「帰ると言いながらもと来た道を引き返す人がいると思ってるのかなあ。」
佐々木が見送った直後、印照がそうこぼす。佐々木との付き合いはまだ二年弱であるが、彼が私に隠し事をする意味が分からないほど浅い仲ではない。
「君に危険なことに首突っ込んで欲しくないから、体を鍛えているんだよ。」
わずかな逡巡の末、佐々木を追いかけ始める。彼の人生を縛るのは私のわがままだ。だから彼の危険はできるだけ排除してあげたい。軽い覚悟で私の相棒になってくれるといったわけでないと分かっているけれど。
「さて、彼はどこに行ったのかな?」
目を閉じて個性を発動させる。姉と酷似した個性をもつ私は目を閉じることでIQを上げることができる。紅茶を飲まずとも発動できるこの力は姉ほどの上昇率ではないが、凄まじい知力を得る。洞察力も上がる。
(佐々木君の恰好、持っていた荷物、急に動かなくてはならなくなった事情、それに私を関わらせたくない理由…それは、何で、どこに、行った?)
佐々木が行った方向から、どこに向かっているのかを候補を挙げて、一つずつ思考の海の中で潰していく。結論が出る。
「何か犯罪者とかでも見つけちゃったのかな。」
流石にすべての候補を削り切ることはできなかった。残った佐々木が向かいそうなところを一つずつ潰していくことにする。印照は動き出す。
(大丈夫、彼は無事でいる。私が欲しいと思うくらい優秀なんだから。)
印照は焦っていた、佐々木は、ひどく臆病で、達観してるように見えてただの私と何も変わらない中学生で、なのに、目を離したすきに自分では届かないところにいくような気がする。何かのきっかけひとつで最高のヒーローにも最悪の犯罪者にもなりうるような、予感がある。優秀なのに危なっかしいのだ。だから手元に置いておきたい。そして、一緒に最高のヒーローになっていきたい。
佐々木の心配をするあまりに冷静な判断力を欠いた印照は、自分を遠ざけるのは私が太刀打ちできないと判断されたからだということに思い至らない。自分が戦闘向きの個性持ちに対してあまりに無力であると印照は客観視できていなかった。
「ニグ、ミルンだ!邪魔、シナイデヨォォォ」
「向こう側だ!」
一つ目の候補は外したが、二つ目の候補の近くに来た時に叫び声が聞こえる。
*
「今日も親父は事務所泊まりかねえ。」
佐々木を駅まで送ったその帰り道、竹下、竹下郁夫はそう独り言ちる。仕方のないことではあるが、家に帰ってこないのは仕事に打ち込みすぎだとも感じる。
「この件が片付いたらまたトレーニングしてもらわないとな!」
気合を入れなおして頬を叩き歩き始める。裏路地を使って近道しながら帰る。この入り組んだ道はトレーニングでも使う自分の庭のようなものだ。よどみなく進んでいくと、普段誰もいない路地に人がいるのを見かける。
「わっと!危ない危ない。」
ギリギリで躱し、その人に振り向きながら声をかける。
「すいません、トレーニングに夢中で周りが見えてませんでした。お怪我はありま…」
避けたという確信があったがそのまま通り過ぎるのもよくないだろうと言葉を続けようとしたが、その声は最後まで続けられない。
「トレーニング、ハア、こんな裏路地でか…?」
「は、い。これでもヒーローの卵なもので、今は卵を目指しているレベルですけど。」
少しづつ後ずさっていく。壁に手を付けた。
「そうか、貴様は、本物か?」
「!!」
ステインが突進してくるのを察知した竹下はすぐさま壁から竹を生やした。竹下郁夫の個性は竹林。竹を掌で触れた場所から生やすことができる。
「ハア、その程度では、俺は止まらない。」
個性を何度も発動して竹を大量に作っていく。壁から生えてくる竹で竹林を形成して妨害していくがそれを意に介さず接近していく。
「やはり貴様も偽物だ。」
「殺人者に対して逃げ出さない人間はいない!」
内心で毒を吐きながら逃げていく。自分がトレーニング場としていた地の利、そして逃げながら竹で妨害していくというのに距離を詰められていく。
「くそっお!」
逃げ切れないことを悟り、自身が生成した竹を武器に切りかかった。
「愚か!」
刃物で竹を切り抜かれ、そのまま血を舐めとられ動きを封じられる。
「ヒーローを目指すのに、命を懸けていない。そんなものは偽物だ。真のヒーローなら殺人鬼を前に逃げ出したりはしない。」
「それはーー」
*
父が人気ヒーローで世間から賞賛されるのを見てきた。だから自分がヒーローを目指すのは自然な成り行きだった。俺がヒーローを目指したいと言った時、父さんが言った。
「どうしてヒーローになりたいんだ?」
「父さんみたいにかっこよく人を助けたり、ヴィランを倒したりしたいんだ!みんなに笑顔を向けられるような凄いヒーロー、バンブルみたいになりたい!」
小学六年にしては稚拙な理由だったと今にして思う。そんな俺に対して父は厳しい顔をしながら言った。
「ヒーローはそんないいものじゃないぞ。いつ死んでもおかしくない危険な仕事だ。それに、」
一度言葉を切った。
「この仕事で救った人が増えれば増えるほど、かえって自分が救えなかった人が大勢いることに気づいてしまうんだ。自分が矮小、えっと、大したことない存在であると思い知らされる。大変な仕事だぞ?」
「じゃあ俺は、父さんより凄い、オールマイトみたいなスーパーヒーローになる!」
間髪入れずにそう言い切った俺に対して父さんは相好を崩した。
「じゃあ、これからは俺が特訓してやるよ。」
*
父さんは俺にヒーローを目指してほしくなかったんだと思う。危険な仕事だし、俺は、オールマイトにはなれないって気づいてしまったし。でも、自分が矮小な存在であると気づきながらそれでもヒーローを続ける父さんはきっと。
「
きっと、英雄が引退した後、社会を維持する歯車になるためにヒーロー活動を続けているんだ。
「偽物がいくら集まろうとも本物にはならない、貴様の信念はそれ自体が社会の癌だ。」
武器をしまい、去ろうとする。
「偽物の信念をばらまく膿を排除しなくてはな。」
「俺を、殺すんじゃないのか。」
「死を前に人はその本質を表す。試しただけだ。お前がヒーローになったらその時は殺しにきてやる。」
*
邪魔という言葉からはたくさんの情報が手に入る。邪魔している者と守られるもの、そしてヴィランと少なくとも三人がいるということ。ヴィランとヒーローの実力はある程度拮抗しているということ。
(きっと佐々木君はヒーローを呼んだんだ。だったらヴィランとヒーローが交戦中のはず。だったら、私のやるべきは、応援を呼んで、佐々木君を逃がす!)
警察に通報をし、すぐに現場に向かう。実力が伯仲している中から、庇護者を逃がすくらいなら、充分できると判断したからだ。
間違っていたのは三つ、実力が伯仲しているとはいえ、攻守がはっきりと分かれていたこと、ヴィランが異様に
「え?」
無数の歯牙が容赦なく印照を貫く。血が噴き出し、倒れこむ。喉を刺されて声も上げられない。
「やっぱり、キレイだなあ。」
「ムーンフィッシュゥゥゥゥ!」
すぐさま両手の盾を剣に変え、切りかかる。
「君の肉もミセテネエ!」
激高したことにより動きに精細がなくなる。その隙をこの異常者は見逃さない。だからこそ、連続殺人を成功させてきたのだ。
「今日は、イイ日だ。肉がたくさんミレル。」
恍惚とした表情で佐々木を見下ろす。
「そんな、こんな、ことが。」
あまりにもあっさりと目の前で二人が死んだ。自分の個性が呪われた力に感じた。この力が無ければこいつに気づくこともなかった。目の前で大切な人を失わずに済んだ。親友の親が死んでしまうのは僕が巻き込んだからだ。
「あ、ああ、ああああああああああ!」
叫びながらヴィランに向かって行く。このままいけばすぐに脳を貫かれて死ぬだろう。それを神がかり的なタイミングで回避する。
「アレ?」
「死んでしまええ!」
バンブルの竹刀を拾い、切りかかる。
「君のニグをミルンダアアアア!」
「遅いんだよ!」
歯牙をかき分けて竹刀で切りかかるがそれを歯牙を受け止める。竹刀は簡単に折れた。個性によって強化されてない竹刀はただのなまくらの刀と変わらない。佐々木は敗北を確信した。いかに回避センスがあろうと、力は常人のそれと変わらないのだから。
「ちくしょう…ちきしょう…」
情けなく言葉を漏らす佐々木と対照的にムーンフィッシュの声音は喜色に染まっている。
「これで、ニグが、ニグがミエル。ハハッ!ニグゥゥゥっ!」
「うるさいぞ阿呆が。」
止めを刺そうと振りかぶったムーンフィッシュに、ステインが切りかかった。
佐々木が神がかり的な回避できるのはまあサー見てればできそうだなって思ったので大目に見てください。