」

「それでも、一言くらいは連絡欲しかったよ」

「なぁんでさ」

「だって……」

 

 言いかけて俯くリサの耳が赤くなっているのは、この蒸し暑さで躯が火照っているから……だろうか。

 

「……しばらく会えてなかったし、たまには話したいなあ、なんて……」

「……ぇ、ぁ……ぉう……」

 

 だから彼女がくるくると指で髪を巻きながら零した言葉に、一哉はすぐに返事をすることが出来なかった。

 幸いだったのは、香澄がテーブルを離れてくれたおかげで、二人の間に生まれた微妙な空気に誰も気づかなかったことだろうか。

 

「……リハが済んだら、俺らも合流するから」

「う、うん……じゃあ、アタシ友希那呼んでくるね! この暑さでバテてないか心配だし! 一哉もリハ頑張ってね!」

「あ、じゃあ私も行きます!」

「リサさん、私もいいですか?」

「モチロン☆ いっしょに行こ行こー!」

 

 続くように香澄と沙綾が立ち上がり、リサの後を追う。

 

「……なんだよ、リサの奴……」

 

 ……寂しいなら寂しいって言えばいいのに。

 喉まで出かかって、けっきょくそれは口には出来なかった。

 

 

 

       

 

 

「え~……ではバンド対抗ビーチバレー二回戦、Roselia対ORION……の前に、一個だけ確認したいんですけど……」

 

 恐る恐る、というふうにネットの張られた支柱から声をかけてくるのは、審判役の市ヶ谷有咲である。その視線は、リハーサルを終え合流した一哉達の背後へと向けられていた。

 

「本当にそれでやるつもりですか?」

 

 有咲が言っているのは、別にORIONの服装のことではない。男子メンバーはそれぞれ異なる柄の海パンに履き替えているし、実里だって青のビキニだからだ。

 問題は、そんな四人の背後にそびえる巨大な『玉』のことなのだ。

 

 直径約三・六メートル……運動会などで使う大玉よりも大きなビニール製の、それは規格外な『超巨大ビーチボール』なのである。

 

「おう」

「マジすか……つか、よくそんなんありましたね。どうしたんですか」

 

 即答する一哉に、有咲は呆れ混じりの驚きで。だが彼女の問いに応えたのは鳴海だった。

 

「こんなこともあろうかと、通販で買っといたんだよ」

「犯人あんたかよ……」

「かまわないわ」

 

 そう応えるのはネットの向こう……Roseliaチームだ。

 

「Poppin’Partyとの勝負で、だいたいのルールは憶えた。どんな大きさだろうと、今の私達に返せないボールなんてないわ」

 

 前衛に構える銀髪の幼なじみ、湊友希那である。一哉からすればこういう遊びに興じる姿というのはかなり新鮮で意外だったが、わざわざ黒い水着に着替えているのはもっと意外だった。

 

「風上の陣地はアタシ達がもらったから、サーブはそっちからでいいよ~」

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

 言いながら、前衛の一哉と鳴海がしゃがみ込む。その後ろに控えていた影山と実里が、特大ビーチボールを転がしつつ二人の背中へと乗せてゆく。

 次の瞬間、

 

「ぃよいしょぉっ!」

 

 勢いよく伸び上がった一哉達を発射台にして、撃ち上がったボールがネットを越えてRoselia側の陣地へと入ってゆく。

 

「リサ!」

 

 落下地点で手をかかげる友希那に、

 

「うん!」

 

 応えて、リサもいっしょに腕を伸ばす。のしかかってくるようなビーチボールの質量に抗して、後から来た紗夜と燐子も加えて四人がかりで何とかネットの向こうへと押し返した。

 そう。

 もはやレシーブやトスなどではない。

 物理的に『押し返す』のがやっとなのだ。

 

「おー!」

「すっご……リサさん達よく返したな……」

 

 たえや有咲の感嘆もそこそこに、リサは次なる反撃に備える。

 だが、

 

「……わっぷ!」

 

 ORION側でボールを受け止めようと跳び上がった影山が、しかしボールの勢いに押されてそのまま背中から砂浜に落っこちたのだ。

 

「影山!?」

「たっ、大樹!? 大丈夫? 頭とか打ってない?」

「うん……なんとか、大丈夫……」

 

 すぐさま一哉やコートの外にいた沙綾が駆け寄るが、問題はそれだけではない。

 

「やっば、ボールが……!」

 

 落下したボールが、そのまま風にあおられてころころと砂浜を陸の方へと転がってゆくのである。

 

「ちょっ、ちょっと待てぇっ!?」

「わぁ~!? ボール待ってぇ~!」

 

 砂を蹴り飛ばす勢いで鳴海と香澄が大慌てで追いかけるが、強風にあおられたボールに必死の声は届かない。

 何とか追いついた鳴海が回り込んで受け止めようとするが、逆にボールに跳ね飛ばされて、べしゃっ、と派手に砂浜に転んだ。直射日光にさらされ続けた高温の砂に剥き出しの上半身や脚が触れたのか、あっぢぃっ、と珍妙な悲鳴が直後に聞こえてくる。

 

「んぶっ」

 

 直後に噴き出すのは、同じ星座の名を冠するフロント二人組だ。

 

「こらー!」

 

 がばっ、と這い上がった鳴海の顔面には、砂がほとんど満遍なく貼り付いていた。その顔に、さらに一哉と実里が笑いだす。

 

「お前らも見てないでこっちに()ーい!」

「はいはい、行きますよー!」

「ちょっと」

 

 そんな名誉の負傷を気にも留めず、陸へと転がり続けるカラフルなボール。

 それを追いかける星の少女と少年達。

 

「ねえ」

 

 その背中をネット越しに見据えながら、ぽつりと友希那が声をかけた。

 

「ビーチバレーって、こんなだったかしら……」

 

 香澄達と遊んだ時にようやく憶えた『ビーチボール』との明らかなギャップに、今さらながらに戸惑い始めたのだろうか。

 そもそもボールの大きさが規格外なのだから、そりゃそうだろう、とはリサも思わなくもない。

 

「わっかんない」

 

 だからリサは、困ったような笑みを浮かべて、そう応えた。 

 

「けど、こうやってみんなで大はしゃぎして遊ぶの……アタシは好きかな」

 

 そう言って、いつもどおりの笑顔を幼なじみに向けて見せる。

 こちらを見つめる友希那は、その笑みに何を見たのだろうか。瞼を閉じると、それきり何かを考え込んでいるようだった。

 

「湊さん……?」

 

 紗夜の声に応えるようにゆっくりと目を開いた時、リサは友希那の瞳にそれまであった逡巡が消えていたことに気がついた。

 そして、

 

「みんな、私達も行くわよ」

「……友希那?」

「行くって……」

「ボールを止めに行くのよ。さっきのルールに従えば、今のは私達の一点になるはずよ」

 

 言われて、あらためて思い出した。

 そうだ。

 一応、これは莫迦(ばか)デカいボールを使った『ビーチボール』なのだ。

 ならば、全力で遊んで、勝ちにいこう!

 

「……うん!」

 

 四人はいっせいに、ネットをくぐって転がるボールのもとへと走り出した。

 

 

 

 

「はぁあ~疲れた~!」

「もー無理……これ以上はさすがに動け~ん!」

 

 どさり、と香澄と一哉は揃って砂浜に仰向けに寝転がる。総勢一四名の大所帯が波打ちぎわで見据えるのは、すっかり西に傾いた太陽が水平線の向こうに少しずつ落ちてゆく光景である。

 太陽を反射した黄金の海が、波にゆられてきらきらと光る。打ち寄せる波音が疲れた心身に少しばかりの癒しを届けてくれる。

 けっきょく、と紗夜が呆然と口を開いた。

 

「どっちが勝ったの……?」

「途中までは数えてたんですけど……」

 

 つまり、正直判らない、ということだ。

 だが、勝負なんてどうでもよくなるくらいに時間も忘れて遊びまくったという事実が転がった現状に、少年少女達は笑みを浮かべるのだ。

 だから、

 

「一哉」

 

 寝転がる幼なじみの横で、膝を抱えたリサはぽつりと言った。

 

「んー?」

「ごめんね。アタシ、つまんないことでちょっと意地張っちゃってたかも」

 

 だが、

 

「なんのことだか」

 

 頭の後ろで両手を組んで、彼はそうやって苦笑するだけだ。それから彼は、頭だけを銀髪の少女の方に向けて、

 

「友希那の方は、楽しめたのか?」

「……そうね」

 

 応える少女も、ゆっくりと砂浜に寝転がった。

 

「あなた達のテンポに引き込まれて、なんだかセッションしたみたいだったわ」

「セッションか~。友希那ちゃんも巧いこと言うなあ」

 

 砂まみれの顔面を笑みに歪める鳴海の姿に、思わずみんなが笑いだす。

 だが、友希那らしい言葉のチョイスだ、とリサは思った。そしてそれは、彼女にとっても似たようなものだったらしい。

 

「はい! 私も楽しかったです!」

 

 そして、香澄はみんなを見回して言った。

 

「また……またこうして、みんなで遊びませんか?」

「いいね~! 今度は何して遊ぼっか? ビーチフラッグ? スイカ割り? あ、かき氷早喰い対決とかもイイかもね!」

「戸山さんも八谷さんも、勝手に話を進めないでちょうだい。少なくとも私達は、完璧な演奏をするために遊んでいる暇なんて……」

「じゃあバンド! みんなでバンドやりましょう!」

「はあ?」

 

 香澄による唐突な合同バンドの提案に、Poppin’PartyもRoseliaもORIONも、それぞれがそれぞれに思ったことをわいわいと言い始める。やれロゼパがいいとか、ロゼリア舞踏会がいいとか、ロゼリオンもいいよね、とか……突飛な物言いに困惑していた紗夜を除けば、ほぼ全員が肯定的な意見である。

 

「ちょうどいいや」

 

 そんな中、おもむろに一哉が起き上がると、渦中の香澄に声をかけた。

 

「合同バンドも悪くないけど、その前に一つ香澄達に提案なんだけどさ」

「え? なになに、どんなの?」

 

 瞳に期待の色を伺わせる星の少女に、一哉は告げた。

 

「この後のライヴ、歌ってかないか?」

 

 香澄がその言葉の意味に気づくまで、三秒かかった。

 

 

 

 

       

 

 

 海の家『海坊主House』の店主は、かつてはインディーズのレコード会社でマネジメント業務を担当していたのだという。しかしわけあって五年前に帰郷、学生時代の仲間の紹介で今の仕事に再就職したらしい。

 とは言えシーズン中はマネージャー時代のツテで知り合った若手のアーティストを招いては定例フリーライヴを催したりと、音楽への情熱はいまだ冷めていないと言える。

 

 ORIONへの出演依頼がきたのは、レコーディング合宿のためにこちらへやって来てから数日後……ベースの鳴海が昼食を摂りに海の家まで足を延ばことがきっかけだった。

 音楽の話題で、店主と盛り上がったのである。店主も学生時代はバンドを組んでいた経験があったらしく、打ち解けるまでそう時間はかからなかったそうだ。

 そこで、アルバム制作中の旨を鳴海が話したのが、決め手となった。

 

 あ、だったら今度うちでやるライヴ、出てくれよ。

 

 新曲のプロモーションとしてもちょうどいい機会だということで、鳴海から話を聞いた一哉は二つ返事で受諾したのだという。

 機材のセッティングにも人手を割いてくれるという、全面バックアップ体制である。

 

「お集まりいただきました皆様、大変長らくお待たせいたしましたー!」

 

 ウッドデッキに組み上げられた特設ステージの脇で、マイクを握るのは真っ赤なシャツに紺色のエプロンをかけた男だ。『海坊主House』の店主である。

 

「ただいまよりウミボウズプレゼンツ・海の家ライヴを開催したいと思いまぁす!!」

 

 SNS上で事前にアナウンスされていたこともあってか、夕暮れの海の家には大勢の海水浴客達が集まっていた。テーブル席はどれも埋まっていて、座れなかった若者や家族連れがウッドデッキの周りにまで溢れ出ている。

 

「相変わらず、すごい人の数ね」

 

 そのウッドデッキ最後方で、腕を組んだまま呟く友希那に、リサも頷いた。

 

「アタシ達、ずっといっしょだったから忘れがちだけど、ORIONって『FUTURE WORLD FES.』コンテストの準優勝なんだよね……」

 

 そんなバンドが来るとなれば、話題性も充分。集客も見込めるだろう。現に、こうしてたくさんの人達が幼なじみのバンドを楽しみにしてくれているのだ。

 

「……あれ」

 

 ステージを見つめていて、ふとリサは違和感に気がついた。

 

「どうしたの、リサ姉?」

「いやぁ、鳴海さんのベース、今日はあっちなんだな~、て思って」

 

 中央に据えられた黒いドラムセットとステージ中央に置かれた桃色のギターはいつもどおりだが、ベースとシンセの位置が違う。ベースがカウンター側の上手にシンセが下手と、いつもと逆に配置されているのだ。

 おそらく、と紗夜が口を開く。

 

「楽器の交換がしやすいようにしているんでしょう」

「あ、なるほどね」

 

 やっとわかった。

 たしかに紗夜の言うとおり、よく見ると上手側……つまり店舗側に控えているスタッフが、メンテ用のクロスでベースを拭いているのだ。ステージに置かれている八弦とは別の、それは真紅の10弦である。

 

「スタッフさんが手伝いやすいようにか」

「もしかしたら、私達も場所によっては上下(かみしも)入れ替わることがあるかも知れないわね」

「どうかなあ、アタシは今のベースで満足してるし。わざわざ持ち替えなくても、ドロップDならワンタッチでイケるよ?」

「あくまでも可能性の話よ」

「それを紗夜がするのが面白いなあってだけ」

 

 前説があらかた済んだところで、さて、と店主が一息入れる。

 

「ではここで、スペシャル・ゲストにご登場いただきましょう!」

「あ、かすみ達の出番じゃない?」

 

 にっ、とあこが嬉しそうに声をあげた。

 

「はるばる東京からやってきたガールズ・バンド、Poppin’Partyの皆さんです! 盛大な拍手でお迎えくださ~い!」

 

 店主の呼びかけで上手から入場してきた五人の少女に、集まった観客が温かな拍手を送る。

 リサや友希那、それからRoseliaのみんなも、最後方から拍手を送った。

 ただし、こちらは激励の。

 

「こんばんはー!」

 

 センターに立つランダムスターの香澄が、マイクを握る。

 

「ORIONの皆さんと、ウミボウズさんのおかげで一曲歌わせてもらえることになりました、Poppin’Partyです!」

 

 香澄達が楽器も持って来ていることが発覚したのは、一哉が彼女達をライヴに誘った後、着替え終えた全員が改めて海の家に戻ってきた時だ。

 なんと、店に楽器を預けていたというのである。

 ただしキーボードとドラムは例外で、有咲は店主の趣味で店に置いていたというキーボードを、沙綾は影山との体格差を考慮して彼のドラムは使用せず、打ち込みの音源を流して香澄とのツイン・ヴォーカルに臨むらしい。

 

「それでは聴いてください! 『八月のif』!」

 

 あらかじめプログラムされたドラムのスネア・ロールに、軽やかな有咲のピアノがイントロを奏で出す。続くようにたえのギターが夏の終わりを感じさせるようなフレーズを歌い、展開してゆく曲に香澄と沙綾がマイクロフォンを通して歌を届ける。

 

 あり得たかも知れない夏。

 あり得なかったかも知れない夏。

 そういった『IF』が転がる中で掴み取った一つの『今』と『これから』を噛みしめる、彼女達らしい穏やかで温かなナンバーである。

 

 そんな中で何よりリサが惹きつけられたのが、ヴォーカルの二人が浮かべる爽やかな笑みだった。

 きっと、とリサは思う。

 ああして楽しそうに歌っている姿に、お客さんもまたつられて笑顔になるんだろうなあ。

 もちろんRoseliaに温かみがないわけでは決してない。頂点を目指すRoseliaとバンドとしての今を楽しむPoppin’Party……あくまでもバンドとして見ている方向性が違うというだけのことだ。

 

「ありがとうございました~! この後のORIONのライヴも楽しんでってくださいね~!!」

 

 曲を終え、大勢の歓声や拍手を受けて、Poppin’Partyが会場を後にする。入れ替わりでステージ出てきたスタッフが、ささやかなBGMで場を繋いでいる間に香澄が使っていたマイクスタンドや有咲が借りたキーボードの撤収作業に入った。

 

「友希那せんぱ~い、リサせんぱ~い!」

 

 片づけを終えた香澄達がリサ達のいるデッキ後方までやって来たのは、ステージ左右のスピーカーから流れるBGMが徐々に絞られ、ウミボウズのアナウンスでORIONが上手から姿を現したのとほとんど同時だった。

 

「ポピパお疲れ~。なになに、みんなもこのままライヴ観てくの?」

「はい! せっかくだから、って一哉くんが!」

「そうなんだ。そういえば、電車とかは大丈夫?」

 

 帰りの時間のことを訊いているのだ。

 だが、

 

「ああ、それなら平気です」

 

 本日の限定ヴォーカル、沙綾が補足する。

 

「さっき時間確認したんですけど、ライヴ終わった後でも充分間に合いそうなので」

「よかった。それなら気兼ねなく観れるね」

 

 今日の衣装は完全な私服らしく、実里はブランドのロゴが黒く抜かれた白地のTシャツにデニムのホットパンツ、アウター代わりにチェックのロングシャツを羽織って、足元は動きやすいハイカットのキャンバス・スニーカーだ。

 

 赤い八弦を構えた鳴海の方は羽織ったデニムジャケットを肘のあたりまで袖をまくっていて、その下の白いシャツは……タンクトップだろうか。ボトムスも白いパンツで、カジュアルさと爽やかさを醸し出している。

 

 ドラムセットに腰かけた影山は、黒のスラックスに五分袖の柄シャツというシンプルな恰好だ。

 

 そしてセンターの一哉。こちらは薄手の白いジャケットこそお馴染みだが、その下は主張が強過ぎない柄の描かれたTシャツを着ていて、ボトムスはゆるやかなブラウン系のワイド・テーパードである。

 

 所定の位置に着いた全員が、各自最終チェックを行う。

 そして一哉が、下手のキーボーディストの方を見やり、頷いた。応えるように、実里が下段の88鍵シンセに指を乗せる。

 

 ……始まるっ!

 

 きらびやかなエレクトリック・ピアノで奏で始めたのは、パーカッシブなラテン・バッキングである。BbとルートGのC7という2コードの繰り返しの中で、オカズも混ぜながら観客の手拍子も味方に少しずつエネルギーを貯めてゆく。

 九小節めから重なりあうようにオープン・ハイハットで入ったドラムスは、二つのチップをハイハットに落とすと細かく一六分を刻み始めた。

 そして一哉がピックを持った右手を指揮棒のように掲げれば、いよいよ秒読み開始である。

 

 ワンッ、

 

 トゥーッ、

 

 ワンッ、トゥーッ、スリーッ!

 

 ──THE SOUNDGRAPHY(ザ・サウンドグラフィー)──

 

 抜けるような青空とコバルト・ブルーの海を想起させるようなギターのカッティングに、実里のシンセ・ブラスが白い砂浜を描き出す。

 アクセントになる鳴海のプラッキングは、例えるならやって来た海水浴客の軽やかな足取りだ。

 

 一哉の右足が素早くエフェクターを叩くと、ピッチシフターによりオクターブ上の音色を重ねられたクリーンなサウンドが、陽射しを受けて無数のスパンコールを散らしているような海を演出する。

 時おり挿し込まれるブラスの『合いの手』や四拍めに突き抜けるスネアが心地いい。

 

 サビを終えてもう一度Aメロを繰り返すと、今度は実里のソロだ。フルート系のリードで彩りを加えると、すぐさまサイドに積まれた『Ensoniq(エンソニック)/SD-1』に右手を伸ばす。『フッフゥッフー!』とコーラスが聴こえるようだ。

 

「フッフゥッフー!」

 

 というか実際、香澄がやっていた。手拍子をしていたたえが、顔だけを彼女に向ける。

 

「香澄、ノってるね」

「えへへ、なんかタイミング覚えちゃったー! おたえもいっしょにやろ! 楽しいよ!」

「うん。次は私もやってみる」

 

 二度めのサビを経て、続く一哉のギターソロ。ディストーションと違ってプレイの誤魔化しがし辛いクリーン・トーンでここまで淀みのないプレイが出来るのは、ひとえに彼の日頃の鍛錬の賜物だろう。

 最後のサビに戻ると、残すはエンディングだ。イントロと同じパターンを繰り返すブラスのフレーズに、一哉がオブリガードを挟む。

 ラストノートはフェルマータ。

 そして湧き上がる歓声に応えるように、『ダッド・ダッド』と影山がスネアとキックを八分で繰り返すと、

 

 ──DOMINO LINE(ドミノ・ライン)──

 

 メドレー形式で飛び出した二曲めに、わっ、とあこが声をあげた。

 

「待ってました『DOMINO LINE』!」

「なに、知ってるの?」

「うん! 友希那さんのライヴで初めてORIONを見た時に聴いた曲なんだけど」

 

 春先にあった、ORIONと友希那のジョイント・ライヴのことだろう。

 

「なんていうか……ドドドッって感じでドミノ倒しみたいに面白いんだよ!」

「ドミノ倒し……?」

 

 タイトルの『DOMINO』と関係あるのだろうか。

 

 あこの言葉の意味が判ったのは、実里のソロの後、影山のバスドラムだけが四つ打ちで八小節刻まれた後だった。

 観客の拍手にのせて何やら一哉と実里が人差し指を立てていると思えば、一小節内で一六分音符ずつズラしたタイミングでスネア、ギター、ベース、キーボードと鳴ったのだ。

 コードはDM(メジャー)7。

 

 七小節刻まれるバスドラムに、再び立った人差し指。

 一六分ズレた発音。今度はFM7。

 

 四つ打ちのバスドラム。今度は中指も加えて指は二本だ。

 するとまたズレた発音で、DM7とFM7が立て続けに二小節弾かれる。

 

 六小節のキック中に薬指を加えた三本の指が立つと、それはつまり三つのコードの『ドミノ倒し』を意味している。

 DM7、FM7、そしてAbM7。しかしこれは八分三連符ごとにズレたものだ。

 

 ドミノ倒しはまだ続く。今度は四本指だ。

 一六分ずつズラして、DM7、FM7、AbM7、BM7。

 

 今度のキックでは指を立てるのではなく、ぐるぐると回している。

 その姿を見て、リサもようやく気がついた。

 今まで積み上げてきた四つのコードが『ドミノ』であることに。

 事実、八分三連符のDM7で始まったドミノが半音ずつ上がってゆき、AbM7から一六分に戻って駆け上がる演出は、まさしく音の『ドミノ倒し』に他ならないのである。

 

 だが、始まりがあれば終わりがある。『ドミノ倒し』もまた例外ではなく、一オクターブ上までいったドミノはEM7から二拍三連に切り換わりEbM7、そしてDM7へと下降した。

 

 すると待っているのは一哉によるギターソロである。スリリングなアレンジを乗り越えた先にある彼の涼美的なプレイングに、有咲が息を飲んだ。

 

「すっげぇ……実里さんも一哉さんも、あれでホントに私らの一個上なのかよ……」

 

 あっという間に、二曲の演奏が終わる。

 上手から現れたスタッフが鳴海のベース交換を手伝っている間に、下手の実里がマイクを握った。最初のMCらしい。

 

「は~い皆さんこんばんは~! ORIONで~す!!」

 

 お決まりの口上から入るキーボーディスト兼司会の実里のトークが繰り広げられると、先月のSPACEで発表したアルバム制作の話題にうつった。

 

「実は今ですね、私達自主製作のアルバムを作ってまして。ここに来たのもそのレコーディングのためだったりするんですが……なんと今日この場で、新曲を何曲か初お披露目したいと思いまーす!!」

「新曲!?」

 

 判りやすいくらいに、あこと香澄が目を輝かせた。

 

「まあ『出来たてホヤホヤ』、『産地直送』みたいな感じでお送りしたいと思いますが、皆さん盛り上がる準備はいいですかー?」

 

 観客の答えは勿論、声援と拍手である。

 

「よしきた! ということで、影ちゃんのカウントに合わせて、この曲から行ってみましょー! タイトルも決まってます。『FIGHTMAN(ファイトマン)』!!」

 

 ──FIGHTMAN──

 

 ドラムのバック・ビートに合わせて、鳴海のソリッドなベースフレーズがうねる。

 ツー・ファイブの繰り返しで進むリズムパターンは比較的シンプルだが、ゆえにストリングスがレイヤーされたピアノやギターのコード・カッティングで醸し出すニュアンスが聴きどころだ。

 

 ところが。

 

『FIGHTMAN』のタイトルに相応しい演出は、サビを終えた後にあった。

 鳴海とピックを口にくわえた一哉によるベースとギターのスラップ合戦である。

 

「うわぁ、私あんな器用に指入らないよぅ」

「ギターだと弦の感覚が狭いからね。難易度高いよ、あれ」

「おたえなら出来る!?」

「あそこまで『こなす』のはけっこう練習しないと厳しいかも」

「もっと練習しないと、だね!」

「うん。頑張ろ、香澄」

 

 二小節ごとに攻守交替するパターンを四回ほど繰り返すと、ディレイがかかったディストーションがソロでうなりを上げる。

 楽曲全体の空気に呼応するように実里も楽しげにピアノソロを弾きまくって、最後のテーマ。

 エンディングを見事にキメると、オーディエンスのボルテージが一気に上がる。

 

 その熱に背を押され、影山が次のカウントに入った。

 

 ──THROUGH THE HIGHWAY(スルー・ザ・ハイウェイ)──

 

 ショッキングなブラスに合わせた一哉の印象的なコードカッティングでイントロが進むと、Low-Bが張られた真紅の10弦がブリブリとドライヴ感あるサウンドの『支柱』を作る。実里のオルガン・ソロではテンションが上がったのか、気がつけば彼女の足が一本浮いていた。

 

 続いて繰り出されるのはクラッシュシンバルとスネアを使ったパターンのドラム・ソロだ。

 ギターとブラスのキメに合わせてレギュラーグリップから叩き出されるソロ・フレーズ。その間に鳴海が再びベースを赤い八弦に持ち替えると、

 

 ──AKAPPACHI-ISM(アカッパチ・イズム)──

 

 暴走ベーシストお得意のラスゲアード奏法をフルに駆使したナンバーが飛び出してきた。ギターがシンプルなクリーン・トーンでメロをとっているのは、おそらくベース・パターンがかなり派手だからだろう。

 

「はは……鳴海さん、相変わらず飛ばしてるなあ」

 

 リサの苦笑に、

 

「あれが、鳴海奏太(そうた)さん……」

 

 りみの呟きが重なる。

 

「ん? りみ、何か言った?」

「あの……Pastel*palletes(パステル・パレット)って知ってますか?」

「ああ、うん。日菜(ひな)がいるグループだよね?」

 

 楽器演奏も自身で行うという独自スタイルのアイドルバンドである。

 

「はい。前にイヴちゃんから聞いたことあるんですけど、芸能事務所で月に何回かある楽器のレッスンでベースを担当してる人が、たしかそんな名前だったような気がして」

「え、そうなの!?」

 

 初耳だ。

 

「だから、どんな人なのかなって気になってて……」

 

 りみの視線を追って鳴海を見やったリサは、今度こそ本当に笑ってしまった。

 オクターブ奏法のギターがリリカルなフレーズを奏でるのに対して、オーバードライブで歪ませた複弦でライトハンドでもってベースを弾いているのだ。

 

「……あんな感じの人だよ」

 

 そう言うのがやっとだった。

 

「ありがとうございましたー! カズくんの『FIGHTMAN』に始まり、私の『THROUGH THE HIGHWAY』。そして我らが御大・ナルルン渾身の一曲『AKAPPACHI-ISM』とお送りしました!! この曲凄いよね。ナルルン、先にベース・パターンだけ書いてカズくんに丸投げしたんだもんね」

 

 そうなのよ、と応えながら鳴海はさらにベースを持ち替える。シンプルな五弦かと思ったら、一弦と二弦だけ複弦仕様になった七弦ベースらしい。

 何本持って来ているのだろうか、と考えたが、すぐにやめた。大した意味はないからだ。

 

 次のコーナーは春先に発表した曲達からのチョイスということで、まずは爽やかなナンバー『FLUSH UP(フラッシュ・アップ)』が披露された。

 

 続く『NOSTALGIA(ノスタルジア)』と『ROMANCING(ロマンシング)』のメロウなナンバーでぐぐっとムーディーな雰囲気を演出すると、待ってましたとばかりに始まったのは鳴海と影山のソロだ。

 八弦から繰り出されるうねるようなベースフレーズはもちろん、それをボトムで支える影山のドラム。余興のように挿し込まれたFブルースにもすぐさま対応する姿に、沙綾が感嘆の溜め息を吐いた。

 

 鳴海が座っている観客に立つよう煽ると、前列、中列、後列とぞろぞろと人が立ち上がり始めた。それに気をよくした鳴海が一六分ウラのトリッキーなキメを難なくこなすと、そのまま曲へとなだれ込む。

 

 ──青い炎──

 

 今までのシーケンサーによる始まり方とは打って変わり、ドラムのスリリングなフィル・インから、

 

 ──CYBER ZONE(サイバー・ゾーン)──

 

 ギターとブラスのユニゾンフレーズが印象的なこのナンバー。ギターソロではいつも以上に演奏に乗った一哉が、隙間を埋めるような音数でソロを奏でていたのが意外だった。

 全員総立ちの中、曲の終わりとともに鳴り響く四つ打ちのバスドラム。この流れはもちろん……

 

 ──ときめき──

 

 ここ最近の定番曲だ。ピッチシフターでオクターブ上が重ねられたディストーションによる美しいメロディーに、リサの口元に笑みが浮かぶ。

 二度めのサビ終わりにあるアタマ抜きの二拍三連も三度繰り返すというコンテンポラリーなアレンジが加えられ、ライヴごとに進化を続けるORIONの片鱗を改めて目の当たりにした。

 

「さあ、いよいよ次の曲が最後です!」

 

 チッチキ、チッチキ……、と刻まれるドラムのハイハットにのせた実里のMCに、前方の観客から、えー、という声があがる。

 

「最後のナンバーも、録り下ろしたばっかりの新曲! いってみたいと思いまーす!! 聴いてください『TOP WIND(トップ・ウィンド)』!」

 

 ──TOP WIND──

 

 ブラスのイントロに合わせてベースラインを奏でるギターとベース。

 いかにも『ORIONらしい』王道の16ビートナンバーで、ラストのギターソロではバッキングの実里が体操のお姉さんもかくやと言うほど飛び跳ねるというパフォーマンスもあったりと盛り沢山だった。

 

 大好評の中終演したORIONのステージだが、観客の拍手はまだその『終わり』を許そうとはしない。

 リサだけでなく、友希那や他のRoseliaメンバー、そしてPoppin’Partyの面々も、アンコールを求めて拍手を送る。

 アンコールに応えて出てきたORIONが、日も暮れた浜辺の夜空に送り出したのは……

 

 ──GOLDEN WAVES(ゴールデン・ウェイヴス)──

 

 ミドル・テンポのメロウなナンバーだ。今まで聴いたことのない、おそらくこれも新曲だろう。

 大海原をたゆたう一隻の舟のようなゆったりとしたギター・メロに、実里のストリングスが広い空を描き出す。

 どこに行くわけでもない。

 ただ、波に揺られているだけ。

 そう。この曲は『沈む太陽に照らされた金色の波』を『歌って』いるのであって、大航海の旅ではないのだ。

 そしてその海に、自然とオーディエンスも引き込まれてゆくのである。

 

「やっぱり、ライヴっていいなあ」

 

 聞き惚れるように、香澄が声を漏らす。

 

「一哉くん、すっごいキラキラドキドキして見えるもん!」

「戸山さん」

 

 割り込むように、腕を組んだ友希那が声をあげる。

 

「少し、違うわ」

「どういうことですか?」

「彼らのモットーよ」

 

 あ、と何かに気づいた様子でたえが手を打った。

 

「ワクワクドキドキ、ですよね?」

「ええ。それが一哉達の音楽との向き合い方」

「ワクワク……たしかに! キラキラしてるし、ワクワクもするっ!」

「香澄、お前それホントに判って言ってんのかー?」

「判ってるよぅ!」

 

 

 

 こうして『ウミボウズ・プレゼンツ/海の家ライヴ』は盛況のうちに幕を閉じた。

 

 

 

       

 

 

 ORIONのライヴが無事に終了した夜、友希那達は一哉達に別れを告げると別荘への帰路についていた。

 

 いいフレーズが出来そうだわ、とこぼした友希那の言葉に、リサ達もまた笑みがこぼれた。

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