「そなたは時を操る力を有しておるそうだな。」
彼の人生最大の光栄のシーンがそこにはあった。目の前にいるのはまごうことなき魔界の神!
薄布越しに拝謁出来る者すらまれなその素顔を自分の前に晒し、声までかけて頂けるとは!!
「は、ははぁーっ!」
平服するケートスに、その人物、大魔王バーンは悦の表情でこう続けた。
「余は永遠の命を欲しておる。どうかな、余の為に不死の研究をしてみぬか、望むものは
与えるぞ。」
その日から彼の生き方は一変した。あのバーン様の為に、不老不死の研究を完成させる!
己の時を操る力など知れたものだった、せいぜい1秒ほど時を止められる程度でしかない。
しかも時が止まっている以上、己に纏わりつく空気すらも固定化してしまっているから、
ろくに身を動かす事すらままならず、時が動き出せばそのわずかな動作でかき乱された空気が
大暴れして周囲を薙ぎ倒し、自分すら吹き飛ばしてしまう。
だが自分のこの力を研究に生かし、魔族の肉体の老化を止める、または細かく戻すことが
出来たら・・・自分が魔界の神に大きく貢献することが出来る。魔界に太陽すら届かせると
公言している、神にも匹敵するあのお方に!
様々な研究者が集う大魔王第4宮廷に入居し、彼は彼自身の研究に没頭していった。しかし
思うような成果は上がらず、周囲の者たちの目も次第に厳しくなってきていた。
あんな役立たずが、本当にバーン様のご尊顔を拝したのか?と。
そんなある日、彼は本物の天才と出会うことになる。
-妖魔学士ザムザ-
様々な生物を合成し、その長所を取り入れた最強の生物を作る”超魔生物学”の若き研究者。
200歳にも満たない若造の、その合成技術、発想、理論、そして行動力、探求心。どれをとっても
ケートスの及ぶ所では無かった。
「いかがですかなケートス卿、我が魔獣の合成技術をもってすれば、貴方の不死の研究も
捗るのではないですか?」
屈辱的な若造の言葉、だがまさにそれは的を得た意見だった。複数の生物の細胞を合成すれば、
その細胞寿命を画期的に伸ばす例が、彼の研究過程で見つかっていたからだ。
ケートスは断腸の思いでザムザに頭を下げる。下手に出るのは今だけだ、私はあのバーン様の
素顔を拝したのだ!薄布越しにしか拝謁できぬ貴様ごときすぐに追い越してくれる!と
己に言い訳を重ねて。
この第4宮廷は閉鎖される。戦いの為の研究をしているの者は共に地上に上がり、そうでない
研究者は、各領土の領主として町や村を治め、その傍ら研究を継続すべし、と。
サルトバーンの領主に任命された彼は決意する、大魔王様と共に地上に行けぬ悔しさを
バネにして、必ずや不老不死の研究を完成させる、あのお方の為に、と。
彼は知らなかった。大魔王バーンがもはや彼に全く期待していないことを。
バーンが彼に素顔を見せたのは、己が”凍れる時間の秘法”を使っていることを見抜けるかという
テストだったのだから。そんな事も気付かずにただ恐縮するケートスを見送った後、彼は
傍らにいる側近ミストバーンに、ケートスのその才能の無さを一笑に付していた。
彼は領主として就任した後、その権力を利してすぐに研究の土台を整えていく。
自警団を結成し、法に背いた者たちを片っ端から捕縛して研究の実験台に使用していった。
元々”力こそが正義”の魔界。大魔王直轄地とはいえそのバーンがいなければ、鬼のいぬ間にと
狼藉を行うものはいくらでもいた。無法の流れ者も次々とサルトバーンに襲撃をかけ、彼らは
すべて研究の露となっていった。
反面、町の統治には娘ミールを使った。聡明で美しい彼女は町でも評判で、その心優しく
芯の強い性格で、己の統治を定着させるのに大きく役立った。
だが、研究が完成しない!
大魔王様の為の研究である、魔族の体で上手くいかなければ何の意味も無い。その為彼は
捕らえた魔族を片っ端から研究に使い、検体が尽きるとついに使用人や自警団の連中まで
失敗作の上に積み重ねてしまった。
それでも光明は見えていた。自らの能力をある魔法に置き換えて使用すれば、検体次第で
肉体の細胞が時を移動する能力を持つことが分かってきたからだ。
ただ、その呪文はあまりに危険なものだった。
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本来発動させると何が起こるか分からぬ呪文。だがタイムマスターである彼がその能力を
呪文に込めた時、確かに検体の細胞に時を飛ばすほどの成長効果を生み出す時がある。
さらに合成呪文と併用して使用するその効果が最も顕著な組み合わせが、魔族とドラゴン
の組み合わせであることも分かっていた。
そして彼は、たまたま献上品と言う形で、そのうちの一つを手に入れる、
だが、もう彼が”使える”魔族は居なくなっていた。統治初期のゴロツキ狩りのせいで気兼ねなく
使える無法者はおらず、己の周りの人物も使いつくした。
残っているのは、己の聡明な娘のみ。
「お父様、貴方のしてきた事が無駄になる時、世はお父様を大罪人として扱うでしょう。
それは私も同じ、ならばこの身を研究にお使いください。願わくば大願成就を。」
我が娘に”他生物との融合”を受け入れる手術と呪文を施し、水竜の卵に
をかける、己の時を操作する能力全てを込めて!
卵は孵化し、たちまち娘ミールと同じ肉体年齢まで成長する。そこで融合呪文を組み合わせ、
2つの生物をひとつに融合する。同時にパルプンテで操作していた時間の流れにブレーキをかけ、
細胞の成長をそこで完全に止める!!
ミールは水竜と一体となった。顔や手足は元の魔族のままだが、体の背中には青いウロコを
纏い、長く太い尾の先端に優雅なヒレを備えて。
また、利発な知能はそのままに、水竜の様々な能力も備えていた。水中を見事に泳ぎ呼吸も
自在、その水を自由に操る能力も備えている、能力で言えば文句なしの完成度であった。
だが、不死では無かったのだ。
彼女はなんと ”
しかも水竜の力を使っても同じように若返る、そして若返った体が元に戻ることは無かった。
つまり娘は時間と共に幼くなり、力を使う度に幼くなり、ついには胎児となって消滅してしまう
運命が確定してしまったのだ。
頭を抱えるケートスに、ミールはそれでも激を飛ばす。あと一息ではありませんか、この私まで
犠牲にしたその研究を成就して下さい、チャンスはまた来ます、諦めないで!と。
だが、来たのはチャンスではなく絶望だった。
彼の目の前に突然、あまりにも意外な来訪者が現れたのだ。
「せ・・・精霊!?」
「私は天の8行”瞬きのサナ”。あなたにお伝えする事があります。」
次の一言が、ケートスを死に匹敵する奈落に落とすことになる。
「大魔王バーンは・・・倒れました。」
言葉と共にサナは、彼の目の前の机に手の平ほどの石をことっ、と置く。
ケートスはそれを知っていた。忘れようはずもない、見間違う訳も無い。それはまさしくあの
大魔王バーン様の額に存在していた第三の目”鬼眼”!彼の絶大な魔力の源!!
それが力を失い、いま彼の前に石として有る。
それはバーンの死が嘘でない事を如実に表しており、同時にケートスの今までの研究が全て
無駄に終わり、後には幾人もの魔族とモンスターを研究の犠牲にしてしまった極悪人が
ひとり残ったことを示していた。
◇ ◇ ◇
「バーン様のため、ひいては魔界のため・・・ただそれだけを拠り所に、ワシは外道を
繰り返してきた。だがそのバーン様がいない今、ワシはただの大量殺戮者じゃ、娘まで
こんな姿にしてのう・・・」
無数の酒瓶が転がるテーブルの際で、オグマとリヴィアスにそう語るケートス。
オグマもリヴィアスも拳の振り下ろす場所を見つけられないでいた。
加えて”魔界の神”とまで称されるバーンの死、そしてまた彼らの近くに現れた精霊”天の8行”。
彼らを取り巻く周囲の状況が、かつてない程のスピードで動き出していることを実感せずには
いられなかった。
「若者よ・・・頼みがある。」
「何だ?」
「娘を・・・頼みたい。残り余生はわずか20年も無いじゃろう。せめて娘に世界を見せてやってくれ。」
しわがれた声で細々と懇願するケートス。その哀れさに思わず頷きそうになるオグマ。
だが、リヴィアスはそれを制し、ケートスの前に一歩踏み出し、その顔を両手で掴んでぐい!と
自分の正面を向かせる。
「条件がある!領主として己のやったことを、そして大魔王バーンの死を、きちんと民に
伝える事だ・・・死に逃げは許さん!!」
そう言ってケートスの懐に手を突っ込み、赤い液体の入った小瓶を取り出し、地面に叩きつけて
割り砕く。地面を溶かすほどの強毒があふれ、鼻につく煙を上げる。
「分かった・・・真実が知れればわしは大罪人、嬲り殺しじゃろう、どのみち死ぬなら最後に
一花咲かせるのもよいじゃろう・・・」
オグマはリヴィアスとうむ、と頷き合うと、ミールの入っている水槽に向かう。
体を大きく反らし、その奇天烈な武器、
-がっしゃあぁぁぁぁ・・・ん-
後に魔界の命運を握るカギとなる女性が今、その水槽から解き放たれた。