「父よ!父よっ!!」
オグマはダルタレクの左手にすがり付き、声をかけながらその顔を見上げる。
だが反応は無かった。既に全身を石に変えられており、微動だにせぬその表情は
上を飛ぶ精霊を睨みつけて固まっていた。
彼は理解した。己の父ダルタレクが敗れた事、すでに終わってしまっている事、
そして・・・
『なるほど、確かに精霊か』
オグマの右手に握られている短剣ナタルコン、その宝玉の眼がそう呟いてギョロリと
精霊を見上げる。精霊もまたその短剣の眼を上から見下ろし、そして初めて表情を変える。
静かな、そして憂いた声でこう嘆いた。
-あれは魔界皇ヒュンケルの短刀・・・ひとくいサーベルになっている-
-そう、だから神は私をここに遣わしたの-
精霊は表情を固めて両手を広げる。同時に周囲に漂っていた使徒(石化の呪文)が
精霊の後ろに寄り添うように集まる。
『ほう、我を知っているか・・・』
-かつて神の涙と共にヒュンケルの下にあった武器、神に通ずる私が知るのは当然-
精霊がそこまで発した時、ナタルコンの眼が真っ赤に充血する。
『その名を出すなあぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
憎悪を撒き散らしながらそう唸るナタルコンを制したのは、彼を握る
「聖霊よ、我が名はオグマ!父を倒すとは見事なり。」
短剣を正眼に構え、精霊に正対してこう続けた。
「ならば次は俺が相手だ、父の教えに従い、俺がお前を倒す!」
目には涙を溜めながらも、偉大な父を倒した強敵に対して虚勢を張る。彼をそうさせたのは
かつての父の教えと、その父の死に様だった。
石化している以上、そのいまわの際の表情、姿勢、その立ち姿が最後の瞬間を雄弁に
語っていた。
覚悟を決めたその表情、動かずとも最後まで戦おうとしたその腰の入れ方、力強く
握られた巨大な戦斧。彼は最後まで戦士として戦い、そして堂々と散っていった、間違いなく。
ならばこそオグマは父を誇りに思う。そして常に聞いていた教えが遺言のように心に響く。
敵を称えよ、戦いで己の歩んできた道を見せよ、相手の強さを身に刻め!
精霊はオグマを見下ろしながら、その存在に違和感を感じずにはいられなかった。
魔界皇ヒュンケルの短刀、そしてこの人熊もダルタレクの息子ならばあの『英雄ガルド』の末裔。
その両者から『本気』を向けられているにもかかわらず、何故それを・・・
-脅威と思わない?-
「ガァルアァァァァッ!!」
『シュアァァァァァァァァ』
オグマが吼え、ナタルコンが気を吐き、その剣が力強く振られる。その様に精霊の使徒たちは
怯え切ったように精霊の後ろに避難する。
短剣が放った風は、精霊の髪と服をふわり、と撫でた。
「な・・・!?」
目を丸くして驚いたのはオグマだ。先程使徒を倒した時には軽く振っただけで強力な
威力しか生み出さなかった。
「くっ!」
2度、3度剣を振るう。今度はさっきのように小さく、スナップを効かせて。それでも
風は起こらない。ナイフに刺さった果物を飛ばす感覚を意識し、精霊に向けて何度も
剣を振る。だが何も出ない、何も起こらない。
「魔力が・・・切れたのか?」
ナタルコンを見てそう問うオグマ。だがその短剣は目を血走らせたまま何も言わない。
地上でもがく一匹と一振りを見下ろして、精霊はふぅ、と息をつく。どこかほっとした、
安堵した表情で。
彼らは、弱い。
人熊も短剣も、確かに己の持てる力を振り絞って攻撃している、それは間違いない。
もしそれが強力であるならば、神の意図に従い封じなければならない、彼の父のように。
だが、彼らには力が無い、無力な存在だ、ならば封じる必要もない。
神が作りて世に遣わした使者である精霊、彼女らは他者の負の感情を好まない、
敵意、憎悪、そして恐怖。魔界の者を封印するたびに叩きつけられるそれらの感情が
彼女にとって好ましいものであるはずが無い。
脅威にならぬものを封じる行動を取る必要はない、わざわざ彼らの負の感情を
受けてまで。
-無力な者よ-
精霊はそう語りかける。今までにない安堵した、そして優しい表情で。
-案ずることはありません、この村の者たちとはいつかまた会えます-
-最後のその時まで、天寿を全うしてください、それが貴方達の運命-
-魔界が閉じる、その時まで-
その言葉が終わると同時、突然集落が光に包まれる。光っているのは精霊たちが
石に姿を変えた仲間たちだ。石像そのものが光ったかと思うと、その光が
玉の輝きとなって石から離れ、ゆっくりと浮かび上がっていく。
まるで魂が精霊に導かれ、天界に誘われるように。
オグマは呆然とその光景を見ていた。見上げれば無数の魂が精霊と、その使徒と共に
天の地へと昇っていく。突然の「終わり」に、彼は戸惑いながら、己が今ここで
何をすべきかを懸命に考える。
そして辿り着いた、ひとつの結論。
「精霊よ、お前の名は!?」
父を倒した相手、強力な力を持つ天界の使者、そして・・・願わくばいつか自分が挑む相手の
名を心に刻むために。
-私は・・・「シア」。天の8行のひとり、「輝きのシア」-
その言葉を最後に、精霊シアも、その使途も、無数の魂たちもすぅっ、と消える。
後に残ったのは、炭火となった集落の焼け跡と無数の石像。そして熊人の若者と
その手に握られた一本の短剣。
「無力な者・・・か。」
オグマはうつむき、そう嘆く。父や仲間たちと違い自分は何も出来なかった。
わずかな傷を刻むことも与えられず、それどころか戦う価値さえないと言わんばかりに
襲われすらしなかった。
がちゃん
剣を地面に落とし、ヒザをついて、肩を落として彼は涙した。
弱い、俺は弱い。戦う価値すら見いだされない程に。
皆は懸命に戦い、その価値あるものとみなされ石にされた。父も、ミルグも、
大勢の戦士たちも。
乱戦の最中であったからだろうが、集落の女子供達すら石にされているというのに、
俺だけが最後に来たお陰で、お目こぼしされてしまった。
かたかた・・・
『ク・・・ククククク・・』
身を震わせながら笑い声を発したのは、地面に落とされた短剣だ。やがて堰を切ったように
大笑いを始めるナタルコン。
『ハーッハッハッハッ、愚かなり精霊!我らを無力だと、節穴めが!所詮は神の人形よ!
ハハハハハハハハ、うわっはっはっはっはっはははははは!』
その笑い声にオグマはえっ?という表情を向ける。今確かにこの剣は『我らを』と言った。
ナタルコンが強力なのは先程の戦闘で知っている、無力なのが俺なのは分かり切った事だ。
だがその剣の物言いは、まるで自分も無力ではない、と言ってるように聞こえたから。
『ハハハハハ、俺とコイツがお互いの力を、闘気を相殺していることも見抜けんとはなぁ!!』