魔界のオグマ   作:三流FLASH職人

132 / 136
第132話 オグマの辿り着いた、その夢の先。

「・・・あれ?」

 オグマが気付いた時、そこは一面の花畑のただ中だった。美しい、だがどこか

生気を感じない花々と、周囲に立ち込めた白い霧のようなモヤに包まれた世界。

 そして・・・オグマは自らの体に力が、力感が全くない感覚を覚えていた。まるで水に

浸かっているような、どこかフワフワしたような無力感。

 

「ああ、そうか・・・俺は、死んだのか。」

 思わずそうこぼす。つい先日かのヒュンケルの手によって、ナタルコンに貫かれた時もそんな

夢を見たものだが、今はよりはっきりとそれを実感できる。あの時より無力感が

より強く、それでいて意識がはっきりとしている、それが今の状況をより明確に意識させた。

 

 歩き続ける、見知らぬ所ではあるが、その足は意志に反して歩みを止めない。まるで

何者かに導かれるかのように歩を進め、やがて霧の中から現れた神殿のような建物の前に立つ。

そこには、オグマと同じ、だがはるかに大柄な人熊(ウォーベア)が佇んでいた。

 

「よく来たな、魔界の戦士オグマよ。」

「・・・貴方は?」

 父ダルタレクよりもさらに大きな、6mほどもある見事な巨躯を見上げてオグマが返す。

およそ人熊という種族の限界に思えるその大きな体にそぐわぬ温厚な表情で、その老人熊は

柔らかく返す。

「ワシは獣の神、ガルドリオンじゃ。お主らにはガルドの名の方が通っているかのう。」

 

「ガルド・・・あの伝説の、獣人の英雄ガルド様?」

 目を丸くして返すオグマ。その名は魔界では獣人族の間で知らぬ者はない。かつての

魔界皇ヒュンケルの片腕で、彼が暗殺されてからは多くの獣人を導き救った豪傑。魔族や

竜族に比して弱かった獣人たちを戦乱の世で救い導いた偉人の名。そしてオグマの遠い

先祖として伝え聞いた名前。

「ふぉっふぉっふぉ、今やお主の方が英雄かもしれんぞ。」

そう穏やかに笑った後、彼はオグマを見下ろして言葉を続ける。

「お主は良く天寿を全うした。魔界の為に奔走し、その命尽きるまで数々の功績を

世に残した、見事なものであったぞ。」

 

 その言葉を受けてオグマは思う。ああ、やはり俺は死んだのか、と。

「・・・理解しておるようじゃな、己の死を。」

こくりと頷いてガルドを見上げるオグマ。ならば、これから俺はどうなる?との疑問を抱いて。

「本来ならお主はこれから、違う個として魂を輪廻させ、再び世に生まれ変わることになる。

記憶も、存在も、全く新たに作り替えて、な。これを輪廻転生と言う。」

 天寿を全うしてこの天界に来た魂は、その全てをリセットして新たなる命に宿るのが理だ。

禁呪法で生まれた魂や、意志の強すぎるがゆえに前世の記憶と野望を離さない魂を除いて。

 

「じゃがのう、お主にはそれとは別の”先”を歩んでもらいたい、じゃからお主の魂は

生前の姿を保っておるのじゃよ。」

 ガルドは語る。本来死んだ者の魂は単なる光の玉で、今のオグマのように生前の姿を

保ったままでいることは無い、オグマが例外なのは、神々の意志でそうあるのだと。

 

「魔界のオグマよ、魔界の者を導き、その未来を(ひら)く存在になってはくれぬか。」

「・・・え?」

 ガルドの思わぬ言葉がオグマの琴線に触れる。そう、自分は常に父のように、集落の仲間を

導いていけるような立派な人熊になろうと志してきた。そんな自分にとって魔界そのものを

導いていける存在に・・・俺が、なれるのか?

「そんな事が、今の俺に、出来るのか?」

 己の両手をじっと見てそうこぼす。今の自分はあまりに無力で、この先も強くなれる

気が全くしない、体を鍛える事すら出来る気はしなく、その意志(モチベーション)も沸いてこない。

「お主にしか出来ぬのじゃよ・・・どうだ、やってみるか?」

その言葉に、目線をガルドに向け直してオグマは力強く返す。

「それこそ俺の目指した道だ、それが叶うなら是非!」

 

 その返しにガルドも満足そうにうむ!と頷く。と、その背中からひとりの女性が

ひょっこりと顔を出す、満面の笑顔を浮かべて。

「よかった、オグマさんならそう言うと思ったけど。」

「あ・・・レム、レムじゃないか!」 

かつて共に旅をし、時には恐るべき敵となった雪と冷気の精霊”降りのレム”がそこにいた。

 そしてオグマは、今の自分がレムと同じ、生き物の姿を持った精神体である事を自覚する。

神であるガルドは己の肉体を持っているが、俺やレムは魂が生き物の形をしているだけだ、

そうか、俺は精霊と同じ存在になっているのか・・・

 

 -精霊などに何程の事が出来るものか-

 -神の意向に従っていれば全て上手くいくという思い込みの塊じゃからのう-

 かのナタルコンやロズテナーの言葉を思い出し、オグマは心に納得の感情がストンと

落ちるのを感じていた。どこか与えられた力頼みで、逆境を切り開く力も、自らを鍛え

強くなろうとする意志も感じなかった精霊たち。そんな彼女たちの根幹は今の自分が感じている

無力感にこそあったのだ・・・彼女たちにしてみれば、自らを奮い立たせ、努力して強くなるなど

ありえなかった、ただ神々に与えられた力にすがるように、まるで綱渡りのように戦うしか

無かったのだ、そういう存在だったのだ、彼女たちは。

 

 そして今の自分も。

 

「すまぬなレム、そして精霊達よ。俺はかつてお前たちの事を誤解していた、

だが今ならわかる、お前たちがいかにして使命を成そうとしていたのかを。」

努力して強くなる、そんな当たり前の事が、彼女たちにとっては叶わぬ夢であったのだ。

 

「いいんですよ。それより入って下さい、みなさんお待ちですよ。」

そう言って神殿の扉に向き直り、ガルドと共に聞き取れない呪文を唱えると、その扉が

ゴウン・・・と音を立てて開いた。ガルド達に続いてその中に入っていくオグマ。

 

 神殿の中には大きな魔法陣、そしてその先は壇上になっており、そこに様々な種族が

居並んで立っていた。それはガルドと同じく、この場に肉体を持って具現している存在、

彼らもまた”神”なのだろう。

 魔法陣の8角形の頂点には、それぞれ精霊が一人ずつ立っていた。正面には因縁深き

”輝きのシア”が正面からオグマを見つめ、隣では”轟のニカ”が「よっ!」と笑って

手を振っている。神殿に入ったレムもまた、その魔法陣の一角に歩いていく。

 

「よくぞ参った、オグマよ。」

「すいぶんな歓迎、痛み入る。神々・・・なのですな。」

 彼らの配置も、用意された魔法陣も、その場の全てがオグマを待っていたことを感じ、

壇上に一礼するオグマ。

「理解が早くて助かるわい、ワシは魔族の神アグレシルじゃ。まずはそこのシアから

話を聞いてくれい。」

 そう言ってシアに掌をかざすアグレシル、答えてシアが少し瞑目した後、オグマに向けて

言葉を発する。

「魔界のオグマ、貴方には私たちと共に、魔界の気象(ラナ)となって欲しいのです。」

 

「・・・ラナ?」

「私たち天の8行は”魔界を閉じる”ことを使命とします・・・ですがそれは魔界を圧し潰す

事では無く、逆に豊かにすること、それが神々の真意だったのです。」

 その言葉にオグマは冷たいものを感じた。もう終わったと思っていた”魔界を閉じる”を

再び持ち出され、未だそれを諦めていない彼女達や神々に戦慄を覚える。が、豊かにする?

「魔界は過酷な環境なればこそ強者を生む、そしてその強者が地上や魔界に覇を唱えんとする。

なれば魔界を地上のような豊穣の世界にすれば、強者を生む温床とならずに済む。

それこそが神々の”魔界を閉じる”計画の姿だったのです。」

 

「魔界を・・・地上並みに、豊かに?」

 夢物語のような話に思わず目を見開くオグマ。そんな事が可能なのか?という顔のオグマに

シアは言葉を続ける。

「私たち”天の8行”は、天が地上に与える8つの恵みを真名(マナ)として持ちます。その力を

持って魔界の気象(ラナ)となり、魔界を地上と等しい環境と成すのです。」

 その言葉が終わると同時、8人の精霊が一斉にオグマの方を向き、一人ずつが自らが

成る存在を語る。

 

「私は昇り(雲)のクト、その力を持って魔界に雲をもたらします。」

「落ち(雨)のイタ、魔界に雨を降らせ、水の循環を促します。」

「あたいはその際に溜まったエネルギーを、飽和しないように散らすのが使命、

この轟き(雷)のニカの雷でな!」

「私はまぁ、話すまでもありませんね、降り(雪)のレム、魔界に雪と寒気を。」

 

「魔界は空気も籠りますからね。私、流れ(風)のシルが空気を流しましょう。」

「瞬き(星)のサナ、夜に輝く私の輝きは、魔界に季節と方位を示すでしょう。」

「満欠(月)のネル、月齢を示し、日々の経過と周期を魔界に。」

 どこかそっけなく答えたサナとネルに、ニカがきっしっし、と笑顔を見せる。二人は

オグマ達魔界勢に結構してやられており、オグマを見る目もどこかジト目気味である。

 

 が、オグマはその二人の言葉により引かれた。先の5人はまぁ分かる、だが本来

地上でしか目に出来ない星々や月の光を・・・どうやって、魔界に?

「私たちの力を使えば、魔界の”天の大地”を透過して、宇宙からの光を届ける事が

出来るのですよ。」

 答えたのはシアだ。思えばあの天の大地は時にうっすらと発光していた、それはもしや

地上の光が少々なりとも魔界まで届いていたのか・・・それを全て、スルーできると!?

 

「そして私は、輝き(太陽)のシア。魔界の者の悲願であり、貴方の将である魔王

きらりんに示唆された光・・・太陽の光を魔界に届けます。」

 

 ぞわあぁぁぁっ!

オグマの全身に電撃が走る。なんと、なんと魔界に太陽の光を届ける!?

地上が受ける恩恵の全てを、魔界にももたらしてくれると言うのか・・・この”天の8行”が!

 

 -うおぉぉぉぉーーーーっ!地上おぉぉぉぉぉぉぉーーーー!-

 

 忘れもしない、初めて地上に到達した時に見た、あの太陽の輝きを。

生命の力に溢れる、地上の豊かで鮮やかなその世界を!そしてそれを魔界の皆に届けたいと

強く願ったあの時の想いを・・・叶えてくれると言うのか!!

 

 オグマは自然に、彼女らに土下座していた。それは心からの願い、そして感謝。

 

「ってオグマさん、待って下さいよ、ここからが肝心なんですから。」

「いーじゃねぇか、あの魔界のオグマに土下座してもらうなんざ溜飲が下がるぜ、なぁ

サナにネル♪」

 レムに続いてのニカの意地悪な言葉に、サナとネルが目を反らしてぽりぽり頬をかく。

「ま、まぁ悪い気はしないけど・・・」

 

「ですがオグマよ、それだけではやはり駄目だったのです。」

 そのシアの言葉に顔を上げるオグマ。自分の、そして魔界の悲願を成すのに、まだ

何か足りないというのだろうか・・・?

「魔界には高温のマグマがあります。閉鎖された空間で、太陽と地熱の両方で熱されれば

いかにレムやシルの力をもってしても、やがて魔界は灼熱地獄と化すでしょう。」

 あ、と口を開け、立ち上がるオグマ。そう、魔界に太陽なくとも生物が生きていけるのは

地熱の存在がとても大きかった。熱が宇宙に抜ける地上と違って、マグマと太陽の両方で

魔界が熱されれば、やがては・・・

 

「だからこそ魔界のオグマ、貴方に魔界のマグマを統括する者となって欲しいのです。」

 壇上からそう告げたのは神々の1人、人間の姿を取った老女神イヴノウンだ。シアの

主神である彼女は、オグマに何と一礼して言葉を続ける。

「地からの恵みであるマグマを操る存在、いわば精霊”地の1行”となって、シア達と

共に魔界を豊かにしてほしい・・・そのために貴方をここに招きました。」

 神がオグマに頭を下げたことに驚愕する精霊たちを尻目に、壇上の神々が次々と

オグマに声をかける。

 

「その資格があるのは、真に魔界を憂う者のみじゃ。お主ならばきっと・・・」

「邪な心有れば、その力で魔界を滅ぼしかねぬからの。」

「イヴノウンがお主の集落にシアを遣わしたのは、実はそう言う意図があったのじゃ。」

「可能性の話でしか無かったがな。主の艱難辛苦の旅の果てに、見事資格を得たのじゃ。」

魔族の神(アグレシル)が、虫の神(クローツェル)が、海獣の神(リマ・シィン)が、鳥の神(アルバ)が、それぞれ一歩ずつ前に出て

オグマに一礼し、言葉を紡いでいく。天界に神が存在して以来初の、神々の

他に対しての依頼と、礼。

 

「無論おぬしらもじゃ、”天の8行”よ。その存在を気象(ラナ)と成せば、もう二度と

自我は持てぬ・・・すまぬが頼むぞ。」

竜の神(ネスカトル)の一礼に、精霊たちは一斉にずざざっ!と後ずさりし、手を顔の前に揃えて

ぶんぶん首を振って恐縮する。なんと勿体ない心遣いか、と。

 

「今ならまだ拒否して、普通の輪廻転生を成すこともできる・・・どうするかの?」

巨大な人面樹の姿を取った植物の神(ポメイル)が確認を取る。最後に決めるのはオグマ自身、

その決断に全員が固唾を飲んで見守る。

 

「もちろん・・・やる!魔界のマグマと成って、魔界を導こう!!」

 どん!と胸板を叩いて、神々に、精霊に堂々と返すオグマ。今自分はあの精霊たちと

同じ弱々しい存在となってもなお、魔界の為に出来る事がある。ならば成さずにいられようか!

 

「ありがとう、オグマ!神々を代表して改めて礼を言う!」

 深々と頭を下げる獣の神(ガルドリオン)、神となった魔界の伝説の獣人に、今度はオグマが

あたふたと恐縮する番だった。それを見て一同は思わず笑顔になる。

 

 

「では、始めようかの。オグマよ、魔法陣の中心に。」

魔族の神(アグレシル)の言葉に応え、精霊たちに囲まれるように魔法陣の中央に

位置するオグマ。美しい女性8人に囲まれる人熊(ウォーベア)の絵がなんともシュールだ。

(ついにこの呪文の契約を成す時が来るとはのう・・・)

 アグレシルが感慨深く心で呟く。己の故郷でもある魔界を壊滅にすら導ける、魔界の

マグマを操る能力、そのいまわしき力を今、目の前の人熊についに託す時!

 

 -溶岩聖杯(マグニ・カプラ)

 

 オグマの目の前に、ひし形をした赤い水晶が現れる。それをオグマは優しく両の掌で

包むように受け取る。

 その瞬間、オグマは水晶が発した赤い光に飲み込まれる。その力が今、オグマの魂に

溶け込むように同化して・・・やがて光が消失する。後には赤身がかった光を発するオグマが

魔法陣の中央に佇んでいた。

 

「これが・・・俺の力。」

 指先にぼっ!とマグマを灯すオグマ。体を包む無力感は相変わらずだが、そこに僅かな

縋るべき力を得た気がしていた。

 

「では・・・お願いします。天の8行、そして地の1行。」

人間の神(イヴノウン)の言葉に応えて、精霊たちは自分の立ち位置につく。彼女らが精霊として自我を持てる

時間が今、終わろうとしている。

 だが彼女たちに恐れはない。もともとそれを使命として生み出され、それを成すまでに

時に間違い、時に努力を知り、様々な者たちと邂逅して過ごした時間。

 

 それは神々の使徒として生み出された彼女らには過ぎた”物語”。

 

「魔界に太陽の輝きを。」

「月の満ち欠けを。」

「星の瞬きを。」

「流れる風を。」

 

 精霊達が反時計回りに、手を広げて自分の成るべき気象(ラナ)を告げていく。

 

「水の循環、その起点となる立ち昇る雲に。」

「恵みの雨に。」

「力を逃がす、轟に!」

「季節を成す。降り注ぐ白き結晶に。」

 

 8人全員が中央のオグマに手を広げて言葉を追える。それぞれがイメージする色の光を

身から発し、その衣や髪をたなびかせて浮き上がる。

 

「さぁ、最後はオグマさん、お願いします。」

レムが魔法陣の中央にいるオグマに声をかける。いきなり行動を振られたオグマが困惑した

顔をすると、右側にいたニカが笑顔で声をかける。

「難しく考えんな。お前が魔界のマグマとなって、魔界をどうしたいのかを誓えばいいのさ。」

 轟のニカ。彼女はオグマ同様、魔界にて過剰なエネルギーを押さえるのが使命だ。

そんな彼女だからこそ、自然にオグマを焚き付ける事が出来た。

 

 うむ、と頷いて言葉を決め目を開いて真下の魔法陣に手をかざし、言葉を発する。

 

 

「俺は、魔界のマグマと成って、そこに生きる者の力強さの象徴となろう!!」

 

 魔法陣が強烈に輝く。立ち昇る光が8人の精霊とオグマを包む。壇上の神々が一斉に

手を魔法陣に指しかざして、彼女たちを魔界の気象にするための呪文を唱える!

 

 

 -気象精霊革新(ラナ・レイド・ファート)!-

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。