(あ・・・なんだ・・・振動の音ががまるで、みんなの・・・声みたいに・・・)
力尽きたオグマは倒れる寸前、崩壊していく世界の音がまるで、懐かしい仲間たちの
歓喜の声のように聞こえていた。きらりん殿、でろりん、ずるぼん、マルタやザンに
父や集落の仲間のキールやミルグ達。そして地上で出会ったマトリフ殿、ポップ殿、
マァム嬢、そして勇者ダイの声すらも。
それは死の間際の幻聴なのか、それとも神が仕掛けた悪戯なのか、あるいは己のここまでの
旅の走馬灯であるのか・・・
「なぁ・・・ナタルコン。変だよな、みんなの声が・・・聞こえるよ。」
『我にも・・・聞こえる、フフフ、幻聴が聞こえるようではもう・・・永くは無い、か。』
半分に割られ、さらに刃の部分を魔界皇ヒュンケルの体に折り取られたナタルコンが
弱々しくそう呟く。
思えば充実した旅であったでは無いか。長くミミックに封じられていた我が、オグマと
出会ってからというもの、その相反する闘気を高め合いながら幾多の戦いをくぐり抜け、
ついには我の原点である主、魔界皇ヒュンケルをも超えて見せたのだ・・・我と、オグマで。
だがもうそれも終わる。オグマはすでに致死量を超える血を流しており、左手は手首から
切断されている。右手の指も全て失い、もはや我を辛うじて挟み込んでいる状態だ。
我もまたついにその長き剣生を終えようとしている。もはや己の力もほぼ使い果たし、
刃すら残らず失った自分は、降り注ぐガレキに埋もれて地中に没するであろう。
最後の抵抗と言わんばかりに、ナタルコンはその視線を天の大地に向ける。我を、そして
オグマを潰し埋めるガレキから逃げずに、最後に目に焼き付けるために!
『・・・これは・・・奇跡か!?』
天を見上げたナタルコが見たもの。それは降り注ぐガレキでも、薄暗い天の大地でも無かった。
そこには今まで存在しなかった光り輝く氷のトンネルが開けており、その先には天の蒼が見える。
降り注いでいるのはガレキではなく、銀色にキラキラと輝く結晶・・・これは、雪?
『お、おおお・・・レム・・・レムなの・・・か?』
トンネルの中心に佇んでいる精霊を見上げて思わずそう声を絞り出す。我が憎んでいた天界の
使徒、精霊の中でも唯一我と心を通わせたその少女。神の言に従うだけの傀儡ではなく、
己の意思で歩み進む、健気で折れない心の持ち主。そして・・・
『(お主には・・・顔向けも、出来ぬ!)』
彼女が最後に残した言葉。我らの絆が壊れて失われるという予言、その時はそれを
一笑に伏したものだ。だが・・・我らの絆は確かに一度、失われてバラバラになったのだ。
他ならぬ、我自身の”裏切り”のせいで。
宙に浮くレムは、憔悴しきった表情ながらそれでもオグマとナタルコンを見下ろして
ふふ、と笑う。その表情は彼女とオグマとナタルコンの共有する感情を雄弁に物語っていた。
お疲れ様、と。
「・・・」
オグマか声も無く、目の前の光景を眺めていた。父が、仲間が、地上の英傑たちが、
精霊であるイタやニカまでもが歓喜の声を上げ、足音を響かせて自分たちの元に
駆け寄って来ているのだから・・・これは、夢か?それとも・・・?
-オグマさぁーーん!ナタルコンさーーんっ!!-
-やりゃあがったぜアイツ!あの魔界皇ヒュンケルを倒しやがったあぁぁぁー
-勝ったんだぜ、下向くんじゃ無ぇ、顔上げろ顔を!-
-この馬鹿者が!簡単に親を超えるんじゃないっ!-
-助かった、助かったんだ、いやったぁーーーっ-
鳴動の正体。それは”死と破滅の音”ではなく、”生と歓喜の唄”だった。
駆け寄った面々がオグマ達を取り囲みガッツポーズを披露し、重傷なのを見て取って
四方八方から
あるいは運動競技で優勝した瞬間のように歓喜の声を上げ、笑顔で全員が全員を祝福し、称える。
人間も、魔族も、モンスターも、竜も、そして精霊も。
地上の勇者も、魔界の戦士も、天界の使徒も。
天の大地の鳴動が水脈の凍結によって収まった瞬間、誰もが騒動の中心にいた二人の戦士に
注目する。まさにその時ナタルコンは己の身を割られながら覇者の剣と交錯し、その半刀を
魔界皇ヒュンケルの心臓に突き立てていた。
結末を固唾を飲んで見守る一同。鳴動は収まり、戦いも決着の時が来ていた。静寂が支配する
魔界の空間に、やがて一方の魔族がどさり、と地に倒れ伏す音が響いた。
その瞬間、皆が歓喜を爆発させる。もう崩落は無い、そして柱を斬る伝説の剣豪も倒れた。
ついに魔界は、そして地上は救われたのだ。意志を持って動き、魔王きらりんに導かれ、
ついに彼らは目的を、そして悲願を達成したのだった。喜ぶなと言う方が無理と言うものだ。
人間たちもまた、心洗われるような感動が内から噴き出てきていた。見た目の恐ろし気な
魔界のモンスターや魔族、ドラゴン達と共に地上の崩壊を食い止めた。精霊の導きに従い
地下に走る水脈を凍らせて、まるでコンクリートに通された鉄筋のように地上を固め止めた。
そう、ここにはもう敵は居ない。人間は、生き物は、天地魔界の全てのみんなは・・・
いつだって、力を合わせる事が出来るんだ。
精霊たちは誰もが、あーあ、という心情を感じていた。神の導きに従い構築してきた
天界は善、魔界は悪という公式を、ついに自分たちで書き換えてしまったのだから。
発端となったのはシアの
語ったのは、自分たちの使命”魔界を閉じる”が、今までと真逆の方法でこそ成し得ると
いう驚愕の事実だった。そして自分たちに与えられている聖名が、それこそが最適解で
あると教えていたのだ。
ショックに愕然としたい所だがそんなヒマは無かった。魔界滅ぶべしの意志を持って蘇らせた
竜魔人バランと魔界皇ヒュンケル、彼らを止めなければまさに魔界は間違った方法で
閉じられてしまう、現にヒュンケルの方が柱を斬った事により、地上は急激に崩落を
始めている・・・事態は一刻を争うのだ。
幸い彼女らは神から与えられていた様々な能力があった。”
の力を使い、地上や魔界の住民にメッセージを送る。水脈を読むイタの力でポイントを示唆、
そして何より”降りのレム”の凍結能力と、魔界に近しい立場として活躍していた彼女はまさに
魔界の救世主となり得たのだ。
オグマはその後の事を覚えていなかった。出血と負傷、そしてそれらを癒すホイミに
よって、まさに眠るように意識を手放していたのだ。だがそれも無理もない、一度は心臓を
刺されて死に至り、それから奇跡の復活をした後すぐあの魔界の伝説の死闘、その先で
見た奇跡のような光景と癒しの呪文にかえって現実味を感じられなかった彼は、そのまま
夢の世界に落ちて行ってしまった。
◇ ◇ ◇
世界は、変わった。
地上と魔界を繋ぐトンネルが出来たことにより、双方の住民の往来が容易になったのだ。
結果、お互いが知ることになる。向こう側に住む者たちの真の姿を。
凶悪な魔物が闊歩する世界だと思っていた魔界は、実は過酷な環境でも懸命に生きていく
生命力あふれる者たちの逞しい世界である事を。
神々に贔屓され、怠惰を貪るのみと思っていた地上の人間たちが、実は各々の能力を
最大限に発揮し、秩序を生み出し、正しく生きる事を志してその短い人生を駆け抜けている
事を。
そんな両者の最初の共同作業は、最後の柱を建て損ねたトリアン大陸のギレネスの森近くにて
魔界皇ヒュンケルに斬られ、シアによって石にされた者たちの救出であった。
シアの生み出した大量の石化の使徒により、絶命寸前で石化している者が大多数であったため、
治療体勢を万全に整えてから石化を解く必要があり、その為に多くの僧侶や医者が
地上から呼ばれていたのだ。
その代表格はクロコダインであろう、なんと体を縦に真っ二つにされた状態で石にされて
いたのだから。慎重に両方の体を合わせ、ストーンネイルでしっかりと繋ぎ合わせてから
石化を解くと同時に最大限のベホマを叩き込む、ちなみにそれを担当したのはポップである。
「おっさん!死ぬんじゃ無ぇぞ、世界が変わったんだ・・・見てくれよ!!」
クロコダインが奇跡的に息を吹き返したのは、彼らの献身ももちろんあるが、加えて
ヒュンケルの斬撃があまりに見事な切れ味だったことも大きかった。まるで細胞のスキマを
通すように斬られた切断面は、骨も神経も血管も皮膚すらも潰れずにキレイに分かれており、
それが再びくっつくのを阻害しなかったのだ。
他の面々も同じようなものだった。皆一様に斬られた傷口は勿論のこと、飛ばされた手足や指も
ほぼ全員がくっついて動かせるほどに戻すことが出来ていたのだ。
で、一番の功労者というか、酷使されたのはもちろんヒムである。
「いーかげん休ませ・・・うぶっ!ごぼぼっ・・・」
抗議の声を上げようとして空けた口にきらりんが魔法の聖水入りの瓶を突っ込む。
「はいはい、もうちょっと頑張りましょうねー、石化解けるのはあなただけなんですから。」
少々むごいとは思うが、石化解除の呪文、
いない以上、彼には無理してもらうしかない。
きらりんも彼が魔法を使うたびに食い入るように見入って、自分も習得できないかと調べたが
どうも世界の違う魔法らしく、この魔界や地上で契約できる類のものではなさそうだ、
少し離れて見ていたマルタとザンは「早速尻に敷かれてるな」とケラケラ笑っていた。
オグマが目覚めたのは、それから5日ほど経ってからの事だった。
サルトバーンの医療の館、テラージ・ギドの院のベッドの上で目覚めた彼は、自分がいまわに
見た光景が夢では無く、現実に有った光景であり、自分が大勢の者たちに救われたことを知って
思わず涙を流す・・・そして、そうか、魔界はついに救われたのか・・・”みんな”によって。
武器屋ドガバッキの裏の鍛冶場では、ドガ・カーンとロン・ベルク、そして弟子のノヴァが
あらゆる手を尽くしてナタルコンを再生にかかっていた。元々宝玉に意思を宿す魔剣だけに
その魔法玉さえ無事なら再生は可能だ、ましてやいずれ劣らぬ名工たちの手にかかれば・・・
「どうだ、このさい鎧を付け足してアムド出来る武器にしないか?」
「また先生の悪い癖が始まった・・・それより刀身をもう少し伸ばすべきですよ!」
「いやいや地上の御二方、ここはひとつ失われた
直すどころか完全にオモチャにされていた・・・哀れナタルコン。
オグマが目覚めてから3日後、病室にきらりん、でろりん夫妻、ドガさん達とナタルコン、
そしてオグマ同様全身包帯男状態でリヴィアスがやって来た。その腕に、もう1歳ほどまで
若返ったミールを優しく抱いて。
彼らの誘いにオグマは身を起こす。これからあの世界樹の森で、かつての仲間だった
ケプラスとガノイザー、そして地上の戦いで命を落としたフィガロの葬儀が行われるとなれば
負傷にムチを撃ってでも行かない理由は無かった。
きらりんのルーラで現場に向かう一行。それを見送った魔界一の名医テラージ・ギドは
傍らに立つオグマの父ダルタレクに、辛そうにこう告げた。
「オグマさんは、もう・・・長くないでしょう。」