オリ主が原作キャラの生き死を自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね……。
これは転生オリ主によって引き起こされた、あり得たかもしれない最悪の世界線の話。
『ORI』という世界そのものに拒絶された者の行き着く先とは……。
俺がここに来たおかげで、お前も少しは『まとも』になるんだ。感謝しろ。
織斑一夏はIS学園に入学し、その男と会ってからずっと、そのような言葉を言われ続けてきた。その発言の主は言わずと知れた原作において本来あり得ない存在でありながら、世界の『お約束』により転生という奇跡を果たし、また世界の収束により第二の男性操縦者となることが確定されている男。通称オリ主である。
だが一夏にはそう言われることの意味が何一つ分からなった。自分がそれほど出来た人間だと自惚れてはいなかったが、それでも今までの人生で罪を犯したり、誰かを傷つけるような生き方はしてこなかったはずだから。
『まとも』に。
まるで人として欠陥があるような物言いである。
蔑むように。見下されるように言われる言葉。どうして自分がそのように言われなければならないのか、それが一夏には分からなかった。
その言葉の真意を何度尋ねようとも「少しは察しろ」の一言で返され終わる。
人の気持ちを考えろ。自分がどれだけ考えなしなのか自覚しろ。だからお前は駄目なんだ。何を言っても返す刀でそうSEKKYOUされる。
何も分からぬまま、言い返すことも許されぬまま、一夏は一方的に言葉の暴力を受け続けた。
何をもって『まとも』にするというのか。何と、誰と比較してそう言われるのか。
自分の今までが、出会ったばかりなはずの人間により否定されていく。
培ってきた自分。築き上げてきた織斑一夏という人間。それに一方的に押される失敗という烙印。
それはまだ幼さの残る少年の心を少しずつ蝕んでいった。
この世界における第二の男性操縦者となったオリ主。彼はまさにお伽話からそのまま出てきたような、何かを超絶した存在だった。勉強も運動も専用機の扱いも、全てにおいて並び立つ者など誰一人いない存在。
眉目秀麗な顔立ち。
相手に応じて使い分ける話術。
そして何よりまるで未来を見通しているかのような間違いのない選択。
そのようにあたかも『神』のような人間からすれば、まだ未熟な少女らの心を掴むのは、赤子の手を捻るより簡単だったのだろう。日を置かずにこの学園に通うほぼ全ての生徒らが、オリ主に熱狂し、賛同し、賞賛し、媚を売るようになった。
当然だ。この世界に転生を果たしたオリ主は常に「完璧」でいつも「最高」で絶対に「正しい」人間なのだから。そう世界によって定められ、世界に愛されるのがオリ主なのだから。
だから皆がオリ主を受け入れ、オリ主に惹かれるのは当たり前なことなのだ。
オリ主と出会う女性全てが、年齢人種立場関係なく惹き付けられていき、すぐに皆惜しみない愛を捧げるようになっていった。皆がオリ主を、オリ主『だけ』を絶賛し、オリ主の意見『だけ』が正しいとされる世界へと。
そんな狂気とも言える光景を皆が疑うこともなく受け入れるセカイ。
それは本来の、原作の主人公織斑一夏を一途に恋焦がれてくれるヒロインでさえも例外になく。
セシリアも。
鈴も。
シャルロットも。
ラウラも。
楯無も。
簪も。
それだけじゃない。
本音も静寐も癒子も清香もさゆかも真耶も。
クロエもマドカも束でさえ。
みんなみんなみんなみんなみんな。
オリ主に関わっていく者全てが織斑一夏を見限り、オリ主を愛するという世界に収束していく。
原作の流れはほぼそのままに、人間関係、戦闘、全てにおいて一夏が無様に間違いを犯し、それをオリ主が華麗に正していくという質の悪い台本のような展開のエンドレス。その度に学園の生徒から、何より原作ヒロインから一夏に向けられる嘲笑・悪口・軽蔑。
本来原作主人公の織斑一夏をひたすら恋に焦がれるISのヒロインたち。一夏が彼女たちと共に奏でる友愛・親愛・恋愛など沢山の想いが詰まった、何重奏もの騒がしくも楽しい音色。
そんな幸せな音などこの世界にはどこにもなかった。
「一夏」
夏休みに入り、生徒の中には学園の寮を離れ実家に帰っている者も多く、普段の喧騒が消えている。そんな中学園に残っていた箒は、朝練を終えると、一人寂しそうにベンチに座る一夏を見つけ声をかけた。
「箒……」
どこか虚ろな目で応える一夏。
「一夏。大丈夫なのか?」
「ん?ああ」
「今日も補習なのか?」
「ああ。先に訓練だけど」
「夏休みに入ってからもずっと毎日補習と訓練で休みすらないんじゃないのか?」
「仕方ないさ。これまでも俺のせいで散々迷惑をかけてきたし。俺は落ちこぼれだから」
「そんな……」
「先生方もアイツも俺のために時間作ってくれているんだ。だからもっとしっかりやらないと」
「なぁ一夏。体調が悪そうだし今日くらい休んだらどうだ?自分の身体をもっと気遣って……」
「大丈夫。じゃあ時間だし行くよ」
「ま、待て!」
箒は思わず一夏の手を掴んでいた。
怖かったのだ。まるで幼馴染が再びこのままどこか遠い所にいってしまいそうな気がして。
そんなことあるわけない。そう思っていても。怖くて。
一夏はそんな箒を暫し見つめるが、やがて小さく頭を振ると、もう片方の手で箒の肩を軽く叩いた。
「箒はいつからそんなに心配性になったんだ?俺は大丈夫」
「なら何でお前はそんなに辛そうな顔を……!」
泣きそうな顔で自分を見つめる箒に、一夏は大丈夫だと言う風に小さく笑みを返す。でもその笑みがまた寂しそうで、箒は更に胸が痛くなってしまった。
「心配してくれてありがとな。でも言ったろ?箒は俺にあまり近寄らない方がいいって」
「そんな!私はお前の幼馴染なんだぞ!私は、私は……!」
「分かってる。でも、ごめんな。俺と親しくしてるせいでお前まで悪く言われる」
「お前はそう言うが、私はそんなの……」
「俺が辛いんだよ。だから頼むよ。……じゃ行くから手を離してくれ」
そんな顔で頼まれたらもう何も言えないじゃないか。
箒はそっと手を離すと、ただ涙を堪え幼馴染を見送るしかなかった。
箒の視線を背中に感じながら、一夏はゆっくり歩く。
これでいい。こうするべきなんだ。
自分を心配する幼馴染の優しさを嬉しく思いながらも、それでも突き放して。
この学園で過ごす内に一夏には分かったことがあった。それはオリ主が絡む全ての事情や出来事が、全て自分に起因するということに。
入学早々のセシリアとの口論。
鈴の「毎日酢豚を食べて」という言葉に隠された想いの理解。
無人機との戦い。
女性だと分かった後のシャルロットへの対応。
憎しみに支配されたラウラとのやりとり。
福音戦での『失敗』
全てが織斑一夏が起因となって責められ、非難される要因となってきたのだから。
それでも自分だけなら良かった。自分一人だけなら自業自得だと割り切り耐え忍ぶことが出来た。でも一夏の側にはいつも箒がいた。いてくれた。庇ってくれた。でもそのせいで大切な幼馴染までもが皆の悪意に晒されていく。それは一夏にとっては何より辛いことだったから。
だから遠ざける。箒だけでも心穏やかに過ごせるように。
大丈夫。自分にさえ関わらなければ箒は大丈夫なんだ。それでいいんだ。
俺は独りでいるべきなんだ。俺が悪いんだから。
そう自分を責めて、一夏は生気のない目で歩く。歩きながら視線を空に向けると、今日も憎たらしいくらいの夏の青空が広がっていた。
荒い息を吐きだし、一夏は地に横たわる。
訓練というには過酷過ぎる罵倒・暴言を存分に含んだ強者による弱者への一方的ないたぶり。それを何とか終えた一夏は、もう一歩も動けないという様で、地に身体を投げ出し、ただ広がる空を見上げていた。
「お前相変わらず全然ダメだな。いつになったら少しは俺に近づけるんだ?」
そして地に転がる一夏を軽蔑したように見下ろす男。オリ主。
一夏がオリ主に近づけるなんてこの世界ではあり得ないのに。そんなことはオリ主が一番理解しているはずなのに。分かっていて侮蔑の言葉を投げつける。
「折角お前のために休みを返上してまで訓練を見てやってるってのに」
「悪い……」
「皆と遊びたいのを我慢して、沢山の子たちの誘いも断って、お前なんかの訓練をしてやっている俺の心遣いを何だと思ってんだ?分かってんの?なぁ?」
「本当に感謝してる……」
「そう思ってんなら、口だけじゃなく少しは進歩してくれよ。ったく」
「すまない……」
自ら立候補し、一夏を鍛えるという名目で夏休み限定の特別教官となったオリ主。
でもそれは友情でも何でもない。そうすれば皆の尊敬を集められるからだ。賞賛されるからだ。
そして何より合法的に『弱いものイジメ』が楽しめるから。
本来の原作主人公を訓練の名のもとに罵倒し、存分にSEKKYOUしKAKUGOを説くこと。
かつて欲して・憧れ・憎くて仕方なかったイケメンの原作主人公を心置きなくいたぶること。
超絶者となり、気に喰わなかった原作主人公を踏み台にして、道化にすること。
ISが誇る魅力的なヒロインを根こそぎ奪い、原作主人公にそれを見せびらかすこと。
それは原作知識を有してこの世界に転生したオリ主にとって、何よりの愉悦だったから。
故に相手は『織斑一夏』でないと駄目なのだ。痛めつけ、傷つけ、マウントをとる相手は一夏以外にはいないのだ。だから絶対に逃がさない。絶対にこの学園から、自分の側から離してやらない。
永遠の引き立て役。
それが織斑一夏の、この世界における存在理由。
「俺がこんなに世話してやっているのに、原作のお前から何一つ進歩しないな」
「原……作?」
「ハッ。どうしようもないな。お前は本当にいつになったら『まとも』になるのかねぇ?」
一夏にとって意味不明なことを言った後、もはやお決まりとなった侮蔑の言葉を吐いて、オリ主は去って行った。
一夏は転がったまま、ただ黙って空を見上げ続けた。そのまま空に向け手を伸ばす。
けど当然ながらその手に掴み取れるものなんて何一つなかった。
夕暮れの気配が訪れようとしている中、一夏は学園の屋上の来ていた。
立ち入り禁止となっている場所を抜け、柵を乗り越えると、遥か下にある地を見下ろす。
『なんでお前はアイツと比べてそんなにも出来が悪いんだ!恥ずかしいと思わないのか!?』
オリ主との訓練の後、昼からの補習の担当だった千冬に言われた言葉。
一夏が受けたテストの採点を終えると、憤懣遣る方なくといった風に千冬はそう言った。そして堰を切ったように続けられる姉から弟に対しての非難と鬱憤の言葉。
最愛の姉に言われた言葉の暴力。向けられる嫌悪の表情。それが頭から離れない。
他の誰から嫌われても、姉だけは自分の側に立ってくれると思っていた。
姉だけは自分の味方でいてくれると思っていた。
姉さえ自分を分かってくれているなら、やっていけると思っていた。
でもそれも叶わなかった。
遂には姉さえも周りと同じように、オリ主とを比べ、自分を非難するようになったのだ。
一夏にはもう何もなかった。すがれる者も。心の拠り所も。何もかも。
だがそれが転生したオリ主によって改変される世界の理。
彼のたった一人の姉さえも、唯一の家族さえも、いずれオリ主に染まる。オリ主に心酔し、オリ主の言葉を鵜吞みにし、出来を比較し、終には最愛の弟たる一夏に冷たい言葉を吐くようになる。
家族の愛すらオリ主の前では無意味。
オリ主が望むままに改変される世界。それが『ORIの世界』
一夏は目を瞑る。
こんな自分は誰の為にここにいるんだろう?何の為に生きているんだろう?
この絶望の日々が。終わらない悪夢の日々がいつまで続くのだろう?
疲れた。本当にもう疲れたんだ。
だから……もういいだろ?
恐怖は何も感じなかった。それどころか終わることへの安堵の方が大きかった。
オリ主が散々言うように、やっぱり自分は『まとも』ではなかった。全てから逃げ出し、こんな最悪の選択をとる自分は、やっぱりどこかおかしいのだろう。やはりアイツが正しかったんだ。
悪いのは『まとも』じゃない俺なんだ。全てが俺のせいなんだ。
「ごめんな。千冬姉。こんな弟でごめん……」
そう呟くと、一夏はそのまま身を投げた。
転生したオリ主によって、あたかも世界に嫌われ、世界の敵となるよう定められてしまった『原作主人公』織斑一夏。彼はそうして自らの手でその短い生涯を終えたのであった。
一夏は鈍感だから。愚かだから。嫌いだから。アイツのせいで入学させられたから。
そんなことを免罪符に、だから何言ってもいい、何してもいい、なんて許されるわけがないと思います。
『原作よりまともに』
『まとも』って一体何なのでしょうか…。