青薔薇を照らす星明かり   作:椎名洋介

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第四章 青い薔薇:前編

       

 

 

 指定された場所まで地図アプリを頼りにやって来て、燐子(りんこ)はそこが前に親友が連れてきてくれた場所と同じであることにようやく気がついた。

 ライヴハウス『CiRCLE(サークル)』。

 予定の時間よりもだいぶ早く着いてしまい、だから燐子は、近くのベンチに座って待つことにした。

 ほう、と息をついてから、燐子は手元の携帯電話に視線を落とす。

 開かれているのは、メッセージアプリだ。画面には、ゆうべ親友から送られてきたチャットが映し出されている。

 思い返せばそれは、本当に突然だった。

 この一週間ほど、ほとんど毎日のようにピアノに座っては『動画』に合わせて気の向くまま演奏する日々を送っていた燐子のところへ、一本の電話が入ったのだ。

 通話ボタンを押して耳にあてた時、受話口の向こうから焦燥感に包まれた親友の声が聞えてきた。

 

 

 ――りんりーん! 助けてぇ!

 ――あこちゃん、どうしたの?

 ――キーボードが見つからないんだよぉ! せっかくライヴが決まったのに! りんりんの知り合いでいない? キーボード弾ける人! ピアノでもいいんだっ。

 

 

 思わず、鍵盤に触れる手が反応した。

 ……ピアノ……ピアノなら、私……弾けるけど……でも、私は……。

 

 

 ――あ、でも上手い人じゃないとバンドには入れないんだけど……。

 ――……そっか……そう、だよね……。

 

 

 バンドの話は、いつもあこから聞いている。

 その日の練習や、楽しいこと、大変なこと……それこそ友希那達が音楽というものにとてつもない熱量をもって真剣に取り組んでいることが伝わってくるくらいに。

 対して、自分はどうだろうか。

 ピアノを弾くのは好きだし、楽しい。けれど私は、ただ自分の部屋に籠って一人で演奏しているだけ。

 あこちゃんみたいに積極的になれない私が、こんなことを言ってもいいのだろうか。

 ……けれど。

 

 

 ――りんりん? そうだよね、ってことは、誰か知ってるの……!?

 

 

 どくん、と心臓が高鳴る。

 体温が上がって、顔が熱くなるのが判った。

 何か言葉を紡ごうとしても、緊張してうまく声が出せない。

 でも。

 それでも……。

 

 

 ――……って、そんなうまい話ないよね。あのね、もし、めちゃくちゃ上手い人がいたら、あこに教えて……。

 ――……ける……。

 ――……? りんりん?

 ――……ひ……弾ける……! 私……弾けるのっ……!

 ――ええっ!?

 

 

 そんなわけで、昨日の今日でここまで来たわけである。

 あの時どうして、弾ける、とあこに言ったのか、正直なところ燐子には判らない。

 ただ、画面に映る彼女達といっしょに演奏したい、その気持ちがあったのは事実だ。

 だが裏を返せば、その衝動に突き動かされて口走ってしまったとも言える。

 しかしここまで来たら、もう引き返すことは出来ない。

 ぎゅっ、と膝に置いた手が小さく拳を作る。

 果たして、変わることは出来るのだろうか。

 

「……強い……自分に……」

「りんり~んっ!」

 

 あこ達がやって来たのは、ちょうどその時だった。

 

 

 

       

 

 

 CiRCLEまでの道すがら、一哉はリサから事の詳細を聞かされた。

 ライヴの日が刻一刻と迫る中、いっこうにキーボーディストが見つからないことに焦った友希那達は昨日、ついに『奥の手』を使うことになった。

 手当たり次第に知り合いへ連絡を取ることにしたのだ。

 連絡係は、リサとあこの二人が務めた。

 そして一本めの電話で、さっそく見つかったのだという。

 見つけたのは、意外にもあこだった。

 電話を終え、びしっ、と効果音がつきそうなくらいの勢いで挙手したカッコイイドラマーは、こう宣言したらしい。

 あこの親友、ピアノ弾けます!!

 そして今日、その親友を呼んで実際に音を合わせてみることになったという。

 言わずもがな、オーディションである。

 ひととおり話を聞いた一哉は、とりあえず一言。

 マジか。

 

「あっ、あそこです! りんり~んっ!」

 

 スタジオ最寄りの駅で先行していた友希那達と合流すると、五人はそのままCiRCLEへと歩を進めてゆく。

 目的地が見えたところで、ふいにあこが声をあげて駆けだして行った。

 反応して顔を上げたのは、オープン・カフェの手前にあるベンチに座っていた黒髪の少女だ。

 

「こ、こんにち、は……。白金、燐子……です。よろしく、お願いします……」

「あっ……ご丁寧に、どうも。こちらこそよろしくお願いします」

 

 控えめながらも丁寧な物腰の彼女に、思わず一哉も挨拶し返した。

 

「へーっ。この子が燐子ちゃん?」

 

 リサである。

 

「あこの友達っていうから、なんてゆーか……あこと似たようなタイプの子想像してたけど」

「りんりんはね、すっごいんだよっ。ネトゲでは無敵なんだから!」

「ゲ、ゲームの……話は……あんまり……!」

 

 そう言ってオロオロする様子は、たしかにリサの言うとおり、あことは似ても似つかない。

 それにフリルのついた白いブラウスに黒いロング・スカートという、活発な性格のあこの親友にしてはずいぶんと落ち着いた雰囲気をまとっている。

 

「そうね、音楽の話が聞きたいわ」

 

 ずい、と友希那が前に出る。

 

「燐子さんと言ったかしら? 課題曲はあなたのレベルに合ってた?」

 

 それは最終的な確認である。

 楽曲の難易度が演奏者の技術レベルを上回っていたら、当然ながら演奏出来ないからだ。

 だが、

 

「わ、わた……し……動画と……その、たくさん……一緒に……」

 

 彼女の答えは、どうにも歯切れが悪い。

 いや、純粋に人と話すのが極端に苦手なだけだろうか。

 

「動画? ……演奏レベルを確認したいのだけれど、それは難しかったという意味?」

「白金さん」

 

 紗夜だ。

 

「同じクラスだけど、こうして話すのは初めてね。ピアノ、有名なコンクールの受賞歴もあると聞いたことがあります。いつも学校では静かなので、こういった場に来るとは思いませんでした」

「……コンクールは……小さなころの、話で……私、ただ……」

 

 言いながら、言葉に詰まった燐子は俯いてしまう。その様子を見てか、紗夜は彼女を呼んだ張本人であるあこに何やら耳打ちしている。

 その時だ。

 ちょん、と上着の裾を誰かに引っ張られた。

 

「……友希那?」

 

 銀髪の少女が、視線は燐子に向けたままで、躯をこちらに向かせていた。

 

「あの子のことがよく判らないわ」

 

 ささやきである。だから一哉も、ささやきで応えた。

 

「でもコンクールで賞取れる程の腕なんだろ? 正直、背に腹は代えられないと思うぞ」

 

 ライヴまで、残り日数も少ないわけだし。

 

「……そうね」

 

 そして我らが歌姫は、一人のピアニストに向き直った。

 

「……オーディションは、あこの時と同じで一曲だけよ。それで駄目なら帰ってもらうから」

「はいっ! 頑張りますっ!!」

 

 威勢よく応えたのは、あこの方だった。

 

 

 燐子の分のキーボードは、CiRCLEのレンタル機材を使うことになった。

 クラシック経験者なら軽いタッチよりもピアノ・タッチの重い鍵盤の方が馴染みがあるだろうということで、選んだのはRolandの『FA-08/88』である。スタンドはもちろん、サスティンやボリューム・ペダルなど足回りの機材も借りて、一哉達はスタジオに入った。

 六人に増えて少し手狭になった感覚は否めないが、演奏に支障が出ないよう配置に気をつけて、それぞれ準備に入る。

 

「……では、いきますよ」

 

 全員のセッティングが終わったところで、最後の確認として声をあげるのは紗夜だ。

 

「白金さん、いいですか?」

「は……はい……」

 

 キーボードの前に立って、しかし燐子の返事は今にも消え入りそうだった。

 

「白金さん」

 

 そんな彼女が少しばかり心配になって、一哉はたまらず声をかけた。

 

「緊張するのは構わないけど、もう少し肩の力抜いて」

 

 言いながら一哉は、フット・コントローラーのスイッチを踏みかえる。『BLACK SHOUT』のイントロで使うハープシコードの音色を呼び出したのだ。

 

「シンセの上モノとかは俺がやっちゃうからさ。今自分がやれることをやってくれれば大丈夫だから」

「はい……わかり、ました……」

 

 ……大丈夫かな、本当に。

 まあ、ともかく。

 友希那へ視線を投げる。

 彼女は頷いて、口を開いた。

 

「あこ、カウントをお願い」

「はーいっ!」

 

 ドラム・スティックのフォー・カウント。

 イントロは一哉のギター・シンセだ。8分で刻まれるフレーズを、一音一音しっかりと弾いてゆく。

 友希那の歌声が、一哉のギターに重なる。

 そこへドラム、ベース、紗夜のギター……そして燐子のピアノが合わさった瞬間、全員の顔色が驚愕に染まった。

 まず変わったのは、燐子だ。さっきまでの物怖じした様子はどこへいったのか、そこに立っていたのは晴れやかな表情で楽しそうにピアノを奏でるキーボーディストがいた。

 紗夜やリサ、あこの音も、燐子の演奏に引っ張られるように……いや、違う。

 この『感覚』は…………!?

 一哉は、他のバンドメンバーを見やった。

 思ったとおりだった。

 燐子が加わったことで、これまでにない演奏になっているのだ。

 同じだ。

 リサやあこをオーディションした、あの時と!

 それだけではなかった。

 

「友希那……」

 

 ぼそりと零した声は、アンプやスピーカーから叩きつけてくる演奏によって掻き消え、だから誰に届くわけでもない。

 それでも一哉は、歌姫から目を離すことが出来なかった。

 歌っている。

『孤高の歌姫』だった幼なじみが、見事なまでの音楽に揺られて、楽しそうに歌っている。

 音楽の波に乗り、感情に乗せて歌い上げる彼女の表情は……昔のような懐かしさを感じさせたのだ。

 そう。それはまるで、三人でセッションしていたころのような懐かしさだ。

 思わず、唇が笑みに歪む。

 ああ、これだ。

 これだよ、友希那。

『音』を『楽』しんでこそ、音楽なんだ。

 ORIONとのジョイント・ライヴでは……いや、一哉の『音』だけではついぞ引き出すことの出来なかった、友希那の表情。

 でも。

 いける。

 いけるぞ。

 このメンバーなら……このバンドなら、お前の夢はきっと叶う。

 歌の終焉とともに、一哉は歪ませたギターをかき鳴らした。

 

「なんか……すごかった。五人より……」

 

 ベースを構えたまま、最初に口を開いたのはリサだった。感慨深げにつぶやくと、うっすら笑みを浮かべる。

 その言葉に異を唱える者はいない。スタジオの沈黙は、逆にリサの言葉を肯定していた。

 そんな中で、紗夜が続く。

 

「……私は問題ないと思いました。……ちなみに湊さんの意見は?」

 

 その問いかけに、しかし友希那はすぐには応えなかった。

 

「……こんなこと、何度も……おかしいわ」

 

 マイクの前で、ぶつぶつ言っている。

 彼女が何を考え込んでいるのかは、一哉にはおおよその見当はついていた。

 だが、最年少のドラマーはそうではなかったようだ。

 

「それって……こんなによかったのに駄目ってこと? な、なんでですか?」

 

 言いながら、あこは今にも泣き出してしまいそうな顔つきで身を乗り出してくる。

 だが、それは誤解だ。

 

「ほら友希那、いつまでぶつぶつ言ってんだ戻って来い」

 

 ぱんぱん、と一哉は銀髪の少女の前で両手をはたく。少しばかり驚いたのか、ぱちくり、と彼女らしくない大きな瞬きを見せてから、

 

「……そうね、ごめんなさい」

 

 気を取り直して。

 

「演奏は問題ないわ。技術も表現力も合格よ」

 

 それから、

 

「ぜひ加入して」

 

 それはこれ以上ない、友希那なりの賛辞なのだろう。メンバー入りを認められた燐子が、ぱあっ、と表情を明るくさせたのが何よりの証拠だ。

 そんな燐子のもとへ、あこが抱きつく。

 

「やったー! やっぱりりんりんは凄い! 最強だよ!! この短い期間でノーミスだったもんねっ!」

「あ、それそれ」

 

 ぽん、とリサが手を打った。

 

「燐子ちゃん、すっごいピアノ上手いんだねー☆ 譜面もらったの昨日でしょ?」

 

 燐子がピアノを弾けることをあこが知ったのは、昨日の夕刻。それから今まで丸一日と経過してさえいない。

 にもかかわらずこの練度の高さというのは、彼女の才能なのか、それとも……、

 

「えと、その……家で……動画と、いっしょに……何度も……弾いてたから」

「あ! あこがあげた練習動画のこと? あれで練習してたんだ」

「なるほど。妙に一体感があるとは思いましたが……」

「……にしても、だ」

 

 紗夜の言葉を、一哉が引き取る。

 

「初めの一回でここまで出来るのはすごいよ」

 

 少し考えて、友希那も同意したようだ。

 

「いいわ」

 

 そして、

 

「あこ、燐子さん……それとリサ。あなた達も含めて、一度このメンバーでライヴに出る」

「ラ、ライヴ……!?」

 

 燐子である。

 

「うそ……」

 

 いきなり、おろおろと狼狽(うろた)え始めたのだ。

 

「やったねー☆ じゃあ燐子ちゃん……いや、燐子。これからよろしく♪」

「リサ、ちょいまち」

 

 にっ、と人懐っこい笑みを浮かべるリサに待ったをかけてから、一哉は燐子に歩み寄った。

 

「白金さん、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

「あ、えと……うぅ……」

 

 おろおろ、あたふた。

 何かが、引っかかった。

 そのまま一哉は、すぐ脇にいたあこを向いた。

 

「あこちゃん、白金さんをここに呼ぶ時、ちゃんと説明したんだよな?」

「したよっ!」

 

 即答である。

 

「なんて?」

「バンドしよって! スタジオで、あこ達といっしょにキーボード弾きに来て、って!」

「……う~ん、あこ。その説明、ちょ~っと足りないかも……?」

 

 実際、リサの言うとおりだ。

 バンドをやろうとは言ったが、肝心のライヴのことについては一切触れていないのだ。

 燐子があまり人前に出ることを好まない性格であるということは、さすがに初対面の一哉でさえ察することが出来た。

 要するに、彼女は今日、ライヴに出る前提でオーディションに来たわけではなかったのだ。

 

「参ったな……」

 

 思わず、両手で顔を覆う。

 だとすると、考えられるのは……、

 

「わた……し、そこまで……考えて……」

「なら、もう帰って」

 

 ああ、やっぱり。

 まるで興味を失くしたかのように、ぴしゃり、と友希那は言ってのける。

 

「どんなに力があっても、やる気のない人に割く時間はないの。他のキーボードを探すだけよ」

「そうは言うがな、友希那。白金さん程の腕はそうそう見つからないぞ。だいいち、ライヴに間に合わなかったらどうすんだ。お前のバンドだぞ?」

「それならキーボード抜きでやるだけよ」

 

 その時だ。

 

「……わ、わた……し……っ、……きたい!」

 

 たどたどしい、しかし力強い大きな声が、スタジオに響き渡った。

 それを発したのが燐子だということに驚いたが、誰よりも唖然としていたのは親友のあこの方だった。

 

「り、りんりんの大きな声、初めて……」

「わ、わたし……皆さんと……弾きたいです……っ」

 

 それは、決意の表明だった。

 

「が、がんばります……お、おねがい……します……っ!!」

 

 それは、紛れもない彼女の『熱意』だった。

 燐子の眼を見た一哉が、やれやれといった様子で振り返る。

 

「だってよ、リーダー」

「……そう」

 

 すると友希那は満足したように笑みを浮かべて、燐子に振り返り言った。

 

「燐子。その気持ち、ライヴで見せてもらうわ」

 

 メンバーが、ようやくそろった瞬間だった。




 ようやく、Roseliaのメンバーが揃いました。
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