「今日はこんなところかな。」
自宅に帰り、いつもの日課を済ませる。印照に勝つためにそれまではほとんど勉強などしてこなかったが、勉強をするようになった。そのおかげで、今なら個性を使わずともテストで満点とは言わないが、一位を維持できている。これで終わりとばかりに伸びをしたところで、目の前に黒い靄が現れる。
「なんだこれ?」
疲れているのかも知れないと眼鏡をはずして目をこするが全くその靄は消えない。そうこうしていると話し声が聞こえた。
「やあ、佐々木過渡くん。久しぶりだね。」
本当に久しぶりだった。あの日、内通者としての仕事を引き受けてから一度もAFOから接触してこなかった。ただ、いまだにステインが捕まっていない。それがAFOが佐々木の約束を守ろうとしていると、あの日の出来事は夢ではないと確信させる。
「お久しぶりです、オール…」
「おっと、その名前はあんまり出さないでくれないかな。この名前自体が機密扱いになっているんだ。表の世界ではね。」
「ではなんとお呼びすれば?」
「それ以外なら、好きに呼んでくれて構わないよ。僕と判別できる呼び方ならなんでも。」
自分とAFOの関係は何だろうと考える。雇い主と、雇われ内通者。AFOの駒の一つ程度の認識しかされてないかもしれない。何かいい名前はないものかと窓の外を見回す。庭には梅の木が生えている。
「…少しだけ考えさせてください。それで何か御用ですか。雄英合格を心配しているなら、それは杞憂です。」
AFOの思惑はどうあれ、僕とAFOの関係はギブアンドテイクでなされているはずだ。だったら主と呼ぶのも正しくない気がする。すぐには自分とAFOの関係に名前を付けられなかった。
「いや、君に少し個性を伸ばす訓練と、格闘術を教えようかと思ってね。」
「個性伸ばしはまあ役に立つでしょうけど、格闘術を身に付けても、意味がないように思いますが。」
蘇るは印照と最後に会話した日。彼女はある程度戦えるようにと特訓をしていたようだがムーンフィッシュになすすべなくやられている。戦闘向きの個性じゃない人間がいくら鍛えようとも無意味だと苦い思い出と共に体感している。忘れ去ってしまおうとしても彼女が貫かれるシーンは褪せてすらくれない。
「有事の際にある程度抗えるようにしておいて欲しい。格闘術とは言ったが、その実、君に教えるのは護身術のようなものだ。」
「しかし…」
「格闘術を学ぶことにトラウマがあるのは分かるけど、必ず役に立つ。どうか飲み込んで欲しい。」
「!」
唐突にそう問われ、少し硬直する。
「…ずっと監視してたんですか?」
「そう身構えないでくれ、君に話しかけるタイミングを伺っていただけさ。」
「…そうですか。」
何とかそれだけ返すとAFOは話を続ける。
「それにね、僕から言わせれば君の個性は十分戦闘向けだよ。君にも覚えがあるんじゃないかな。相手の動きが手に取るように理解できたことがあるだろう。」
「っ!」
先ほど思い出した光景の少し後、竹刀しか持たない自分がムーンフィッシュの攻撃をよけ、あまつさえ反撃できたことがある。あの時はなぜだか、相手の次の挙動が分かった。まるで未来が見えるかのように。
「君は君の伯父と違って未来視の個性ではないけど、一日一人までという制約を背負った彼よりもはるかに多い人の過去を見てきた。人がどういうときにどう反応するのか、君には膨大なデータが無意識のうちに刻まれているんだよ。」
「それは…」
「動きを先読みできる能力。個性の副産物ともいえる君の力は、君にある程度優れた身体能力が加わるだけでさらに強力になる。それこそ戦闘向きの個性を持つ相手に抗えるほど、いや、圧倒できる可能性すらある。」
そしてAFOは核心を突く。
「君はあの娘と違って戦闘向きの個性を与えられた持ってる側の人間なんだ。」
「ッッ!!」
そう言われた瞬間蘇る記憶。僕が初めて印照にサイドキックに誘われたときに言われた言葉。
ー存在そのものが抑止力になるー
ー君みたいなヒーローがいるところで犯罪なんて絶対にしないよー
この個性はあくまで戦闘には向かないとそう断じた印照とは対照的に、戦闘に向くと断じたAFO。この人は間違えない。きっと僕の望む道に導いてくれると佐々木は確信した。そしてその瞬間には自分とAFOの関係に名前をつけていた。
「どうかな。無理強いはしない。内通者としての仕事はこの訓練を受けてなくてもこなせるだろうからね。」
言葉ではそう言いながらAFOの声音からは断るとは思ってもいないようだった。
「いえ、お願いします。
この人は私を導いてくれる、先生と呼ぶに相応しい人だ。
*
「よし、これで全員かな。」
「悪いな佐々木、進路調査票遅れてしまって。」
「いやいや全然、このクラスはそういう提出物を遅れちゃう人は事前に連絡してくれる人ばかりだから、他のクラスの委員長に比べたら楽させてもらってるよ。」
印照が植物状態になってからゆうに半年が過ぎ、受験ももうすぐとなったころ、佐々木は学級委員長としての役目をこなしていた。とはいっても、受験期が近づき、最近はほとんど仕事がない。笑顔でそう返し、職員室に向かう。
「失礼します。進路調査票を持ってきました。」
「おう、佐々木、ありがとな。」
「いえいえ、お安い御用です。」
笑顔を装いながら先生と視線を交わす。先生は視線を落とし、佐々木の志望校を見た。
「お前は成績優秀だからあまり心配してないが、雄英受験頑張れよ。何かわからないことがあったら俺含め教師を頼ってくれな。とは言っても、もう実践してくれてるか。」
「ええ、優秀な教師陣を頼りにしてます。」
佐々木が教師陣に質問に来るペースは他の生徒と比べると非常に多い。トップクラスの難関校を目指すのでおかしいことではないが、佐々木の目的はそこにはない。
(やっぱり二十四時間が限界なんだよな。)
担任の教師の過去を覗き見る。個性伸ばしの一環で佐々木は今や会話した人の過去をほぼ全員覗き見ている。
数か月後、佐々木は雄英高校普通科に合格した。
補足です。
なぜステインが捕まっていないことがAFOとの関係を疑わないことになるのか。それは単純に捕まったやつと会うよりも捕まってない奴と会う方が簡単だからです。(裏の世界の住人視点)だからAFOはステインが捕まらないように裏でいろいろしてるんでしょう。