魔界のオグマ   作:三流FLASH職人

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※残酷な描写、注意。


第110話 フィガロの名に懸けて

 -ゴボオォォォン!-

 

(な・・・何だ!?間に合った、のか?)

 浅い海に飛び込んだリヴィアスが思わず体を回して海面を見上げる。追いかけてくる

稲妻から逃れようとしたが、てっきり間に合わず追いつかれたかと思っていた。たとえ水面に

避難出来ていたとしても、ミールの純水(アクア・リウム)は間に合わないだろうと覚悟して

いたのだが・・・その電撃は水面にすら届いておらず、海面スレスレでその威力を激しく

スパークさせているようだ。

 

(まだ危険です、水面に上がらずに少し離れます。)

 ミールがそう囁いて、リヴィアスに背負われたまま水を操作し、まるで魚の様に

そこから距離を取る。

 

 やがて水面の上に映る雷光が収まり、落雷の轟音が収まるに合わせて海の波が静かになる。

(出ます、敵に気を付けて!)

(分かった。)

数m潜った状態から水面を移動し、そこから一気に水面に飛び出すミール。リヴィアスが

飛翔呪文(トベルーラ)を再発動し、その地点から移動しつつバランの姿を探す・・・

上か?下か?右か?それとも・・・

 

 見回している最中、ソレが視界に入った。浜辺の一角に立つ竜魔人バランの姿を。その傍らには

あの精霊もいる、あそこか!と槍を向け、そちらにかっ飛んで行き、10mほどの距離を置いて

対峙する。

 

 が、バランはこちらに対して体こそ向けたものの、それ以上アクションを起こすことは無かった。

そしてその両手には、先程までは持っていなかったものが収まっている・・・なんだ、アレは?

 

 右手に握っているのは細いポールと、その先にある黒い布らしき燃えカスだった。それは

明らかに近くに掲げてあったアルキードの旗だ、それをバランが触れる事はリヴィアスにとって

許しがたい事だった・・・のだが。

 

(・・・!!)

 ミールが驚きと悲しみの表情で固まり、その貌を両手で覆う。なんて・・・こと!

その視線の先は、バランの左手に抱えられている”物体”に、釘付けになっていた。

 

 漆黒の炭になった、まるで人間のような”物体”に。

 

「な・・・なんだ、アレは!」

 その異様な物体と、それを抱えたまま戦闘態勢すら取らないバランを見て、リヴィアスは

そのまま岸辺に降り立ち、油断なくバランと対峙しつつ、次の行動を待つ。

 

 しばしの沈黙の跡、バランは口を開く。怒りも高揚も感じさせない、冷めた口調で。

「愚かなことだ、竜と狼の戦いにウサギが割り込んでも、こうなるのは当たり前の話だ。」

 そう言ってヒザを付き、旗とその物体を地面に置く。そして一歩、二歩と引く、まるで

リヴィアスに「確認しろ」とでも言うかのように。

 

 いぶかしながらもリヴィアスはそれに近づく、バランから意識を切らずに、油断なく。

そしてその物体まで歩いてきた時、リヴィアスはようやく気付いた。それが先程の雷撃を

受けて黒焦げになった人間の遺体である事に・・・!

 

(誰だ・・・誰が一体、奴の犠牲になった?)

 遺体の上半身を抱え上げるも、人物の特定は出来ない。顔はすでに炭化して眼球すら

溶け堕ちた状態、辛うじて頭蓋骨で輪郭が分かる程度だ、当然頭髪などすべて焼け落ちている。

 ふくらはぎや二の腕からは未だに炎が揺らめいている、炭となった体に残った脂を火種に

燃え尽きた躰の残りすら灰に変えていく。

 

 -かちゃん-

 

 と、その死体の袖口から、何かが落ちて、乾いた音を立てる。

「・・・えっ?」

 リヴィアスはソレから目が離せなかった。敵であるバランへの警戒も、背負っている

ミールへの安全も忘れて、それに手を伸ばし、両手でそっと拾い上げる。

 焼けた鉄のそれがリヴィアスの手をじゅっ、と焼くが、リヴィアスは構わずそれを

両手で包み、目の前で止める。

 

「あ・・・ああ、あああああっ!!」

 

 体を振るえさせながら、慟哭を漏らしながら、リヴィアスはその手にある物が何であるか、

それをが意味する事が、この目の前の死体が何者であるかを・・・知る。悟らざるを得ない!

 

 彼の手にあったのは小さなナイフ。手のひらにすっぽりと収まるそれは、袖口などに

隠し持ついわゆる”仕込みナイフ”だ。万一囚われの身となった時などに、ロープなどを

斬るための非常用の武器。

 

 そして、リヴィアスはソレを知っていた。

(今夜、デューの一本杉で。)

 かつて地上に舞い戻り、テランの兵に誤解から拘束された時、そっと手渡された小さなナイフ。

その言葉と刃を自分に託したのはよく知った弟分、テランの兵士として逞しく成長した、

かつての同郷の友人、それがこのナイフの持ち主-

 

「フィ・・・フィガロおぉぉぉぉぉぉ・・・っ!!!」

 

 ヒザを付き、ナイフを、その先の黒焦げの遺体を見て悲鳴を上げるリヴィアス。

なんでアイツが?どうしてこんなになっている?俺じゃなくて、どうしてだ!?

こんな馬鹿な話があるか・・・命がけで戦っていたのは俺のはずだ!アイツは本来、

大人しい性格で、憎しみに縛られずに生きていけるヤツだった・・・俺と違って!!

 そのアイツがなんでこうなっている?まさか、さっきの雷撃から俺達を庇ったのか?

俺は何で戦場をここに選んだ?アイツがいる可能性をどうして考えなかった!!

 

「どうして・・・何で、何でだあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 悲しみを吐き出すリヴィアスの後ろに、いつの間にかマトリフ、ポップ、ヒュンケルにチウ、

まぞっほにへろへろ、そしてラーハルトが立っていた。皆一様に神妙な顔つきで、

ポップやヒュンケルは手で涙をぬぐい、へろへろはしゃくり上げながら滝の涙を流す。

 そしてラーハルトは顔を伏せたまま、手にした槍を握りつぶさんばかりに怒りに任せ

力を込める、全身が憤りに震えている。

 

 かつてどれだけ憎んでも足りなかった人間、そしてどれだけ恨まれても仕方のない

アルキード王国の生き残り。そんなことも知らずにテランの兵士として自分と、そして

ダイ様と接してきた誠実な若者、その恨みを、悲しみを心の奥に仕舞ってテランを去った

出来の良すぎた人間、彼の最後の言葉がラーハルトに去来する。

 

 -また飲み会に付き合ってもらいましょう-

 

 わかり合えたはずの人間、その変わり果てた姿を見て彼もまた、感情を吐き出さずには

いられなかった。

「バカ野郎っ!俺はまた・・・お前と呑みたかったんだよッ!!」

 どうして、どうして死んだ。どうしてお前が、よりによって蘇ったバラン様に殺されなけりゃ

ならないんだ、こんな、こんなバカな話があるかぁっ!!

 

 

「私は無辜の人間を殺めた・・・クトよ、どうやらここまでのようだな。」

 悲しみに暮れる面々を一瞥し、冷めた声でそう告げるバラン。告げられた精霊クトもまた

生気の無い神妙な顔で、物も言わずに頷いた。

「こんな形で、無関係な人間を殺してしまうなんて・・・思いもよりませんでした。」

 精霊、天の使徒である彼女らは基本人間の味方という立場を取っている。天界、地上、

そして魔界の勢力の内、地上と魔界を同時に敵に回すのは避けたいからだ。

もし地上の者の手を借りて、魔界の者が生きたまま天界に到達したら、どれほど恐ろしい

力を手に入れられて、果てには世界そのものを滅ぼされるかもしれない。

 

「もはや私は戦わぬ、好きにするがいい。」

 

 未だ膝をついているリヴィアスに向かってそう告げるバラン。またこの地でこの国の

生き残りを手にかけてしまった、もはやソアラに合わせる顔が無い、ならばせめて

この男に・・・

 

「・・・取り消せ。」

 

「なに?」

そう返したバランの言葉は、その場にいる全員の総意でもあった。どういう・・・

 

「フィガロを!ウサギだと、無辜の人間だとぬかした言葉を取り消せと言ってるんだッ!!!」

吐き捨てると同時に、ゆらりと立ち上がるリヴィアス。その眼光を、かつてない程に

見開いてバランを睨みすえる。

 

 その目から、血の涙を流しながら。

 

「アイツは俺達の仲間だ!貴様を仇とする戦士だ!!爪も牙もある立派な狼だ!!!

貴様に同情される程度の男じゃ無い・・・何がウサギだ、無辜の民だ!!知った風な口を

利くなあぁぁぁっ!!」

 

 リヴィアスは怒っていた。俺よりも強い心を持った弟分を殺され、あまつさえそれを

同情された事に。アイツは戦士だ、殺された相手に情をかけられるほど落ちぶれちゃいない、

この恐ろしい竜の騎士に真っ向から挑み、あの恐ろしい雷撃を俺の代わりに受け止めた勇者を

貴様は・・・貴様は・・・何だと思っているっ!

 

 

 リヴィアスは決意した。もう、終わらせる、俺の物語を。そのために・・・一つの心残りを

取り除こうとする。

 

「ミール、降りてくれ。」

「嫌です。」

「降りろ!」

「聞こえません。」

「・・・死ぬぞ。」

「私がいなければ、貴方は確実に、死にます。」

 

 リヴィアスの真意を正確に見抜いたミールが、その背中から離れて彼を1人にすることを拒む。

「死に向かうものは軟弱者である・・・貴方自身がラーハルトさんに言った言葉です。」

 

「そうか・・・そうだな。」

 痛い所を付かれて自虐的に笑うリヴィアス。そうだ、俺は死ぬべき時に死ねなかった、

あの7歳の時アルキードで死んでいれば、こんな思いをせずに済んだのかもしれない。

俺を理解し、俺の背中に命を預け、俺の背中を押してくれる大切な人に出会う事も・・・

 

 なら、ミールにも知ってもらおう、俺の決意を、俺の行く末を。

 

 左手で仕込みナイフを握り込み、右手で刺突槍(コーンランス)をひゅんっ、と振りかざすと、

その穂先をバランに向け・・・告げる。

 

「バラン、竜闘気砲呪文(ドルオーラ)で来い!フィガロの名に懸けて、手加減は許さん!!」

 

「な・・・んだと!?」

 その宣言に目をむいて驚くバラン。コイツは一体何を考えている?ドルオーラは

私がこの国を滅した技そのものだぞ・・・まさか、それで散る気か?この国の最後の

生き残りとして・・・

 

 スゥッ、とトベルーラで浮かぶリヴィアスと背中のミール。上空高く舞い上がりながら

彼は高らかに、最後の宣言をする。

 

 

「我が故郷アルキードを滅ぼした技を、今ここで叩き潰す!生者よ、死者よ、とくと見よ!」

 

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