貧民街へと辿り着き、道中
「其方、
ろむ爺なる者いずくにいるか知っているか。」
と聞き回って、その見た目の奇怪さに驚きつつも彼は何とその貧しい貧民街の者達に銅銭5枚ずつ渡して聞いて行ったのだ。
それゆえに彼らも断ることはせず、各々が道を案内してくれ、結局夕暮れ前には盗品蔵、と呼ばれる場所に着くことができた。
そして孔明、目の前のどんよりとした盗品蔵の前に立ち塞がる。
後漢時代には洋国のようなノックなるものあらざる故、彼は大声で
「我 諸葛 亮 字を孔明という。戸を開けよ。」
と、目の前の大きな蔵の扉が事前に閉まっている事を鍵穴の構造を一目見て理解した彼はそう言った。
すると、扉の奥の方から ドンッ と重い足取りで近づく気配が一人ありて、
「大鼠に...。」
としがれた声で答えた。
...鼠...合言葉か。
彼がろむ爺なる者であることは明白、そしてここは盗品蔵...重要な取引がある故にこういう策を巡らす事もあるか。
盗みを働くとは下賤で不道理ではあるが、今はここでしか費用を調達できないが故、我慢してその問いに答える。
「...大鼠に、油米与ゆるも、にはかに降りつる雨、天意が仕打ち はからずも痛く染みる。」
「...ワシは歌を歌えなどと一言も言っておらんぞ、全く...。」
奥から聞こえる老人の声には呆れが入っていた。
「生憎、合言葉如きに邪魔をされる筋合いは無いのでな。ご老人、私は換金に参ったのだ。
戸を開けよ。」
そこまで言うと、かの老人は深くため息をつきながら
ガチャリ
と、戸を開けてくれた。
戸が軋む音 共にろむ爺なる者現れる。
「...おぉ、かやうな巨体とは...生涯をかけても、今まで一度も見た事がありませんぞ。」
と、三国が割拠する前世の猛将達を遥かに越えるその体の大きさについ感嘆してしまう孔明。
「なんじゃ、あんた巨人族を見た事がないのか。」
この老人、不思議そうに孔明を見つめながら、中に入れと促した。
それに従い孔明、蔵の中に入る。
どうやら中は見たところ、盗んだ盗品をそこら中に置いているようで、埃の被った品々のあまたある。
「それで...お前さんがここに来た要件はなんじゃ。」
ぐびっ、と酒か何かを珍しい容器に入れ飲み干すこの老人は孔明に店の机と椅子にその巨体を腰掛けながら話しかけり。
「ん...あぁ、これは失敬した。
私は名を孔明と言う。ここにある銅銭500枚、この国の通貨と交換したく参った。」
と言いながら、ろむ爺なる者の座る机の上にぽん、と銭袋を置いた。
「ほぉ...これまた珍しいものを持ってきよったな。」
と、ろむ爺なる者、袋の中から一枚銅銭を出し、まじまじ、と見つめる。
「ふぅむ...待っておれ。」
と、店の後ろに歩いてゆく。
その間、少し暇を持ていた故盗品蔵の中を見回していた。
「...盗みを働くとは、何と言う事...。」
実情にあわれみを感じながらも、この者達はかやうにしなければ生得る事ならんを悟る。
と、思い耽る内に、ろむ爺なる者が帰ってきた。
「ほれ。」
ぶっきらぼうな呟きと共に差し出されたのは、
見たこともない銀貨が7枚であった。
「これは...この国では他にいかような貨幣を使うておるのだ。」
更に事を調べたくなった孔明、かの老体に聞き出す。
「貨幣と言われてもなあ...ここルグニカじゃ、その聖銀貨と聖金貨、それから聖銅貨とぉ...
あとは物々交換じゃな。それがどうかしたか。」
と、ある程度詳細を聞き侍れた。
「いや、私もここにきて日が浅い故、るぐにか、なる場の事をば、少々聞き入っておく必要がありまして。」
「ふぅむ...なるほどな。ま、頑張れよ、小僧。
ワッハッハ!」
と、大笑いをしながら酒に入り浸る、この老人。
「はぁ...子供と申されたのは何十年ぶりやら。」
「何十年じゃとぉ?お主、変な事をぬかしよるわい。」
と、老人はこちらの言葉に疑問を抱きながら酒に心中を向ける。
「気にしないで頂きたい。単なる戯言...。
そういえば、ろむ爺殿、今日は大事な商売が待っているようですな。
一体いかような物か見させて頂いても...?」
と先程孔明がふと思うた事を問う。
「なんじゃお主、ワシの名を知っておったか。
...まぁ、お主の言う通りじゃ。今日はここ一番の大きな取引が入っておる。」
「して、いかような。」
「それはぁ、直接あの子に会って聞くがよいのじゃ...ゴクッ ゴクッ。」
その者はいずこに、と聞く間もなく老人は酒を飲み干せんとす。
はぁ、とため息を吐く孔明 されど足音は逃していなかった。
「...ろむ爺殿。10秒後に来訪者が来ます。迎えてやるのが良いでしょう。」
「はぁ?おぬしいきなり何を...。」
ドンドンッ
老人が問い直そうとした瞬間に、孔明の言う通りに扉が少々荒く叩かれた。
「ぬぉお...本当にきよったわ。」
...57歩をあの短時間で進んでここまで着くとは、この来訪者の足はさながら赤兎馬の如くある。
と、孔明は話途中に扉を開けに行ったろむ爺を見つめながらその扉を叩いた主を考える。
「大鼠に...。」
「毒。」
やはり聞かれた合言葉には些か捻りが無いと、風流を感じれぬ様に少しがっかりする孔明。
「...白鯨に。」
「釣り針。」
「我らが尊きドラゴンに。」
「くそったれ。」
...無風流どころか下賤な言葉まで耳に入る。
孔明は少し不快になりながらも どらごん、などの聞き慣れない単語に不思議に思う。
ガチャリ、と再び開かれた扉には、その足の速さとは裏腹に小さな少女が入ってきた。
「ったくロム爺!また酒を飲んでんだな!」
「いやぁすまんすまん、つい...。」
「今日が大事な日だって知ってんのかよ、全く私がいない時に限って......って、あんた誰。」
ふと蔵の中に入りながら奥に目をやると、私に気づいたのか怪訝な目を向ける。
「これは失礼、名を諸葛 亮 字を孔明と申します。」
「ふーん...あざななんか持ってるなんて珍しいったらありゃしない。んで?用がないならもう帰って欲しいんだけど。」
と、開口一番に帰れと言われるが、
「ふ、フェルトぉ...此奴は換金に来ただけの単なる旅人、粗方ワシらの取引の見物でもしたいのじゃろう。好きにさせてはどうじゃ。」
「なんだよ、ロム爺の客か。なら別にいいぜ。好きなだけこのオンボロ屋敷に居りゃいい。」
「ご好意に、感謝いたします。」
と、孔明はその言葉に甘えて礼をする。
「ふんっ...そういやロム爺、相手はまだ来てねぇのか?」
「あ、あぁ、もう随分と待ったはずなんじゃが...。」
と、口を溢す。
「相手が来ない、或いは白紙書状を用いるは交渉の不要を表す...。
失敬ながらも殿方のお仕事は極めて下賤。
...即ち、斬りて参る事もあり得ましょう。」
「おぉ、そうじゃな...。」
「ってロム爺、流されんなよ!
...んだよ孔明さんよ、単に遅れてるだけかもしれねーじゃねぇか、勝手に決めつけんじゃねぇ。」
「私もそれを願うばかりではあるのだが...。」
「だーもう面倒くせぇ!早く帰れよ!」
と、再三にわたり帰れ帰れよと言われるが、何故か胸騒ぎがする...故に孔明、黙って場を見つめるばかり。
すると孔明、ある一点を見つめ、
「...そこにいるのは誰であるか!!」
と、大声で扉の方を指した。
そのいきなりの形相に驚いたのか、ふぇると、と呼ばれた少女やろむ爺なる者も臨戦体制へと移る。
そして、彼の言う胸騒ぎの元凶...であろうか
バタンッ
と扉が不意に開かれてしまった。
「あぁしまったのぅ、鍵を閉め忘れたわい。」
「バカかロム爺!勝手に入ってくる奴なんてろくな奴じゃねぇよ!」
トン、トンと比較的軽い足取りで中に入ってきたのはいったい誰ぞか...。
つい先程から耳に入っていたその微かな足取りを元手に孔明に見つかった相手は自ら姿を表した。
「はぁ...バレたならいいわ...。さぁ、取ったものを返してちょうだい。
今なら命だけは助けてあげるから。」
と、銀髪の、耳の長い、異様な人ならざる人...
少女が現れたのだ。