青薔薇を照らす星明かり   作:椎名洋介

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 昨日(一〇日)は「ドラムの日」だったそうで。


第三章 初ライヴは突然に

       

 

 

「……ふぅ。こんなところかしら」

 

 ひととおり歌い終えたところで、友希那(ゆきな)は一つ息をついた。

 マイクスタンドに添えていた手を離し、ペットボトルを掴む。

 常温の水で喉を潤してから、友希那は気になったところを一つずつ指摘してゆく。

 

「あこ、サビで少しリズムが崩れていたわ」

「はっ、はい!」

「リサも、あこのテンポをもっと意識して」

「……りょうかいっ!」

 

 リサとあこの二人が正式にバンドメンバーとして加入してから、すでに一週間が経過している。

 リズム隊は連日の練習の成果もあってか、オーディションでセッションしたオリジナル曲をフルコーラスで演奏することにも慣れてきたようだ。

 実際にバンドを組んでみて判ったが、リサはともかく、あこもなかなかにパワーのある演奏をするドラマーらしい。

 荒削りではあるが、爆発力がある。

 しかし、当然ながら課題がないわけではない。

 演奏する曲が長くなれば、その分ムラも出やすくなる。ペース配分を間違えれば、曲の後半でガス欠、ということもあり得るのだ。

 今は、そのムラを極力なくすための調整期間というわけだ。

 そして二人への指摘を粗方済ませると、彼女の金色の瞳は幼なじみの少年を捉えた。

 

「それと……一哉。あなた『BLACK SHOUT』の時、何を弾いていたの?」

 

 あことリサにオーディションの課題として出したオリジナル曲のタイトルである。

 

「何って、ギターだけど?」

 

 当の本人は二回ほど目を瞬かせてから、何を判り切ったことを訊くんだい、とでも言いたげな表情をこちらに向けてくる。

 

「そういう意味じゃないわ。私が言いたいのは、ギターから出ていた『音』のことよ」

 

 バンド練習の際、メンバーはそれぞれ正五角形を描くような配置で向かい合う恰好になっている。廊下に繫がるドアに背を向ける格好の友希那を起点にして、左側に紗夜、右側が一哉。スタジオ奥の左右がそれぞれリサとあこである。

 ゆえに、友希那は『異変』にすぐ気がついた。

 サビに入った瞬間、一哉の足元にある二台のパワード・スピーカーから届いたのが、(ひず)んだディストーションではなく厚みのあるストリングスの音色だったことに。

 

「ああ、それは私も気にはなっていました」

 

 紗夜だ。

 

「演奏中、野上さんのギターから出る音がいきなり変わったものですから……」

「アタシは自分の演奏で手一杯だったけど……言われてみれば、たしかにいつもと違ってたかもね~」

 

 ピックをキャビネットに置きながら、リサも同調する。

 

「一哉さんの音、途中から『どーん!』って感じじゃなくなりました!」

 

 あこの擬音が正しいかどうかは置いておいて、しかしイメージとしては間違ってはいないだろう。

 じぃ~、っと四人の視線が、一人の少年に集められる。純粋な疑問を持つのが二人と、面白そうだというのが一人、そしてキラキラ瞳を輝かせるのが一人である。

 一哉は相変わらずすっとぼけた表情を浮かべていたが、この奇妙な四対一のにらめっこに耐え切れず吹き出したのは彼の方が早かった。

 

「……ぷはっ! 判った判った、ちゃんと話すから」

 

 自分の椅子に腰かけた一哉は、それから愛用のギターをみんなの前に掲げた。ORIONで使っている桃色からボディ真ん中に黄色にグラデーションしてゆく物ではないが、同じヘッド・ボディシェイプを持つ、鮮やかな青いサンバーストだ。

 

「これ、判るか?」

 

 言いながら一哉が指差すのは、ボディ下部に取り付けられた、手のひら程度の大きさの黒い機器である。

 

「うわぁ。一哉ってば、ま~たアタシ達の知らない機材持って来たんだね」

「何かしら、これ……紗夜は判る?」

 

 黒い機器には二つケーブルが繫がっており、プラグがある方はボディのジャックへ、もう一つはブリッジとリア・ピックアップのハムバッカーの間に滑り込むようにして、こちらは細長い黒いパーツが装着されている。

 

「いえ、あまり見慣れないものですが」

 

 けれど、と紗夜はハムバッカーとブリッジに挟まれたパーツを見て自分なりの推測を述べた。

 

「強いて言えば……ピックアップ、でしょうか?」

「お、氷川さん当たり」

 

 ギターの心臓部とも言える、弦の振動を電気信号に変換するためのパーツである。

 

「MIDIピックアップ・ユニットを付けてみたんだ。まず、演奏した情報を後ろのラックに積んであるMIDIコントローラーに送ってMIDIデータに変換させる。……で、その下に積んであるMIDI音源を、フット・コントローラーでもって鳴らしてたってわけ」

「じゃあ、さっきのストリングスの正体はその音源によるものということ?」

 

 友希那の問いに、一哉は頷いて見せる。

 たとえば、と彼は足元のフット・コントローラーのスイッチを踏んで『BLACK SHOUT』のサビのメロディーを演奏して見せる。

 すると、ミョーンとエンベロープがかかったディストーションの音色が聞こえてきた。

 滑らかに『歌いあげる』ギターの演奏に、おお、と四人がざわめく。

 足元のスイッチを切り換え、同じメロディーを弾く。すると今度は、ギターの生音にスティールドラムが足されたような音色である。

 

「簡単に言っちゃえば、ギター・シンセサイザーってとこだな」

「ギター・シンセサイザー……なんかカッコいい名前してますね!」

「わざわざ、そんなものを準備していたのね」

「まあな。せっかくギターが二人いるんだし、俺は足りない音をまかなえれば良いかなって。やっぱりシンセ系の音は、ないよりあった方がいいでしょ?」

「……それもそうね」

 

 頷いて、友希那も椅子に腰を下ろす。

 一哉の言う通り、シンセサイザーがあるかないかで曲の印象は大きく変わる。そして現状では、彼の機材に頼るしかないのだ。

 本当は、と紗夜が溜め息交じりにこぼす。

 

「そのキーボードが見つかると良いのですが……」

「それが一番だけど、ないものねだりしてもしょうがない。俺はしばらくアンサンブル担当のギター・シンセってことでやろうと思うから、今やれることをやっていこう」

 

 というわけで、と一哉は鞄からファイルを取り出すと、中に入っていた紙をメンバー達に渡し始めた。

 

「げ。これはまさか……」

 

 最初に受け取ったリサが、何かを感じ取ったかのように顔を引き攣らせる。

 あこは中身を確認した途端に目が点になり、紗夜は興味深そうに手元に来た紙を眺めている。

 やがて、友希那にも紙が渡される。

 折りたたまれたB4の紙が、一人あたり二枚ほど。

 開いてみると、どうやら譜面のようだ。

 ヴォーカルを含む五段譜の構成で、きっちりアレンジまで施してある。

 というか……、

 

「これって、前に私とあなたで演った曲よね?」

 

『魂のルフラン』と書かれたタイトルを指して、友希那のそれは質問というより確認である。

 

「おう。みんなの音像がなんとなく掴めてきたんで、このバンド用にアレンジし直した。オリジナル曲もだいぶまとまってきたし、ここいらで課題曲を増やしてもいいかなって」

「奇遇ですね。実は私も、いくつか候補曲を持って来たんです」

「氷川さんも? ……ちょっと見せてもらっていい?」

「はい、どうぞ」

「どれどれ……うん、悪くないかも。友希那はどう思うよ?」

 

 言われて、友希那も一哉の手元を覗き込む。バンドの方向性を考えるなら、たしかにこの選曲は頷ける。

 

「そうね。バンドの底上げには最適なリストだと思うわ。一哉が持って来た譜面も含めて、来週までに全員練習してくること」

 

 その宣言に、リサとあこの魂が抜けたような気がしたのはなぜだろうか。

 ともあれメンバーは現在、友希那を含めて五人。

 キーボーディストは、いまだ見つからずじまいだった。

 

 

 親友との日課は、基本的にはいっしょにプレイしているオンライン・ゲーム中に行うことが多い。

 クエストをこなし、素材を蒐集(しゅうしゅう)し、レベルを上げながら、近況をお互いに共有し合うのだ。

 もちろん、今日も。

 

<Ako:……って感じで、まだちょっと怒られはするけど、認められるようになってきた!>

 

 夜も更けてきて、だから今日はヘッド・セットを用いた通話ではなく、ゲーム内のチャットである。

 白金燐子(しろかねりんこ)は、慣れた手つきでキーボードを叩いてゆく。

 

<RinRin:バンドとして息が合ってきたんだね。あこちゃんのドラムも、どんどん(うま)くなってるんじゃないかな>

<Ako:ふ……これくらい造作もないことよ!>

 

 あこが友希那のバンドメンバーとして加入する(しら)せを聞いた時は、燐子も自分のことのように喜んだ。ついこの間まで、何度頼み込んでも断られ続けていたのを知っていたからだ。

 それからというもの、あこの話題はバンドの話一色だ。

 だからだろうか、文字だけのチャットでも、彼女が楽しそうに『話して』いるのが伝わってくる。

 そして、そんな話を『聞いて』いるこの時間が、燐子は好きだった。

 

<Ako:そうだ、りんりん! 今日、一哉さんから新しい楽譜もらったんだけど……また、お願いてもいい?>

<RinRin:えっと……音ゲーのマークに書き直せばいいんだよね?>

<Ako:そうそう! 『(みぎ)』がスネアドラム、『(ひだり)』がハイハットでお願いしまーす!>

 

 同時に、数枚の画像が添付されてきた。

 ファイルを開くと、携帯で撮影したらしい譜面が二枚分表示される。

 てっきりドラム譜だけかと思ったが、どうやらそうではないらしい。手書きゆえに字の癖はあるが、しかし見ただけで曲の全体像が掴めるようになっている。

 ええと、ドラムのパートは…………あった、五段構成の一番下の段だ。

 

<RinRin:うん、任せて。明日には送るね>

<Ako:ホント!? ありがと~りんりん!>

 

 それから、

 

<Ako:ではお礼として、我が同朋(どうほう)、りんりんにだけ特別に、演奏中のバンドを見せてしんぜよう>

 

 ……え?

 あこの言葉を理解するより早く、新たな動画ファイルが添付される。

『練習風景.mp4』と書かれたファイルにカーソルを合わせ、クリックする。

 映像は、スタジオ内の壁か何かでカメラを固定して撮影されているらしい。一番手前にあこがいて、五人がそれぞれ向かい合う格好でサウンドの確認をしている様子が俯瞰して撮られていた。

 画面の一番奥には、友希那の姿もある。

 映像だと後ろ頭しか見えないあこが、スティックを掲げてフォー・カウントをとる。

 そして始まった演奏に、燐子は自分の目と耳を疑った。

 

「すごい……」

 

 携帯のカメラということもあって、決して音質はいいわけではない。しかしバンドとしての一体感は、カメラ越しでも充分に燐子に伝わっていた。

 ベースも、二人のギターも……そして何より、親友が憧れの歌姫と同じバンドで一心不乱にドラムを叩いているその姿がとても輝いて見えた。

 

<RinRin:ありがとう。すごいね! 全員でひとつの音楽を作り上げてる……みんなでって、こういうことなんだね!>

 

 すぐさま感想を書き込んで、送り返す。

 だが、

 

「……あれ?」

 

 反応がない。

 

<RinRin:あこちゃん?>

 

 再度メッセージを送ってみても、応えはなかった。

 眠ってしまったのだろうか。

 

<RinRin:あこちゃん、もう寝ちゃった?>

 

 思えば、彼女が自分からチャットを落ちるなんてことは、今までになかったことだ。それぐらい練習がハードで、けれど毎日が充実しているということだろうか。

 念願のバンドで楽しそうにしている姿は親友として誇らしくある一方で、燐子の胸には少しだけ寂しさがあった。

 まるで、少しずつだけどあこが遠くに行ってしまうような……そんな感覚を憶えたのだ。

 

<RinRin:じゃあ、また明日ね(*'▽') おやすみ~>

 

 それだけ送ってから、燐子もチャットを終える。

 それからもう一度、さっきの動画を開いた。

 やっぱり、と思う。

 あこ達の演奏を見て、聴いていると、なぜだか(からだ)が引き寄せられるような感じがするのだ。

 まるで、あなたもこちらに来なさい、と手招きされているように。

 オーディションを終えたあこは、その日のチャットで嬉々として話してくれた。

 ――曲が始まったら、勝手に躯が動いたの! すっごく巧く叩けて、リサ姉はマジックって言ってた!

 ――やっぱりバンドって最高! みんなで演るのって、楽しすぎる!

 ――みんなで集まると、何が起こるか判らない……キセキって、たぶんこーいうことだよ!

 

「……キセキ……」

 

 ちらり、とデスクの脇に目をやる。備えつけられたグランド・ピアノに意識が向いて、ふいに燐子は考えた。

 たとえば、もし……もし……私のピアノを、あこちゃんのドラムのように、友希那さん達の演奏に重ねたら……。

 そう。たとえば……動画に合わせてピアノを少しだけ……少しだけ弾いてみたら……、

 

「どう……なるんだろう……」

 

 それは純粋な疑問であり、好奇心でもあった。

 そして一度考えてしまったら、試さずにはいられない。

 動画を最初まで戻してから、席を立つ。防音対策は済ませてあるので多少は大きな音を出しても問題ないが、それでも一応ピアノの響板を閉じたうえで、燐子は椅子の上に腰を下ろした。

 鍵盤の上に手を乗せ、静かに目を閉じる。

 パソコンのスピーカーから流れる情熱的な演奏に身を委ねながら、燐子の指は滑らかに音を奏で始めた。

 

「……ッ!」

 

 最初の一音を押さえ、ハンマーが弦を叩きあげたその瞬間、燐子は今までにない高揚感を憶えた。

 昔から、ずっと一人でピアノを弾いてきた。

 大好きだけど、誰かといっしょに演奏するなんて……今まで考えたこともない。

 けれどこの時、燐子は気づいてしまった。

 映像の中の五人の演奏に自分のピアノが信じられないくらい自然に混ざり合っていることに。

 少なくとも、ずっと前からバンドの中で演奏しているかのような錯覚を憶えてしまうくらいには。

 あこちゃんも、と燐子は思う。

 友希那さん達といっしょに演奏してる時は、こんな感覚なのかな……。

 あっという間に、最後まで動画に合わせて演奏してしまった。

 

「あ……もう、寝なきゃ……」

 

 もう一度やろうとパソコンに向かおうとして、壁にかけた時計が目に入る。流石にこれ以上は時間的に厳しいだろう。

 鍵盤蓋を閉じて、パソコンの電源を落す。明日の準備を済ませてから、ベッドに潜り込んだ。

 

「いっしょにピアノ弾くの、楽しかったな……」

 

 暗くなった天井を見上げながら、ぽそり、と呟く。

 今なら判る。

 あこの言葉の意味が。

 

「バンド、か……」

 

 もし、あの中に自分がいたら。

 またあの感覚を味わえるのだろうか。

 変わることが出来るのだろうか……。

 ……私も、バンド……やってみたい……。

 

「また……明日も弾いてみよう……」

 

 もちろん、親友の頼まれごとも忘れずに。

 

 

 

       

 

 

「ふぅ~、今日も疲れたぁ~……」

「あこも、もうヘロヘロだよぉ」

 

 二時間の練習を終えてスタジオを出る頃には、リサとあこの足取りはすっかり重くなっていた。

 オリジナル曲に加え、一哉と紗夜がそれぞれ持ち寄ったカバー曲の演奏も始まったことで、ただでさえハードな練習がより一層ハードになったからだ。

 

「ちょっと……宇田川さんも今井さんも。ここは通路なんだから、ダラダラしないで」

 

 そんな二人をたしなめる紗夜を尻目に、友希那はつかつかと受付カウンターの方へと歩いてゆく。

 

「すみません。次回の予約、いいですか?」

「毎度どうも、友希那ちゃん」

 

 笑顔で応えるのは、常駐の若い女性スタッフだ。

 月島まりな。

 CiRCLEの、実質的な店長である。

 オーナーは別にいるらしいが、少なくとも友希那はそういう認識でいた。友希那がこの場所を利用する時、受付カウンターに収まっているのはかなりの確率で彼女なのだ。

 

「今日は、一哉くんはいないんだね?」

「ええ」

 

 ORIONの練習日と被っているためだ。

 

「……っと、そうだ!」

 

 突然、思い出したようにまりなが声をあげる。

 

「来月のこの日なんだけどさ、予定、どうかな?」

 

 言いながらカウンターに置いてある卓上カレンダーを手に取って、こちらに向けてくる。

 

「他でライヴの予定とか入れちゃってる?」

 

 控えめな質問なのは、これまで友希那がソロ・ヴォーカリストとしてライヴハウスを渡り歩いてきたことを知っているからだろう。

 

「いえ、私達はまだ……」

「あっ。最近ソロからバンドに変えたんだっけ?」

 

 じゃあ大丈夫かな、と引き出しからCiRCLEの予定が書き込まれたノートを取り出すと、まりなはそれをカウンターの上に乗せた。

 

「来月ウチでやるイベントなんだけど、急遽穴が空いちゃって」

 

 スケジュールの都合で、声をかけていた参加バンドの一つがどうしても出演が難しくなったのだという。

 

「他に頼めそうな人いなくてさ~……よかったら、出てもらえないかな?」

 

 お願い! と両手を合わせるまりなの声に、弾かれたように残りのメンバーが顔を上げた。

 けれど友希那はすぐに応えることは出来なかった。

 ノートに記載された出演バンドの一覧に、見覚えのある名前があったのである。

 

「ORION……」

 

 友希那達のデビュー・ライヴは、奇しくも一哉のバンドと同じイベントだった。

 

 

 CiRCLEはその歴史の浅さから決して知名度の高いライヴハウスとは言えないが、しかしこの近辺で活動する若手バンド達には人気の施設である。元々ガールズバンドの応援のために建てられたこともあって利用者のほとんどは女性だが、別に男子禁制というわけでもない。

 さらに言えば、リハーサル・スタジオやオープン・カフェが併設されていることも、人気の秘密である。

 そんなカフェ・テラスの一角で、四人の少女達がテーブルを囲んでいた。

 すっかり陽の落ちたカフェを照らすのは窓ガラスから漏れるCiRCLEの照明と、川沿いの歩道に等間隔に並べられた街灯のみだ。

 

『そうか……ライヴ、決まったのか』

 

 テーブルの中央に置かれたリサの携帯に映る一哉が、腕を組んで難しそうな表情を浮かべる。初ライヴ決定の連絡を受けて、ORIONの練習スタジオからビデオ通話でこの緊急会議に参加しているのだ。

 急遽決まったライヴ出演。

 穴の開いた枠を埋めるためのピンチ・ヒッターではあるが、CiRCLE主催のイベントはこの地区の登竜門的存在であると同時に、メジャーのスカウトが来るという噂がある。最年少のあこは判りやすく興奮しているが、残りのメンバーにしても、初めてのライヴということで気合が入らない道理はなかった。

 もっとも、スカウトに浮かれるあこに紗夜や友希那が釘を刺す一幕もあったが。

 

『ただそうなると、さすがに本番ではサポートで入れそうにないかもな』

「私達の出番はあなた達ORIONの次……ライヴまでまだ時間があるとは言え、確保出来る練習時間を考えると、それも視野に入れないといけないわね」

 

 出演バンドの持ち時間は、それぞれ二五分ほど。その後は機材の入れ替えのための休憩時間が一五分ていど設けられているため、仮に作業がスムーズに進めば、引き続き一哉も友希那のバンドの演奏に参加出来るかも知れない。

 

「でも一哉もアタシ達と同じメンバーだし、出来るなら一緒に演りたいよね」

「……いいわ。なら、オリジナル曲を最後に持ってきて、そこで一哉にも出てもらいましょう。残りは、今練習しているカバー曲を中心に披露するわ」

『それならこっちとしても助かるが……いいのか?』

「ええ。お願い出来るかしら?」

『……判った。そういうことなら、メンバーとして喜んで出させてもらうよ』

「では私は、カバー曲のギター・アレンジを少し変えますね」

『頼んだ』

 

 そこまで話が進んだところで、ふとリサは気付いた。

 

「……けどさ。『BLACK SHOUT』はともかく、カバーの方はどうするの?」

 

 画面をのぞき込むように、そう問いかける。

 オリジナル曲も、一哉が書いてくれたカバー曲のスコアも、どちらもキーボードありきでアレンジがされているのだ。

 

『どうする、つってもなぁ……』

 

 一哉抜きでカバー曲を演奏する以上、シンセサイザーのサウンドによる音の厚みは期待出来ない。

 やはり『バンド』として完成するためには、キーボーディストの存在が必要不可欠なのだ。

 

「あこ達もずっと探してるけど、全然見つからないもんね……」

「短期間にこの五人が集まったことの方が異常よ。私は妥協してまで。メンバーを揃えたくはないわ」

 

 そうね、と紗夜がうなずく。

 

「下手なものを聴かせるよりは、いっそ居ない方がマシかも知れない」

「でもそれってさ、せっかく作った曲を、ベストな状態で聴かせられないってことだよね……アタシとしては、やっぱりきちんと形になったのを演りたいけどなぁ」

『ないもの……』

 

 言いかけた一哉の言葉を、

 

「ないものねだりしても、しょうがないわ」

 

 友希那がひったくった。

 

「あ……取られた」

「取られましたね」

「取られちゃった」

『俺の、台詞……』

 

 画面の中で項垂(うなだ)れる一哉を除く全員の視線が、友希那へ集まる。当の彼女は長い銀髪を手でなびかせてから軽く咳払いをすると、続けた。

 

「……とにかく、ライヴに向けて少しでも理想に近づけるように練習しましょう」

 

 CiRCLEからのオレンジ色の照明に淡く照らされて上手く誤魔化せているようだが、友希那の頬がほのかに紅くなっていたことに、リサはすぐさま気がついた。

 

 

 電話を切って、スタジオの中へ戻る。

 迎えてくれるのは、

 

「あ、どうだった?」

 

 ドアに一番近い実里だ。キーボードをケースに仕舞う最中だったようだ。アーム型のキーボード・スタンドは、すでに分解されて鳴海と影山がバンに積みに行ってくれている。

 

「友希那達、ライヴ決まったってさ」

「ホント!? 良かったね~! 場所は?」

「CiRCLE」

 

 言いながら、携帯を仕舞って一哉も自身の片づけに入る。練習が終わったタイミングでリサから連絡が来たので、いまだ手つかずだったのだ。

 

「CiRCLEって……今度私達が演るトコだよね?」

「ああ。おんなじイベントだってさ」

「うっそぉ! マジ?」

「マジマジ。バンドが一つ出られなくなったみたいで、そこに声かけられたみたい」

 

 彼女達の出番がORIONの次であることも伝えると、きゃあ、と歓喜の声が返ってくる。

 

「あ~! 何だかワクワクしてきた!」

「ワクワク?」

「だってリサ達といっしょにライヴ出来るんだよ! あこちんもいるし、楽しみじゃないわけないじゃん!」

「……まあ、そうだな」

 

 一哉の歯切れの悪い返しに、今度こそ実里の手が止まった。

 

「……カズくんは、楽しみじゃないの?」

「いや、楽しみだけどさ……友希那達のバンド、まだキーボードが見つかってないんだよなあ」

「キーボードなら、私サポート入るよ?」

()()。こっちの練習だってあるんだから、物理的に難しいだろ」

 

 ライヴに向けた旧曲のリアレンジ、そして新曲の暗譜など、ORIONとしてもやらなければいけないことは多い。

 それに帰宅部の一哉と違って、実里はリサと同じダンス部だ。おまけにライヴハウスでアルバイトもしているというのだから、自由な時間は一哉以上にないと言える。

 だというのに彼女は、小首を(かし)げて、おまけに唇をすぼめて見せる。

 

「そんな顔しても()()

「やっぱり?」

「駄目なものは駄目だってば」

 

 そこまで言ってから、

 

「あ」

 

 思いついた。

 

「そうだ実里。お前ンとこのバイト先でさ、誰かよさそうなのいないか?」

SPACE(スペース)に?」

 

 ガールズ・バンドの聖地とも呼ばれているライヴハウス『SPACE』は、オーナーによるオーディションを通過したバンドのみがライヴへの出演を許される。

 実里も、出演バンドの演奏を観ることで自信の技術の向上に繋げようとアルバイトを始めたのだ。同じ理由でスタッフとして働いている同世代がいる可能性も捨てきれない。

 

「ウチか~……うん、一応いるよ」

「えっ……いるの?」

「いるよ。ギターだけど」

「ねえ俺の話聞いてた? 今探してるのキーボード。ギターじゃないのよ」

「だよねえ。まあでも、うん。判った。こっちでも色々声かけてみるよ」

「いいのか?」

「もちろん」

 

 実里の返答は、ピース・サインである。

 そして、

 

「私も、リサ達のバンド、見たいもん」

 

 にっこりと微笑む。

 こういう面倒見の良さは、どことなくリサと通ずるところがある。

 ……だからリサは、かつて友希那と同じようにバンドメンバーを探していた一哉に、彼女を紹介してくれたのだろうか。

 だとしたら。

 

「俺は俺で、友希那達に何が出来るのかな」

 

 ぽそり、と誰にも聞こえないくらいの声量で呟く。

 鳴海達が戻って来たのは、それから間もなくだった。

 そしてそのタイミングで一哉から告げられた新たな『無茶ぶり』に、ORIONのメンバーは揃って苦笑して肩をすくめた。

 

 

 その週の日曜日、普段の勉学やら連日の練習やら『無茶ぶり』やらで久しぶりに疲れていた一哉は、休日なのをいいことに枕元で小刻みに震える携帯電話を無視して二度寝を決め込んでいた。

 しばらくして部屋に入ってきたリサに叩き起こされ、なんで電話に出ないのさ、と叱られた。

 そして興奮気味にまくしたてる次の言葉で、眠気は一気に吹っ飛んだ。

 キーボーディストが見つかった。

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