第125話 英雄を悼む
「フィガロ・・・何と言う姿に!」
世界樹の切り株に建てられた祭壇、そこに横たえられている人間の遺体にオグマが
思わず吐き出す。あの武術会でリヴィアスに力をくれた青年が今、ここで黒焦げの状態で
凍結保存されている・・・なんともやりきれない気持ちになる。
「俺のせいだ・・・どう言い訳する気も無い、フィガロを殺したのはこの俺だ。」
俯いてそう嘆くリヴィアス。自分の戦いに巻き込んで、自分を死の淵から救って
くれた弟分に対して言い訳などできるはずもない。
「ケプラス、ガノイザー・・・まさかお前たちが天界の最後の戦士になるなんてなぁ。」
「最初は怖いだけだったけど、本当に頼もしい二人だったよ。」
でろりんとずるぼんが、横たえられている魔界の超戦士を眺めてこぼす。彼らは天界の
魔法により、その体を竜魔人バランと魔界皇ヒュンケルに作り変えられて、彼らの兵として
魔界に最後の勝負を挑んできた。それはリヴィアスとオグマ、そしてナタルコンの奮戦に
よって退けられ、今再び元の姿に戻っていたのだ、魂の無い死体として。
台座の上には他にも10人ほどの遺体が並べられている、いずれもあの最後の柱の攻防で
ヒュンケルに斬られて命を落とした英傑たちだ。戦いの後半で斬られた者はその直後の
精霊シアの石化で絶命前にダメージを止められていたのだが、そうで無い者はさすがに
救うことは出来なかった。
マヌガン、クラック、パパオ、ネグネグ、そしてヘルヴィーナスのレミーナ。
サルトバーン自警団の主力メンバーもまたその遺体の中にいた。オグマ達と何度も共闘してきた、
かけがえのない仲間達。
祭壇から離れた所で、30人ほどの人間が固まってその光景を眺めていた。
「フィガロさん・・・まさか、父さんが・・・」
テラン国王ダイが、その先にある遺体を見て思わずこぼす。かつて城で自分に仕えてくれた
人当たりのいい兵士だった彼が、あのアルキード王国の生き残りが、またもバランの手にかかって
命を落としたのだから。
「バランは・・・仇を討たれるために蘇ったのだ、その罪を清算するために、な。」
人間ヒュンケルが弟弟子のダイに声をかける。そう、バラン自身がそう言っていた、
そして彼は最後にリヴィアスを救って死んでいったのだ・・・これでフィガロも、アルキードの
民の魂も大いに留飲を下げた事であろう・・・例えそう思うのが偽善であっても。
隣ではラーハルトが俯いたまま言葉も無く立ちすくんでいた。やり場のない悲しみと、
誰にも向けようのない怒り、無力感を抱えて、一切のリアクションが取れなかった。
マトリフも、ポップも、メルルも、マァムも、そしてアバンも同じ心境だった。
犠牲無くして世界が変わる事はまずありえない。分かっている、分かってはいるんだ、
だがそれでもあそこにフィガロが寝ているというのはあまりに理不尽な想いがする。
「おらぁ、どけどけぃ!!」
酒樽を担いで祭壇に来たのは魔界の名工ドガ・カーンだ。後ろには上等そうな
酒瓶を抱えたロン・ベルクも続いている。
「こいつらイケるクチだったんだってな、呑み明かしたかったもんだ。」
そのロンの言葉にふっ、と口元を緩ませるオグマとリヴィアス。そう、ケプラスはその
巨体に相応しいウワバミであったし、フィガロもまたいくら呑んでもケロリとしている
程の酒豪であった。強靭な
今頃彼らはあの世で酒を酌み交わしているんだろう、そしてそれに付き合わされる泣き上戸の
ガノイザーが、フィガロの生き様、死に様を聞いてまた泣く姿がありありと浮かんでくる。
「また盛大に、呑んで弔うか。」
「だな・・・みんな人生最大の強敵と戦って散っていったのだ、祝福しなくっちゃぁ、な。」
ドガさんの提案に周囲の面々が笑顔で答える。この魔界において死は悲しむものではない、
各々の満足のいく死に様で逝けない事こそが悲しいのだ。そして彼らは胸を張って死んでいった、
ならば笑って別れようでは無いか!
-ドオォォン-
「お待たせー。」
ルーラの着地音とともに現れたのは魔王きらりんだ。その横にまぞっほと、背中に大きな
竜の石像を抱えたへろへろを従えて。
「ほいさ!着きましたぜヴェルザー様。」
そう言ってドスンと石像を下ろすへろへろ。その名を聞くよりも早くその石像から発せられる
暗黒の威圧感に全員が、特にダイ達地上組が背筋をぞわっ!と凍らせる。
「フン、本当に地上まで繋がったのだな・・・良いのか魔王よ、この穴が新たな争いを
招く事になるやもしれんぞ。」
ヴェルザーが目を光らせてそうこぼす。残留思念である彼だが今はきらりんの掛けた
地上と魔界は繋がった。ならばお互いに邪な野望を燃やす者が、向こう側の世界に進出し、
悪逆の限りを尽くす可能性も無くは無いのだ、あのアルゴス大陸のヒュードラドン一派のように。
「大丈夫ですよ。魔界には私たちが、地上には勇者たちがいるんですから。」
きらりんがスカートの端をちょん、と持ち上げ、ヒザを曲げてかがみ、冥竜王に礼を尽くす。
こんな目立つ大穴からそんな輩が移動したなら、それこそ勇者ダイや魔王きらりんが気付かない
ハズもない。彼らの目的や態度によっては地上と魔界の最強の制裁が落ちる事だろう。
その説明に納得したヴェルザーが、今度は祭壇の上の死体に目をやる。
「ケプラス、ガノイザー・・・逝ったか。」
かつての部下、そして策略により彼らの故郷を黒の核晶で消し去ってからは、自分の命を
奪うことを決意し、あえて我の復活を待ち続けた竜族の英傑たち。
知恵ある竜族が消えつつある世界で、あるいは彼らが我の後に竜を導いていける
存在になっていたかもしれなかった・・・もはやそれも叶わずだが。
「あれが・・・ヴェルザー。」
「すっげぇな、あの威圧感。ビジョンを見たことはあったけどよ。」
ダイが、ポップがやや遠目にヴェルザーを見てごくり、と喉を鳴らす。かつてバーンとの
最終決戦に映像を送って来た魔界の覇者のドラゴン、その成れの果て。
「今は・・・特に脅威ではありませんね。ですが完全に蘇ったら・・・」
そこで言葉を切るアバン。その先を語る必要は使徒の皆には無かった。そう、またあの
バーンとの大戦が再現される事だろう。
反対側で見ていたヒムもまた、その強大なる存在に身を震わせていた、残留思念でアレかよ!
「ビ、ビビってん、のかぁ?」
「あ、ははははは・・・ンなワケねーだろ!」
横にいたマルタとザンも、魔界の頂点の威圧を感じて震え上がっている。特にマルタは
獣人だけに、獣の本能が”奴には逆らうな”と警鐘を鳴らしまくっている。
その後も次々と魔界の住人が、そして地上からのゲストがやって来る。
かつてオグマとリヴィアスで代理決闘をした集落の人狼メンフィスとサタンジェネラルの
マグマグマ、ベレスのガッフォーも顔を見せ、オグマ達との邂逅や、息子や弟との
再会を楽しむ。
オグマの父ダルタレクと、集落の仲間もやって来た。そこにある英雄の死体を眺めて
彼らは思う。もうオグマは長くない、だが彼らに比べればオグマはまだ幸福と言えるのかも
知れない・・・表面では平静を装いつつ、その時が少しでも遅く来ることを願わずにはいられない。
地上からノヴァとフォブスターのルーラでやって来たのは、チウを筆頭とする獣王遊撃隊の
面々だ。戦士たちの死体を見たチウは、かつての自分たちに習って彼らの銅像を建てる事を
提案する、偶像崇拝の薄い魔界の住人は「面白そうだな」とその提案に乗り気だ。
ちなみに久々の再会を果たしたヒムが、遊撃隊の面々に目を丸くして驚かれたことは
言うまでも無いだろう。
『で、お主は行かんのか?』
「うひゃぁっ!?な、ナタルコンさん?」
世界樹の森の影に隠れて様子を伺っていた精霊、天の8行”降りのレム”が、突如後ろに現れた
顔見知りの魔剣に声をかけられて素っ頓狂な声を出す。その隣にはイタやニカ、そして融合の顎の
主である”昇りのクト”もいた。
ケプラスとガノイザーを送りに来たのなら堂々と行けばよかろう、と勧めるナタルコンに
レムとクトはバツが悪そうな顔をして目を反らす。そう、彼らを倒したのはレムであり、
それを融合の顎に取り込んでバランとヒュンケルを蘇らせたのはクトだ。そのせいで
フィガロもサルトバーンの戦士も皆、命を落としたのだ。彼女らは過去の罪状と、これからの
自分たちの役目の前にと、この葬式を見届けに来ていたのだ・・・
『おおーい皆の者!ここに天界の精霊が来ておるぞーーー!!!』
突然大声でそう叫ぶナタルコン。その声に魔界の住人と地上の人間が一斉にくるん!と
こちらを向く。まともに見つかった精霊たちはひぇっ!と身をを縮めて引く・・・が。
「あ、ああーーーっ!父さんの紋章を持っていった、あの精霊!」
「レムー!来てたんだね!さぁさぁ上座に来てよ!!」
ダイに驚かれた後、すっ飛んできたきらりんに4体まとめて連行される精霊たち。
「おお!あの時世界を救った氷の精霊では無いか、よくぞ来られた!」
「なんと、あの怪物はあんたの使徒か?凄い能力だな。」
「あん時アンタが雨降らしてくれて助かったぜ、ウチの家が燃えずに済んだよ。」
「ンだってぇ?ギガデイン使えんのか・・・さすが天界の精霊。」
てっきり敵意を突きつけられるかと思いきや、何故か大歓迎される精霊たち。
魔界の住人には珍しい存在と言うだけでは無く、その内包する力も尊敬されて何故か
チヤホヤされる始末である。
「やっぱ、魔界の人たちって、絶対変ですーーーっ!!」
レムの絶叫に思わず笑うオグマ、ナタルコン、きらりん、そしてヴェルザー。
リヴィアスの腕に抱かれているミールもまた、きゃっきゃっ、と笑みを見せる。
天地魔界の
酒を浴びるように吞む者。歌って踊り、音楽を奏でる者。死者の思い出を語り合って笑う者、
涙する者。変わった世界の未来に思いを馳せる者。皆がそれぞれに逝った者たちの思い出と、
彼らが変えた世界への祝福を体全体で表現する。
壇上の遺体は等しく火葬に処された。遺体の腐敗を恐れたのもあるが、何より今この場は
地上の空まで繋がっているのだ、天に上る彼らの煙と魂が、魔界と地上を堪能して
天界に行って欲しいという想いが強かった。
新たな時代の到来を告げるカーニバルは、3日3晩のバカ騒ぎを経てお開きとなった。
人がまばらになった後、リヴィアスは壺にフィガロの遺骨を詰める。この骨は
彼の故郷のアルキードに還してやるべきだろうと思っていたから。
そのリヴィアスやオグマ達の前に勇者ダイ達がやって来る。何事か?とダイ達に向き直る
オグマ達に、ダイは一通の手紙を手渡した。
「これ、受け取ってください。地上でもささやかなイベントがあるんです。」
頭にハテナマークを浮かべてその手紙を受け取るオグマ達。が、その後ろにいた
パプニカ王女のレオナ(途中から参加)がぷんすか怒って指を立て、腰を曲げて
オグマ達に付け足す。
「ささやか、じゃないわよ!地上の一大イベントなんだから、その招待状!参加しなかったら
ただじゃおかないんだから!!」
がさがさとその紙を広げる面々。といっても地上の文字で書かれているので、読めたのは
リヴィアスときらりん達だけだったのだが・・・それを見た彼らは思わずおおっ!と声を上げる。
そこに書かれていたのは、シンプルな一行の文字。
-パプニカ国王女レオナと、テラン国国王ダイの結婚の儀-
◇ ◇ ◇
-天界-
「なーんか、すっかり楽しんじゃったなー。」
「まぁいいのでは?どうせ私たちはほどなく・・・」
ニカの声にイタが答える。彼女らはこの後にいよいよ”魔界を閉じる”行為の仕上げが
待っていた。そしてそれを終えた時、自分たちは今のままの姿で存在している事は無い。
いわば彼女達もまた、自分たちの最後の時が間近に迫っていたのだ。
と、歩いていく彼女達の前に、ひとりの精霊が呆然と座っていた。
目の前にあった己の住処、今はガレキの山と化したその廃墟の前に言葉も無く固まっている。
「シル!どうしたのですか・・・これは一体?」
レムが駆け寄って声をかける。今この天界で破壊活動を行う者などありえないはず・・・一体?
唯一その惨状に心当たりがあったのはクトだ。彼女は確かこの天界に”ある機械”を
持ち込んでいたハズ、だがもうその機械は用無しになったはずだった・・・と、なれば!
その懸念を証明するかのように、シルはゆっくりと振り向いた後、辛うじてこの言葉を
絞り出す。
「・・・大変です、世界が・・・天地魔界が・・・このままでは・・・」
-滅びます-
登場人物解説
・精霊、天の8行”流れのシル”
見た目は180cmほどの細身の女性、精霊で唯一、天使のような羽根を持つ。
夢を通じて天啓を与える能力を持ち、そんな人の噂を風に乗せて運ぶ術も持っている。
任務が地上の為、あまり忙しさは無いと思っていたが、あれよあれよという間に魔界勢が
地上に進出してしまった為、場当たり的な対応を繰り返してとうとう最悪の事態を
呼び込みつつある、精霊の中でも屈指のドジっ娘さん。