はあ、ようやく始まるのか。あれから半刻程の時間が過ぎ、やっと急遽知らされた宴会の時間がやって来た。料理はもう冷めてしまい、そのせいで温め直しや調理のし直しをしたせいで休憩する時間が無くなってしまった。でも、よく考えると天狗のみんなは哨戒と言ったそれぞれの仕事が終わる時間が決まっており、宴会の始まる時間も決まっていたから、それに合わせず料理を作り上げてしまった自分が悪いのかな。余裕を見て調理を始めたのだが調子に乗って早く作りすぎてしまったようだ。
宴会の時間になり、会場は仕事を終えてやって来た白狼天狗や鴉天狗、山伏天狗、鼻高天狗といった数多くの天狗達でごった返している。1年ほど山に住んでいた俺でも、こんなに数多くの天狗が集まっているところを見たのは今までで一度もない。改めて見てみると、妖怪の山には様々な種類の天狗がいたなんてなと驚いてしまう。椛さんたちと話しながらその様子を眺めていると、広間の一つの襖が開かれ、そこから妖怪の山の最高権力である天魔、颯希さんが入室して来た。颯希さんは、上座にある体の大きさとは不釣り合いな大きさのテーブルの前にちょこんと座り、自分の前に用意されたお猪口を持ち掲げる。
「急遽開かれた宴会だが、集まってくれて感謝する。今回は異世界からの来訪者を迎えての宴会だ。欧我君、立って自己紹介をしてくれ」
颯希さんから視線を向けられると、会場に集まった天狗は颯希さんの視線を追い、俺に注がれる。すべての視線を受け、無意識の内に緊張してしまう。ごくりとつばを飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。
「えっと、なにを言っていいか分かりませんが、こことは違う世界から来た葉月欧我と言います。こちらの世界の皆さんと良い交流が出来る様に最善を尽くしたいと思います。どうぞ、宜しくお願いします」
自己紹介を終えて小さく会釈をすると、会場が拍手の音で埋め尽くされた。どうやら俺の来訪を快く思ってくれているようで、安堵の息を零し、緊張の糸が切れた様に再び座布団の上へと座り込んだ。
「では、宴会の開始だ!」
「「「「おぉおぉっ!!」」」」
颯希さんの合図に従い、会場の者達は一斉に歓喜の声を張り上げ、手に持つお猪口の酒を飲み始める。それにより宴会は始まり、皆は自由気ままに目の前の料理や酒に手を伸ばした。
「さぁ、沢山食べてくださいね。食料は昼に集めた山菜と天狗の人達が提供した食材で作りました」
そうみんなに声をかけたのだが、宴会が始まったばかりの皆は俺の言葉に耳を傾けることなく料理を食べ酒を飲み、思い思いの相手と談笑している。ただ近くにいた終夜と椛さんと文は「へぇ」と相づちを打ってくれた。3人は目の前にある料理を手に取り、口に運んだ。
「ん?うまいな」
「うん、美味しい!」
「確かに、美味しいですね!」
終夜は笑顔を見せないものの、椛さんと文は満面の笑みを浮かべ料理を口に運んで行く。その様子を見ていれば、料理の出来がどうだったのかは一目瞭然だ。
「お前って料理上手いんだな?」
「うん、ホント。欧我さんって料理がお上手ですね。私なんかよりはるかに美味しいです」
「ホント、美味しいです」
もちろん終夜達だけでなない。他の天狗達にも絶賛らしく「美味しい」「うまい」「最高」等、賞賛の言葉が聞こえて来る。それを聞くだけで、喜びや幸せに満ち溢れていく。「美味しい」という言葉を聞くのって、本当にたまらないな。思わず口角が上がっちゃうよ。
「頑張って作った甲斐があります。まだまだ沢山あるから思いっきり食べてください!」
やはりというか、俺の声は聞こえていないみたい。天狗のみんなは酒、料理を口に運ぶのに夢中であり、会話や笑い声なども湧き起っている。仕方ない、俺も宴会を楽しもう。
それから少しの間、俺は終夜や椛さん、文と談笑を続けた。椛さんはコップに注がれている酒を飲み干すと、ぐいっと俺の方に身を乗り出した。
「そう言えば、欧我さんの世界の私ってどんな感じなのですか?」
その質問を聞き、俺は「へ?」と目を丸くする。何故椛がそんな事を聞くのか驚いたからだ。山で章さんが今の質問と同じことを聞いた時に椛さんは遮った程なのに。そう思ったのだが、よく見てみると椛さんの顔は若干赤くなっていた。目もわずかに垂れている。あ、これ絶対に酔ってるな……
「いいですから、早く教えてくだしゃいよ」
呂律が回らず、典型的な酔っぱらい口調となっている椛さんにたいして苦笑いを浮かべながら椛さんの向こう側にいる終夜の方へと目線を変える。しかし終夜は椛さんが酔っている事に気づいておらず酒や料理に手をつけていた。
これじゃあ終夜に助けを依頼することもできないな、仕方ない。酔っぱらっている人に何を言っても無駄だから素直に言うしかないか。
「俺の世界での椛さんの事ですよね?俺の世界の椛さんも貴方と一緒で真面目です。まぁ、違う点を上げるなら、貴方と違って少し引っ込み思案な所なだけですかね?」
自分の次元の椛さんの事を思い出し、こちらの次元の椛さんに説明をする。俺の次元の椛さんは真面目と言う言葉が似合う人だ。仕事はもちろん私生活も何事もそつなくこなしている。しかし、文やほかの天狗たちと一緒にいるとほかの人たちに押されてしまう部分が見られた。引っ込み思案と言うのは俺の予想でしかないのだが、あながち間違ってはいないだろう。
それを聞いた椛さんはドヤ顔を浮かべながらうんうんと頷くと、となりで料理を口にしている終夜の裾をクイクイと引っ張る。
「聞いた聞いた、終夜?あっちの世界の私も真面目なんだって!ふふん、どう凄いでしょ?褒めてもいいんだよ?」
「あー、はいはい。良かったな、よしよし」
椛さんって、酒に酔うとこんな性格になっちゃうのか…。俺の次元の椛さんと何度か宴会を一緒にしたことはあるんだけど、ほとんどほろ酔いの状態か酔いつぶれて気を失っている姿しか見たことが無いんだけどな。その姿に戸惑っているのは終夜も同じなようで、戸惑いながらも投げやりに椛の頭をよしよし撫でる。
だが、撫でられた事が嬉しいのか椛さんはブンブンと尻尾を振る。どんな表情を浮かべているのかは分からないが、酔っている影響からかある意味爆弾発言を口にする。
「あー、あっちでも私は終夜とラブラブしているのかな?」
その直後終夜は口に含んでいた酒を一気に料理へとぶちまけた。ゴホッ、ゴホッ、と苦しい様に何度も咳込みをして、口の周りに付いている酒を袖で拭いながら椛さんに向かって慌てた様子で言葉を発した。あれ、顔が赤くなっている。
「な、なにを言うんだ椛!なんでそうなるんだよ!」
しかし椛さんは、当たり前のことを聞いているんだと言いたげに、怪訝そうに首を傾げる。
「え、でも。パラレルワールドって事は私だけじゃなくて終夜もいるはずでしょ?なら、大丈夫だよ」
いや、一体何が大丈夫なんだと思ってしまった。妖怪の山で暮らした1年間を思い出してみても、椛さんに彼氏がいるといった話は聞いたことが無い。言いにくいけど、椛さんに言うしかないか。
「残念ですが、椛さん。俺の世界で少なくとも椛さんが彼氏を作っているって話は聞いた事がありません。それに―――」
「えぇー!なんでなんで!そっちの世界の私はなんで終夜と付き合ってないの!?なんでなんで!」
俺の話を遮るように、椛さんは肩を掴んで揺らしながらそう抗議をする。その勢いが激しく、止めようとしても酔っているため気付かずに力を出している椛さんの力にはかなわなかったが、終夜が引き離してくれた。
「はいはい。一旦落ち着け、椛」
「うぅー」
椛さんの頭を撫でて宥めるが、椛さんは本気で落ち込んだ様に項垂れていた。違う次元とはいえ、自分が終夜と付き合っていないと言う事実がショックだったのだろう。
「すみません、欧我さん」
終夜が椛さんを慰めているところを眺めていると、背中を向けていた文がポンポンと肩を叩いてきた。振り返ると、文は少し真剣な表情を浮かべていた。
「先程それにで終わらしていましたが、その後に続く言葉を教えてくれませんか?」
文のその表情を見て、俺は困った様に頬を軽く掻く。その表情が、俺の世界の文と同じだったからだ。長い間一緒に過ごしてきて、文に隠し事を隠し通せたことは一度もなかった。文は頭の回転が常人をはるかにしのぐほど早く、すぐ見抜いてしまう。更にブン屋と言う職業柄自分が気になったことはとことん知りたいという願望も持っている。文がこんな表情を浮かべているときは、素直に言った方が良い。
「さっきの話の続きですけど……。自分はそこまで妖怪の山の事情を知っているってわけではないですが、正直、俺はあちらの世界で終夜って人物は知らないんです……」
「そ、それって……」
俺の言葉を聞き、文は少しだけ息を飲んだ。それに小さく頷いて応え、さらに言葉を繋いだ。
「終夜さんだけではなく、今日会った天魔である颯希さんに、文さんの母親である章さんも、俺の世界には存在しない人物なんです」
俺の言葉を聞き、大きく目を見開く文。無理もないか。終夜だけでなく、天魔である天神颯希も、自分の母親である射命丸章も、俺の次元には存在しないと言われちゃったもんな。
しばらく真剣な面持ちで考えている文は、ぼそりと言葉を漏らす。
「もしかして、世界の特異点って事ですかね……」
「なんですか、それ?」
特異点、そう言えばそのようなことを紫さんが言っていたな。っていうか自分も特異点だしな。それぞれの世界にのみ存在し、自分が住む世界に影響を与え大きな変化をもたらす人物。それが特異点だ。
「………確証はないですし、読んだ本で知った事なのですが……。各パラレルワールドには、それぞれの世界に大きく影響を与える存在がいるって書いてました。」
「影響を与えるってどんな風に?」
「分かりません。………それに、そもそもよく考えてみれば、私は幻想郷の情報を多く持ちますが、葉月欧我って人を全く知りません」
そう言って文は首を傾げた。それは無理もない、俺はこの次元には存在しないのだから。
文の持つ情報量は誰よりも多く、独自の情報網を持っていることは自分が一番知っている。そんな文がこの次元で俺に関する情報を持っていないと言う事は、この次元に俺がいないということの裏付けになった。
「もしそうだとすれば……。
そしてなぜか文は肩をガクリと落した。え、一体何を悩んでいるの?この世の終わりみたいな表情を浮かべて。
「もう、何難しい話をしてひるのですか?二人ももっと飲みましょうよ!今日はぶるえこうでふ!」
2人で話していると、そこに出来上がった椛さんが割り込んできた。ああ、呂律が。
「椛!今少し真剣な話を!?それに無礼講は上の人が言う言葉ぶふぅ!」
俺の見ている目の前で、椛さんは文に抱きつく様に胸に飛び込む勢いのまま文を押し倒し、手に持つ酒瓶を文の口に無理やり押し込んだ。あれ、でもおかしいな。天狗と言う種族は酒に強く、その中でも文は特に強いはずなのに、顔色は徐々に青ざめて来ていた。そして徐々に白く―――
「って椛さん!文さんが死ぬ!酒を飲まされるってか息が出来てないよ!?」
思わずぎょっとして叫んだ。文の口は酒瓶でふさがれ、鼻は椛さんの掌で押さえられている。これでは息が出来ないじゃないか!慌てて椛さんを引き離そうとするが、やはり酔ったことで力の制御ができない椛さんを抑えることはできない。そうこうしているうちに文の顔がどんどん青ざめていった。こちらの世界とは言え文が死んでしまうのは見たくない!空気の力を借りて、椛さんを羽交い絞めにすることでようやく文から引き離す事が出来た。
「もう!なにをふるのですか欧我さん!今日はぶるえほうなんでふよ!」
「うん、親しき仲にも礼儀ありって言葉を調べようね!無礼講でも殺すのはいけないよ!?少しは落ち着こう、ね?」
「離しひてください!今日こそはこの鴉に天誅を!」
「本気でやばい!?てか、終夜さん!早く椛さんを止めてください!」
天誅とは相当ないわれ様だな。まさかこっちの世界の文も椛さんに対していろいろなちょっかいや嫌がらせをしてきたというのか。まさかこんなところまで瓜二つだったなんてびっくりだよ。
暴れる椛さんを止める為に、終夜に救援を求めるが、なぜか終夜は一切の反応をしなかった。
「なにをしているんだ終夜さん!はや……く?」
一向に反応を示さなかった終夜に少し苛立ちを募らせ、怒声に近い声を張り上げながら終夜の方へと顔を向けるが、目に飛び込んできた光景を見て思わず目を見開いた。
顔を向けた先には確かに終夜がいた。しかし状況は最悪だった。テーブルに置かれている料理に顔を突っ伏し、周りには散らばった皿や空の酒瓶が多く転がっていた。この惨状からイメージして、終夜は椛さんを止める為に奮闘していたのが分かる。椛さんに無理やり酒を飲まされ顔を料理に叩きつけられたのだろう。
『俺は、先に逝くよ』
「終夜さあああああああん!?」
え、いや、死ぬなぁ!!嘘だよね、イメージだよね!終夜の口から魂のようなものが抜けかかっているけど、あれは絶対嘘だよね!?さっきの声も空耳だよね!しかも酒の席で何をされれば妖怪が命を落としかけるのか、心配を通り越して好奇心で知りたいと思える程だよ!
必死で椛さんを押さえながら、俺の脳内はパニックを引き起こしていた。そしてパニックのまま絶叫に近い程の叫びをあげてしまった。
始まって30分もしない内にしっちゃかめっちゃかになる宴会。酒に酔って暴れる椛さんを止める為に多くの天狗が犠牲となっていた。嘘だけど。
更にそこから30分経ち、酔って暴れた椛さんは酔いつぶれた様にぐっすりと眠りに付き、死にかかっていた終夜は目を覚ましていた。文は未だに伸びちゃってますが…。
騒がしい会場から離れ、夜風に当たりたいと思って宴会会場と連なる縁側に腰を下ろし、幻想的な光を放つ月をぼうっと眺める。隣には終夜の姿があるが、お互いに何も話さず、ただ横に並んで腰を下ろしていた。
「うぅ……飲みすぎて頭痛ぇ……」
「はい、水」
頭を叩きながら唸る終夜に水が入ったコップを差し出すと、「サンキュー」と言ってコップを受け取った。水をグイッと一気に飲み干すと、どうやら痛みが和らいだようだ。
「それにしても、まさか椛さんって酔ったらこうなるんだね……」
「そうだな。俺も知らなかったよ」
苦笑いを浮かべながら互いに顔を見合わせ、宴会会場の中に目線を向ける。椛さんが酔って暴れたことで散らばった料理、零れた酒、皿に空き瓶…。料理人としてはせっかく作った料理をばらまかれることは腹立たしいが、椛さんの暴れようを見ているとその怒りもどこかへと行ってしまった。いつも真面目な椛さんが、いや、いつも真面目だからこそ溜め込んでいたストレスが酔ったことで溢れ返ってしまい、性格が一変したのだろう。
「今後、絶対に椛には酒を飲ませない方がいいな……」
「そうした方がいいね……」
目線を戻してお互い顔を見合わせ、苦笑いを浮かた。
そして、縁側に置かれているコップを手に取り、カチンとコップを突き合わせて酒を飲んだ。
「ぷはぁー。そう言えば、お前の指に付けている指輪って……?」
そう問いかける終夜の視線は、コップを持つ左手の薬指にはめられたエメラルドの指輪へと注がれていた。コップを床に置いて指輪をなでながらふふっと小さく微笑む。脳裏に浮かぶのは、文と過ごした幸せな毎日だ。
「気づいていたのか……。これは、俺の大切な人との物で。俺の掛け替えのない大切な指輪だ」
ずっと一緒に、互いに助け合って毎日を生きてきた文。楽しいことも苦しいことも一緒に乗り越えて今まで生きてきた。そして文からされたプロポーズ。そして結婚。この指輪は2人の幸せの象徴であり、無くしたくない思い出であり、大切な宝物だ。
終夜はそれ以上追求しないと思ってのか、「へえ?」と少し空返事に近い相槌を打ち、ズズッと少しだけ酒を啜る。
「お前には、そんな奴はいないのか?」
もしかしたら終夜にも大切な人がいるのだろうか。そう思い、終夜に同じ質問を繰り返した。終夜は少しだけ眉根を少しひそめ、手に持つコップを床に置く。
「いることにはいるが、な……?」
眉をひそめたままに終夜が顔を向けた先で、椛さんがグーグーと大きないびきをかきながら熟睡していた。その表情から察し、それと同時に道場に近い感覚を持った。終夜も尻に敷かれている訳か。
「そうか……君も大変なんだね……」
「お前はラブラブそうじゃねえか?指輪なんて付けてるんだからよ」
「まぁ、そうなんだけどね」
終夜の言葉に、俺は少し肩を竦めるだけだった。
その後、二人はお互いに手に持つコップで乾杯をし、先の山の件をお互いに水に流した様に語り合った。その様子は傍から見れば、非常に仲が良いと思えた。
今まで読んでいただきありがとうございます。
このコラボもあと1話となりました。
最後まで、お付き合いください。
では、次回の投稿までお待ちください。