佐々木過渡から信用を得るのはそんなに難しい話ではなかった。彼の信頼を得るための鬼札を俺が持っていたから。俺が内通者としてAFOに魅入られたのも、それが要因だろう。その鬼札ですらAFOによってつくられたものかもしれないけれど、そう感じてしまった頃にはAFOから逃れられなくなってしまっていた。
*
AFOがなぜ佐々木をマークしろといったのかようやく分かった。だからこそ佐々木がAFOを裏切ることを未然に防ぐことができた。…座標の個性を、かけられた。彼の居場所をAFOは正確に把握できている。きっと彼がどう動いてもAFOが先手を取れるだろう。
(ごめんな佐々木。でもこれはお前のためなんだよ。)
この戦いはAFOが、ヴィラン側が勝つと思ってる。ヒーローは脆弱で簡単に死んでしまって、でもAFOは強大で殺しても死なないんじゃないかとすら思える。今のヒーローよりはヴィランの方が信頼できる。AFOが作る最悪の社会、それにいち早く媚を売れれば少しはマシな生活になるはずだ。
(俺なんかが守れる範囲は大して広くないだろうけどさ。)
身の程をわきまえろ。優先順位は間違えられない。
*
「あっ、あの」
雄英は今避難所として稼働している。建物の構造も結構変わってしまい雄英に通っている在校生の自分ですら迷うことがあるのだ。避難してきた人など、ちょっと道を間違えるだけで迷子になるだろう。つまり、今目の前で困ったように声をかけてきた子は迷子になったのだ。きっと。
「避難所なら曲がって右、そこまで行けば案内板があるからそれを見てくれればいい。心配ならついて行くけど。」
雄英が避難所として稼働してからもう片手で数え切れない程度にはしたやり取り、でも彼女の目的はそこになかったみたいだ。
「あ、いや、違くて、えっと…雄英の一年生ですよね。普通科の佐々木過渡君に会いたいんです。どこにいるか分かりませんか?」
「えっと、君は?」
「あ、そうですよね。ごめんなさい。佐々木過渡君の中学時代の同級生の印照才加です。」
そう言ったところで少しよろける。よく見れば歩くのもやっとの様子だ。そう思った時、彼がお見舞いに行ってたことを思い出す。なるほど、彼女があの印照才加か。佐々木過渡が特別な想いを抱いていた人物。
「ひょっとして最近まで入院してた?」
意味のない事実確認。普通の雄英生である俺が印照才加を佐々木の同級生であったということを信用するための儀式。
「えっ、はい。最近まで入院してました。彼も何度かお見舞いに来てくれてたみたいで、でも体が悪いというわけではなくて、その…」
知ってるよ。君がムーンフィッシュにやられて昏睡してたことも。佐々木がヒーローを目指すきっかけに君がなったことも、君がやられてくれたおかげで佐々木がAFOの駒になるほどに追い込まれたことも。俺はAFOに佐々木過渡だけをマークするように言われた内通者だから。彼のバックボーンはAFOに教わったし自分でも調べた。彼の親友というポジションにいたのも運が良かった。
「ごめんね、佐々木は今ここにいないんだ。ヒーロー科に編入することになってたから、多分そっちの方にいるんじゃないかな。」
その任は佐々木がAFOの仲間になったことで解かれて、あとはAFOが魔王になるのを待つだけだ。
「分かりました、そちらに行ってみますね。ありがとうございます。」
「あ、待って、ヒーロー科の方には一般の人はいけないんだよ。聞いてるかな、今の社会情勢が不安定になった理由がちょっと関わっててさ。」
今佐々木が内通者であったことは伏せられてる。生徒に内通者がいるなんて知られれば避難民は疑心暗鬼に陥ってここは瓦解する。だから俺達にヒーロー科の方に佐々木がいるなんて嘘が流されてるわけでヒーロー科の寮には立ち入りが制限されてる。
「えっ…」
会えないと言ったのに彼女はなぜかほっとしてるみたいで、だというのにまるで支えを失ったかのように呆然としていた。
「状況が動いたらそれからそうそう遠くないうちに佐々木に会わせる手引きくらいは出来る。」
別に信用できないなら無視してくれて構わないけどと前置きしてそう告げた。咄嗟にそう言ってしまうほどに彼女は不安定に見えた。でも悪手だったかなと思う。今の敵堕ちした彼をみて彼女が壊れてしまうのではないかと思った。
(いや、魔王が支配する社会だったら壊れた方がむしろ幸せなのかな。)
「会って後悔することになるかもしれないけど、それでも…」
「お願いします!!」
一応そう補足しようとして、食い気味に懇願するようにお願いされて咄嗟に頷いた。
伏線回なんですけど回収しない可能性のある伏線のためだけに用意した回です。この物語が完結したときにこの話の意味は?ってなる可能性もあります。