魔界のオグマ   作:三流FLASH職人

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第131話 届けたかったこと。

『な・・んと!』

「お、おおお・・・」

 下を見て固まる機械竜に習って、眼下に目をやったナタルコンとオグマが、そのあまりに

壮大で美しい光景に思わず息を吐く。

 漆黒の宇宙に青く輝くその巨大すぎる球体、要所に純白の雲を散りばめて闇に浮かぶ

その鮮烈かつ圧倒的な存在。それは彼らが見たことはおろか想像した事すらない物だ。

 

 だが、そして、それこそが自分たちの世界、天地魔界のひとつとなった姿。

 

「これが・・・天地魔界、我らの・・・世界。」

 オグマの言葉に続いて、ナタルコンが機械竜の方を見上げて問う。

『天界も、この眼下の青い球の中に・・・?』

 

『そう・・・天界はあの雲の一番高い所あたりにある、結界が張ってある故に素通りして

ここまで来たが・・・』

 機械竜が敵意の無い声でそう返す。彼女はここに至ることで、自分の存在意義を、

そして竜水晶として在り続けた日々を思い出していた。

 

 長き間ただ神殿で竜の騎士を待ち続け、導き、そしてまた眠りにつく。何度も、何世代も。

そしてついに悪の存在が竜の騎士を超え、母体である聖母竜が騎士に取り込まれ消滅、その

残留思念である自分だけが残された。キラーマシンを改良して依り代を作り、騎士に変わって

我こそが悪を制裁する存在を志した、精霊に出会い、その体をさらに生物に近しい物にまで

昇華した。 

 

 だが、敵がいなかった。神は我に戦うべき敵すら与えてはくれなかったのだ。

 

 神を憂いた、精霊に失望した、人間に落胆した、魔族に怒った。竜の騎士に・・・

皆、我を置いて和合し、勝手に幸せになっていった・・・我を、我だけを置き去りにして。

 

 そして今、我はその怒りを原動力に、この場まで駆け上がって来た。そして見た、

神々ですら見た事の無い、天地魔界の真のその姿を。

 人も、魔も、神も、この天地魔界の中にあって、まるで芥子粒のような存在でしか

無かったのだ。勇者も、魔王も、王も、この世界の雄大さに比して何と小さな事か。

 

『そうか、我はこの光景を見るためにこそ、存在して来たのだな・・・』

 神殿で鎮座する日々も、明確な自我を持ち得た事も、聖母竜に去られてこの世界に

置き去りにされたことも、己の身を機械とし、宇宙に駆け上がる力を得た事も、全ての存在を

憎み、消し去るべくこの高さまで登って来たのも、全てはこの時の為の助走でしか

無かったのだ・・・

神すらも目に出来ぬ、この光景を見る事が。

 

『本当に・・・美しい。』

 もう一度そうこぼす機械竜。この世の誰も見る事が出来ない世界そのものを、誰よりも

先に目にする事が出来た・・・宇宙に浮かぶ自分と、この巨大な青い星。それが今まさに

対等にいる。世界の全てと、我が。

 

『神は我に敵すら与えなかった。だが我は神をも超える所まで達した・・・ならば。』

「俺が・・・いるじゃ、ないか・・・寂しい事を、言うなよ・・・」

 竜の呟きに応えたのはオグマだった。彼もまた機械竜の、そして竜水晶の孤独を

感じ取っていたのだ。先日の魔界皇ヒュンケルとの戦いでも、彼は敵を欲し満足のいく

戦いでこそ果てたいと思っていた・・・この機械竜もまた、同じなのだと。

 

 -敵を知れ、尊敬しろ、学べ・・・そして、その心の内を知れ-

 

 戦士オグマの根幹をなす教えが、命の灯の付きかけようとしていた彼に最後の

使命を与える。この孤独な竜の敵になってやる事・・・そしてその憎しみをこの身にて

受け止めてやる事、それが彼に出来る最後の仕事。

『我もいるぞ機械竜よ、お主を満足させられるかは分からぬが・・・のう。』

 ナタルコンもそう続く。もはやオグマが指一本も動かせない以上、ナタルコンがどう

頑張ってもこやつに勝てなどしないだろう。だがそれでもこやつのささやかな望みを

叶えてやるくらいは成せるはずだ。

 

『案ずることは無い、我はもう、この世界を滅したいとは思わない。』

機械竜の言葉に、オグマが、そしてナタルコンが安堵して答える。

「そうか・・・それは、良かった・・・」

『美しさに当てられたか、良きかな。』

 

 

『我が敵、魔界のオグマ、そして魔剣ナタルコンよ・・・頼みたいことがある。』

 その言葉に目線を竜に向け、小さく頷くオグマ、心で頷くナタルコン。

『我に・・・名を、与えてくれ。竜水晶でも無い、機械竜でも無い、この世界と共に

在り続ける為に・・・この場所で孤独に、世界の対としてこの場で居続ける為に・・・』

 すでに彼らはこの星の衛星軌道上に乗っていた。ここから動かなければ機械竜は

この星の衛星として、永遠に星を周回し続けるだけの存在となるだろう。

 そうする事を彼女はすでに決めていた。ただ彼女は欲しかったのだ、竜水晶という

物体の名では無く、機械竜(キラードラゴン)という畏怖の称号でも無く、もっと別の、己を示す名という

宝物を胸に抱いていたかったのだ。

 

「名前・・・か。」

 瞑目するオグマとナタルコン。名前とは本来、その者が誕生した時にどのような者に

成って欲しいかという願いを込めて付けるもの、またはその者が持つイメージを

呼称として付けるケースがある。

 

 オグマ、雄々しい熊人という願いを父から託されて与えられた名前。

 

 ナタルコン、鉈より生まれてオリハルコンより優れた存在として主がつけた名前。

 

 じゃあ、この機械竜に与えるべき名は・・・何だ?

 

 長き孤独の苦痛に耐え、全ての者から疎外感を受け、その身で天高く舞い上がった竜。

そして天地魔界の全容を見て、感じ入って、世界そのものと相対して・・・愛し合って

生きて行こうと決めた、その存在に相応しい名が・・・

 

「・・・あ。」

『・・・うむ!』

 

 あった。彼女そのものとすら言える存在が。先日聞かされた、いたく心に染みる哀しい

物語。全ての者に愛されることが、誰からも愛されない事を知って天に還った、悲しい

鳳凰の物語、その主人公の名を。

 

 -天空(セリカ)

 

『セリカ・・・フフ、セリカ、か。いい名前。』

 満足そうにそう呟く天空の白竜(セリカ)。今、彼女は己の生きる意味を見出し、その名を

胸に抱いて人々の記憶から去る、その一歩を踏み出す。寂しくは無い、我にこの

雄大な世界と、その胸に抱いた名のある限り。

 

『ありがとう、オグマ、ナタルコン。そして・・・さようなら。』

 スッ、と彼らを掴んでいた足を緩め、オグマを虚空に開放する。ここからは私一人でいい、

彼らは帰るべきところがある、これからは私だけがこの光景を独り占めしよう。

 

「ああ・・・さらばだ。」

『お主の事は、我が忘れぬよ・・・いつかまた悠久の時の中で、な。』

オグマとナタルコンが返す時には、すでにセリカは空の向こうに小さくなって行っていた。

 

 

 ナタルコンは飛行能力を使い、オグマに握られたまま降下を開始する。すでに真空檻(バギ・カプス)

中の酸素は希薄になっており、一刻も早く地上に戻らないとオグマの生命が危うい。

だが急激な降下は気圧変化や摩擦による高温を招く、急ぎたいのに急げないジレンマを

抱えながらも、ナタルコンは最善の降下方法を選択していく。

 

真空通過(バギスルール)。』

 高温を招かないために浅い角度で降下するオグマを弾き返そうとした”空気の壁”を

ナタルコンが気流を起こしてかき分け、通過していく。これならオグマを高温に晒さずに

降下できるはずだ。

 

 真空呪文(バギ)

 思えば何と便利な呪文なのだろう、単にカマイタチで相手を攻撃するにとどまらず、

酸素を消して火を消し去る、竜巻を起こして雷雲を蹴散らす、空気を振動させて声を出し、

それを拡声して広く伝える、宇宙で気密のカプセルを作り、今また降下を阻む空気の壁を

下から上に受け流し、オグマを地上に送り届けんとする。

 

 星の夜側に入る。漆黒に染まった地上に明かりがまるで星のように灯る。それもまた

得も言われぬ美しさを醸し出している、嗚呼、天地魔界のなんと美しい事か。

「なぁ・・・ナタルコン。みんなに、聞かせて、やらねば・・な。」

『うむ、あの美しさを皆に伝えずにはおれぬな。』

 ゆっくりと、ゆっくりと高度を下げながら、オグマとナタルコンは話す。これからの

世界の為に、自分たちがあの宇宙で見て、感じて、そして知ったことを。

 

「あの御伽話、最後に一節を付け足しても・・・いいな。」

『面白いな、天に昇った鳳凰(セリカ)は、世界と伴侶となって幸せに暮らしました・・・か。』

「は、はは・・・そりゃいいや。」

 

 伝えたいことがあるんだ、届けたい事がたくさんあるんだ、みんなに。

魔界の仲間、父や集落のみんな、サルトバーンの陽気な面々、地上の勇者や王、人間たち、

地上や魔界のモンスター達、天界の精霊たち、そして・・・

「リヴィアス、ミール・・・きらりん殿・・・でろりん、ずるぼん、へろへろ、まぞっほ・・・」

共に戦った、かけがえのない仲間達(パーティ)。彼らに是非伝えたい、この天地魔界の

美しさと雄大さを、それを直接目にした者として・・・

 

 だが、彼にその時間はもう、残されていなかった。

 

 

 地平線に朝日が昇る、再び昼半球の側に差し掛かった時、ようやく一匹と一振りは

その高度を1000mほどまで降下させていた。そして朝日が照らす地平線に、ひとつの

背の高い建物がシルエットとして浮かび上がっていた。

 

『あれは・・・パプニカの礼拝堂。星を一周してここまで舞い戻って来たか。』

 しみじみ嘆くナタルコン、だが数瞬待ってもオグマからの返事は無い・・・無い!

『オグマ!オグマよ、答えろっ!見えぬか、礼拝堂だ!皆の居るあの場だ・・・起きろおぉぉ!!』

 悲鳴に近い声で絶叫するナタルコン、まだだ、まだ死ぬな!あの場にはきらりんも

大魔導士もいる、あそこまで辿り着ければまだ望みはあるのだ!

 

『伝えたいことが・・・あるのだろうが!目を覚ませ、起きろ!魔界のオグマあぁぁぁっ!!!』

 

 

 うっすらと目を開ける。眩しい朝日の下にあったのは、懐かしい仲間たちの歓喜の光景、

リヴィアス、ミール、きらりん殿、でろりん達・・・父よ、マルタ、ザン、チウ殿、

クロコダイン殿、マトリフ殿、アバン殿、ポップ殿にメルル殿、そして・・・勇者ダイ。

 

 皆、どうして泣きながら笑っているん・・だ?そんなに顔をくしゃくしゃに・・・歪めて。

 

 

     ◇           ◇           ◇    

 

 

「おいっ!ありゃ、オグマの奴じゃねぇか!?」

 パプニカの新礼拝堂、誰もが朝日を見て目を細める中、反対の西の空に浮かぶ

ソレに真っ先に気付いたのはでろりんだった。その叫びに全員が朝日の逆側を凝視する。

 

 彼らはあれから、いつ機械竜の”()”が降ってきてもいいように全員で天を凝視し

その軌道を読んで人々をルーラで避けさせるように待機し続けていたのだ。

 きらりん曰くあのブレスに防御光膜呪文(フバーハ)は効かない、ならば降ってくる軌道を見極めて

ルーラで大きく躱すしかない、魔導士一人につき何十人もの民を寄り添わせ、いつアレが

降ってきてもいいように構えていたのだ。

 だが、夜になり朝になっても、あの”()”は降ってこなかった。その事実は彼らに

淡い期待を抱かせていたのだ、共に宇宙に飛んだ人熊(ウォーベア)と魔剣が、あの恐るべき竜を

倒してくれたのではないか、と。

 

「ホントだ!オグマ君だよ!!」

「ってコトは!やりゃあがったのか、アイツっ!」

 朝日を受け、ナタルコンにぶら下がってこちらに降りてくるオグマを見て人々は

顔を綻ばせ、次の瞬間には歓喜を爆発させた。彼らのゆっくりとした降下が、事態の収束を

示していたからだ。やった、やってくれた!魔界の戦士が!!

 

「オグマさーんっ!!」

 ぶんぶん手を振ってアピールするきらりん。真っすぐ自分たちの所に向かう彼らに

こっちだよー!と示して迎え入れようとする。リヴィアスとミールも寄り添った状態で

その雄姿に手を掲げ、喜びを爆発させる。

 

 誰もが歓喜していた。魔界の英雄の凱旋を受け入れるつもりでいた。その時はもう刻一刻と

迫っていた・・・

 

 やがて、オグマの貌がはっきりと、朝日によって照らし出される。

 

 その死に顔(デスマスク)に、誰もが無言で、口を開けて固まっていた。

 

 

 -ドザァッ!-

 

 地上からわずか3mほどの所で、オグマはナタルコンを力なく放し、地に倒れ伏した。

 

 

 悲鳴と嗚咽と、生存への必死の激をミックスした大勢の声がオグマを包む。

「しっかりしろ!オグマあぁぁぁぁっ!」

「いやあぁぁぁオグマさあぁぁんっ!!」

「バッカ野郎!ここにきて力尽きる奴があるかあぁぁっ!!

回復呪文(ホイミ)を、蘇生呪文(ザオラル)を・・・急げえぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 だがそれは、オグマの耳にはもう・・・届いていなかった。

 

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