「おおおおお・・・何という舞台、何という人だ!」
『ち、地上では・・・伴侶になる度にこのような、大規模な催しが・・・?』
パプニカ王国の北、サンタリオ岬に新たに建造された大礼拝堂。それは式典会場を
屋外に持ち、周囲には大勢の客を収納できるほどのスペースが儲けられているのみならず
北に目をやれば海を挟んでテラン王国が見渡せるこの場所に建てられたのは、明らかに
パプニカ王女レオナとテラン国王にして世界の救世主、勇者ダイの結婚式の為に用意された
特別な建物であることは明白だ。
が、魔界出身のオグマやナタルコンにとっては、とても
見えなかった・・・これではまるで城か要塞規模ではないか。
「まぁ、一国の王同士。それもあの勇者ダイとパプニカの王女となればだよ。毎回こんな
大イベントやってるわけじゃないって。」
リヴィアスがミールをおぶったまま解説を入れる。さすがに毎度毎度誰かが結婚する度に
この会場が満員になっていたらそれこそ社会が機能しなくなる。とはいえ今日の役目が終われば
順次この会場で挙式をあげる者は多いだろう。ちなみに二番手はヒュンケルとエイミらしい。
既に聖典の間には各国の王が居並んで鎮座しており、国家間の結婚式ともいえるイベントを
待ち構えて待機している。祝福も無論だが、彼らはそれ以上に今日の結婚式に特別な興味と
関心を寄せていた。
結局、テラン王国は後継を決めなかった。結婚後も引き続きダイが国王を続け、かつパプニカの
宰相として両国の発展に力を尽くすことになる。それはレオナも同様で、ここに世にも珍しい
夫婦での二国家統治が始まろうとしていたのだ。
それだけでも異例中の異例だが、加えて先日地上と魔界の通路が開いてしまい、世界の有り様は
大きく変化しようとしていた。両側の安全、摩擦、偏見、価値観の違い、果ては戦争に至るまで
火種は考え出せばキリが無かった。
そんな中でのこの結婚式は、全世界に対して人類の力を示し、地上の安寧と平和の象徴として
魔界に、そして全世界に見せつける強烈なデモンストレーションでもあったのだ。各国の王が
注視するのも、世界中から観客を招いての大イベントになるのもむべなるかな。
オグマ達魔界勢はさすがに聖典の舞台には上がれないが、その外側の最前列、いわば観客たちの
一番前の席が用意されていた。そして彼らの後ろ、全体の1/10ほどの空間は魔界からの客用に
仕切られたスペースとなっている。招待されたオグマ達の他にも、ケートスはじめ魔界の
各所の支配者やその配下の戦士や参謀が地上のイベントに興味津々で見入り、またルーラや
飛行能力を持つ魔族や知性のあるモンスターがトンネルを通って地上に来た際、出口にあった
地上観光のメインにと詰め掛けていた。
そして、オグマやリヴィアスの魔界での友人たちも姿を見せている。父ダルタレクや集落の
仲間達、サルトバーンのドガさんや焼き肉串店のガガラさんなんかも見物に訪れていた。
その観客席に仕切りが成されているように、まだまだ魔界と地上の人間には距離がある。
魔族やモンスターを見て怖がる者はさすがに多いし、魔界の者にしても人間たちからの
そういう視線は嫌でも感じ取れた。
が、だからこそ今日のこのイベントは価値がある。まだまだ摩擦はあれどまずは第一歩、
地上と魔界の歩み寄りが、支配者クラスではなく、一部の勇者や賢者、戦士の話でも無く、
お互いの一般市民同士のレベルで行われるだけでも歴史的な日となるだろう。
が、魔界からのゲストが慣れない地上に圧倒されているのに対し、人間たちはなにか
残念そうな顔を見せている。彼らの会話の中にもどこか
不思議そうな顔をするオグマに、隣に座っているでろりん達が解説を入れる。
「まぁ・・・この天気じゃねぇ。」
「神様も気が利かんのう・・・」
空はまさに曇天にあり、昼下がりとは思えないほどに世界はどんより暗かった。
地上の人間たちの誰もがこの日は抜ける様な晴天を期待していた、明るい未来に向けて
晴れやかな第一歩を踏み出すべき日なのに、これでは未来までお先真っ暗に見えるではないか。
「いっそ雨でも降れば、それはそれでいのにねぇ。」
ずるぼんの言葉通り、雨の日に結婚式を上げればその夫婦は末永く幸せであるというジンクス
がある。雨降って地固まるのことわざの通り、家族がしっかりと根付く縁起のいい雨も
この雲の高さでは期待できそうになかった。
「ね、いっそ私とナタルコンさんでこの雲、蹴散らしちゃおうか。」
きらりんがオグマの方を向いてそうウインクする。確かにナタルコンときらりんの
サムマギアで真空呪文をぶちかませば、この雲も晴れるかもしれないが・・・
「怖がられるからやめとけっての!」
すぐ後ろにいたヒムに頭を軽く小突かれるきらりん。彼は魔王軍から遊撃隊に、つまり
地上に溶け込んだ経験から、むやみに強い力を見せつけるのは人間にいい印象を与えない
事をよく心得ていた。きらりんは涙目でうむー、とヒムを睨むが、横にいたケートスに
それが正解じゃ、と窘められる。
その会話を聞いてオグマは「?」と首を傾げる。確かにあの輝く太陽は素晴らしいが、
この力強さと厚みを持つ雲も、またそれが運んでくる爽やかな風も同様に魅力的であった。
太陽、雲、風、雨。いずれも魔界では縁のない自然の恵み、その中でも人間はこれが良い、
あれは良くないと序列をつけているのか?と思わずにはいられない。
「聞いた話だけど、なんでも結婚式のクライマックスの
夕日と満月が対になって見えるらしい、それを想定して満月の今日になったんだと。」
仕切りを挟んだ隣りからそう教えたのはマトリフだ。夕焼けに染まる茜空と黄金に輝く
満月に照らされてのキスシーンはさぞ映えるであろうに、確かにもったいない。
「ま、なんもかんもうまくいくと後々しんどいから、いいんじゃねぇか?」
首を傾けてこちらに目配せしながら笑顔を向けるマトリフ。彼もまたこの結婚式は
待ちかねたイベントだったのだ、あの大戦を潜り抜け、平和をもたらしたアバンの使徒、俺の
弟子たちがようやく幸せを掴む、その時の為にこそ108歳まで生き延びてきたのだから。
-ドーン、ドーン、ドーン-
「お、始まるぜ!」
高台に据えられた大太鼓の音が力強く響き渡る、叩いているのは何とクロコダインだ。
その音に導かれるように、新郎新婦のベストフレンドであるポップとマァムが神父を連れて
入場してくる。神父を教壇まで誘導した後、二人はスッと舞台を降りる。
続いて入場してきたのは両国の首脳クラスだ。パプニカ側は筆頭家老のバダックに
アポロ、マリン、エイミの3賢者。テラン側は前王(現:相談役)のフォルケンが乗る車椅子を
カナルが押し、後ろにはラーハルトとブラスが続いている。
入場口にそって並んだ一行は手にした槍や杖をびしぃっ!と立て、新郎新婦が通る通路を
守るガードレールのように立ち並ぶ。
そして会場に美しいハープオルガンの音色が流れ出す。
-新郎新婦のご入場です-
観客全員が食い入るようにして見守る中、まずはダイが姿を見せる。青と黒を基調とした
勇者スタイルをタキシードでイメージさせたコーディネイトは、確かに王と勇者の両方の
イメージにぴったりだ。
続いてレオナが、やや金色がかった白のドレスに身を包み静やかに登場する。彼女の金髪が
まるでドレスに反射し波打つようなその美しさが、会場の全ての者の目を、心を射抜く。
-おおおおお・・・-
会場中から思わず洩れる溜め息。だかそれも無理もない話だ、神父の前に居並んだ
新郎新婦はまさに絵画の世界、神話の具現化、おとぎ話の挿絵かのごとくの美しさと
凛とした存在感を存分にたたえていたのだから。まさに”絵になる二人”以外の表現が
見当たらなかった・・・本当にこれは現実の光景なのか。
が、式はそこから残念な方向にペースダウンする。なにせ国王同士の結婚だけに、様々な
契約や法律の明文化、そして各国の王の承諾を経てからでないと先に進めないのだ。
国家的には必要な、だが愛するご両人にはお預けを食らうだけの無駄な宣言や祝辞が
延々と続いていく。
実はこの流れ、2人の為にとラーハルトやブラス、マトリフ、アバンや各国の王たちが
念には念を入れて念入りに練り上げた筋書きなのだ。かつてのバランやマトリフが受けた
国制に対する悲劇を防ぎ、かの大魔王バーンが語っていた”強者に対する組織的な
否定を世界中に、そして魔界に対してアピールする狙いがあったのだ。
すべての契約書が紡がれ、宣言が読み終わり、ようやく指輪の交換の儀まで進む。
パプニカ王家秘宝”囁きの女神”と呼ばれるリングがダイに、テラン国宝”竜の瞳”の名を持つ
指輪がレオナに、それぞれの左手の薬指に差し込まれると、会場は拍手と歓喜に包まれた。
-それでは、誓いの
神父の言葉に、一同はしん、と息をのむ。ついにこの時が来たか、と。
先の長々とした儀式に観客の面々が耐えたのは、何よりこの瞬間には雲も晴れて夕焼けと
満月の中でのキスシーンが見られるかもしれないとの思いがあった。だが空は未だに
曇天と曇り、青空を覗かせる事は無かった。
それでも神秘的なシーンを期待して壇上を見る。15歳相当のダイはレオナよりやや背が低い、
なのでレオナが上から、ダイがやや下からお互いを見つめる構図になるが、それがまた独特の
神秘性を醸し出している・・・ホント何をやっても絵になる二人だ。
レオナが頭を振って顔にかかるベールを取り払う、本来はダイがカーテンを開けるように
するはずだったのだが、ここで彼女のお転婆発揮である。見ていたバダックと3賢者が
”あーあ、やっちゃった”という顔で呆れ笑いをする。
ダイがレオナの腰に手を回し、レオナは上からダイの肩を抱え込む。キスの前の
思わぬ抱擁シーンに会場の少女たちが顔を赤らめて黄色い声を出す。まぁダイと
レオナの体格差が自然とこういうポーズに導いただけなのだが、確かに珍しい光景だ。
両者が見つめ合い、その唇をほんの少し紡ぎ出して、その時を迎える。
その時、曇天の空からひとすじの光が、二人を包むように照らし出す。
まるでスポットライトを浴びるかのように、薄暗い景色の中に浮かび上がる二人。
「え・・・なに?あれ。」
ほとんどの観客がその神秘的な演出に震える中、数名の者がその不思議な光に気付く。
今、時刻は夕方のはずだ。なのにあの光は二人を真上から照らしている・・・そんな疑問を
抱いた者たちが天を見上げ、その光源を目にする。
それは太陽の光では無かった。一粒の光がまるで雫のように、雲の隙間からゆっくりと
降りて来て、直下の二人を祝福するように照らし出していたのだ。
だが、ダイもレオナも気は逸れない。目の前のお互いの顔が光に照らされたのは、単に
雲が晴れただけだと思っていた。何よりこの大事な一瞬、何者も何事も愛し合う二人の
口づけを止めることなど・・・
-ひどいなぁ2人とも、結婚式ならボクも呼んでくれなきゃ-
「・・・え?」
「あ・・・」
二人の動きが止まる。その声はダイの記憶に深く刻まれた声であり、レオナにとっても
その響きは心にしみた記憶を持つ、独特の音色。
-あ、こっちのほうがいいかな?-
-ピィーーッ♪-
がばぁっ!!
ダイが、レオナが、抱き合ったまま勢いよく上空を見上げる!
落ちてくる黄金の光はやや速度を落とし、やや縦に潰れて球体に近くなっていく。
そして、その球体の左右に、やはり黄金の翼を生やしてゆく。
-がたがたがたっ!!-
でろりん達4人が、ロモス王が、アバンの使徒が、それぞれの席から一斉に立ち上がる。
忘れようもないあの姿を目にし、今日のこの日に、この地に降臨したその奇跡に、彼らは
打ち震えていた。
「「ゴメちゃあぁぁぁぁぁぁんっ!!」」
ダイが、レオナが、ポップが、マァムが、一斉に声を張り上げる。ブラス老がおお!と
感慨に浸り、客席のチウや遊撃隊の面々が、隊員二号の復活に涙目で飛び上がって歓喜する。
やがてダイとレオナの間に降りてくるゴメ。その大きさはかつてより相当大きく、
横幅で1メートルほどもあった、普通のスライムとキングスライムの中間ほどか。
「ゴメちゃんっ!」
「もう!来るなら先に言っててよね!!」
ダイとレオナがゴメをサンドイッチにする。懐かしい輝き、その声。そして絶望の淵に
あった世界を救った奇跡、世界中の人々の心を一つにした、ダイの
しばらく抱き固まっていたが、やがてゴメが「キリがないなぁ」という顔をして、その羽根で
ダイとレオナを体から離す。そしてダイに向かってこう告げた。
「ダイ、積もる話はあるけど、その前に大事なことがあるよね。」
ゴメが翼で指し示したその先、舞台の端にいたのは小さな子供を抱えた人間の青年。
関係者と王族以外立ち入れない舞台に上がったその不法侵入者に、全員がごくり、と息をのむ。
「リヴィアス・・・ミールさん・・・」
「そいつが・・・”神の涙”か、勇者ダイ。」