「なんだ・・・アレは!!」
突然の振動に様子を見ようとトベルーラで舞い上がり、サルトバーンの方角に目をやった
リヴィアスは開口一番そう叫んだ。
ドラゴン以上の巨大なモンスターが突如として町のハジの森から出現していた。しかし
大きさ以上に異様なのはその見た目だ。
まるでエイのような大きな三角形の頭、首はドラゴンのように長く、その下の体はまるで
甲羅の無い亀のようにでっぷりと肥え、4本の足がズシンと音を立てて巨体を街に進める。
-エエエエェェイィィィ-
鎌首をもたげてそう唸ったかと思うと、まるで口からギラのようなブレスを吐き出す。
着弾した町の一角から閃光と火炎が上がり、黒煙が尾を引く。
-ゴゴォォォ・・・ン-
オグマ達の元まで振動と轟音が伝わる、そのただ事ではない事態に一同に緊張が走る。
すかさず降りて来たリヴィアスが皆に状況を説明する、見たことのない化け物が現れた、と。
その報告に、そして伝わる振動に皆が緊急事態を理解する、特にミールにとって
自分たちの町が見知らぬ化け物に襲われているとなれば、じっとしているわけにはいかない。
だが、差し当たって彼らは問題を抱えている、今の今まで尋問していた精霊2人だ。
どうする・・・どちらを優先すべきか。
「この拘束をしている以上呪文は使えん、表情を見る限りこやつらの仕業でもなさそうじゃ。」
そのロズテナーの言葉通り、魔力の束縛で縛られているニカとイタも、事態が呑み込めないと
いう表情で目を丸くしている。
「ならばこいつらは後回しだ、町を救いに行かないと!!」
オグマの提案に誰も反対は無かった。一同はリヴィアスに寄り集まり、
一目散に街を目指す。
だが、その判断はミスだった。
彼らが去った後、森の奥から一体の精霊がスゥ、と現れる。白衣に身を包み、白い髪の毛を
まるで雲のようにふわりとたなびかせる細身の女性。
「”昇りのクト”!」
ニカが驚いた表情でそう発する。イタもまた状況が掴めず彼女を見つめる。クトは確か
魔界の各地に”融合の
授かった彼女自らがこの魔界に現れる理由は一体・・・
「私もいるよー。」
その声に泉の方に目をやる二人。そこにいたのは幼い少女の姿に、羽衣のような衣裳を身に纏う
どこか神秘的な雰囲気を漂わせる精霊”瞬きのサナ”。
「サナ!助かったわ。その泉の召喚結界を知られて、ここから逃げられないの!」
イタが思わず叫ぶ。それもそのはず、その召喚結界自体がサナの能力によるものなのだから。
「もう結界外したよ、ほんとドジだよねー、ニカもイタも。」
子供らしいコロコロとした笑顔でサナが寄って来る。そして二人に手をかざすと、彼女たちを
縛っている魔力の束縛をするりと解く、まるで蝶々結びで括った縄を解くように。
彼女が神から授かった能力は
必要な情報や仕掛け全般を司ることを使命としている。
先日もこの先の町の領主のバーン信仰を察し、地上に転がっているバーンの鬼眼を拾って
渡すことでその死を告げていた、これでこの町もより混沌とするだろう、と。
そんなサナにとって束縛を外すなどお手の物だった、それどころかニカとイタのピンチを
察していたのもまた彼女だったのだ。
「サンキユー、サナ。」
束縛を解かれ、腕もぶんっぶん回して気合いを入れ直すニカ。さっきはまさかの不覚を取ったが
今度こそ私のターンだ!と意気上がる。
が、そんな彼女の肩をクトがそっと掴み、首を横に振る。
「ニカ、貴方の使命はイタを守り、魔界を閉じる事業を守るはず。」
彼女の指摘に、うぐ、と臍を噛むニカ。そう、相棒のイタはその計画に欠かせない人物だ。
それを守るために私は強力な電撃呪文を授かった、だが結果はこのザマである。今己の成すことは
奴らに対するリベンジではなく、あくまでイタの身を守る事なのだ。
「まー、あとはクトの使徒に任しときなって。アレ凄く成長したからねー。」
そのサナの言葉にニカもイタもあっ!という表情を見せる。あの町に現れたのはクトの使徒
”融合の
「じゃ、私たちは天界に帰るから、まったねー。」
「己の使命を忘れないように。」
そう告げて天に登っていくサナとクト。彼女たちは天界で魔界全体の状況を把握する
役目を持っている。イタとニカはこの魔界で水脈を操り、魔界を閉じて行かなければならず
彼女達とは別行動となる。
二人が去った後、ニカはにやっ、と笑ってスッを浮かび、サルトバーンの街並みを見やる。
黒煙が上がり、巨獣が跋扈する混乱の町を。
「ニカ!クトの言った事を忘れたのですか?私たちの使命は・・・」
「分かってるよ、ちょっと見に行くだけ、それだけだって!」
ニカには私怨もある、だがそれ以上に敵が”魔界を閉じる”行為に気付いた事からも
ほっておくことが出来ないでいた、せめて奴らがどうなるかをちゃんと確認したかったのだ。
「仕方ありませんね・・・戦いはしないでくださいね。」
リヴィアス達が到着した時、サルトバーンは混乱の極みにあった。
女、子供、老人は荷を抱えて非難し、腕自慢の男たちは武器で、呪文で、そして闘気でその
化け物に果敢に挑むが、全てがそのつややかな皮膚に跳ね返されて傷一つ付けられない。
足止めすらままならず、怪物の蹂躙を許し続けてしまう。
「ミール!皆の誘導を頼む。オグマ、俺達も参戦するぞ!」
「当たり前だっ!!」
リヴィアスとオグマがそう言葉を交わし、地面と空中からその化け物に突撃する。
「オーラファングウゥゥッ!!」
光の闘気を纏ったまま足首の関節を殴りつけるオグマ。だがその一撃も柔らかく体に
めり込んだだけで、肉を抉るには至らない。一歩飛び退いたオグマは闘気を消し、キンッ!と
小気味よい音を響かせて短剣ナタルコンを抜く。
『上手く合わせろよリヴィアス、
ナタルコンが暗黒闘気を全開にし、真上にあるエイのような怪物の頭目掛けて
真空の刃を伸ばす、その3mほどの刃がすかさず音もなく撃ち出され、エイの頭のアゴに
直撃!まるでアッパーカットを食らったように顔を跳ね上げる化け物。
「もらったッ!」
がら空きになった怪物の喉元に
トベルーラの助走距離は短いが、それでもこの勢いならドラゴンの皮膚ぐらいは貫けるはずだ!
-ぬるり-
「なっ!?」
怪物の喉に突き立てたコーンランスは、まるでスライムを木の棒で突っついたように
ぬめってすべり、その刺突のベクトルを変えられる。
「コイツ・・・なんて皮膚してやがる!!」
地面に降りながらリヴィアスが吐き出す。あの首のほぼ正中線を突いたにもかかわらず、
わずかなズレがこの鋭い槍先を滑らせた、柔らかいが故のその防御力に冷や汗が出る。
オグマ達も足元から後退し、ふたりと一振りは再度集結する。
『オグマよ・・・理解したな。』
その言葉にリヴィアスは不思議がる、ナタルコンの言いように、どこか相手を知っている
ニュアンスを感じたからだ。
「ああ・・・あの沼竜と同類だ!」
そう返すオグマ。かつて彼が腕試しにと
あの竜を丸飲みにし、その能力を取り込んだ化け物、その皮膚と同じものだったからだ。
だが状況は良くない。奴の急所がその大きな口であることは知っている、だがかつての
沼竜よりはるか巨大なこの化け物はもはや誰かを喰おうとする様子はない。
加えてここは町中である、優先されるのは住人の非難と安全の確保、下手に刺激して
先程のブレスを乱射されでもしたら被害は甚大になるだろう、なんとか自分たちにこの化け物の
注意を引いて、釘付けにしておかなければならない。
懸命に戦う住人の勇者たちも歯が立たず、次々に蹴散らされていく・・・このままでは、マズい!
と、彼らの前に一人の老魔族が立つ、その逞しい背中を見せながら怪物の正面に相対する。
「師匠、下がって!」
「ロズテナーさん、危険だ!」
ロズテナーは叫ぶ二人に反応し振り向くと、決意の表情でこう告げる。
「リヴィアス!皆の避難に手を貸せ、ここを完全な無人にするのじゃ!!」
「師匠・・・まさか”アレ”を!?」
驚く弟子にフフン、と反応して正面に向き直るロズテナー。そうじゃ、今こそコレを
使う時!すべてはこの時の為にコレを覚え、この体を鍛えて来たのじゃ!
「我と魔界の大地に宿る魔力よ、その力を我が身に宿し、我を山とせよ・・・」
呪文を唱えながら大股を開き、両手を斜めに掲げて己を大きく見せるロズテナー。
-
その瞬間、ロズテナーの服が爆ぜた。筋肉が、骨格が、いや体自体が一気に盛り上がり
その腕が、足が、体がまるで膨張するように巨大化していく!
「デ、デカくなっていく・・・凄い!」
『なんと・・・!』
驚愕するオグマとナタルコン。長き時を生きるその魔剣すら見たことのない、まさかの
巨大化呪文に彼らも周囲の住人も絶句するしかない。
やがて目の前の化け物と同じ頭の高さまで大きくなるロズテナー、凄い、これなら!と
意気上がるオグマ達。
だがリヴィアスがその期待を否定し、大声で叱責する。
「駄目だ、戦力には期待するな!あくまで避難優先だっ!」
どういうことだ?と訝しがるオグマ達に対し、リヴィアスはその理由を語る。
「あの状態の師匠は立ってるだけでやっとだ、巨大化は全身の負担が大きすぎるんだよっ!」