青薔薇を照らす星明かり   作:椎名洋介

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第五章 全てを賭ける覚悟

       

 

 

 なんだ。

 何なんだ、彼らは。

 

「こんなバンドがいたなんて……」

 

 愕然と、ライターの女はそう呟いた。

 観客席後方の、ドリンク・カウンターのすぐ側である。

 この地区で活躍する若手アマチュア・バンド達のライヴをレポートする、それが彼女の今日の仕事だった。

 そのはずだ。

 それが、どうだ。

 

「ORION……」

 

 AXISというライヴハウスを拠点に活動しているインスト・バンドがいるという話は、彼女も知っていた。

 だが『知っていた』だけで、実際に『見て』、『聴いた』ことはなかったのだ。

 しかし、彼女はきちんと理解していた。

 彼らの実力は、つい先ほどまで演奏していたGlitter*Greenにも引けを取らないと。

 

「皆さーん、どうもこんばんは~!!」

 

 ステージが白いライトで照らされ、上手に陣取るキーボードの少女がマイクを手に取った。

 

「いきなり演奏が始まってびっくりしたかと思いますが……改めましてORIONで~す!」

 

 マイクを持っていない方の手を力強く挙げる少女に、割れんばかりの拍手が送られる。

 

「それではここで、軽くメンバー紹介いってみたいと思います!」

 

 スポットライトが、下手側の苅安色のベーシストを抜いた。

 

「まずはベース・鳴海奏太(なるみそうた)!」

「よぉろしくぅっ!」

「オン・ドラムス・影山大樹(かげやまたいき)!」

 

 山吹色のドラマーは顔が見えるように立ち上がると、オーディエンスに対して軽く頭を下げた。

 

「続きまして、キーボードは私、八谷実里(やたがいみのり)で~す!」

 

 スポットライトに照らされて、キーボードの奥で少女は恭しくお辞儀をした。

 

「そしてそして!」

 

 ライトが、フロントに立つ白い衣装のギタリストを照らす。

 

「私達ORIONのリーダーです。ギター・野上一哉(のがみかずや)!」

 

 全員の紹介が済んだところで、さて、と実里は今しがた演奏した曲の紹介に入った。

 

「最初に聴いていただいた曲は、本日初お披露目の新曲『CYBER ZONE』、そして二曲目はこの前のAXISでのライヴで披露した『目撃者』でした~。皆さん盛り上がってもらえてますか~?」

 

 おぉおぉおおおぉおおお!!

 

「うわ、すごい熱気。ありがとうございます~! 時間はあんまりないんですけどね、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみくださ~いっ!」

 

 参加バンドの持ち時間は、約三〇分ほど。まだ彼らの出番は二〇分ほど残っている。

 いったい次は、どんな曲が飛び出すのか。

 無意識のうちに、ペンを持つ手に力が入る。

 

「さてさて。とは言ってもね、私達もこの場所が初めてのように、私達を初めて観る人もいるかと思います……そうだよね?」

 

 ORIONが初めての人ー、そう実里が問いかけると、ぱらぱらと頭しか見えない観客席から腕が伸び始める。

 その数、実に観客の三分の二である。

 

「こんなに!? わぁー、これはORIONを覚えて帰ってもらう絶好のチャンスだね~……それでは、続いての曲は……ORIONを知ってくれてる人には久しぶりになるのかな? そんな(ふる)い旧いORIONのナンバーからこんな二曲、ご用意しました」

 

 おお、と会場からどよめきが上がる。

 

「それじゃ、みんな準備はいい?」

 

 彼女が問いかけるのは客席ではなく、ステージに立つメンバーである。

 

「オーケー? じゃあ行くよーっ!」

 

 マイクを置き、滑るような動きでフロントの88鍵シンセの最高音を叩く。

 鳴ったのは、『ド』の音ではなかった。

 サンプリングされた、女性のヴォイスである。

 

CONJUNCTIONコンジャンクション!』

 

 ヒュー、と誰かが口笛を吹くのが聞こえた。

 そして始まるのは、ずいぶんとテンポの速い曲だ。正確にショットを叩くドラム・パターンに乗って、残りの三つの楽器が16分のウラを決める。

 続くユニゾン・フレーズに、女ライターは舌を巻いた。

 しかし意外だったのが、趣向を変えたのかユニゾン後のギター・ソロは4ビートのアレンジになっていたことだろうか。スウィング気味の一哉のソロ、そして続く実里のピアノ・ソロの裏で、影山の華麗なシンバル・ワークが光る。

 ロックだけではなくジャズまでこなせるとは。

 そうして三曲めが終わったと思えば、ライトに抜かれた下手のベーシストがイントロのベースラインを『叩く』。

 

 ──GALACTIC FUNKギャラクティック・ファンク──

 

 続く四曲めは、16ビートのリズムに乗ったファンキーなナンバーである。

 ギターとシンセがメロディーを取るテーマ部分、そしてシンセのブリッジを経て、フロントの一哉がさらに前へと躍り出る。

 エフェクターを切り換え、右手に持っていたピックを素早く口に運んで、(くわ)える。

 

「まさか」

 

 そのまさかだった。

 ギター・スラップだ。

 だがその難易度は、ベースのスラップよりも高いと言われている。弦の幅がベースに比べて狭いからだ。

 そんなテクニックを使ったギターソロを終え、再びテーマを挟んだ次は上手(かみて)のキーボードにライトが当たる。歪ませたリードでソロを取る実里の姿に観客達は沸き立つ。

 そしてブレイクを決めたところで、ステージを静寂が包んだ。

 

「え、なに?」

「どうしたんだ?」

「機材トラブルかな?」

 

 暗くなったステージに少なくない客が戸惑いを憶え始めた、ちょうどその時。

 突如、スパンッ、と音抜けのいいスネアが響き渡る。

 同時に灯るステージ照明。

 照らされるのは、奥にいるドラムである。イントロと同じキメに合わせて、スネアロールを中心としたドラム・ソロが展開される。レギュラー・グリップから叩き出されるパワフルなそのフレーズは、かのスティーヴ・ガッドを彷彿(ほうふつ)とさせた。

 タム回しとキックを合わせた六連符のフレーズを叩ききると、今度はそのままベース・ソロへとなだれ込む。

 オクターブ・ラインやライトハンド奏法を多用した独特のベースプレイは、複弦ベースの特性を上手く生かしているようだ。

 おまけに左手でコードフォームを作り、右手でかき鳴らすようなあれは……ラスゲアードだろうか。フラメンコでよく見られる奏法だ。

 しまいにはエフェクターで歪んだサウンドがスピーカーから鳴り響き、まさしく『音で殴られた』ような錯覚を覚えてしまう。

 ステージを縦横無尽に歩き回る様は、まさに『暴走ベーシスト』と呼べよう。

 そんなメンバー各自の『楽器による自己紹介』的な要素を持つ四曲目も、いよいよ大詰めだ。ベース・ソロが終わり、三度めのブリッジを挟んだ後は、最後のテーマ。

 無事に二曲を弾ききった彼らに、観客達は男女関係なく拳を突き上げ、これでもかという声援をステージに送る。

 女ライターも、手元のメモ帳に彼らのパフォーマンスを余すことなく書き込んでゆく。

 無論、記事にするために。

 

 

 スタッフに案内された友希那達が舞台袖に辿り着いたのは、まだORIONは四曲めの演奏真っ最中だった。

 ステージから客席へと伝播する熱気は、袖に立っていてさえ伝わってくる。

 曲が終わり、タオルで汗を拭ってから、実里がマイクを握る。

 

「はーい、ありがとうございました~! 『CONJUNCTION』と『GALACTIC FUNK』の二曲をお送りしましたよ~!!」

 

 彼女のMCの裏で、鳴海と一哉がいそいそとチューニングを合わせる。あれだけ曲中で激しいスラップを繰り出したのだから、それも当然だろう。

 

「でも楽しい時間はあっという間ですね~。私達、次の曲が最後です!」

 

 えー!?

 早いよ~!

 もっともっと!!

 次々と、客席から『まだまだ聴いていたい』という声があがる。その反応が意外だったのか、実里は二度ほど目を瞬かせてから、にへら、と笑みを浮かべた。

 初めての会場でこれだけファンの心を掴めたのが、よほど嬉しかったらしい。

 

「私達の演奏をもっと聴きたいって思ってくれた人は、ぜひAXISで演ってるライヴにも遊びに来てくださいね~!」

 

 弾んだ声音で軽い宣伝を挟んでから、実里は一つ息をついた。

 そして、

 

「次の曲は、今日この日のために書き下ろした新曲です」

「……え?」

 

 困惑の声は、すぐ近くから。

 

「リサ……どうかしたの?」

「ぃや、だって……リハの時と曲が違うから……」

 

 リサがORIONの練習を見学した時、セットリストの最後は『ASAYAKE』になっていたという。

 それが、新曲……?

 

「それじゃここで、普段ライヴじゃほとんど喋らないリーダーにマイク持ってもらおっかな~」

 

 カズくんはいどうぞ、とマイクを差し向けられた一哉は、俺が? とでも言いたげに自分を指差した後、渋々渡されたマイクを握った。

 

「えー、どうもこんばん……ぇ、あ、ちょっ……」

 

 一哉が喋り始めたタイミングで左右のスピーカーから叩きつけられる耳障りなハウリングに、観客は勿論のこと、袖で見ていた友希那達も顔をしかめた。

 

「……収まった、かな? えと……改めまして、ORIONのリーダーやってる、ギターの野上です」

 

 誤って音を出さないようにボディー寄りのネックを空いている手で持ちながら、彼は話を続ける。

 

「見てもらったら判るように、俺達のバンドにはボーカルがいません。だからこそ俺達は、聴いてくれるお客さんの心にストレートに届くような曲作りを意識してきました」

 

 そんな中で、と一哉の視線が舞台から逸れる。

 上手の袖……まさに今そこに立っているこちらを向いたのだ。

 ほんの数秒。

 けれど間違いなく、彼の目は友希那の目と合っていた。

 

「最後に演奏する新曲……これは、俺達の『次』に出てくるバンドへ贈る曲になります」

 

 つまり、Roseliaに。

 

「アタシ達に……?」

 

 ぽつり、と隣でリサがこぼす。そんな彼女に、友希那は小さく囁いた。

 

「サプライズ、ってことね」

 

 Roseliaのデビュー・ライヴに合わせて、わざわざ曲を作ってきたということだ。

 

「彼女達が目指すものは、はるかに高い場所にあります。だけど俺は、きっとその夢はいつか叶うって信じてる……いや、叶えます。あいつらは。だからこそ皆さんには、これから彼女達が歩き始める輝かしい道への第一歩を見届けて欲しいんです」

 

 彼が、Roseliaのために作ってくれたという曲。

 彼が持つRoseliaのイメージ。

 

「楽しみね」

 

 気付けば、そう呟いていた。

 

「ん? 友希那、何か言った?」

「……いいえ、何でもないわ」

 

 今はただ、目の前で繰り広げられる音楽に身を委ねよう。

 

「それでは聴いてください……『SPLENDORスプレンダー』」

 

 そして奏でられるは、煌びやかでありながら荘厳な響きを持つ曲だ。

 極彩色のサウンドが、ステージを彩った。

 

 

 一哉からORIONのメンバーにもたらされた『無茶ぶり』。

 それは、セトリを変えて『CYBER ZONE』とは別にもう一曲新曲を披露する、ということだった。

 友希那達の新たな門出を祝う曲をやりたい。一週間で譜面を渡すから、どうか付き合って欲しい。

 そんな一哉の無茶ぶりは、今に始まったことではない。これまでのライヴ出演の際にも、アレンジを含めて完璧に書き上げた譜面を唐突にメンバーに渡しては『次のライヴでやります』ということは、よくあったのだ。

 我ながら、ずいぶんとワガママな性格してるよな、と一哉は思う。

 けれど、それを後悔したことは一度もない。

 こうやって自分勝手な舵を切っても、ついてきてくれる仲間がいるから。

 だから。

 

「ありがとうございました~! ORIONでした~!!」

 

 きっとこの曲に込めた想いと願いは、彼女達に届いているだろう。

 実里の挨拶を最後に舞台袖へとはけたところで、Roseliaの姿が目に留まる。

 

「一哉さんお疲れさまですっ! まさかORIONの新曲が二曲も聴けちゃうなんて、あこ、超・超・ちょーう興奮しましたぁ!!」

「お疲れ、一哉☆ ライヴ観てたよ~、お客さんもめちゃくちゃ盛り上がってたじゃん! ……ていうかさー、最後に新曲やるってアタシ聞いてないんだけどー?」

「いや、だってそれ言ったらサプライズにならないでしょうに」

「おうおう、ガミってば人気者だねぇ」

「鳴海さん頼むから茶化さないでくださいよ」

「へえへえ」

 

 じゃあ先に楽屋戻ってるぞー、と通路を歩いてゆく鳴海達の間をするりと抜けて、見覚えのある銀髪が一哉の前に躍り出た。

 

「友希那……」

「お疲れ様」

 

 彼女の言葉は、簡潔に。

 

「新曲、良かったわ」

「……! そうか……」

「でも」

 

 金色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめてくる。

 

「私達は、今のあなた達以上のステージを披露するわ。だから見ていてちょうだい。私達の……青薔薇が花開く、その瞬間を」

「ああ、判った」

 

 一哉の返事を聞いてから、友希那は彼の横を通り過ぎてゆく。

 そして振り返った一哉が見たのは、こちらを見据える五人の少女達だった。

 ステージ用の衣装ではない。全員が私服である。一見すると統一感のカケラもないが、しかし彼女達が『音楽』というモノで一つになっていることを、一哉は知っている。

 今日のために必死に練習してきたことを、一哉は知っている。

 だからこそ、彼は呼ぶのだ。

 

「行ってこい、Roselia」

 

 返事は、五人それぞれ。

 彼女達が舞台へ上がる、その背中を見送って、一哉は踵を返した。

 

 

 

       

 

 

 人気ヴォーカリストの友希那が率いるバンドということもあって、Roseliaのライヴは開始早々熱狂の渦に包まれていた。

 短い自己紹介の後、立て続けに四曲が披露される。

『魂のルフラン』、『Hacking to the Gate』、『ETERNAL BLAZE』、そして『雨上がりの夢』である。

 

「高校生でこのレベル! Roselia……この子達話題出ますよ。今月のPV、トップも狙えるかも!」

「さっきのORIONとはまた違うタイプの実力派だな。今までどこのスカウトも受けなかったと聞いたが……友希那はバンドが組みたかったのか……?」

 

 一五分をゆうに超えるメドレーを終えて、センターに立つ友希那がMCを始める。

 

「次の曲の前に、メンバー紹介行くわよ」

 

 歪んだサウンドでコード・カッティングを決めるギター・氷川紗夜。

 ツー・フィンガーによる流れるようなベース・ラインを奏でるベース・今井リサ。

 二つのバス・ドラムを活かしたフィルを叩くドラムス・宇田川あこ。

 ハープシコードによる独創的な世界を作り出すキーボード・白金燐子。

 四人の紹介が終わったところで、リサがMCを引き取った。

 

「そして我らがヴォーカル・湊友希那!」

 

 バンドの演奏に合わせ、小さく礼をする。

 

「ここで最後に、私達Roseliaの六人めのメンバーを紹介するわ」

 

 そう告げる友希那の言葉に、ざわり、と会場がざわめいた。

 それはもちろん、後方でライヴの模様を事細やかに書き込んでいたライターやプロのスカウトたちも例外ではない。

 だが興奮する観客達とは対照的に、彼らは首をかしげていた。

 メンバーが六人いるのであれば、最初からその六人めも含めて演奏した方がよかったのではないか?

 しかしそんな彼らの懸念も、続く彼女の言葉で杞憂に終わる。

 

「サポートギター・野上一哉!」

「なっ、野上って……さっきのORIONの!?」

「マジかよ!」

 

 どよめきの中、呼び込まれた少年がライトに抜かれた上手から姿を現した。

 しかし、その装いは先ほどのORIONのステージとは大きく異なっている。

 白を基調としていた衣装ではなく、黒いパンツに黒い革のジャケットを着込んで、その首にはストールを巻いているのだ。

 ストラップに繫がっているギターもORIONで使っていたものとは別物のようで、こちらは鮮やかな青である。

 やがて自身のポジションについて一哉の準備が完了するのを確認してから、次に奏でる曲の名を告げる。

 

「それではラスト、聴いてください。『BLACK SHOUT』」

 

 この日、Roseliaは間違いなくそのステージで一番に輝いていた。

 

 

 

       

 

 

 CiRCLEでのライヴも無事に終わり、実里達と打ち上げに行こうとした矢先。

 ようやく帰り支度を済ませたところで、唐突に鳴海がこう言った。

 

「ああそうだ。俺達の打ち上げはまた今度でいいからさ、ガミお前、友希那ちゃんとこ行って来いよ」

「え!? 友希那達と打ち上げ!? 行きたい行きたいッ! 私も行きたーい!」

「お前は昼間学校で会えんでしょーが。ほら帰ンぞー」

 

 やだー私も行くのー、とごねる実里を引きずって楽屋を出て行く鳴海の姿を、一哉は呆然と見送ることになった。

 しかも、影山もとっくに帰ってしまったらしい。

 

「…………え?」

 

 何一つ言葉を返す暇なく、いつの間にか一哉は置いて行かれていた。

 

 

 まあ、そんなわけで。

 友希那達と合流した一哉は、お腹が減ったというあこの言葉もあって近くのレストランに来ていた。

 六人掛けの席で、通路側からリサ、あこ、燐子が、反対側は一哉、友希那、紗夜がそれぞれ向かい合う格好である。

 メニューはすでに選び終えていて、それぞれの目の前には各自ドリンク・バーで取ってきたソフト・ドリンクが置かれていた。

 

「あははっ! お腹痛い! あこ、もっかい! もっかいリクエスト!」

「えーっと……この……闇のドラム・スティックから……何かが……アレして、我がドラムを叩きし時……魔界への扉が開かれる! 出でよ! 『BLACK SHOUT』!!」

「ひーっ! 何かがアレしたー!!」

「……リサ、お前そんなにゲラだったっけ」

 

 ミルクティーを飲みながら、不思議そうに一哉は呟いた。

 格好よくキメているあこには悪いが、正直なところどこに笑える要素があるのか一哉には判らなかった。

 まあ、そういうオトシゴロでもあるのだろう。

 ちらりと友希那達を見てみると……やはり、特にこれといった反応はしていなかった。

 

「ほらー、友希那も紗夜も! 初ライヴの記念なんだからさー、二人も何か、話して話してー?」

 

 そんな二人を見かねてリサが声をかけたところで、ようやく紗夜が口を開いた。

 

「湊さんが、こんなところに来るのは意外でした。私はこういった、得体の知れない添加物系のメニューは受け付けませんので」

「……私だって普段は来ないわ。用がないもの。一哉だってそうでしょう?」

「俺に同意を求めるなよな。でもまあ、基本的にORIONのメンバーくらいとしか外食はしないし、いつもはリサんとこで済ませてるから……そうなるのか」

「今井さんの家で? どういうことですか?」

「あれ、言ってなかったっけ? 俺んちって今、親が仕事で海外に行っててさ。戻ってくるまでの間、リサの両親が親代わりになってくれてるんだ」

「えー! リサ姉そうだったの!?」

「そだよー☆」

 

 そう応えて、リサはあこにピース・サインを作った。

 

「家もすぐ側だし、お父さんどうし友達だったしね。そういえば、小さい頃はしょっちゅうアタシと友希那と一哉でお泊り会とかしたよね」

「……その話はいいわ。リサ、私がしたいのは音楽の話だけよ」

「同感ね」

 

 友希那の言葉に、紗夜が続く。

 

「でも、ここはともかく、今日の演奏はよかった。今井さん。あなた、上手くなったと思う」

「え……。あ、ありがと……!」

 

 どうやら、こうも真っ直ぐに言われるとは思わなかったのだろう。ぽかん、と紗夜を見つめたままのリサは、徐々にその口元が緩み始めた。

 

「えへへ……一哉も、アタシの練習に付き合ってくれてありがとね。鳴海さんにもお礼言っておいてもらっていい?」

「はいよ、承った」

「それはそうと」

 

 言いながら、コーヒーを一口すするのは友希那だ。

 一見普通のコーヒーに見えるが、しかしその中身はこれでもかと砂糖がぶち込まれた『激甘』である。廻りに気づかれないように入れたつもりだったのだろうが、たまたまドリンクを取りに行くタイミングが被った一哉は視界の端でばっちり捉えていたのだ。

 

「たしかにこの短期間で、Roseliaのレベルは確実に上がった。あこ、燐子。あなた達もよ」

 

 それは、一哉も思っていたことだ。

 正確には、あこ達のオーディションという形で五人で音を合わせた時だ。

 初めてなのに初めてではないような、そんな不思議な感覚。

 弾けば弾くほど『音』に引き寄せられ、バンドが一つにまとまってゆくのを感じたのだ。

 

「だから、本当にこのメンバーで本格的に活動するなら、あなた達にもそろそろ目標を教える」

 

 きた。

 ついに、この瞬間が。

 

「そうですね。私はそのために湊さんと組みましたから。たしかにここで、意思確認をすべきだわ」

 

 一哉も紗夜も、友希那のその『目標』のために声をかけられたのだから。

 

FUTURE WORLD FES.(フューチャー・ワールド・フェス)の出場権を掴むために、次のコンテストで上位三位以内に入ること。そのためにこのバンドには、極限までレベルを上げてもらう。音楽以外のことをする時間はないと思って。ついてこれなくなった人には、その時点で抜けてもらうから」

 

 そして、友希那はこう付け加えた。

 

「あなた達、Roseliaに全てを賭ける覚悟はある?」




 なんとかRoselia初ライヴまで漕ぎつけた。区切りはいいかな?
 ちなみに、今回の話で書き上がってるストックはすべて出し切りました。次回以降の更新は、しばらく間隔が空くかと思います。

 感想等いただけると、私が喜びます。

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