宙に浮いていたザンが振り子のように体を揺すってメンフィスとマグマグマを
前方に投げ捨てる、どどぉっ!と地面にうつ伏せに倒れる二人。
顔を上げたメンフィスの正面にあるのは愛息の、この修羅場とは思えない穏やかな顔。
「マ、マルタ・・・どうしちまったんだい・・・アンタが、そんな顔で、攻撃呪文なんて・・・」
その問いにふふっ、と笑って、地に伏す母を見ながら答える人狼の少年。
「熊のお兄ちゃんの言葉を聞いてなかった?ねぇ、メンフィスさん。」
常々「母ちゃん」と呼ばれていたメンフィスが、その息子の声に顔色を無くす。
一体いつから?この息子に別の意思が取り付いていたのは。息子は今確かに「熊のお兄ちゃん」
と言った。だとすればオグマが村に来た時には既に息子は別人だったということだ。
「いつから・・・なんだいっ!」
その問いにマルタはクスクスと笑う。そしてふぅ、と一息吐くと、冷酷にこう語る。
「ねぇメンフィスさん、この村に襲撃をかけた魔族、その目で一度でも見た?」
「・・・え!?」
記憶をたどるメンフィス。最初の襲撃で多くの女子供が殺され、その場にいたマルタだけが
生き残っていた、魔族の殺戮を証言した息子は、あの日から臆病風に吹かれてしまった・・・
そう思っていた。
「まさか!魔族の襲撃ってのも・・・お前が語った嘘なのかっ!じゃあ・・・皆を殺したのも・・・」
顔をわなわな震わせながらそう絞り出す、そうだ、確かに記憶をいくら辿っても、
村に襲撃をかけた”魔族”を見た物はいなかった、たまたまその場に生き残っていた者の証言から、
敵を魔族と判断していたのだ。
嘘をつくはずが無いと、信じていた我が子から!
思わずマグマグマの方を見るメンフィス。彼もまた倒れながら、自分たちが同じ立場に
あったのではないかという可能性に引きつり、宙に浮く自分の弟を見る。
ゴロン、と転がってあお向けになると、宙に浮いている自分の弟”だった”魔族の少年を見上げる。
「信じたでしょ、お・に・い・ちゃん。」
ザンがマグマグマを見下ろし、ちっちっち、と指を一本立てて振り子する。
やられた!と臍を噛むマグマグマ。そうだ、ザンは本来聞かん気の強い悪ガキだったはずだ。
どうして気付かなかった!あの魔獣の初襲撃の後、明らかに気弱になった弟の不自然さに!
「何のこたぁない、アタシ達は自分の息子や弟に騙されて、しなくてもいい殺し合いを
やらされてた、ってワケかい。」
視線を落とし、地面を眺めてそう嘆くメンフィス。その目には無念の涙。
「おのれ!おのれ!おのれえぇぇぇぇ!!ザンよ、否、ザンに憑いている精霊とやら、許さぬぞ
・・・ガフッ!、ゲホッゲェェッ・・・」
怒りをぶちまけたマグマグマが吐血する。無理もない、彼は腹を貫かれる重傷を負っており
内臓も激しく損傷している。至急
「別にいいんじゃない?あんた達は魔界の住人なんだからさぁ。」
「そうそう、力こそが正義なんだろ?せいぜい争って潰し合えばいいんですよ。」
縦に並んでそう語るザンとマルタ。お互いアイコンタクトしてにかっ、と笑う。
暗黒闘気を纏った真空の斬撃が、その場を縦薙ぎにする!
ズッドオォォォン!
オグマが放ったナタルコンの一撃が地を揺らす。だが当の二人はその斬撃をまるで宙に舞う
木の葉のようにひらりと躱し、涼しい顔を変えなかった。
「目的はなんだ、精霊ども!こんな小さな集落同士を争わせて、何を企んでいる!!」
猛るオグマ。彼にとって何より激高すべきは、無用の戦いを彼らに強いた事だった。
確かに魔界は力こそが正義のはずだ。だが、だからこそ己の納得のいく戦いでこそ
散りたいと願うものだ。この戦いでそれが敵わず散った者たちの無念を叩きつける人熊。
ふたりは答えなかった。代わりにその手の平がゆっくりと、オグマとナタルコンに向けられる。
「
「
一瞬の後、爆発と熱波に占められるその空間。燃え盛る炎の音以上に赤々と輝く閃熱が
むしろ静寂さすら醸し出していた。
「さようなら、熊のお兄ちゃん、魔剣さん。」
「じゃあそろそろ、そっちの3人もね。」
そう言って倒れているメンフィスとマグマグマ、そして未だ腰を抜かしているガッフォーに
向き直る二人。
「「・・・え?」」
少年に憑りついてる精霊二匹が同時に声を上げる。3人のすぐ上に、オグマと
そして彼らを抱え上げて宙に舞う、大きなコーンランスを携えた人間が浮いていたのだ。
「・・・スマンな、リヴィアス。」
「とんだ茶番に付き合わされたもんだ、少しは抗議もせんとなっ!」
浮いたまま2人の精霊憑きを睨み据えてそう答えるリヴィアス。彼の
直線的な彼らの攻撃呪文から身を躱すのは難しい事ではない。
と、リヴィアスがランスを構えて突進!手を離されたオグマはそのまま落下し、
ガッフォーの上に尻もちをつく。ぐぇっ、とうめくガッフォー。
リヴィアスのランスはマルタの鼻先ギリギリで止まっていた。元々子供を殺すことを
よしとしない彼だが、それ以上に目の前まで槍を突きつけられて微動だにしない敵の態度が
不思議でもあったのだ。
「ねぇ、人間さん。アンタはもう行きなよ、見逃してあげるから。」
そう答えたのはマルタの上にいるザンだった。思えば彼の怯えようから魔族の連中に力を
貸すことを決めたのだったか・・・本当に茶番だ。
だが、続いて放たれた彼の言葉には愕然とせざるを得なかった。
「マルタを殺しても、ザンを殺しても、憑いてる
人間さん、子供を殺すのが嫌いなんだろ?」
「な・・・んだと?」
「取り憑くっていうのはそういう事だから。」
マルタが眼前の槍先を指でいじりながらそう続ける。このままこいつらと戦っても死ぬのは
憑かれた哀れな少年たちのみで、この外道どもはのうのうと生き、また別の誰かにとり憑いて
悲劇を呼ぶのだ。
『リヴィアス、来いっ!』
そう叫んだのはナタルコンだ。オグマはすでに倒れた連中から離れ、油断なく精霊憑き2匹に
対峙している。
「よ、よしっ!」
飛翔呪文で彼らのもとに飛ぶリヴィアス。ついさっきまで決闘をしていた一匹と一振りが、
今は肩を並べて敵と対峙している。妙な気分だな、とほくそ笑む、悪い気はしないが。
『(いいか、奴らに我が斬撃は効かぬ。先の一刀でわかったがあの精霊ども、暗黒闘気に触れない
性質を持っている!)』
思念波でオグマとリヴィアスに語るナタルコン。この戦いに何か手があるとすれば、それを
知っているのは長年の戦いの蓄積を持つこの短剣しかないだろう。
『(オグマ、お前の光の闘気なら一撃を入れる事も可能だ!だがそれをやれば子供もろともに
殺すことになる。)』
「(それは・・・やりたくないな。)」
「(ああ、あの子たちにも戦って死ぬ権利はある、何も知らぬまま死なせたくはない!)」
リヴィアスもオグマもそう返す、そんな彼らを見てナタルコンは「甘いな」と思いつつ
不思議な気分の良さを感じていた。
『(ならば方法は一つだ、あの少年たちの生命活動を一時的に止めろ!気絶した者に憑りつく
ことは出来ん、その一瞬がチャンスだ、やれるか!?)』
その意思疎通の間も、二人の精霊憑きは待たなかった。出来れば人間を殺したくはないけど
仕方ないね、と頷き合うと、マルタもザンもその両手に魔法の光を生み出す。
その光は閃光と閃熱に姿を変え、彼らの両手から頭上まで、半円を描いて燃え盛る。
『来るぞ!』
ナタルコンがそう吠えた瞬間、二人の少年はその身に過ぎた呪文を、逃げようのない角度で
オグマ達に打ち放った。
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