アルキード王国跡の一角の小屋にて。
「そして空高く舞い上がった彼女は、二度と皆の元に戻っては来ませんでした・・・」
リヴィアスの語りが終わる前に、ベッドに寝転がっていたミールはすぅすぅ寝息を立てていた。
「寝たか・・・おやすみ。」
ミールに掛布団をかけて薄く笑うリヴィアス。彼女はもう人間でいう1歳ほどまで
若返っており、既に言葉すら話せない状態である。
彼女の呪いはたとえ若返ってもそれまでの記憶を引き継いでいるのだが、さすがにこの
幼さまで来ると脳のキャパが追い付かないらしく、彼女は年相応の精神まで文字通り
”赤ちゃん返り”をしてしまっていた。そんな彼女を寝かしつける為に、彼が聞かせた御伽話。
-アルキード王国旗の右翼の羽根、鳳凰セリカの物語-
左翼の強き竜デイーノが男の子向けの御伽話なら、この鳳凰セリカの話はこの国の女の子が
必ずと言っていい程聞かされる物語だ。リヴィアスもかつて、いつか妹のルミナがもう少し
大きくなったら読み聞かせてあげようと、その内容を暗記していたのだ。
幼くして親を無くした醜い小鳥の雛は、ある日美しい鳳凰の羽根を見つける。
「この羽根に願えば、貴方は誰からも愛される存在となるでしょう。」
迷わずお祈りをした彼女は、その姿を美しい鳳凰に変化させた。そのあまりの美しさに
国々の人々も動物もモンスターも、そして竜までも彼女を愛するようになった。
だが、やがて彼女が伴侶を欲するようになった時、遅すぎた過ちに気付くことになる。
万民に愛される彼女のつがいになろうとする者は誰も居なかったのだ、誰もが彼女を
独占する事を恐れ多いと尻込みし、全ての者にこそ愛されるべきだと彼女を神格化して
しまっていたのだ。
-誰からも愛されるという事は、誰からも愛して貰えないという事-
そんな絶望を抱えた鳳凰は、悲しみに暮れたまま天高く舞い上がり、二度と地上に戻って来る
事は無かった。
青い空に溶けて消えた彼女は、いつしか”
それは少女達に、八方美人である事や、偽りの魅力に手を染める事を戒める物語。
「ううう・・・悲しい話だなぁ。」
『うむ、我も流す涙を欲したいものだ』
隣で号泣しているオグマと、目を閉じてしみじみそう語るナタルコンに、リヴィアスは
がくっ!と体を傾ける。
「お前らなぁ・・・子供向け御伽話で泣くなよ。」
呆れるリヴィアスだが、よく考えると無理の無い事だった。魔界の逸話はどれもこれも
戦いにまつわる物ばかりで、恋愛物語など皆無なのだから。
ダイとレオナの結婚式を前に、オグマ達一行は一度このアルキード跡に集結し、先日の
葬儀で遺骨となったフィガロの亡骸を持ち帰り、この地に墓を立てて供養した。
とはいえきらりん達は忙しかった。地上と魔界が繋がった今、その変化にいかに対応するか
課題や仕事は幾らでもあったのだ。
が、オグマもリヴィアスも先日の死闘で未だに重症といっていい状態だ、だがそれでも
魔界に帰れば彼らは体に鞭打ってでも働きかねない・・・きらりんの鶴の一声により、
彼ら二人は結婚式の当日までこの地で静養する事になったのだ。それを確約させるために
ミールの世話を押し付けられた為、彼らも彼女をほっぽって魔界に出向くことが出来なく
なっていた、というわけだ。
と、その小屋のドアをトントン、とノックする音が響いた。こんな夜に誰が?と思いつつ
そのドアを開けるリヴィアス。
「こんばんわ、夜遅くにすいません。なかなか時間とれなくて・・・」
「ゆ・・・勇者、ダイ!?ラーハルトも!」
そこにいたのはテラン国王の勇者ダイその人と、従者の魔族ラーハルトだった。
オグマとナタルコンにミールを任せ、夜の森を歩いていく3人。
満月直前の月明かりが照らし出すフィガロの墓の前、ヒザをついてその簡素な碑に
両手を合わせ、冥福を願うダイとラーハルト。彼らは共にフィガロとは浅からぬ縁があったので
出来るだけ早く墓参りに来たかったのだが、目前に迫るレオナとの婚礼の準備でなかなか
スケジュールが開かなかった。なのでこんな深夜の訪問になってしまったのだ。
「フィガロさん・・・ありがとう、俺を恨まないでいてくれて。」
瞑目した後、そう呟くダイ。彼はダイの父バランに家族を故郷ごと消し去られたのに、
ダイがテランの城に来てからというもの、一言半句の愚痴も雑言も無く次期国王ダイに
仕え続けた。あの武術会の瞬間まで。
その言葉を聞いたリヴィアスは、改めてフィガロという男の凄さを実感せずには
いられなかった。
(あのダイが・・・このテランの王にっ、パプニカ王家に婿入り!?ふざけるなよ!お前の親父が
一体何人殺したと思っているんだッ!兵士じゃない、非戦闘員を・・・だぞ!)
(ダイの本名を知ってますか?”ディーノ”ですよ!よりによって!!なんでアルキードの
伝説の竜の名を、アルキードを滅ぼした奴の息子が名乗ってるんですかっ!!
アイツにその名を名乗る資格なんてどこにも無い!認めない!認めるもんかぁっ!!)
あのデューの一本杉でリヴィアスにぶちまけた怒り、ダイに対する憤懣をフィガロは
ずっと抱え続け、その黒い感情をひたすら押し殺し続けてダイに仕えて来たのだ。
どれほどの苦虫を噛み潰し続けてきたのだろう、何度身を焼く怒りに包まれた事か、
猛らず、爆発せず、ダイにもラーハルトにもそれを悟らせず、彼はずっと耐え続けてきたのだ。
そんな事をダイに伝えてやりたかった、フィガロは心の奥底でお前たちをずっと
すり潰したいほど恨み続けていたんだと、お前たちが与えた心の傷を思い知るがいいさ、と。
だが、それは出来ない。それをやってしまうと、耐え続けたフィガロの年月が無駄になる。
フィガロは最後に俺を庇って、あのバランの超電撃を全身に受け、俺に仇討ちを託したのだ。
そう、フィガロの怨恨は、あの瞬間の為にこそ溜め込まれてきたものなのだ。アイツは
間違いなく俺を救った時、こう思ったに違いない。
-ざまぁみろ、
「リヴィアスさん。俺、あんたに言う事があったんだ。」
そう切り出すダイに、リヴィアスは襟を正す。そして・・・先手を打ったのはリヴィアスの
方だった。
「謝るなよ。」
その言葉に目を丸くして固まるダイ。彼は今まさにリヴィアスとフィガロの墓に
土下座して詫びるつもりでいたのだ。その行動を封じられたダイは、え・・・という悲しそうな
顔でリヴィアスを見上げる。
「俺もフィガロも、親の罪を子供にまで問うつもりは無い。ましてお前は地上を救った勇者、
そして今や一国の王なのだ。立場を弁えねばならんだろう?」
「・・・ずいぶん不自由なんだね、王様って。」
「当たり前だ。」
ダイのワガママをバッサリと切って捨てるリヴィアス。隣に佇むラーハルトは心で
すまん、と俯いて詫びる。
「俺・・・ディーノの名を捨てようと思ってる。」
ダイの言葉にリヴィアスが反応する。それはかつて武術会でリヴィアスが勝利の暁に
要求した事。それはダイに対する少々意地の悪い”復讐”でもあった。
だが今はそんなことを望みはしない、あのバランが復活し、それを倒す事に成功した今、
ダイを恨む理由などもうどこにも無かったのだから。
「いや・・・それはもういい。というかアレは俺も大人気なかったよ、それにラーハルトが
体を張ってそれを阻止したのに、そうするのは彼の献身に反するのではないのか?」
それに対してダイは、確かにそうだけど・・・と呟いた後、顔を上げて宣言する。
「俺・・・ディーノの名は、父さんと母さんが残してくれた、大切な宝物なんだ。」
一度言葉を切り、呼吸を整えてから続きのセリフを紡ぎ出す。
「だから・・・だからこそ、捨てなきゃいけないんだ、大切な名前、だからこそ・・・」
肩を震わせ、手を握りしめて俯いたまま、それだけを絞り出すダイ。
「受けてやってくれ、リヴィアス・・・アルキードの唯一の生き残りよ。」
ラーハルトがそう続ける。どうやら彼も承知の上の事らしい、彼らは相談の上、
自分の
「バラン様・・・いや、バランとソアラ様もきっとそれを願っている。自分たちが我が子に
残した名が、その子に背負わされた罪を消してくれるならば、きっと、な。」
それはダイにとってのけじめなのだろう、無論名前を捨てたくらいでダイの父が
この国の民を皆殺しにした罪は決して消えない。父の罪を子が被る必要が無いと
言うのなら、せめてその罪深き親との縁を切るくらいの辛さは味わなければいけないと
思っているようだ。
やれやれ、という顔でダイに向き合うと、その両肩をぽん、と掴んでリヴィアスは
月明かりに笑顔を照らし出して高らかに宣言する。
「勇者ダイ、我らアルキードの全ての民は、お前を決して罪には問わない!
それは何より、アルキードの強き竜”ディーノ”の心に反する行為だからだ。」
リヴィアスは二人に語る、アルキード王国に伝わる男の子向けの御伽話、強き竜
ディーノの物語を。
誠実で、勇敢で、優しく、そして強い力と心を持った竜の一生。その結末は野望を持った
暗黒竜を打ち倒した後、その暗黒竜の幼い息子に噛み殺されるという結末を迎える。
その時ディーノが残した言葉が、その物語のすべてを象徴していた。
-お前のお父さん、殺しちゃって、ごめんなぁ、坊や-
笑顔でその子供の頭を撫でて死んでいくディーノに、その子は涙を流して後悔する。
それは怒りのままに暴れる事を戒め、真実を見極めることが大切なのだと少年たちに教える
逸話の物語だったのだ。
ダイもラーハルトもその話は心に響いた。ああ、そうか、このリヴィアスという男の
正道を行く姿は、そしてフィガロの己を律する忍耐力は、この話を幼い時に聞かされたがゆえに
育ったんだな・・・心の底に”納得”という感情が、ストンと落ちるのを感じずにはいられなかった。
「ありがとう。」
そう告げてこの地を去るダイ。謝れなくとも感謝は出来る、そしてこれからは前を向いて
歩き続けなければいけない。過去の悲しみをしっかりと飲み込んで、それでも未来に向かって。
-ダイとレオナの結婚式まで、あと3日-