「け・・・剣が浮いて・・・しゃべった!?」
オグマの目の前にあったのは、黒い炎をまとった状態で宙に浮いている一本の短剣だった。
しかしその炎以上に禍々しさを醸し出しているのは、柄の部分にしつらえてあるその宝玉!
それはまるで怒りに燃える眼球そのものだ、純白の地色の中央に漆黒の円が描かれており、
そこから赤い線がまるで雷の、否、充血のように走っている。
そのイメージを裏切らずにギロリとオグマを睨んだその眼が、剣が、彼の脳に語りかけてくる。
-
「せっ、精霊・・・だと思う。アンタは一体、何なんだ!?」
気圧されながらも答えるオグマ。彼は元々その精霊に対抗するために、ここにある凶悪な
ミミックを取りに来たのだ。そしてその
その真上にこの剣が浮いている、つまりこの剣はあの銀のミミックの中に入っていたという事だ。
-精霊、か。どうりで忌々しい臭いがするわけよな-
「答えてくれ、アンタは一体何だ・・・外にいる精霊と戦ってくれるのか?俺はそのために
ミミックを取りに来たんだ!」
-精霊と戦う?フッ、ハハハハ、異な事を言う。精霊などに何が出来るものか-
精霊と言うものが本来武力を持たない事はオグマでも知っている、だが現に集落は焼かれ
戦士たちも女子供も皆、石に変えられている、最強を誇る父さえも危機に陥っている。
その状況をまくしたてるオグマに、その剣は少し間を空けてこう答えた。
-なるほど、石化か。神に新たな力を与えられたのかも知れぬな、だとすれば-
「どうなんだ!アンタは精霊と戦えるのか?戦えるなら力を貸してくれ。出来ないんなら
俺は父の元に戻って戦わなきゃいけないんだ!」
肝心の結論が返ってこないことに業を煮やしたオグマがそう怒鳴りつける。それに対して
その剣は宝玉の眼球を閉じ、それをかっ!と見開いて怒鳴り返す。
-愚か者!言ったはずだぞ、精霊など我の敵では無いわ!!-
怒りの声をそう頭に響かせた後、剣は目を細めてオグマを
-ならば我を手に取るが良い。この『ナタルコン』を熊小僧ごときが操れるならばな-
「オグマ、俺の名はオグマだ!」
名乗りを返して一歩進み、短剣に手を伸ばす。その手がナタルコンの柄を掴もうとした時、
宝玉の眼がにゃり、と笑みを浮かべる。
ぱしっ!
剣を握ったと同時だった、オグマの全身に黒い炎が一気にまとわりつく。熱こそ感じないが
それ以上に不快感と悪寒と、ぞして憎悪の様な感情が湧き上がり、彼の心身を支配する。
「ぐ、ぐぉぉぉ、あああああぁぁ・・・」
-ククク・・・そうだ。憎め、恨め、怒れ!そうすればキサマは我のものだ-
オグマは闇にいた。魔界でも滅多に見ない漆黒の闇、足は地面を掴まず、泥濘に沈むが如くに
落ちる感覚だけを感じていた。その底に有るのは負の感情。憎悪、怨恨、残虐-
◇ ◇ ◇
『敵を憎んではならん』
ふと、脳裏に響く声があった。それは尊敬する父の教え、魔界に生きる者の心構え。
今もオグマの心の芯を支える、宝物のような言葉。
『魔界に、戦いに生きるという事。その心得はむしろ憎しみとは縁遠いもの。
一時の激情に駆られて暴れるなど何の強さも生まない、ただエネルギーを浪費するだけだ。』
『敵と戦うという事は、敵の研鑽を知り、己の努力をぶつける事だ。己の力を過信し、
敵が己に倒されるだけの存在だという考えに飲み込まれてはならん。』
『敵を知れ、尊敬しろ、学べ。仮に親しい者が、例えばわしが敵に倒されたとしても
その敵を恨んではならん。むしろわしを倒した敵の強さを褒めよ。』
そうだ、今、父が危ない。ここで自分が成すべきことは、敵である精霊を憎むことではない。
己を知り、精霊を知り、今手にしているこの剣を知り、持てる力を正しく使う事!
◇ ◇ ◇
ぶぉわっ!!
オグマに纏わりついていた暗黒闘気が霧散する。その様にナタルコンは目を見開いて
思わず心でこぼす。
-ほう・・・この小僧、もしや-
ふぅ、と一息ついて手にした短剣を見るオグマ。剣の眼球と目を合わせて『頼むぞ』と
意気を上げ、土蔵の出口に駆け出す。
が、出口に辿り着く前に、扉から精霊の使徒が入ってくる、その数3体。
「くっ!」
足を止め、
クウクス笑いながら宙に浮かび、そのうちの一体が真上からオグマ向かって落下してくる。
「んっ!」
剣を真上に突き上げるオグマ。落下してくる使徒にまともに刺さると、まるで霧の如く
霧散する。剣の威力なのか、もともとそういう存在なのか、手ごたえはまるでなかった。
そして、残る二体の使途は、はた、と笑うのを止めた。何か怯えるように土蔵の天井まで
高度を上げ、距離を取る。
-ふん、小僧。アレは精霊ではないぞ-
頭に響くナタルコンの言葉に『え?』という顔で返すオグマ。
-アレは生き物の形を取った『呪文』だ。石化の呪文に生命を与えてあのような
形を成しておる、決して生身で触れるなよ-
まるで父の言葉『敵を知れ』に習うかのように、その正体を教えるナタルコン。
そうか、あれは呪文なんだ。なら触れずに戦えばいい。
「って、どうすればいい?俺は呪文なんか使えないぞ!」
-我を振れ-
「届かないよ!相手はあそこだぞ、どうやってその短い刃で!」
土蔵の天井に居る『呪文』を指差して抗議するオグマ。
-いいか小僧、我の刃にそうだな・・・果物でも刺さっていると思え-
突然のモノの例えに少し首をかしげるオグマ。とりあえずさっき採取したビブワナの実が
剣に刺さっているのをイメージする。
-剣を振ってその実を飛ばし、アレにぶつけるつもりで振れ!-
その言葉に半信半疑ながらも剣を構えるオグマ。スナップを効かせ、精霊めがけて剣の芯を
投げつけるつもりで振り抜く。
ピュンッ!
剣は確かに全然届いていない。だが、剣から発せられた衝撃波は瞬時に天井に到達し、
頭上で漂う使徒、いや呪文を屋根ごと真っ二つにする。
「・・・な!?
-そうだ、我は
「オグマだ!だけど・・・」
小僧呼ばわりする剣に毒を吐くも、その威力に頼もしさを感じるオグマ。
「これなら・・・いけるっ!」
天井に張り付くもう一つの呪文を睨み上げる。剣を構えるが、その呪文は先程切り裂いた
天井の隙間からまるで逃げるように外に飛び出していく。
「待てっ!」
土蔵から飛び出し、逃げる呪文を追って駆けるオグマ。呪文はさっきまで父が戦っていた
広場に真っすぐ向かっている。そうだ、父は、父は無事か?
向かう先に宙に浮かぶ一体の精霊と、それが生み出した呪文が大量に漂っている。
そのすぐ下には、いつも見ている逞しい背中が、その太い腕が、頼もしい戦斧が
炎に照らされて、ただひとり佇んでいた。
その全身を、石と化した状態で。