「本当に・・・ソアラの魂を送ってくれるなら、引き受けよう。」
「感謝します・・・私たちは”魔界を閉じる”計画を遂行しなければなりません。その為なら
貴方を再び利用する事も、厭いはしません。」
テラン王国、昇竜の回廊。ダイの即位式のあの日、竜の紋章に触れた精霊”昇りのクト”は
その瞬間、止まる時間の中で、紋章に宿る魂バランとの契約を交わした。
-天界に敵対する魔界の企みを、あなたの力で阻止して欲しいのです-
クトが言うには、貴方に相応しい肉体を用意して、再びあなたをこの世に蘇らせるので、
その力を持って天界の敵を撃滅して頂きたいとの申し出であった。
それはバランにとって、ある意味渡りに船と言えた。かつて彼は命尽きる時、我が子
ディーノ・・・勇者ダイに己の力と魂を引き継がせ、息子と共にあることを望んだ。全ては
あの恐ろしい大魔王バーンを討ち果たす為に。
だが、それが成った今、自分の力はもう無用の長物でしか無かった。元々自分の竜の紋章を
持って生まれたダイにとって、さらなるもう一つの紋章の力は明らかにオーバースペックで
あったのだ。
強すぎる力と言うものが、平時にとってはかえって不幸をもたらす事をバランは
よく知っていた。ましてや双竜紋を備えていれば、もし全ての感情が怒りに満たされた時、
かつての己が犯した過ちを繰り返さないとも限らない・・・愛するパプニカの姫の死体を
目前にして、ダイがその国を滅ぼす光景など想像したくも無かった。ただでさえ
ダイは父である私が犯した罪を、今も心のどこかで気にかけているのだから。
加えて自分の魂には、あのソアラの私を想う心が魂の一部となって融合していたのだ。
ソアラの私と共に居たいという心が、私のソアラと共に在りたいという意志が、ソアラの
魂を自分の魂と一体化させてしまっていた。
その紋章を宿したダイは、何度か夢で
あったが、そのせいでソアラの魂は未だ私に張り付いたまま、昇天も輪廻も成せずにいたのだ。
私はいい、元々私の”竜の騎士”の魂は、
組み込まれる運命だった、今更人並みに成仏したいとも思わない。だが、ソアラは元々
普通の人間なのだ。死が二人を分かった今、彼女の魂は昇天し、新たな肉体を得て転生
すべき物のはずなのだ。
それを・・・私が戦えば、この精霊は成してくれると言う。ならば引き受けない選択肢は無かった。
しばし考えた後、バランはクトに申し出る。
「条件が・・・ふたつある。ひとつはこの私を二度と決して、ディーノと会わせない事だ。」
己が蘇るその姿は、あの破壊魔獣、竜魔人の姿であるとの事だ。あの姿をもう二度と
ディーノには見せたくはない。まして天界側とは言え策謀に絡んで復活した私がどの顔を下げて
息子に再会できるというのか・・・。
「お気持ちはわかります、承知しました。もしダイが接近したら貴方は天界に避難するという
「もうひとつ・・・私は私に敵対する者に容赦をするつもりは無い。だが、もしそうでない者を、
無辜の命を奪うようなことがあれば、私はそれ以上生きる気はない。」
それはかつて大勢の人間の命を奪った己に対する戒めであった。魔王軍として軍勢を率いて
敵国を攻め入った時もそうだったが、何よりあのアルキード王国での己の過ちは、
二度と繰り返すまいとの思いが強かった。
魂だけとなった今でも想像する。一国の王となった自分、王妃として微笑むソアラ、そして
王子として笑って民に手を振るディーノ・・・あの時ほんの少しだけうまく立ち回っていれば
実現したかもしれない光景を。
「・・・分かりました。
こうして竜の騎士バランは、今一度だけ天界の戦士として、その力を振るう事になった。
テランから、永く魂を宿した我が子ディーノから離れながら、最後の人間の言葉を心で送る。
「さらばだ、ディーノ。」
◇ ◇ ◇
-竜の騎士バラン!
「え・・・あの声、まさか・・・リヴィアスさん?」
森で薪を拾っていたフィガロが、遠くから聞こえてきたその声に思わず反応し、持っていた
薪をバラバラと落とす。
彼はテランを出奔して以来、ここアルキード跡に住み着いて、滅んだ国の仲間たちの冥福を
祈り続けていた。そんなある朝、聞き慣れた兄貴分の声が、決然とした意志を持つ叫びが森に
響いたのを聞きつけて、一も二も無く駆けだしていた。
(竜の騎士・・・バラン、だって!?一体??)
それはかつて己の国を、両親を、仲間を根こそぎ殺戮した憎むべき敵の名。そして今は
死して存在しないはずの悪魔の名である、それを今”倒す”と言うのは一体どういう事だ?
嫌な予感を抱えたまま、声のした森の切れ目に辿り着く。
上を見上げると、そこには確かにリヴィアスと、異形の鬼のようなモンスターが対峙していた。
その姿を見た瞬間、フィガロの全身に悪寒が走った・・・なんだ、あの化け物は!!
フィガロもテランで数年兵士を務めて来た身である。その彼の経験が告げていた、あの
化け物の覇気が、威圧感が、内包されている破壊の力が、普通とあまりにもかけ離れている事を。
猛獣?怪物?いや・・・そんなレベルですらない、巨大な竜を何匹か圧縮して人の形にしたら
ああなるんじゃないかと思うくらいの圧倒的な強者感・・・そして、対峙する者に与える絶望感!
「あれが・・・バラン・・・」
かつて憎しみのみの感情を持っていたその名が、今は恐怖の象徴として心臓を鷲掴みに
している。あんなのと戦う?無理だ、塵芥の様に消し去られるのが関の山だ。あんなのに
立ち向かうなんて・・・寝ている猛獣に小石を投げるようなもんじゃないか!!
数分後、フィガロは信じがたい光景を見て固まっていた、絶句していた、感動していた、
そして・・・悔しかった。
-ドコォン!どがぁっ!!ズバァン、ドギャッ!ばっちこおぉっぉん!!-
兄貴分のリヴィアスが、あの化け物の周りを飛び回り、あろうことかその槍で散々に
ぼてくり回しているのだ。自分と同じ人間が、同じアルキード出身の者が、そして同じく
バランを仇として憎む者が・・・
自分が見るだけで恐れて心が折れた相手を、真っ向からど突きまわしている!
「・・・凄い。」
それ以外に言葉が出なかった。消して人間と竜の騎士の種族の差が埋まっているわけでは無い、
もし一撃でも喰らえばその瞬間にリヴィアスさんは死ぬ、それを承知で彼は真っ向から
あの化け物に挑み続けているのだ。
自分には戦うどころか応援すら出来ない、もしそれでリヴィアスさんの気が少しでも逸れたら
致命傷を受けるかもしれないのだから。
傍らに立ててあった竜鳳月の旗を掴む・・・僕は無力だ、奴に小石を投げる事すら出来やしない、
ただ、こうやってアルキードの旗を手に、リヴィアスさんの勝利を祈る事しか出来ない・・・
-僕は何て、無力なんだ-
血が泡立つ、胸が締め付けられる、己の不甲斐なさに怒りが沸騰する。
戦いが一時中断したその間も、フィガロはただ空を見上げて、己の無力さを嘆くだけであった。
それが削がれたのは、自分の周囲が、視界が、白く濃い霧で覆われたその時・・・
-パチッ!-
「・・・え?」
静電気を起こして弾ける旗を見て、フィガロは周囲を覆っているのが、猛烈な電極を帯びた
雷雲である事に気付いた・・・これは一体?
再度空を見上げた時、森の隙間から吹き込んだ風が雲をわずかにかき分け、空中に2人の
人物をあらわにしていた。バランと、隣にいるのは・・・美しい女性。
「あれは・・・精霊か!」
リヴィアスさんから聞いていた、魔界を閉じる計画を推し進める天界の使者。ならばこの雲は
あいつの仕業?なんか髪型が雲っぽいし・・・
(雷雲、竜の騎士・・・)
-ぞぉっ-
戦慄が走った。竜の騎士の得意呪文、あの武術会でダイも見せた雷撃の呪文、もしそれを今
バランが使ったらどうなるか・・・この空間の電撃が全てリヴィアスさんに襲いかかったら・・・
まずい!とアクションを起こした時、その手の旗がぶわっと空を切る。そうだ、この旗の布は
表面に電気を走らせるが、逆に反対側には絶縁性を持つ。これを身に纏えば雷に対して
防御力を持つのではないか?
フィガロは歓喜しながら駆け出していた。そうだ、これをリヴィアスさんに託せれば、僕でも
バランを倒すのにほんの少しでも力に成れる、奴に小石をぶつける程度の抵抗が出来る!
「
バランが手を振り下ろすのが見えた。
リヴィアスさんがその下を、水面に向かって一目散に落下してくる姿も。
それを追って一本の雷が、周囲の電気を集めながら、巨大化しつつ迫り来るのを!!
「させるかあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
雷光音によってかき消された絶叫と共に、フィガロは湖の淵から飛ぶ。その手の旗を
目一杯伸ばして、落ちてくるリヴィアスと雷の間に差し込む!!
間に合った。
リヴィアスさんに届く直前、その旗で雷を受け止めた!彼に当たるはずの雷を旗に、
ポールに、そしてそれを握る
どうだ、あのバランに小石をぶつけてやったぞ!ざまぁみろ!!
-カアアアァァッ-
雷が輝く。周囲の電気を全て巻き込んだ超雷撃が、一人の人間を今、黒いシルエットに変えて
青く、白く、輝きを放つ、轟音を周囲一帯に響き渡らせる。
-スガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン-
確実な”死”を、そこに残して。