-ズザァッ!-
「おお、懐かしきカジャン大陸!相変わらず荒れておるなー。」
小高い丘に立ち、枯木の森を眺めて上機嫌にそう発したのは、ここまで物凄い勢いで
走り続けて来た魔界皇ヒュンケルだ。傍らに飛んできた精霊シアは半ば呆れた様子で
彼に苦言を吐く。
「私とならルーラで移動できるのに、なぜわざわざ走るのですか?」
「久々に蘇ったのだ、今の魔界を見て回るのも悪くは無いし、それにお前にとっても
好都合では無いか?」
にやりと笑って返すヒュンケル。その言葉にシアは少しためらった表情をした後、小さく
かぶりを振って答える。
「私は・・・魔界を閉じる事が使命。柱の撤去は最優先です。」
その返しにふん、律義な事だ、と笑ってシアを睨みすえると、くるり振り返って歩き出す。
「なら、行くか。世界樹の所だったな。」
「・・・はい。」
◇ ◇ ◇
「魔界皇ヒュンケル・・・あの伝説が、蘇ったというのか!?」
サルトバーン・シティの領主ケートスの会議室、上座に控えるケートスは、オグマと
でろりんの報告に愕然としてそう返した。周囲に座る有識者や流れ者たちもその話に
驚きを隠せない。
魔界皇ヒュンケル。それは魔界の者なら誰もが一度は耳にする英雄譚の主人公、元々魔族の
中でも非力な種族であった彼が、幾多の戦いを勝ち抜いてついに魔界を牛耳る存在にまで
成り上がった、”力こそ正義”の象徴のような存在、その成長物語はどんな非力な者でも
努力研鑽を続ければ必ず強者になれるという、魔界に生きる者の指針ともいえる存在だった。
そんな彼の物語は、いかに強者になったとしても油断する事を戒める逸話で締めくくられていた。
無敵の剣を持った彼は、魔族の少女にその剣を奪われて刺され落命する。そして彼の死が、
後の魔界の戦乱を呼ぶことになる・・・ボリクス、ヴェルザー、そして大魔王バーンの時代へと
移り変わっていったのだ。
「あの伝説が・・・天界の狗になったと言うのか?信じられん。」
テーブルに座る一人が腕組みをしたまま思わず呟き、オグマがそれに返す。
「だが現に柱は斬られ、あそこにいた連中もみんな倒されてしまった・・・クラックもマヌガンも、
パパオもレミーナも、地上からの助っ人のクロコダインさんも!」
「お前もな。」
でろりんのツッコミに応えてオグマがジャケットをはだけ、心臓の位置の刺し傷を見せる。
極めて小さな、それでいて鮮やかに心臓を捕らえているその見事な傷跡に全員が見入って
思わずおおおっ!と声を漏らす。
「俺だけ生き返らせてもらっては申し訳ない、幸いあの場の皆は死ぬ直前で石に変えられている、
石化を解くと同時に治療を始めれば多くの者を救えるだろう・・・どうか回復魔法に長けた者の
派遣を願いたい。」
そういって皆に頭を下げるオグマ。思えばこの会議室にいる面々の家族や友人も多くが
その刃にかかり倒れている、そんな中オグマだけが生還した事に対して、彼らは口々に
返した。よく報告してくれた、今度は俺が出張る、と。
きらりんは隅のソファーに腰かけ、魔法の聖水をガブ飲みしている。柱の転送で魔力を
使い切った彼女は再戦に備えて魔法力の回復が必要だったからだ。
「きらちゃん、あんまり無理するとお腹壊すよ・・・」
「でも全然足りないの、少しでも多く回復しておかなきゃ!」
ずるぼんの言葉にもきらりんは収まらない、魔王などと持ち上げられておきながら、あの
魔族のお兄さんが来なければ私もみんなも石のままだったのだ、今ここで頑張らないと
みんなに申し訳が立たない。
そんな彼女に応えて館のメイドたちは、町中から魔力回復のアイテムをかき集めて回っている。
それが尚更きらりんのモチベーションを引き上げる、なんとしても柱を守らないと!
「だが現状どうする?あの剣豪に向かっていった所で、また全滅するのではないか?」
ケートスの言葉にでろりんが、そして皆が言葉を詰まらせる。なにしろこの町の
腕自慢は皆、最後の柱の場所に出向き、そこで全滅してしまったのだ。ここに残った
戦力をかき集めても、無策ではまた死体の山が出来上がるだけだろう。
と、オグマがどん!と胸を叩いて立ち上がり、心臓の傷に響いて痛たたた、ともがいた後
改めて顔を上げ、皆に宣言する。
「俺に策がある、おそらく奴に勝てるとしたらこれしかない!だからここは俺達に任せて
皆は仲間の救援と、他の柱を守る方法を考えてくれ!」
かつて集落ですら弱かった人熊が、今や魔界を代表する戦士にまでなったオグマが
そう言うなら誰も反論は出なかった。彼はまさに現代版ヒュンケルとも言うべき
己を叩き上げて来た男なのだから。
ただ、そんなオグマを見てでろりんも、ずるぼんも、そしてきらりんも目を丸くして
ぽかんとするしか無い。肉体派のオグマにそんな一発逆転の秘策などあるのだろうか、
まして彼らの中で双璧を成すリヴィアスも地上に消えて音沙汰無しだというのに・・・?
そんな彼らの視線を察して、オグマは皆にこう話す。
「イチかバチかの賭けだが、そのためには3人の協力が必要だ、それだけを覚えておいてくれ。」
◇ ◇ ◇
「ほう・・・?世界樹が切り株になっておるな。何者かが枯木ごと蹴散らしたか、大したものだ。」
ついに2本目の柱、世界樹の切り株に辿り着いたヒュンケルとシア。天を支えるその
柱を見上げてにやりと笑い、覇者の剣をすらりと抜いて構える。
-待ちなっ!-
声と共に、ダダダッ!とヒュンケルの前に立ちはだかる3人の人物。だがそれはヒュンケルは
勿論、シアにとってさえ脅威にはなり得ぬ者だった。何しろ3人とも明らかに子供なのだから。
「少年たちよ、何か用かな?」
余裕と油断の無さを併せ持つ声と態度で問うヒュンケル。魔界で叩き上げてきた彼にとって
子供と言えど侮るつもりは毛頭ない。特に真ん中に立つ魔族はなんとも上等な装備を備えて
おるではないか・・・何者だ?
(ひ、ひいぃぃぃっ!!化け物だ、逃げろ逃げぬかぁっ!!)
その装備の内、冠に宿るマキシマムが早速悲鳴を上げる。相手の情報をスキャンできる彼は
目の前にいる剣士がシャレにならんほどの戦闘力を秘めている事をあっさり見抜いた。
この3人と、親衛騎団の装備の戦力をどう使っても勝ち目など皆無ではないか!と。
「うるせぇ!ビビってんじゃねぇよ!!」
自分の冠にツッコミを入れ、剣を己の右手の甲にセットするヒム。相手の持つ剣はハドラー様が
最後に愛用したあの”覇者の剣”、望むところだと意気を上げる、頼むぞ
「私と戦うというのだな、ではまず挨拶をしようか・・・」
手にした剣をだらりと下げ、自分より背の低い3人をアゴを引いて見上げ、闘気を漲らせる。
それに応えてヒム、マルタ、ザンがザッ!と腰を割り構える・・・来るか!
「
ヒュンケルの言葉と同時、無数の闘気刃が周囲に放射状に放たれる。サルトバーンの精鋭たちを
見もせずに気配だけで打ち払った無限斬撃!
「うらあぁぁぁっ!!」
フェンブレンの刃を振り回してその斬撃を打ち落とすヒム。元々闘気を使って戦う戦士だった
彼にとって、その軌道を見切って対応する経験値は持っている。とはいえ子供になった為に
体のキレはオリハルコンの戦士の時には程遠い、いくつかを斬り損なうが、それはブロックの
鎧とアルビナスの肩当てに当たり、ガガガン!と衝撃を与えるにとどまる。
「
魔族の少年ザンはイオを至近距離で爆発させ、それを盾として防ぎにかかった。闘気だろうが
魔法だろうが弓矢だろうが、飛翔物なら目の前で爆風を起こせば蹴散らすことが出来る、
荒い性格の彼らしい豪快な防御方法。だが彼も全ては無効化できずに腕と足に切り傷を食らう。
それでも悲鳴を上げずに対峙するのは彼の向こうっ気の強さゆえだろう。
「ザン、こいつ使いな!」
そう言って冠を投げ渡すヒム。さっきから逃げろ逃げろうるせーので頭から外してザンに託す。
円状のオリハルコンなのでメリケンサック代わりにはなるだろう。
「って、マルタは?」
冠を受け取りながらザンは自分の相方がいないことに気付く。防御で手一杯だったので
ヒムの反対にいる仲間を気にかける余裕が無かった。
「「上だ。」」
ヒムと、そしてヒュンケルが同時に答える。と、同時にはるか上から落下してきた人狼の少年が
スタッ!とヒムの前、ヒュンケルの目前に着地する。
「良いカンをしているな、
ヒュンケルが笑ってマルタを評価する。あの瞬間に危険を察知し、獣特有の跳躍力で
危険地帯を飛び越す判断に感心していた、これは将来が楽しみな少年たちでは無いか。
「魔界皇ヒュンケル様、どうして、あなたが魔界を滅ぼす側に、いるのですか?」
マルタは緊張を解かぬままヒュンケルにそう問う。元々御伽話になるほどの魔界のヒーローが
今、天界側について魔界を閉じようとしている、その真意は何なのかがマルタには
引っかかっていた・・・戦いバカのヒムとザンは気にして無さそうだが。
「知りたいか・・・存分に戦うなら知っていた方が良かろうな、いいだろう。」
そう言ってシアの方をちらりと見るヒュンケル。そして目線を戻すとマルタ達に向かって
まずこう答える。
「せっかく蘇ったのだ。魔界の戦士、強者と相対したいのは剣士として当然の事。現に今
こうして俺の前にも”未熟なる強者”が雁首を並べておるでは無いか!」
ご満悦の表情でそう言った後、自らのアゴを撫でつつ続きを語る。
「できればもう少し後に出会いたかったが、これも運命よ。強さなど敵と相対せねば
無価値なのだからな。」
その言葉にヒムもザンも「上等!」と気合を入れる。ああ、こいつもただの戦いバカだ、と
息をつくマルタ。まぁだからこそ魔界の伝説になり上がったのだろうけども。
「そしてもうひとつ、俺は復活する際に、このシアとある契約を結んだ。ひとつはこの
”覇者の剣”の復活、そしてもうひとつは・・・」
もう一度シアの方に目線をやって、ヒュンケルはついに言葉にする。己が黄泉還った
その真の目的を。
「かつて俺を殺した、あの少女との再戦だ!なぁ・・・我が敵”輝きのシア”よ!!」
『なん・・・だと!?』
ヒュンケルの懐からずるりと這い出す懐刀、意志を持った短剣ナタルコン。あの時
我が主を刺したのが・・・この、シアだと・・・?
「気付いてなかったか、ナタルコン。」
己の懐刀に諭すヒュンケル。そう、あれは魔族の少女、そして少女に化けた魔族のはずだった。
だが真実はそれすら仮の姿で、実際には天界の精霊が化けていたと言うのか。
『お、おおおおお、ッ!』
ナタルコンは記憶を掘り起こす度に、その言葉が事実である事を、まるでパズルのピースを
はめ込むように合致していくのを感じていた・・・こいつが、こいつがっ!!
あの少女が現れたのは、
覇者の剣とは言え、少女の力であの覇者の鎧を貫けるわけなど無いのだ、あの時覇者の鎧が
まるでスライムのように強度を失ったのは、天界の産物”神の涙”の作品である覇者の装備が、
天界の精霊と示し合わせて、
その懐から、我が失われた時を見逃さずに!
思えば神の涙は、無力なものを救う為に降臨する弱者のためのアイテムだ。それが剣豪である
主の元に降臨した事自体不自然だ・・・まさか、最初から我が主を害するために神の涙は
主に最強の武器と防具を与えたと言うのか・・・!
「貴方を生かしておけば、魔界はより強者を生む精神を根付かせていました。そうなれば
ヴェルザーやバーンはさらなる力を手に入れ、天界すら支配していたやも知れません。」
「まぁ当然だな。あの
超えて行かねばならぬのだからな。」
シアの語る真実に、ヒュンケルは気にした風もなく返す。魔界ではあらゆる謀も卑怯では
無い、力なき者なれば頭を使って敵を倒すのになんの否定の予知も無いのだ。
「楽しみにしていろナタルコン、覇者の剣を使ったあの暗殺者を返り討ちにする栄誉を
お前に与えてやろう・・・だからこそ覇者の剣を蘇らせたのだからな、当時と条件を揃えるために!」
『お・・・おおおおお』
感激に打ち震えるナタルコン。我が主はそこまで考え、この世に蘇ったと言うのか。
永き時を生きて来た甲斐があった・・・まさかこんな瞬間が訪れようとは!!
「なぁ・・・アレ、オグマさんが持ってた魔剣に似てないか?」
「うん。ナタルコンっていう名前にも聞き覚えがある・・・まさか!?」
-復讐劇は、第2幕へ-