天竜山のふもとの溶岩洞窟から内部に向けて歩く一行、いよいよ魔界の2大巨頭のひとり
冥竜王ヴェルザーへの対面の時だ。
”最後の知恵ある竜”と称えられる、膨大な知識を持ったそのドラゴンに、天界の企む
魔界を閉じる事業への対抗策。また自分たちが天界へ、その道中である地上への
進出方法などを助力願うために。
「そういや昨日言ってたな、あんたの使命は必ずしも果たさねばならないものでは無い、って。
あれどういう意味なんだ?」
オグマが歩きながら精霊”降りのレム”に問う。彼女の使命である、魔界と地上の入り口を
封鎖することが、まるで実現しなくてもいいようなその物言いの真意は何だろうかと。
「神々と言うのは、絶対的な力の持ち主です。ですが、それを十全に実行するのを好みません。」
オグマが、リヴィアスが、ケプラスやガノイザーが頭にハテナマークを浮かべる中、
ミールだけがその答えを代弁する。
「つまり、魔界の者にも可能性を残したい、と?」
その返しにこくり、と頷くレム。
魔界を閉じる、魔界と地上を塞ぐ天の大地を水脈を操って沈下させ、魔界そのものを
潰してしまう行為。
もしその時に、魔界からの脱出口が全て塞がれていたら、魔界の住人に成す術は無い。
ただ潰されて圧死するか、死ぬまで生き埋めになる運命が待っているだけだ。
そんな非情な使命を負ったレム、もし彼女が他の精霊と同じように使命に準ずれば
その犠牲者は膨大なものになるだろう。
だからこそ、神はレムに
飛行能力を頼りに、効率悪く脱出路を封じに回っていくという彼女には酷な、そして
魔界の者にはわずかでも生存の確率を上げる、いわば可能性を残したのだ。
加えて戦う術を持たない彼女は、この魔界をめぐるにも誰か力ある者の協力が無ければ
厳しいものになる、そうなれば彼女の口から天界の情報が漏れることもあるだろう、
彼女がオグマ達に声をかけ、仲間になったのもそういう意図があったのだ。
「隙は見せてやるから、自分たちで何とかして見ろ、という事か。」
「神が俺たちに与えた宿題、というわけだな。」
そう返すオグマにリヴィアスも続く。それを聞いたナタルコンは、つまらなさそうに
こう答えて見せた。
『気まぐれ、かつ優柔不断な事だ。己の罪に対する言い訳を残しておるだけよ、滑稽なことだ。』
やがて洞窟が大きく口を開け、広くえぐれた空間に到着する。
「おらあぁぁ!起きろヴェルザー、客だぞぁ!」
「その石の体、粉々にされたくなくば、答えよ!!」
広場中央の少し小高くなっている所に据えられている天蓋付きの台座に向かって、
ケプラスとガノイザーがいきなり喧嘩腰でそう叫ぶ。そういえば彼らはヴェルザーに
故郷を滅ぼされて以来、袂を分かっていたのだった。
と、その空間一体が、ずずん、と得体の知れないプレッシャーに包まれた。それは台座の
中にある1mほどの大きさの竜の石像から発せられていた。
「あれが・・・冥竜王ヴェルザー!」
「(石像に・・・父と同じか。否、父よりもずっと小さい、あれは一部か。だが、それでも・・・っ!)」
ぬうぅぅぅぅぅ・・・
その唸り声と共に、石像の竜の眼が光り輝く。動かぬ像から向けられるプレッシャーすら
この場の全員に冷や汗をかかせるに十分だった。
-ケプラス、ガノイザー、か・・・我を壊す覚悟でもできたか?-
感情の奥底に響くような
暗黒闘気を流し込まれたような気分になる。
「言っただろうが、貴様を倒すのは貴様が復活してからだ、覚悟してとっとと復活しやがれ!」
「貴様にわが拳を叩き込む、その日を楽しみにしておるぞ・・・それより、お前に客人だ。」
慣れもあるだろうが、臆せずに鋭い眼光で睨み返すケプラス達。
-客、だと?-
そう呟いて視線をオグマ達に送る。その眼光が彼ら一人一人を舐めるように射抜いていく。
そして・・・
-ヌウゥゥゥオオオォォォォォ・・・貴様、貴様・・・精霊かあぁぁぁぁ・・・!-
眼光がレムを捕らえた瞬間、その空間の暗黒闘気が明らかに濃くなり、そして荒れ狂う。
渦のような闘気はやがて一本の剣に姿を変え、その刃先をレムに向け・・・
-消え失せろぉォォォ-
空中から発射された暗黒剣が猛スピードでレムに向かう。オグマ達は皆、ヴェルザーの
プレッシャーに圧され、咄嗟に動くことが出来なかった。
ただ一人。否、一振りを除いて。
バッシュウゥゥゥン、という衝突音を残して暗黒剣は闘気に分解される。その中央で
佇んでいる魔剣ナタルコン、レムの前に立ちはだかり、暗黒闘気を取り込むように吸収する。
『ふん!覇者となっても短絡的な癇癪は相変わらずだな、竜族の
その返しに全員がえっ?という顔をする、あのナタルコンが精霊を守った事に加えて
まるでヴェルザーを知っているようなその言葉に。
-キサマ・・・覚えている、覚えているぞ・・・あのヒュンケルの懐刀、ナタルコン!-
『雷竜ボリクスを破ったらしいな、あの
ナタルコンは語る。かつて魔界皇ヒュンケルが覇者であった時、その両翼を担ったのが
オグマの先祖ガルドと、当時最強の竜ボリクスだった。
そのボリクスをして”竜族の運命を担う若き天竜”とまで称されたのが、ほかでもない
このヴェルザーだったのだ。当時まだ若かった彼は、ヒュンケルやガルドに”竜の
呼ばれ、可愛がられていたそうだ。
-キサマが精霊を庇うとはな、いつから天界の犬になった、主も守れぬ駄剣めが-
『野望潰えて石になった
ピリピリとした空気で会話する石像と短剣、だがそこにはどこか懐かしい旧知に会った
嬉しさのようなものが感じられた。実際あたりに満ちていた暗黒闘気はいつの間にか消え、
腹を圧すようなプレッシャーも消え去っていた。
そんな普段見ないかつての主、今の仇に、顔を見合わせてふっ、と笑うケプラス達。
-で、今はその
『かのガルドの末裔、オグマだ。若いがなかなかに化けそうなものを持っておるぞ。』
そう言って柄の羽でオグマの前まで飛ぶ。それを掴んだオグマは、胸の前で彼を
鞘にカチリと収め、敵対の意思がない事を示した後に話を切り出す。
「冥竜王ヴェルザー様、我ら一同、貴方にご助力をお願い頂きたい。」
「今、この魔界はかつてないほどの、未曽有の危機にさらされております。」
オグマの言葉にミールが続き、リヴィアスが話を続ける。
「その問題に際し、わが師ロズテナーに指示を受けました、ヴェルザー様の知恵をお借りしろ、と。」
-フフフフ・・・懐かしい名前がよく出る日よのう-
ロズテナーもまたヴェルザーの部下だった男、もっとも研究畑の男な為、ケプラス達とは
あまり接点が無かったのだが、ヴェルザーは覚えているようだ。
「それで、助力頂きたい件ですが・・・」
-この魔界が天の大地に没する、という事であろう-
そのヴェルザーの返しに全員が驚きの表情、まさかこの山中に封じられていた彼の残留思念が
そこまで事態を把握していたとは!
-この天竜山の頂上は地上まで届いている、そこから伝わる振動が明白に事態を語っておるわ-
-無論、その事態に対する手段も講じておる-
オグマ達は、改めて魔界の覇者の実力を痛感する。本体ではなく、魂すら天界に封じられ
残留思念のみの今の彼がそこまで察知し、すでに行動まで起こしていたとは。
「では、その手段とは?どのような手を打っておられるのです?」
そのミールの問いに、しばし間をおいてから答えるヴェルザー。
-我に代わって、魔界を統べる新たな”魔王”が必要だ-
その言葉は一見すると的外れなように思える、現にオグマもケプラスやガノイザーも
頭にハテナマークを浮かべるばかりだ。だが、ナタルコンやミールやリヴィアス、そして
レムにはその言葉の意味が見えていた。
『指導者が必要、というわけか。』
「確かに・・・魔界の皆は個々に覇気があるが、団結するってのはいまひとつだからなぁ。」
「ですが、この魔界で今、明確に頂点の力を持つ者が、果たして居るでしょうか・・・」
そのミールの言葉に皆、黙るしかない。力こそが正義の魔界を束ねるのには何より
他を黙らせる圧倒的な実力が必要だ。奇しくもバーン、そしてこのヴェルザーと、魔界は
その強力な指導者を立て続けに失ったばかりなのだ。
-居る!その者は間もなくここに現れるよ-
-おぬしらは運がいい。否、これも運命というべきかな、この時にお主らが訪れたのも-
-その者を魔王と崇め、仕え、旗印とするがよい。さすれば天界の思惑など-
その時だった。洞窟の一角がまるでパッキイィィィン!とガラスを割るかのような
炸裂音を響かせ、岩肌が弾け飛んだ。
そしてその中には巨大な、そして勇壮な両開きの門が収められていた。
「な・・・なんだ、これは!」
「・・・っ!」
ケプラスとガノイザーが構えを取り戦闘準備をする、その顔を真っ青に染めながら!
「なんだ・・・この門!これを閉じている結界の強力さ、異常だ!」
姿を見せたその門扉は、その周囲をすさまじい力の結界で固めていた。これではいかなる者も
この門を押し開けることなど出来ないだろう、と。
-来たか-
笑みを含んだ声でそう囁くヴェルザー。自分が感じていた”魔王の資質を持つ天才”の到着に
久々に心が躍る、さぁ・・・来るがよい、我が野望の代行者!
-バリバリバリバリ、ビシシシィィィ・・・ン-
プラズマと、熱と、冷気と、闘気と、他あらゆるエネルギーを撒き散らしながら、
その扉がゆっくりと開いていく。開けている人間を100回は殺せるほどの乱流を受けながら
その人物は全く意に介さず、完全に扉を押し広げると、門をくぐってその中に一歩踏み出す。
魔王・・・
その場にいる全員が、ヴェルザーさえもが、その存在感に思わず声を漏らした。
「あれ?ここは・・・どこ?」
きょろきょろと周囲を見回す”魔王”。
-その姿はわずか10歳にも満たないであろう、人間の少女-
。