「くっ!まだ追って来やがるのかよ!」
低空で飛び続けながら後ろを振り向き、露骨に嫌な表情を浮かべて叫ぶ。全速力で飛び進んでいるというのに、白狼天狗は俺の後ろを、否、木の上を跳びながら追いかけてくる。
「山で白狼天狗から逃げられるとは思うなよ!」
木の枝をまるで忍者のように飛びわたる白狼天狗はそう叫び、ダン、と木の枝を強く蹴って飛びかかる。
「おりゃあ!」
そしてその勢いのまま体を捻る様に半回転させて回し蹴りを繰り出す。
「おい!?」
白狼天狗の驚異的な身体能力に驚いてしまい反応が遅れたせいで避ける動作が間に合わない。仕方なく固めた空気を纏わせた腕を盾にして蹴りを防ぐ。
「俺の蹴りを片手で防ぐって、お前普通の人間じゃないな?」
その蹴りの威力に俺は驚かされた。白狼天狗の蹴りの威力とは桁が違う。重く鋭く、そしてスピードがある蹴りを飛びかかりながら放てるなんてなんという身体能力なんだ。この人は普通の白狼天狗じゃない。この人から逃げられるのかなと言う不安が一瞬頭をよぎった。
その白狼天狗は少し面白くなったと、ニヤリ、と悪者の様な笑みを浮かべると、蹴りを繰り出した脚で跳ね除け、そのまま木の幹へと跳び、その幹を踏み台にして次々と跳び渡り、それを複数回繰り返すと今度は高速で縦回転で飛びかかる。
「いくぞ!」
「だから、ちょっと待てって!」
縦回転で生まれた遠心力を纏った踵落としを後方へ飛んで避ける。間一髪でその一撃を避ける事が出来たのだが、俺に避けられた一撃は地面へと振り下ろされ、地面に亀裂を刻み込んだ。これは完全に地面を砕いている。砕かれた地面のひび割れは近くの木の根元までおよび、木は高々に地面へと倒れこんだ。
「お、お前は普通の白狼天狗じゃないの!?」
これほどまでの一撃を出せるなんて信じられなかった。驚愕の声を張り上げる俺に向かって自慢気な笑みを浮かばせた。
「俺を、そこらの白狼天狗と一緒にするなよ」
その威力に驚きを隠せずにいると、白狼天狗はなぜか途端に身体を小刻みに振るわせ始めた。地面に走る亀裂を見つめる顔は若干血の気がひているように見えるけど何があったんだろう。
「おーい。いきなり体を震え上がらせてどうしたんですかー?」
「う、うるせえ!侵入者に心配されるようなことじゃねえよ!」
「だから、俺は侵入者じゃないって!」
必死に釈明して疑いを晴らそうと試みるが、対峙する白狼天狗は一切聞く耳を持ってはくれないようだ。逆に俺を捕えようと更に本気になり、懐から5本のクナイを取り出した。
「お前は捕まえて手柄をあげないと、こっちがやばいんだよ!」
今の一言で大方の事情を理解する事が出来た。こっちの世界の白狼天狗は、俺の世界のみんなよりも厳しい上下関係と統率の元で生きているのだろう。山を守るはずの白狼天狗が山を破壊してしまうと絶対に上司から何かしらの罰を受ける羽目になりそうだ。自らの命を守るために、罰を受けないために、俺を侵入者と決めつけて捕えようというつもりだろう。
半ば自棄に近い叫びを上げ、5本のクナイを投げつける。それらは猛スピードで一直線に迫ってきた。
「危なッ!」
しかし一直線の攻撃を避けるのはたやすい。今までどれだけの弾幕ごっこを潜り抜けたと思っているんだ。
「久々にいくか、『蓮撃』!」
クナイを避けたはいいが、何か技の名前を叫んだ直後通り過ぎて行ったはずのクナイが忽然と姿を消した。一体どこへ消えたのかきょろきょろと見回していると、突然俺の目の前に消えたはずのクナイが現れた。
「……!?」
突然現れたクナイに驚きを隠せなかった。そうこうするうちにクナイは迫ってくる。クナイを避けるために無理に身体をひねり、身体を空気で覆ってクナイからガードする。偶然にもクナイが突き刺さることは無かったのだが、無理に避けたせいで今まで集めていた山菜のほとんどを回りにぶちまけてしまった。
「ちくしょう!折角集めたのに!」
「うわお?今のを全て避けたのは鬼柳以来だぞ」
折角山を巡り美味しそうな旬のものをコツコツと集めてきたって言うのに、さっきの一撃でほとんどが水の泡になってしまった。ふつふつと湧きあがる怒りの感情に身を任せて睨みつけるが、白狼天狗は特に驚いた様子を見えず、三本のクナイを取り出し、腰を低くして構えの体勢をとる。
「『蓮撃・幻影消』!」
技名を叫ぶと共に指に挟んで持つクナイを放り投げる。
「またクナイかよ!」
もっと避けるのが難しい弾幕を打ってこいよ。煩わしい様に嫌な顔を浮かべながら、再び飛んで来るクナイを横に跳んで避ける。しかし、この技は今までのとは違っていた。
『『『いくぞ!』』』
何故か同じ声が同時に三つ重なって聞こえた。その声に少し驚き、横目で三か所を順番に視点を移す。その直後驚きのあまり目を見開いた。これは分身!?この白狼天狗は分身まで生み出す事が出来るのか!?
「これは、フランちゃんの!?」
この技は俺もよく知っているあのスペルカードに似ていた。フランちゃんが持つ1枚で、俺も生前良く使っていた技。禁忌「フォーオブアカインド」。分身の数では劣るものの、この白狼天狗もそれと同じような技を使えると言う事か。そもそも白狼天狗が分身という高度な技ができるなんて聞いてない。
分身を含めた3人は、2人は拳を構え、1人は蹴りの為に脚を振りかぶらせていた。3人から繰り出される、さながら嵐のような猛攻を、空気の流れを読み、イマジネーションで動きや次に来る攻撃を予測し、さらに反射もフル活用して何とか避け続ける。顔面目掛けての拳は顔を後ろに下げて避け、腹に繰り出そうとした蹴りも体を反らして避ける。息をつかせぬ猛攻に俺はいら立ちを募らせる。それ以前に、人の話を聞けよ!
「だから、俺はお前と戦う理由がないんだって!本当に俺は天魔から許可を貰ったんだ!」
『『『嘘を吐くな!』』』
しかし俺の話を聞いてはもらえず即座に否定された。そして同時に聞こえるこの声が少々気味悪いと思えた。ついに苛立ちが爆発し、自分の顔に拳を突き出す分身の一人の腕を掴む。
「少しは話を聞け!」
少し怒声の混じった声音で叫び、背負い投げのフォームで近くの大木へと放り投げた。
ドン!という激しい音とともに、木の幹が横一文字に折れ、土埃を舞い散らせながら地面に倒れ込む。この原因は白狼天狗の一撃によるものだ。しかし、これまでの攻防のせいか、彼はかなり疲れた様子で肩を上下に動かし、ゼーゼーと息をしていた。
「はぁ……はぁ……思った以上に俊敏だな……」
「君も、白狼天狗の癖に力が強いね……って言いたいけど、そろそろ攻撃するのを止めてくれないか?」
「無理」
俺の提案に迷うことなく即答で拒否すると、地面を蹴って前に出た。その言動に、露骨に嫌な表情を浮かべながら白狼天狗の一方的な攻撃を避ける。隙をついてきた足払いを小さく地面から上に跳んで避ける。
「チッ!」
またしても攻撃をかわされた白狼天狗は小さく舌打ちをした後、すぐさま足払いをした勢いのままに体を半回転させ、回し蹴りを繰り出す。
「くっ!」
何とかして交差させた腕を盾にして蹴りを防ぐ事が出来たのだが、地面から足を離している為に足の踏ん張りが利かず、近くの木まで蹴り飛ばされる。直撃した木は轟音を立てて折れ、木に止まっていたであろう鳥達が一斉に飛び立った。
くそっ、こんなにも蹴り飛ばされるとは思わなかった。こいつはやはりただの白狼天狗じゃない。しかし幽霊になったことで生前よりも痛みに対する耐性が付いてきたのかもしれないな。普通なら体中の骨が折れていてもおかしくはないほどの衝撃を受け続けてきたのに、少しジンジンとする鈍い痛みしか感じない。幽霊の身体も悪くないなと思いながら倒れた木の陰から立ち上がる。
「俊敏な上に、体も頑丈なのかよ……」
立ち上がって白狼天狗を睨むと、それとなく戦いを楽しんでいるかのような雰囲気を醸し出している。こっちは楽しんでいる暇なんかないんだよと叫びたかったが、それを遮るかのように腰に差している刀の柄に手を添えた。おそらく本気で行かないと失礼だと思ったに違いない。本当に迷惑極まりない奴だ…。
「行くぞ!」
まるで獲物を狩るときのような獰猛な笑みを浮かべながら、鞘から引き抜いた刀を下段に構え、地面を蹴って前に飛び出した。そのスピードは想像以上に早く、あっという間に目の前に迫り、俺の腰と脇腹の間を狙うように横一文字に斬りつける。
「それって、危なッ!」
幽霊だから死にはしないが、胴体を真っ二つにされたくない。元の次元で待つみんなを心配させたくないから、絶対に喰らってたまるか。先程まで以上の素早い動きで体をくの字に逸らして斬撃を避けた。
「まだまだ!」
しかし白狼天狗は猛り声を張り上げ、斬り付けた勢いに任せて右足を軸にして左足で蹴りかかる。その蹴りを空気を纏わせた腕で防いだが、まるで空中を舞うかのように刀を持たない左腕を地面に付けて軸にし、回し蹴りを繰り出した。後ろに跳んで何とか避ける事が出来たのだが、隙を作らせないように追撃の手を緩めてはくれなかった。
それだけではなく、俺に隙を作らないようにと追撃を試みる。軸にしていた左腕で強く地面を押し上げ、直ぐに地面を蹴って前に出る。
「うりゃあ!」
軸にしていた左腕で地面を強く押し、直ぐに地面を蹴って前に出る。そして、刀を強く握り締め、斬りかかった。
「ッ!」
空中に飛び上がり、体を横転させることでその斬撃を避ける。この白狼天狗は強靭な肉体と想像をはるかに上回る身体能力を持ち合わせているが、正直に言えばほんのわずかの隙がある。その隙を狙って反撃したり、空に飛び上がって弾幕を打ち出せば有利に戦いを進められる。しかし、それをすることはできない。
脳裏によぎるのは、許可証に記されていた『妖怪の山に危害を加えるな』と言う一文だ。妖怪の山と簡単に一括りにしているが、それは妖怪の山を警備する目の前の白狼天狗も入る事になる。それに俺はここに戦いをしに来たんじゃない。紫さんから託されたこの次元との異文化交流。俺を見込んでお願いしてきたんだから何としても完遂しないと。だから、何があろうと相手が出した条約、許可書に記されていた事を破るわけにはいかなかった。
「……早く章さんを見つけないとな……」
許可証を持つ章さんを見つけること。それがこの状況を打開する事が出来る唯一の方法だ。今はほんの少しずつではあるが、妖怪の山を進んでいる。この進む先に章さんがいるという確証は無いが、その場でじっと待っているよりは見つける事が出来る確率は高いであろう。それに、その事に対して少しだけ希望がある。戦闘によって発生するこの音だ。妖怪の山中に鳴り響いているであろうこの音に章さんが気づけば、真っ先に駆けつけてくれるかもしれない。幻想郷最速と謳われる文の母親だ、きっと文以上に速いスピードで駆けつけてくれるだろう。章さんを信じ、今は少しでも時間稼ぎをする、それしかない!
その後も白狼天狗の激化する攻撃を必死で避け続けながら山を少しずつ進んでいく。その時間は3分と短かった。だが、その時間はかなり長いと感じていた。
「チクショウ!全然攻撃が当たらねえ!テメェ、そろそろ反撃でもしてこいよ!」
「うるさい!こっちはそれどころじゃない!」
お互いに苛立ちを募らせ、ギャーギャーと叫び合う。何度弁明しようとしてもちっとも話を聞いてくれない白狼天狗への苛立ちもあるが、監視役であるはずの章さんにも苛立っていた。なぜまだ来ない、これほど待っているのに一向に現れないのはどうしてなんだ。まさか仕事をさぼっているとか?もしそうだったら唐揚げにしてやるんだから。
白狼天狗は刀で俺の横腹から横に切り裂く様に刀を振りはらう。その攻撃を避けつつ、空に飛び上がった。
「よし!もらった!」
何故か白狼天狗は勝ち誇ったような声を上げ、好奇の目を向けながら刀を構える。
だが――――
「――――………は?」
ずっと空中に浮かび続ける俺を見て、信じられないと言った眼差しを浮かべた。そして呆然と空を見上げながら、驚愕の声を上げる。どうやら俺が空を飛べるとは思ってもいなかったようだ。
「お前飛べるのかよ!?」
呆然と立ち尽くす白狼天狗を上空から見下ろし、俺は不敵な笑みを浮かべた。