-神の意向に従っていれば全て上手くいくという思い込みの塊じゃからのう-
「きょ・・・巨大化した!?」
思わず漏らす精霊、轟きのニカ。少しの雲に身を隠して宙を漂いつつ、落ちのイタと共に
戦いの様子を伺っていた、のだが・・・
エイ頭の怪物、昇りのクトの放った”融合の
立ちはだかったのは、自分たちを拘束したあの老魔道鬼の、なんと文字通り巨大化した
姿であった。
「大丈夫、あの体のまま大きくなっても力はありません、そのまま崩壊することすら
ありえます。」
イタが冷静に分析する。細胞そのものを大きくしただけなら骨や筋肉が質量に負ける、それは
普段から大量の水を操るイタならではの分析だった。
「はーん、なるほど・・・アレはただのハッタリってワケか。」
ニカはそう言ってひとつの疑問を頭に浮かべる、じゃあ、なんでそんな事を?
その疑問は眼下の光景が明らかにする。家から、店から、次々と非難していく魔界の住人。
あの老人の仲間の熊人や人間、水竜のような魔族も誘導に手を貸し、彼らを逃がしていく。
-急げ、長くはもたない-
-置き去りにするなよ、一人でも多く連れ出せ-
-走れ、走れ、頑張れーっ!-
「(あいつ・・・避難のための時間稼ぎを。奴等も必死で皆を逃がしてるのか。)」
ニカもイタもその光景に、何かモヤモヤしたものをその胸に抱えていた。
どうして?魔界の住人である彼らを、応援したくなるのは・・・
-ドドドドドドドォドドドドドドドッドドドドドオン-
怪獣が放った無数の爆裂呪文が轟音を上げる、あの熊人も人間も、周囲にいた屈強な男たちも
みな木の葉のように舞い散らされる。
そして、そのうちの一発が戦場のはるか先、避難している面々の
吹き飛ばす。
「っ!!」
息をのむニカ、頬を手で覆うイタ。
怪物”融合の
怪物が彼女らの真下を通過する時、まともに踏み潰された家から何かが飛び出し、地面に転がる。
「・・・
イタが悲壮な表情のままそうこぼす、彼らが見たのは明らかに小さな子供をあやすための道具。
神の使徒であるはずの融合の
踏み潰していく。
これ、どっちが”悪”なんだ?
神の意志を疑うつもりは微塵も無い。だけどこの光景はどうみても弱者に対する蹂躙であり、
それを成しているのが神の使徒”昇りのクト”の放った怪物。
-神の意向に従っていれば全て上手くいくという思い込みの塊じゃからのう-
あの老人の言葉が胸に刺さる。そう、クトも神から授かった力であの化け物を生み出し、
そしてアレがこの場の物を全滅させ、魔界を閉じる計画の秘密は守られると信じて疑わず
この場を去った。
その過程を、この惨劇を、見ようともせずに。
「私は・・・魔界がこんななんて、思いもしなかった・・・」
イタの呟きに、ニカもこくりと頷く。彼女らは”力こそが正義”の魔界を、もっと破壊的で
退廃的な世界としか思っていなかった。強者が弱者から奪い、殺すだけの殺戮の世界だと。
だが違っていた。
彼らは強者を称え、弱者を守る。理不尽な力には己の全てを持って挑み、抗う。
家族を守り、仲間と結束し、共に研鑽して高め合う、困難に立ち向かい、最後の時まで前を向く。
ニカもイタも、自分たちに課せられた使命の重さを、痛いほど感じていた。
そう、強者が弱者から奪う、いわゆる弱い者いじめが横行する世界で強者など生まれようが
無いのだ。ただ一番強い者が今の強さに満足し、その程度のものが天界の戦士である
”
結束し、共に高め合い、弱者が強者になるよう保護し、より強大な力を手にせんとする、
そんなこの魔界の有り様こそが、あの冥竜王ヴェルザーや大魔王バーンを生み出したのだ。
だからこそ神はこの”力こそが正義”の魔界を閉じる決断をし、自分たちがその使命を授かった。
炎上するサルトバーンの郊外で、怪物の周りをまとわりつきながら懸命に戦う魔界の住人。
水を放ち、皮膚を凍結させ、それを打ち砕いて一撃を叩き込む。そして戦いの果て、ついにあの
怪物”融合の
「なぁイタ、私たちの使命は・・・」
「・・・魔界を閉じる事です。」
うつむいたままそう返したイタは、少しの間の後に顔を上げ、ニカにこう返した。
「彼らを殺戮する事ではありません、決して!」
◇ ◇ ◇
「・・・やめろおおおおおおっ!!!!」
オグマが絶叫すると同時、精霊のその手が、静かに振り下ろされた。
イタの、手が。
「
その言葉と共に、厚い雷雲から水が降り注ぐ。それは魔界においては滅多に起こらない
地上ならではの自然現象。
雨。
オグマ、リヴィアス、そしてナタルコンがあまりに意外な展開に固まる中、他の町の住人たちは
その天の恵みに歓喜する。
「おお!水が降って来る、いいぞ!俺の家の火、消してくれー」
「傷口を洗い流せよ、こんな奇跡は滅多にねぇぞ!」
「おおおー、戦いと火炎で火照った体に気ン持ちぃぃーっ!!」
ミールまでもがその雨を全身で受け、手の平に溜めてその成分を受け入れる。
「いい水です、癒しの栄養素を十分に含んだ、それでいて汚れの無い恵みの水ですよ。」
その言葉に「はー・・・」という顔で口を開けて固まるオグマとリヴィアス。
-彼らが次に天を仰いだ時、そこには2人の精霊の姿は無かった-
「ふむ・・・魔界を閉じる、か。そんなことが本当に可能なのか?」
領主ケートスの館の会議室、ミールやロズテナー、そして自警団や町の代表者が顔を
付き合わせて喧々囂々の会議をしていた。
「水脈を操って天の大地を沈下させる、水を十全に操る能力があれば不可能ではありません。」
ミールのその発言に一同うーん、と唸る。壮大かつ恐るべき話だが、スケールが大きすぎて
いまひとつ実感がわいてこない。
と、会議室のドアがガチャリと開き、そこからオグマとリヴィアス、そして自警団のひとり
この町の北東の方角、ストラスト山脈の最高峰、ネウラ山の頂上は天の大地に届いている。
もし本当に天の大地が下がっているなら、その部分に痕跡が見えるはずだ、ということで
彼らは調査に飛んでいたのだ。
「どうだった?」
皆の問いにリヴィアスが、沈痛な面持ちで返す。
「ゆっくりと、極々ゆっくりとだが・・・確かに下がってきている。」
「測量してみたが、このままだと3年ほどで魔界は完全に天の大地に潰されるぞ。」
その言葉に冷や汗を流す一同。もうすでに”魔界を閉じる”行為がスタートしている
その事実に恐怖しつつも、時間的な猶予がある事に少し安堵もする。
「だが、なんでそんなトロトロと?天界の神々ならもっと一気に落っことす力くらい・・・」
「それをやれば天の大地の上、地上も大きな被害を被るからじゃろう、地上に極力影響を与えず
この魔界だけを潰す・・・なればこそ”閉じる”と称しておるのじゃろう。」
ドガさんの質問にロズテナーが返す。
天界の思惑はほぼ理解した。あとは彼らがそれに対して、どう抗うか。
サルトバーンの町は復興の最中にあった。オグマもリヴィアスも連日手を貸し、木を伐り、
労働に勤しむ。
そしてその合間を縫って、自警団の連中と連日稽古に励んだ。あの会議の結論から、彼らは
今よりもさらなる強さを身につける必要があったからだ。
「冥竜王ヴェルザー様にお会いし、助力を頼むがよかろう。」
会議でそう提案したのはロズテナーだった。彼はかつてヴェルザーの配下であり、冥竜王が
”最後の知恵ある竜”としての底なしの知識を持っていることをよく知っていた。
彼は
ルオウ大陸の山深くに石として存在しているそうだ。
だが、そこは今や野生の竜の巣窟と化し、何物をも近づけない。千を超えるドラコンを
突破していかなければ、そもそも彼に拝謁する事すら叶わないのだ。
だからこそオグマは、リヴィアスは、そしてナタルコンは自らを鍛える。あの魔の竜の山を
突破する力を身につけるために。
リヴィアスはネグネグからルーラを教わる。
その習得はそう困難では無かったが、それを生かすための戦い方を身につけるのには難儀した。
オグマは連日、ナタルコンとの闘気の相乗効果で高めた力の使い方を試行錯誤していった、
ナタルコンもまた高めた暗黒闘気をうまく刃や呪文に乗せる方法を開発していく。
ミールは館の文献を漁り、旅に必要な様々な知識を得る事に没頭していた。むやみに力を
使えば自分は若返る、自分はそれで良くても二人はそれを許さないだろう。
ならば旅の間、自分が彼らを導くものにならねばと、様々な知識を溜め込んでいった。
そして武器屋のドガさんも大いに張り切った。まずナタルコンのグリップ部分を
闘気を通さないドメルンの皮でコーティングしてみせた。これでオグマの光の闘気と
ナタルコンの暗黒闘気が干渉せず、同時に光と闇の力を振るう事に成功したのだ。
もっとも同時に使うと、今までのような片方を使う間にもう片方を圧縮して高め合うことが
出来ないので土壇場の一撃でしか使えないが。
もうひとつ、かつての
黒魔晶をふたつに分離し、そのうちのひとつを町の魔導士に依頼して別の性質を持つ
魔法石に作り直してもらい、ヘルメットの前後にはめ込んだのだ。
「その魔法石は使い手の闘気を吸って放出し武器にできるんだ!噂に聞いたロン・ベルク作の
”光魔の杖”の闘気バージョンだぜ、まぁ使ってみなよ!」
思わぬ大人物、魔界一の名工の名が出ておおっ!と唸る周囲。オグマもその話を聞いて
わっくわくの表情でヘルメットを被る。すぅぅぅ・・・と息を吸い込み、そして己の光の闘気を
一気に開放する!
-オグマの闘気を吸った兜の魔法石が、
「出たぜ!
がっはっは、とご満悦のドガさん。失われた丸太部分が見事に闘気で再現されている・・・
ありがとうございます!とドガに頭を下げる、そのせいであわやハンマーの餌食になりかけて
うひぃっ!と叫ぶドガ、あぶねぇじゃねぇか!
そんな光景を見て、リヴィアスもミールも、そしてナタルコンも目を細めて笑う。そう、
笑顔も命あってこそ、死闘の先に生き残ったものだけが笑うことが出来るのだ。
さぁ、行こう。
魔界の未来を、地上へ、天界への道を、その手に掴むために!
登場人物紹介(精霊、天の8行編①)
・輝き(太陽)のシア
銀髪で長身、人間の年齢で25歳くらいの見た目。
元々は古来から存在した精霊。かつてヴェルザーを封じた3精霊のうちの1人。本来持つ
石化の能力を呪文と化して武力とする力を授かる。
・昇り(雲)のクト
入道雲のようなカールした白い髪を持つ、見た目20歳前後。
食った相手の力を取り込むキメラの元、融合の
多少失敗しても気にしない、あっけらかんとした性格。
・轟き(雷)のニカ
金色の全身を持つ妖艶な見た目と裏腹に、勝ち気でボーイッシュな性格。
イタと共にこの”魔界を閉じる”計画の為に生み出された新たな精霊。
雷雲を呼び、雷の呪文を授かる、イタの守護が彼女の使命。
・落ち(雨)のイタ
人魚のような青い肌を持つ、15歳くらいの少女の姿。ニカと同様新たに生み出された精霊。
水を操る能力を持つ、”魔界を閉じる”プロジェクトの中心人物。
小心でおっとりした性格もあって、かなりニカを頼りにしている。