「よっしゃ!」
腰の後ろでギュッとエプロンを引き絞ることで自分を奮い立たせ、気合を込める。最後にコック帽子を頭にかぶれば準備完了。すっかり気分は料理人。しかし、今いる台所とは雰囲気がミスマッチ過ぎてかなり浮いている。集会場のキッチンは俺の次元の白玉楼のように現代風の設備がそろってはおらず、土間にかまどに木製の流し台と時代劇に出てくるそれと同じような台所設備しか無く、今までこのようなところで料理したことがほとんどない状態で、果たして美味しい料理ができるのだろうか。
「あの、何を笑っているのですか?」
背後からクスクスと言う声に耐えきれず、頬を膨らませて後ろを振り返った。背後には俺をここまで案内してくれた3人の白狼天狗が必死に笑いをこらえていた。俺が浮かべているのがむっとした表情だったので3人は慌てて謝ってくれたのだが、まだ眼元が笑いをこらえきれていない。
「なんですか、その格好は?」
その中の一人がそう聞いてきた。声が笑いによって震えていたけど気付かなかったことにしておこう。
「これは外の世界で料理人が身に着ける服装だよ。これを着ることが、コックの
多少の脚色を交えて説明したあと調理台に置かれた大量の山菜や果物、野獣の肉などへと視線を移す。終夜と言う名前の白狼天狗が攻撃を仕掛けてきたせいでぶちまけてしまったため再び山菜を集め直す必要があったのだが、椛さんの指令を受けた数人の白狼天狗が協力してくれたおかげであっという間に取り戻す事が出来た。あ、もちろん章さんの活躍もすごかったですよ。集め終わったらいつの間にかどこかへ姿を消してしまいましたが。
「さて、と…」
山積みになった食材に一通り目を通したら、今度は台所の設備に目を向けた。ここの設備はさっきも言ったが時代劇に出てくるような土間とかまどスタイルであり、もちろん火は薪で起こすタイプである。幸いにも蛇口が供えられているので水は不自由なく使えると思うのだが、問題は火だ。ただでさえ火の維持が難しい上に高火力が出せない。強火でさっと炒める調理法や揚げ物はできるかどうか不安だ。でも、俺の能力を使えばできるかもしれない。大量の空気を送れば火力を上げる事が出来るし、火の調節も楽になる。それに、自分の次元から持ってきた調理器具や調味料、スープストックに自慢のタレ、妹紅の竹炭なんかも活用できそうだ。
「あの、手伝いましょうか?」
「その気持ちはありがたいのですが、俺を快く受け入れ、宴を催してくれた皆さん恩を返したいんです。だから、俺自慢の料理をふるまいたい」
「ですが、こんな量をたった一人で…」
「大丈夫ですよ、うちの主の夕食分と比べたらまだまだ少ない方ですから。大食いの主を持つ専属料理人の腕前、まあ見ててくださいよ」
そう自慢げに伝え、ウィンクを飛ばした。幽々子様の専属料理人として大量の料理を作り続けてきたことで、大量の食材を一度に使うことに慣れてしまった。まさか、専属料理人としての経験がここで役に立つとは思わなかった。
まずは下ごしらえから入ろう。包丁を片手に持ち、深く深呼吸を一回。目の前の大根に手を伸ばすと先端とへたを切り落とし、輪切りにして皮をむいて行く。そして今度は山菜の下ごしらえを済ませると鶏肉をそぎ切りにする。目の前にあるもの、手の届く範囲にある食材から順番に作業を進めていく手際とスピードを見て、後ろにいる3人の白狼天狗から息をのむ音が聞こえた。
「これでよしっと」
ある程度の下ごしらえを終え、ふうと息を吐いた。かまどの前に移動し、薪をくべて火を起こす。やはり予想通り火の勢いは弱く、息を吹きかけたら消えてしまいそうだ。空気の流れを操って酸素を送り込み、ぼおっと燃え上がらせると後ろにいた白狼天狗から驚きの声が響いた。無理もないか、だって火を指さした途端に燃え上がったから魔術か何かと勘違いしてもおかしくは無いか。
「さあ、今から魔法を見せるよ」
自分の能力について説明していないから、少し調子に乗ってもいいかもしれない。そう言ったいたずら心が浮かんだので、さっそく空気を固めてフライパンを作り出した。そのフライパンをかまどの火にかける。湯気で色を付けていないので他の人には何も持っていないように見えるだろう。そこへ溶いた玉子を入れたボウルを抱えて持ってくると流しいれようと高く掲げた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
案の定慌てて止めてきたので、あえてキョトンとした声を上げて振り返った。
「どうしたんですか?」
「どうしたじゃないですよ!フライパンも無しに玉子を入れちゃダメですよ!火が消えちゃいます!」
「あ、そうだね。でも入れちゃえ!」
「あああああ!!」
勢いよくボウルを傾けた。ボウルか溶き卵が零れ落ち、それを見ている白狼天狗が悲鳴に似た声を上げる様子が面白く、ついにやけてしまう。フライパン無しで玉子を注いだらかまどの中に落ちてしまうと思っていたのだろう。しかし、玉子はかまどの中に落ちることは無く、目に見えないフライパンからジューッと言う音が響く。
「えへへ、驚いた?」
小傘に感化されたのか、人を驚かすことに快感を覚えるようになってしまった。3人の白狼天狗の反応がものすごく面白い。
「じゃあ、もっと驚くことをしてあげよう」
そう言って、その中にご飯を入れて空気を固めて作ったしゃもじでご飯を切るようにかき混ぜ、玉子とからめるようにして炒める。そこに小さく切ったベーコンとネギを入れて炒め、醤油と塩こしょうで味を付ければあっという間にチャーハンが完成!
「まずは1品!」
「すげぇ!」
「なんという手際だ!」
出来上がったチャーハンを見て3人は歓声の声を上げている。この調子で能力をフル活用して作って行こう。
「さあ、これからびっくり驚きの魔術ショーを見せてあげよう」
それから約2時間かけ、途中から食材の量を増やし、腕前を少々自慢するように調理を行い、大きなテーブルの上にはみ出しそうなほどたくさんの料理を作り出す事が出来た。完成した料理はどれも、自分が一番美味しいと主張しているかのようにキラキラと輝く湯気を立ち上らせ、かぐわしい香りと共に五感に訴えてくる。
今回の宴会に一体どれだけの天狗が参加してくれるのかは分からないが、とりあえずはこれだけあれば十分だろう。後はこれを宴会の会場に持っていくだけ。
「それじゃあ皆さん、手伝ってください」
後ろを振り返り、いつの間にか10人以上人数が増えている白狼天狗のみんなに声をかけた。
白狼天狗の案内に従って長い廊下を歩き、宴会が開かれる会場の障子を開けた。会場は畳敷きのかなり広い部屋だ。向かって左は壁が無くすべて障子で仕切られ、縁側に出る事が出来るようだ。その部屋の中にはたくさんのテーブルが並べられ、一番奥には豪華なテーブルがでんと置かれている。あそこはおそらく天魔である颯希さんが座るのだろう。それにしても、この部屋の豪華さとテーブルの配置はさながら和風旅館の宴会場だ。
「じゃあ、それは適当なテーブルにでも置いて来てください」
「「「はい」」」
お盆に大量の料理を乗せた白狼天狗に指示を出すと、各々が持つお盆をテーブルの上に並べていく。所狭しと並べられていく料理を見て、これくらいあれば十分かなとほっと息を吐き帽子を脱ぐ。さすがに疲れたから少し休憩しよう。
額に流れる汗を腕で拭いながら移動し、しばらく風に当たろうと思い縁側を目指した。しかし、目に飛び込んできた人物を見てその動きは止まった。後ろ向きではあるが、その姿を見間違えるはずは無かった。肩まで伸びた艶やかな黒髪に汚れ一つ無い純白のシャツ、頭にかぶる紅い帽子からは3つのボンボンが左右に垂れ下がっている。この人はもしかして!
「あ、文!?なんでお前がここに!」
そう、俺が大好きな文だ。名前を呼ばれて振り返ったその顔でより確信が高まった。こっちの次元に来てからずっと会いたいと思っていた文に会える。文に甘える事が出来る。そう言った感情に、無意識の内に笑顔を浮かべていた。
「お前も紫さんに頼んでこっちに来てたのか?それならそうと言って欲しかったよ」
文の肩に手を乗せ、そう問い詰める。でもどんな経緯があったとしても文が会いに来てくれたことが本当にうれしかった。
「え、えっと……。確か異世界からの来訪者ですよね?私達は初対面なはずですが……?」
え?と文の言葉が理解できず、目を丸くした。一体何を言い出したのだろう。まさかスキマを潜り抜けるときに頭を打って記憶を失ったのだろうか。確かにこっちの次元に…次元?まさか!?真意に気付いた俺は慌てた様に文の肩から手を離した。
「す、すま―――ごめんなさい。ちょっと人違いをして……」
ここにいる文はこの次元にいる『射命丸文』であり、俺の次元で妻の文とは全くの別人なんだ。確かに良く考えれば今俺は別次元にいるし、章さんの発言から文がこちらの次元にもいることは知っていた。文に会いたいという気持ちと、後ろ姿を見た時のうれしさから、自分の次元の文がこちらの世界に来たんだと勘違いをしてしまっていた。
あまりの恥ずかしさと気まずさから少し頬を赤くして文から目を逸らす。でも、やっぱり俺の次元の文と瓜二つだな。どこにも違いが見られない。
「ホント、まるっきり同じ容姿だな……」
「あの、何か言いましたか?」
「な、なにも……!」
文は「そ、そうですか……」と愛想笑いを返してくれた。お互いに何も話さず、気まずい雰囲気になってしまい、どう言葉をつづければいいのか分からない。必死で頭を働かせていると、どこかで聞いた憎たらしい声が聞こえた。
「よお、さっきぶりだな……?」
声の主は、何と殺気山で俺の話を聞かず襲い掛かってきた白狼天狗の終夜だった。この場を何とかしようと助け舟を出してくれた感謝の意を胸に、露骨に嫌な表情を浮かべる。
「げっ、君も来ていたんだね……?」
「げっとは挨拶だな?俺がここにいては駄目なのか?」
終夜の言葉に、俺はそっけなく答えて背を向けた。ちっとも話を聞かなかったことと、その口調の粗さから少し怒りが込み上げてしまった。もしかしたら自分の事をまだ許しておらず、またしても襲いかかって来るのではないかと少しだけ警戒をしていた。
すると終夜の「痛っ!」と言う声が聞こえたので振り返ると、隣に座っていた椛さんが終夜の横腹を摘まんでいた。その状況に呆気にとられていると、椛さんは優しい笑顔を浮かべる。
「安心してください欧我さん。私がしっかりと監視しときますので、ゆっくりと宴会を楽しんでください」
「そ、そうですか……」
口調は優しかったのだが、笑顔の裏に隠された真意を読み取ってしまい俺は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
「では、そろそろ宴会が始まりそうなので、私達も席に着きましょうか」
少し間が開いた後、椛さんは近くの席に手を差しのべる。確かに今ここで突っ立っていても仕方ないし、そうした方がよさそうだ。
「そうですね。では、皆さんと一緒に座りましょう。顔を知っているのは皆さんだけですし」
宴会を行うには、少しでも面識がある人と一緒に座った方が楽しめるかもしれないし心の持ちようも違ってくる。しかし章さんは監視の仕事を終えると、気付いたらいつの間にか何処かに行ってしまい、面識がある者達は目の前にいる終夜と椛さん、そして文の3人しかいない。俺の提案を聞き、終夜が反感が無いと言った感じでうなずこうとしたため、目の前に手を小さく前に出し、手首を上に曲げた。
「いや、君はいいから。君は別の所に座れば?」
「それは俺に喧嘩を売っているのか!?」
予想通り喧嘩腰で来たので「冗談冗談」と憎たらしい笑みを浮かべて宥める。その後、ぶつぶつと小声で何かをぼやく終夜と一緒に近くの席に腰を下ろし、宴会が始まるのを待った。っていうか、早く始めようよ、料理が冷めちゃうよ。