魔界のオグマ   作:三流FLASH職人

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第二部 地上編プロローグ
第40話 それぞれのスタート地点


 -敬虔なる神の子、人間たちよ。よくお聞きなさい-

 -この世界に新たな”災いの目”が芽吹いてしまいました-

 

 -魔界にて、新たな”魔王”が誕生したのです-

 -魔王は、その下僕と共に再び地上を、そして天界を暗雲に染めるでしょう-

 

 -心ある賢者よ、勇者よ、今再び立ち上がる時が来ました-

 -魔界からの使者を、魔王の先兵を、その野望に満ちた企みを、どうか皆の手で-

 

 -彼らの言葉に、耳を貸してはなりません-

 -悪しき者の意志に、力を貸してはなりません-

 -力こそ全てと信ずる災いの使徒達から、この世界をどうか、守って-

 

 

 

 がばぁっ!

 

「はっ、はっ、はぁっ・・・」

 

 ベッドから体を起こした状態で、彼女は呼吸を荒げて躍動する心臓を落ち着かせようとする。

「なに・・・今の夢。神のお告げ?天啓ってヤツなのかしら。」

美しい金髪を垂れる寝汗をぬぐいながら、彼女は見た夢を反芻する。

 

 災い、魔界、魔王、地上、天界、悪しき者の意志、力こそ全て・・・正義。

 

 思い当たることがあまりにも多い。それはもう8年も前の記憶、あの島で出会った

小さな勇者と、そこから始まる壮大な闘いの日々の記憶。

 国を滅ぼされ、敵に捕らえられて氷漬けにされた。それをあの小さな勇者に救われ、

共に戦い、悩み、傷付き、恐れ、そしてついに乗り越えた先で得た勝利、そして今の平和-

 

 彼女、パプニカ国王女のレオナには、その夢がただの妄想なのか、それとも賢者としての

自分に下された天啓なのかは分からなかった。

 ベッドから降り、汗でぬれた寝間着を脱ぎ捨てる。正装に着替えている間もレオナは

今見た夢を頭の中で忘れることが出来なかった。

 できればただの妄想であってほしい、あの全てを紙一重の奇跡で潜り抜けた戦いなど、

ひとつ間違えばすべてを失うことになっていた惨劇など二度とあってほしくはない、

そう思いながら着替えを済ませる。

 

 だが、直後に部屋に向かう足音と、激しくノックされるドアが、そうではないことを

告げる事になる-

 

 

      ◇           ◇           ◇    

 

 

「あれ?」

 

 破邪の洞窟の最深部、きらりんは周囲をきょろきょろ見渡す。が、そこに予想していた

人物が転送されてこない。

 

 境界転移呪文(オットールーラ)は間違いなく発動した。オグマ達魔界の住人がどこに飛ぶかは分からないけど、

お父さん(でろりん)達はてっきり私の所に来ると思ってた。

「家に行っちゃったのかなぁ?」

 地上から魔界に転移する時は他に縁が無かったから私の所に来たけど、地上に行くなら

私の他にどこか縁が強い所があるのだろうか。

 

「・・・まっ、いいか。ここを出たら合流呪文(リリルーラ)で会いに行けばいいし。」

 それよりも、と手にした杖をぎゅっと握りしめ、うふふっ、と笑顔になる。

ついさっき貰ったこの”紫龍の杖”、魔界でも屈指の能力を秘めた魔法のアイテム。

その威力を試すのに、ここ破邪の洞窟は絶好の舞台と言えた。

「さぁーっ!頑張るぞーーっ!」

 

 彼女にとって感動の、破邪の洞窟にとっては有史以来の災難が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 オーザム南部。

 

「うひいぃぃぃ・・・寒いいぃぃっ!」

「ココに送られるとは予想外じゃわい。」

 でろりんとまぞっほがメラで暖を取りながら震え声でそう話す。ずるぼんとへろへろも

彼らの横につき、輪になってその火に手をかざし、凍える体を温める。

 黒の核晶の柱(ピラァ・オブ・バーン)の最上部、かつて”黒の核晶(コア)が設置されていた場所、

そこはかつて彼ら一行が、ほんの一時だけ英雄となった場所であった。なるほど、確かにここは

自分たちが魔法的に縁の深い場所であることに間違いない。

 あの時、自分たちの生涯最高の魔法力を放出し黒の核晶(コア)を凍らせた。何事にも真剣にならず

困難から逃げ回っていた自分たちが、初めて逃げずに挑んだその記憶。初めて勇気を出せた場所。

 

 ちなみに中央にあった黒の核晶(コア)は今はもう無い。かのパプニカ三賢者が研究の末、

コアから魔法力を抜き出す技術を確立させたのだ。その技法によりコアはただの黒魔晶となり

それも解体されて爆発の危険は完全に無くなっていた。

 その功績によってパプニカ三賢者のアポロ、マリン、エイミは、”再び世界を救った大賢者”

として世界に名を馳せる事となっていたのだ。

 

 暖を取りながらコアのあった場所を眺める一同。やっぱ本物の賢者は違うな、と感慨に浸る、

三賢者のアポロもマリンも、自分たち同様このコアを凍らせることに成功した。だが彼らはその先、

そのコアを再発動させない事まで考え、ついにそれを成し遂げてしまったのだから。

 

 と、へろへろがその先に視線を移す。彼は立ち上がり塔の反対側に歩いていくと、そこに

どっかりと腰を下ろし、アグラを掻いて瞑目し手を合わせる。

 その先に有るのは、不自然にえぐれた塔の手すりと、柱の一部。

「・・・あんたの覚悟、立派だったよ。」

 それはかつてこの柱の番人だった火炎鳥人(ファイアフライ)に送る言葉。主であるバーンの野望の為に

自らを犠牲にすることをいとわなかった魔界の勇者、大魔導士マトリフに問答無用と

極大消滅呪文(メドローア)で消し飛ばされた男。

 そしてつい先日、自分たちが魔界の屋台で出会った気さくな店主、ガガラさんと同じ種族の者。

 

「なぁ、アイツこう言ってたよな。『それとも俺と一緒に運命を共にするか?』って。」

 後ろについて手を合わせるでろりんがそう話す。ずるぼんやまぞっほももそれに習い、

手を合わせて感慨深くこう続ける。

「もしそうしてたら、アイツと何か話してたかしらね・・・」

「友達になれたかもしれんのう、ほっほっほ。」

 

「短けぇ友情だなそりゃ。」

 でろりんのツッコミに一同が朗らかに笑う。かつて自分たちが本気を出した場所。

わずかな出会いと、功績と、勇気と、魔法。なるほど、魔法的に縁が深い場所ならここは

まさに一番の場所になるだろう。

 

 びゅう!と寒風が吹きつける、その風にさらされて一同肩をすくめ、寒さに体を硬直させる。

「と、とにかくどっか暖かいトコ行きましょ!」

「前に使ってたイグルー(かまくら)まだあるかなぁ・・・」

「きらりんちゃんのリリルーラ待ちかのう、それまで死なんようにせんとのう。」

 

 

 

 テラン王国西部の郊外。

 

「俺は、ここか。」

 転移されたリヴィアスが一目でその場所を認識する。ここはかつて滅びたアルキード王国の

生き残りが疎開してきたテランの集落。何事も運命と受け入れるテランの人々により、彼らは

ここに住まう事を許され、長屋(バラック)を建てて生活していた。皆、無気力に日々を過ごす中、

彼だけは(ドラゴン)の騎士に復讐を誓い日夜修行に明け暮れていた、そんな青春の地。

 

 だが、そこは荒れていた。雑草は長く茂り、家屋は半数が倒壊していた。それはそこに

長く人が住んでいないことを物語っていたのだ。

 リヴィアスがここを発ち、魔界に行ったのは9年前のこと。まるでその日から誰もいなくなった

かのように寂れていた、みんなは一体どこに・・・?

 

 その時だった。目の前の木の影から一人の男が、すっ、とリヴィアスの前に立ちはだかる。

その佇まい、目つき、そして手に持つ武骨な武器が、只者では無いことをありありと語っていた。

「誰だ・・・魔族、か。」

 青い肌に金色の髪、顔にかかるクマドリ模様が混血種であることを物語る。その魔族は

その武骨な槍をリヴィアスに向けて、静かにこう語る。

「何者か知らんが、ここから先に通すわけにはいかん。」

 

「あそこは俺の家だ、家に帰るのを邪魔される言われは無い。」

 負けじと睨み返し、コーンランスを正眼に構える。両者の間にびりっ!とした空気が流れる。

お互い相手が只者でない事を認識しながらも引く気はない、魔族からは不退転の決意が感じられ、

リヴィアスにとっても今のこの集落の事情を知るのに、己の家に帰らぬ選択肢は無い。

「どうしても、か。」

「どうしても、だ!」

 

 魔族の男はやれやれ、という顔でその槍を自分の正中線に構える、そして一言。

鎧化(アムド)。」

 その瞬間、彼の槍上部にあるパーツが分解され、その体に纏い付き、身を守る鎧となる。

「な・・・なんだと!?」

 驚くリヴィアス、魔界でもこんな武器にはお目にかかったことは無かった。

 

 余分なアイテムを削ぎ落し、軽量になった十字槍をヒュン、と振りかざしてほくそ笑む魔族。

「魔界の伝説の名工、ロン・ベルク作の”鎧の魔槍”、貴様のなまくら槍など物の数ではない、

死にたくなければ去る事だ。」

 

 カチン!

 その言葉がリヴィアスの全身にアドレナリンを巡らせる。ロン・ベルクの話なら彼も聞いている、

だからこそその物言いに全身が泡立つ思いがした・・・ナメるな!

「なまくらなのは貴様のその目だ!サルトバーン随一の名工ドガ・カーンの刺突槍(コーンランス)

味わってみるがいい!!」

 

 

 

 

 ???

 

 -ゴボォッ-

 

 水の中にいきなり放り込まれたミール、もしただの人間や魔族ならパニックからそのまま

溺れる事もあるかもしれない、だが魔族と水竜の合成獣(キメラ)である彼女にとっては、

地上に出たのと何ら変わりが無かった。

(ここは・・・淡水のようですね、いわゆる”海”ではなさそうです。)

 その水の成分を感じ取った彼女は周囲をきょろきょろ見回す。透明度が高く、はるか先まで

見渡せるそこは沼ではなく、ある程度水の流れがある湖であることを悟った。

 

(一度、地上に出ましょうか)

 そう思い、くるりと身をひるがえして体を上に向ける。が、その最中に彼女は海底に

ある物を目にする。それは湖の中にあるにはあまりに不自然な物・・・なんと神殿である。

かつて魔界でリヴィアスの師匠、ロズテナー氏に会った水中の家を思い出す。それが

引っかかったのか、彼女は迷わず水中に身を潜らせる。

 

(この場所は、私に”縁”がある場所のはず・・・だったら、あそこに一体何が?」

 

 

 

 

 とある島

 

「う・・・ん?ここは・・・」

 転送のショックなのか、失神していたオグマが目を開けた時、そこは岩に周囲を囲まれた

クレバスのような割れ目だった、またずいぶん辺鄙なことろに転移したものだ。

「む、ん・・・!」

体をよじって割れ目から這い出す。出た先は広めの洞窟になっており、遥か向こうから

出口とおぼしき光が差し込んでくる。

「あっちが出口か・・・行ってみるか、なぁナタ・・・」

 そこまで言って、彼は腰に彼の愛刀ナタルコンがない事に気付く、例えこぼれ落ちたとしても

あの魔剣ならさっさと鞘に戻るだろう。それが無いという事は・・・

 

 -魂のある者は、転移の対象になります-

 

 きらりんの言葉を思い出す、ナタルコンもまた意志を持つ者として、己に縁の深い場所に

飛ばされたという事か。腰に残ったミミックの鞘を眺めてふぅ、と息をつく。

こうしていても仕方ない、とにかくここから出なければと、洞窟の出口に歩を進める。

 

 -そして、彼の視界が開ける-

 

「う、うおぉぉぉぉ・・・」

 その壮大な、あまりに壮大なパノラマに、オグマは声にならない声を出す。

天は果ての無い青に霞み、地は木も岩も土すらも輝かんばかりに英気があり、風は限りなく

澄んだ空気を運び続けてる。

 そして・・・水。洞窟出口のすぐ先は崖になっており、その向こうにあるのは遥か先まで水、水、水!

天と交わるその先まで埋め尽くされた無限の水がオグマを圧倒する、これが”海”か!!

 

 そしてその水平線に輝く、ひときわ圧倒的な存在。黄金色を発し、天と海を輝きに染め、

その光と熱が木を、草を、岩を・・・そしてオグマをも焼き照らす。

 

「太陽・・・これが・・・っ!」

 

 全ての生命の源、何物にも生み出せぬ天の恵み、あの冥竜王ヴェルザーが欲し、大魔王バーンが

魔界に届けようとした、全生命体が希み焦がれて止まぬ、暖かな輝き。

 

 オグマは涙していた。この光が、暖かさが、どれだけ己の細胞一つ一つが望んだものであるか

それが今、肌で実感を感じ続けていたから。

 

 喜び、感動、そして魔界の仲間にこれを送りたいと追う願い、これを最初から与えられていた

人間と言う種族への羨望、そしてそれを覆したいという想い、さまざまな思いがないまぜになり

オグマを、魔界の人熊(ウォーベア)を、戦士を、その胸を打つ、打って打って打ちまくる!

 

「うおぉぉぉぉーーーーっ!地上おぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!」

 

 諸手を広げて叫んだ。全身で、咆哮で、涙で、魂で。その体に朝日を浴びながら。

 

 

      ◇           ◇           ◇    

 

 

「王女!レオナ王女!起きておられますか!?」

ドアの向こうから叫ぶ声、その慌てぶりから彼女は己の不安が当たったことを予感する。

「大丈夫、入っていいわよ。」

「失礼します!」

 そう言って入室してきたのは彼女の側近であり、世界の救済者としても崇められる

パプニカ三賢者のうちアポロとマリンの二人。いずれも青い顔をしてレオナの前に並ぶ。

「姫・・・いや王女、不躾で申し訳ありませんが、お眠りになっている間、『夢』を見ませんでしたか?」

あえて『夢』という単語を強調するアポロ、その言葉にレオナは、はぁ~っ、とひとつ大きな

溜め息をつき、アポロを見返してこくりと頷く。

 

 そして凛とした表情で二人にこう指令を出す。

「今日の予定はすべて中止にします!急いでルーラを使えるものを集め、世界中各国の首脳と

寺院や教会、魔導士、僧侶などに連絡を。あとランカークスのロン・ベルク等、魔界出身の者にも

コンタクトを取って下さい、大至急に!」

 

 

      ◇           ◇           ◇    

 

 

『なんだ・・・ここは』

 

 短剣ナタルコンは薄暗い空間でそう嘆いた。天井は開けているが、それ以外の四方が板の壁に

囲われている、幅3m、奥行き1mほどの大き目の木箱の中にいるらしい。

 彼の傍ら、右側には大量の刀剣や斧、鉈などの刃物が乱雑に置かれている。その有り様は

ひどいもので、鞘にも収まっていない刃物が下向きに立てかけられ、刃物同士がこすれている

物すらある、保管状況としては最悪だ。

 刃物自体も錆びているのはまだいい方で、折れる寸前までヒビ入っている物、元々の作りが

酷くて朽ち果てかけの物、生成した鉄からして不純物が多く歪んでいる物まである。

 

 逆の左側に目を移すと、大量の丸太がギチギチに詰め込まれていた。丸太の中心部には

兜が埋め込まれており、それを頭にハメる様になっている、よく見知った武器だ。

ハンマーヘッド(どたまかなづち)か、どれも新品ではあるな。だが・・・』

 こちらも保存状況は良くない、もともと木製の武器だけに湿気は敵なのに、その空間は

じめじめと淀んだ空気で満たされていたからだ。

 

 ただ、それ以上にナタルコンが訝しがったのは、この箱の周りに感じる無数の気配だ。

それも脅威を感じるものでは無く、むしろやたら弱々しい。にもかかわらずその数が

とんでもなく多いのだ。ナタルコンは塚の翼でそっと浮き上がり、箱の淵まで目を出して

こっそり外を伺ってみた。

 

『な・・・なんだ、これは!!』

 

 人間、人間、また人間!老若男女から幼子まで、その周辺は人間で埋め尽くされていた。

ある者は笑顔で歩き、別の者達は列をなして並び、また他の者は仕切りの向こうで

声を上げて周囲の注目を集める、さぁ、らっしゃいらっしゃい、安いよー

 

(なるほど、”市”という奴か)

 サルトバーンの一角にもあった、物を売り買いする為に確保された場所。様々な商人が

売り物を持ち込んで売買する所。

 

 ん?

 

 紐にぶら下がっている”転移の円”の欠片を眺めて彼は思う。自分に縁の深い場所に

飛ばされるという事は、ここが自分に縁のある場所だという事・・・

 ゆっくりと振り向くナタルコン、そのすぐ上には”武器屋ベンベン”の文字。

壁にはそこそこ立派な剣や槍、盾などが飾られ、正面のガラスケースには高級そうな

魔法石を有したリングや短剣、小手などが並んでいた。

 

 で、自分が収められている箱、その淵に立てかけてある看板に目をやる・・・

 

ナタルコンは己の暗黒闘気が、ドス黒い感情が制御出来ぬほどに立ち昇っていくのを感じていた。

ここまでの感情がせり上がるのは、あの日、我が主ヒュンケルが神の涙に刺し貫かれて以来だ・・・

 

 

”激安処分品!どれでも一本2ゴールド、5000G以上お買い上げの方は一本無料、

もってけドロボー!!”

 

 

 ベンガーナのデパート4F、武器屋にて。

 




オチ担当、ナタルコンさん。

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