(なんと!暗黒闘気と輝く闘気がせめぎ合いながら高まっていく・・・こんな強さがあるとはな!)
ヒュンケルはオグマに一直線に走りながら、その手にあるナイフと人熊の行った彼らの
強化の方法に感嘆していた。
(己の生きた時代には無かったその強さを持って、さぁ俺と戦え!)
『オグマ!真正面から行くな、あくまで持久策を取るぞ!』
「わかったっ!」
獣人のオグマが魔族のヒュンケルより優れている点があるとすれば、それは持久力の高さ
だろう。ならば闘気の消耗を最小限に抑え、相手のスタミナ切れを待つ戦法は確かに
一理あった。
ロン・ベルク作のミミック鞘にナタルコンの刃を収めたオグマは、そのまま鞘に
光の闘気を込めて
「ぬんっ!」
なんとそこからナタルコンを鞘ごとぶん投げるオグマ。それはヒュンケルの脇をそれ
交錯して飛んで行く。武器を失ったオグマに、ヒュンケルの覇者の剣の一刀が打ち下ろされる!
「
脳天を唐竹割にされる直前、オグマの頭に光の頭槌が輝き、それに刃がめり込む。オグマは
そのまま上半身を柔らかく捻りながら斬撃を捌くと、すかさず横っ飛びに距離を取る。
(俺の光のハンマーヘッドを・・・こうも簡単に斬るとは、さすが!)
心で唸るオグマ。もし今の一撃を真っ向から受けていればハンマーヘッドごと両断されて
いたであろう、実際光の頭槌は一撃で水飴のようにねじ斬られており、捌くことで辛うじて
事無きを得た。ナタルコンに聞いていた一刀三斬の技を知らなければ今頃は真っ二つだろう。
「シュウッ!」
ヒュンケルはオグマのおもわぬ武器、光のどたまかなづちに感心しながらも、素早く全方向に
斬撃の闘気”剣気”を撒き散らす。目視する事も困難なその100以上の刃が、光の闘気でガードする
オグマの毛皮を割き、ヒュンケルの背後で機を伺っていたナタルコンを弾き飛ばす。
「うっひゃあぁぁぁぁ!」
「無差別に攻撃すんじゃないわよ!」
でろりんがきらりんを小脇に抱えてずるぼんと一緒に走って避難する。なにしろあの斬撃の
一つ一つがサルトバーンの強者どもを切り伏せた威力を持つのだ。流れ弾に当たって絶命なんて
真っ平ごめんだ、とばかりに戦いの場から離れていく。
「俺らも逃げるぞ!」
そのヒムの言葉に、マルタとザンが目を丸くして、はぁ?と返す。
「何言ってんだヒム、君らしくない!」
「お前が逃げ腰とか・・・明日は魔界のマグマが全部噴火するぜ!」
地上風に要約すれば「明日は雨かな?」というザンの皮肉にも取り合わずに身を起こし、
戦いの場から離れるヒム、やむなくマルタ達もそれに続く。
(なんだ・・・こっちのヒュンケル、とんでもなくヤベぇ!)
ヒムは心胆が冷える思いだった。幾多の戦闘キャリアを持つ彼は、ヒュンケルの中にある
ヤバさを肌で感じ取っていた・・・剣術でも闘気でも魔法でも無い、もっと異質の”何か”を。
(良い判断です・・・彼らもまた容易に終わらせることは出来ないでしょうね。)
上空で、やはりヒュンケルから離れつつヒム達を見下ろす精霊シアが心でそう呟く。
彼らが逃げたのは正解の判断だ、あの魔界皇ヒュンケルの真の恐ろしさはその精神性にこそある。
今戦っている哀れな人熊はほどなくその恐怖に晒される事だろう、と。
-カイィン!ヒュッ、ピュン!シュウゥゥ・・・-
時に間を詰めて斬り付け、時に離れた所から斬撃を飛ばして攻撃するヒュンケル。その動きは
まるで舞うように優雅で、閃光のように鋭く、悪鬼のようにえげつなく急所に向かって来る。
オグマはそれらを必死に凌ぎながら、かつてナタルコンに教えられた戦いの体さばきを
思い出していた。
-我を振るう時は闘気を抑えよ、無駄な動きを削ぎ落し、静かに、速く、確実に動きを繋ぎ
決して止まるな-
(なるほど・・・俺に教えたかったのは、こういう戦いか、ナタルコン!)
まさにその見本と戦いながらオグマは心で唸る。それまで自分が出来ていると思っていた
戦いの完成形を目の前にして、その見事さに感動すら覚えていた。
それらの斬撃が手にあるナタルコンをすり抜け、光の闘気のガードを切り裂いて、一つ、
また一つとオグマの体に切り傷を刻む。獣人の肉体ならば少々では致命傷になるまいが、
それでも喰らい続ければやがては絶命を免れないだろう。
ひと仕切り斬り結んだ後、間合いを離して対峙する両者。
「ふん・・・持久戦狙いか。まぁ、長く戦うのも嫌いではない、乾坤一擲を楽しみにしているぞ!」
そう吐いて再度襲い掛かるヒュンケル。対するオグマはジグザグに駆け、相手に的を
絞らせないように動き、追いついてきた敵に体当たり気味にナタルコンやハンマーヘッドを
叩きつけて押し込み、再び引いて走り回る。いわば誘い込みつつヒット&アウェイを
駆使して粘りの戦術を取る。傷付きながらも余力を残し、相手のスタミナ切れを待つ。
その効果が表れて来たのか、追いかけてくるヒュンケルの呼吸が少しづつ荒くなっていた。
オグマの手にあるナタルコンは、(よし、いいぞ)と心でほくそ笑む。今少し気付かれなければ
こちらに勝機を呼び込める!
と、足を止めたヒュンケルが、剣をびしっ!とオグマとナタルコンに向けて発した。
「なるほど・・・我が周囲の空気を薄くしていたか、やるではないかナタルコン。」
『もう・・・気付かれたか。』
愕然としてそう返すナタルコン。彼は持久戦法を取り始めてすぐに戦いをオグマに任せ、
自分は真空呪文を操作して、ヒュンケルの周囲の酸素濃度を薄く操作していたのだ。
それは気付かれないように僅かな濃度差ではあるが、それで獣人のオグマと持久戦を演じれば
先に
敵に回して初めて分かる
悟り、持久戦を有利に進める小細工をいともあっさり見抜いてきた・・・流石だ!
「ならば・・・決着を早めるとしよう。」
その言葉と同時に、ヒュンケルの目の色が変わる。
ぞくり!
周囲の空気が一変する、オグマの背中に悪寒が走る。遥か向こうで見ていたヒムが感じていた
嫌な予感が今、形となって現れる。
『オグマよ!ここからは本当に、”戦いのみ”に集中しろ、雑念に呑まれたら終わりだぞ!』
「俺は・・・雑念など無い!戦いは相手に全てを注ぐことだ、それを忘れはせん!」
思わぬナタルコンの言葉に、冷や汗をかきながらも返すオグマ。そうだ、この恐るべき相手と
戦っている最中に雑念など入る余地などあるものか!
『ならば・・・きらりんも、ミールも、リヴィアスも、そして・・・魔界の事も、全て忘れよ!
ここからの
「な・・・っ!?」
ゆらりと剣を構えるヒュンケル。今までとは違い横中段に覇者の剣をセットし、そこから
一気に横薙ぎに撃ち振るう!
「
その斬撃から衝撃波が走る。が、それはオグマには向かわず、明後日の方向に飛んで行く。
その先を視線で追ってオグマが愕然とする・・・ここの、柱っ!しまったあぁぁっ!!
-スッパアァァァン-
威力と程遠い、乾いた音を立てて斜めに切り裂かれる
斜めに切ったように切り口からずれ落ちた柱の上半分が、スライドするように地面に落ちて
ずずぅん!と音と煙を上げ、地面に突き刺さる。
-ズッ-
-ズズズズズ・・・ゴゴゴゴゴ・・・-
その時だった。魔界が突然鳴動を始め、天の大地が揺れ動き、地下のマグマが暴れ出した。
天変地異を思わせる異様な空気が周囲を支配する!
「な、なんだ!?」
「って、アンタ、上、うええぇぇぇぇっ!!」
ずるぼんの悲鳴の直後、そこかしこに大小さまざまな岩が落下してくる・・・天の大地から!
魔界も、天の大地、つまり地上も、まるでスイッチを押したように揺れ動き、崩壊を始めていた。
落ちてくる岩石から、ほうほうの体で走って逃げ続けるでろりん一家。
そのでろりんに小脇に抱えられていたきらりんが、柱の倒壊を知って事態の深刻さを悟る。
「そんな・・・支えていた柱が外れたから・・・逆に崩壊が、早まったの?」
その仮定は正しかった。もともと天界の”魔界を閉じる”計画は、水脈を利用して少しづつ
地上を陥没させるものだった。それをきらりんが柱で支え止めていたため、陥没のエネルギーは
止められたまま溜まっていき、そのつっかい棒が外れた瞬間に急激にバランスを崩したのだ。
「大変!このままじゃ・・・魔界だけじゃなく、地上も・・・壊れちゃう!」
「き・・・貴様!よくも、よくも柱をっ!!」
オグマがそう吠える。これで先程のポイントに続き2本目をこの男にダメにされた。魔界を救う
命綱の柱がまた失われ、そしてこの振動も、おそらく・・・!
「さぁ、これで持久戦を取る暇は無くなったぞ、ほどなく魔界は地上の崩落と共に、埋もれて
潰える。決着を急がねばならんなぁ、オグマよ!」
平然とそう返すヒュンケルを、オグマは冷や汗を吹き出しながら見返す。この男はこちらの
持久戦法を潰すためだけに・・・魔界の滅亡を早めたと言うのか!?
「き・・・気は確かかよ、アイツっ!」
「自分だって潰されるかもしれないっていうのに、何考えてんだ!」
マルタやザンが遠方からそう嘆く。現にオグマやヒュンケルの周辺にも天の大地から崩落した
大小の岩が猛烈な勢いで落下してくる。それでもむしろ楽しそうにオグマとナタルコンを眺める
ヒュンケル。
(アレだ・・・俺が感じた嫌な予感、それはあいつのどこかぶっ壊れた、その”心”だ!)
ヒムがそう嘆く。アイツは俺達普通の戦士とは、見ている所が明らかに違う、奴は一体
何のために戦っているんだ・・・勝利?違う。誰かの為?何かを成す為?絶対に違う。
そうだ、まるで奴は・・・
未だ冷や汗を流して激高するオグマに、ナタルコンが活を入れる。
『これが我が主ヒュンケルの、魔界の覇者たる所以だ、オグマ!』
「こ、こんな・・・馬鹿げたやり方が、か!?」
ナタルコンとヒュンケルを交互に見ながら、思わず一歩引くオグマ。こいつは・・・正気じゃない!
『
そう告げて後、相変わらずだと息を飲むナタルコン。主にとって戦いの後の勝利など
なんの価値も無い物だった。戦いこそが彼の生きがいであり、己の全てを捧げるべき
瞬間だったのだ。
なればこそ
オグマが魔界を救わんとしているなら、その心理すら逆手にとって戦いに生かして来る。
戦いこそが目的、戦いに己の縁の全てを注ぐことが快楽であり愉悦、そして生きる意味!
そんな彼にとって卑怯と言う言葉など存在しなかった、彼にとっては隣人も、国も、気候も、
絆も、全てが戦いの材料でしか無かったのだ。
陰謀は見抜けぬ側が愚かであり、巻き添えは喰らう方が愚図なだけだ、人質を取られるなど
戦い以前の準備不足でしかなく、奇跡すら起こせぬ方が未熟なのだ!
あるものは何でも使う、あらゆる要素を戦いにぶち込む、戦いに没頭できるなら、例え
何を失おうとも後悔は無い、なればこそ彼は己の
受け入れたのだ。
(さぁ、俺にもっと戦いを!己すら燃え尽きるような灼熱の戦いを!もっと。もっとだ!!)
-ギャリィィン・・・スバァッ!!-
「ぐあぁぁぁっ!!」
ヒュンケルの一撃を捌き切れず、受け止めきれずに胸を割かれるオグマ。
「どうしたぁオグマ!まさかこれで終わりではあるまいっ!!」
歓喜の表情のまま、返しの一刀を放つヒュンケル。それをナタルコンが暗黒闘気の刃と
真空呪文の衝撃でかろうじて弾き、オグマへの直撃を回避する。
地上が崩壊を続ける中、魔界がガレキに埋まりつつある最中、オグマは目の前にいる
その恐るべき敵に、襲い来る戦いの化身ともいえるその存在に、己には及ぶべくもないその
精神に、一言こう・・・呟いた。
「
この者を評する言葉、その最後には”人”ではなく”戦”を記すが正に相応しかった。