(・・・うん?)
オグマはふと見上げる、見慣れた魔界の空を。うっすらとかかる煙雲、そしてその上にある
天の大地を。
(天の大地が暗い、今は・・・いわゆる夜か。)
周囲を見渡す。よくある魔界の山、谷、大地が遥か遠くまで続いている。だがやはり暗い、
魔界を照らすマグマも無く、人の営みを感じさせる灯も無く、そして遠雷も光らない。
湧き水の気配もなく、野獣の咆哮も聞こえない、どこか寒々とした静寂に包まれた、世界。
と、オグマは己の左胸を見る、そこに手を添える。見えるのは、触れる感触で確認できるのは
そこに空いた刺し傷。心の臓まで届く、体と心に空いた小さな、亀裂の穴。
(ああ、そうか・・・俺は、ナタルコンに、刺されて・・・)
そして見渡す、理解する。この世界がどこであるのかを、自分に何が起こったのかを。
(俺は・・・死んだのか。)
左胸を抑えたまま下を向く、無力感が心を支配する、胸に空いた穴がどうにもスースーする。
(どうして、こうなったん、だろうな。)
オグマは邂逅する、自分の長かった旅路と、そこで出会った仲間達、激烈なる戦い、見たことも
無い街並み、そして・・・地上。
あの旅立ちの日、集落の仲間を救おうと当てのない旅に踏み出して、もうどのくらい経った
だろうか。
獣人の集落に辿り着き、生まれて初めて経験した決闘。相対したのは人間、首に赤い布を巻いた
(・・・リヴィアス。)
初めて訪れた都会の町。そこに蠢く後悔と過ち、その呪いを一身に受けて、それでも
皆の為にその英知と献身を注ぎ続けた美しく気高い女性。
(・・・ミール。)
竜の大陸の最深部、伝説という表現すら生ぬるいほどの存在、
その彼が魔界の為に導いたのはまだ幼い人間の少女と、彼女を支えんとする愉快な仲間達。
(・・・きらりん殿、でろりん、ずるぼん、へろへろ、まぞっほ・・・)
ついに辿り着いた地上。そこで見た太陽の輝き、命溢れるその世界で最も輝いている
戦士と戦った。
(・・・勇者ダイ、あの強さは忘れ得ぬものであった。)
思えば、様々な出会いに恵まれた。集落の未来を担うであろう小さな英傑、マルタやザン。
異形の怪物にもひるまず、共に戦い勝利を掴んだサルトバーン自警団の皆。俺に
勧めてくれた気のいい武器屋の店主ドガさん、過酷な目標を志し、この魔界最強レベルまで己を
叩き上げたケプラスとガノイザー。
地上への縁となったラバーとラクー、小さな体をものともしない武道家チウ、そして
父の面影すら感じさせる重厚な強さを秘めた獣王クロコダイン。
マァム殿、レイラ殿、リヴィアスの友人フィガロ、魔界に生きる者の志を汲んでくれた
ロモス王。我らにもろ手を挙げて協力してくれた大魔導士マトリフ、そしてポップ。
相まみえた地上の英傑たち・・・
(なんという、充実した旅であった事か・・・)
あの集落で過ごしていた時にはとても想像できなかった物語。
力が弱く、あそこで埋もれて一生を終えるしかないとすら思っていた。
それがどうだ、数えきれないほどの出会い、戦い、友情、まさにこの旅は豊穣の日々で
あったではないか。
(その、旅の・・・最初は。)
「け・・・剣が浮いて・・・しゃべった!?」
-
悲劇の最中、出会った一本の意志を持つナイフ。
魔剣ナタルコン。オグマにとってまさに運命を変えた、唯一無二の存在であった。
己に秘めた光の闘気を目覚めさせ、自らの暗黒闘気と連動してお互いを高め合った。
俺に戦い方を教えてくれて、共に
授けてくれて、共にあり様々な強敵と相対してきた。
リヴィアスを褒め、ミールの生き方を称賛し、きらりんの志を後押しし、あの
すら怯まずに相対した。憎んでいた精霊、レムと心を通わせて心すら成長させた。
俺が鞘をこしらえ、ドガさんがさらに磨き上げ、ロン・ベルクによって短剣の領域を
遥かに超えた闘気魔剣と昇華した。真空呪文を磨き上げ、ついにはあの竜の騎士と互角に
張り合う程の力を与えてくれた。
(そうだ、俺の旅はナタルコンと共にあったんだった・・・)
ここまでの実り多き旅は、全てナタルコンのお陰なのだ。彼と出会わなければ俺など
あの集落で精霊”輝きのシア”に成す術なく石に変えられていただろう。あの悲劇があったから、
あの出会いがあったからこそ、俺はここまで来れたのだ。
もう一度、自分の胸に目をやる。穴の開いた心臓部を、指で触れる。今はその手に無い
ナタルコンの残した傷痕を。
『お、おおお・・・お会いしとう御座いました・・・我が主、
そうだ、ナタルコンの本来の主、魔界皇ヒュンケル。伝説的な剣豪の懐こそがあの魔剣の
還る場所だったのか・・・だったら・・・
(これで良かったん、だよな。)
己には過ぎた剣だった。思えば旅立つ時から、いつかは俺より相応しい使い手に渡るかも
しれないと感じていた。何度も彼に助けられ、精霊との幾多の戦いを経て、ついにアイツは
本来の主のもとに帰る事が出来たのだ。
それが、オグマの旅の運命。幾多の戦いも、出会いも、そして別れも、すべてがそこに
帰結するための、物語。
「俺は・・・よくやった、よな」
胸に空いた亀裂にだけ風を感じながら、心に空いたスキマだけを思いながら、オグマはそう嘆いた。
「そうだな、お前はよく戦った。」
後ろから声をかけられて、オグマはゆっくりと振り向いた。
そこは懐かしい自分の集落だった。そして声の主を見上げる、自分が誰より尊敬してやまない
父ダルタレクを、生まれて初めて見せる、自分への労いの笑顔を。
(・・・父よ)
「だな、大したもんだよ、あのオグマがなぁ。」
「あのヴェルザー様に拝謁とか羨ましいぜ。」
「見てたぜ、活躍。」
集落での懐かしい友人たち、魔族ミルグにキール、獣人サントに亜人ガバネ。あの時石化した
はずの集落の仲間たちが、今までの自分の旅を褒めてくれている。
(そうか・・・俺
最後なのだろう、そう悟った。だからこそ懐かしい場所に帰る事が出来た、懐かしい
仲間に、尊敬する父に再会する事が出来た。
-いい旅だった-
皆を見上げてオグマは笑う。胸は相変わらずスースーするが、それでも俺は懐かしい
この場所に帰ってくることが出来た、皆の元に、尊敬する父の・・・
ビシッ!
(・・・え?)
恍惚の表情をしていたオグマは、その目の前の光景を見て固まった。ミルグが、キールが、
サントにガバネが、そして父ダルタレクの体に無数のヒビが一斉に走ったのだ、まるで割れる
寸前の陶器のように!
ピ・・・ピピピ・・・ばっりいぃぃぃぃん!
父の、皆の体が一斉に割れ、砕けた!!
割れた父の体の中にあったのは・・・誰あろう父だった!?・・・え?
「馬 鹿 者 お っ !!戦えオグマ!それでも我が息子かぁっ!!!」
降り注いだのは、先程から打って変わった父のカミナリだった!
「そうだ!こんな所でヘコたれてんじゃねぇ!!」
「しっかりしやがれ、まだやる事があんだろうがっ!!」
「立ちゃぁがれ、女はべらせていつまで寝てやがる!」
「お前の頑張りはそんなもんかよ、オラ立てよオグマ!」
なんとミルグ達まで一転してオグマに活を飛ばす。彼らは皆、一様に顔をしかめて拳を握り、
必死の形相で自分にエールを送っている。それは全力の、心からの叫び。魔界に生きる者の
最後まで戦い抜くという意思を、魂の叫びへと変えた彼らの戦い。
(う・・・うむ、それでこそ父、それでこそ・・・みんなだ!)
叱られてむしろ嬉しさが込み上げてきていた。先程まで石にされて天界に連れ去られた皆が
弱気な優しさを見せていたことに少し甘えていたが・・・魔界は、そうでなくては!
(ならば・・・俺も・・・)
その時オグマの目に映った光景、それは一人の少女が、傍らにいた大人の女性が、自分に向けて
一心不乱に願いを込めて、力を分け与えているような、そんな姿。
「オグマさん・・・お願い、戻って来てっ!!」
「アンタしかいねぇんだよ!頼むから生き返って!」
「起きろオグマ!」
「気合入れろ、これからが勝負だろうが!」
「人間の美女に回復されるなんざ羨ましい思いして、生き返らなかったら殺すぞ!」
「魔界の戦士だろうが!ここで起きずにいつ起きるか!」
様々なエールの締めに、父ダルタレクが魂の叫びを全力で浴びせる!己の息子に最後の一喝を!!
「起 き ろ ! 魔 界 の オ グ マ ! ! ! 」
-がばあぁぁぁぁっ!!!-