「ふぅ、参ったな・・・。」
沈みゆく夕日を眺めながら思わずリヴィアスはこぼした。あれから3日、彼は未だに
仲間との合流も、腰を落ち着ける場所も見つけられないでいた。
世界各国には既に彼の手配書が出回っており、賞金までかかった立派なお尋ね者に
されてしまった。お陰で街中にて情報収集をすることが日一日と困難になってきている。
手配書の人相書きもそれなりに似ているが、それ以上に困るのが目立ちすぎる
隠しようがない、とはいえどこかに隠すにも見つけられて持ち去られたら一大事だ。
そんなわけで彼はあれからやむなく野営を繰り返してきた。今日ももう陽が沈む、寝床と
食料を確保にかからねば体力も持つまいと、彼は丘から森に入っていった。
日も落ち、夜のとばりが下りた森の獣道を歩いていると、ふと遠くに明かりが目に入る。
ゆらゆら揺れるその火の明かりに興味をひかれてそちらに歩いていくリヴィアス。こんな山中で
焚火とは、おそらく木こりか
知らない可能性は高い、運が良ければ労せずして食事や寝床にありつける可能性もある。
「やぁ、こんばんわ。」
だが、その焚火と前に座る人物を見た時、彼は思わず硬直する。気さくに夜の挨拶をした
その男は、アウトドアには不釣り合いなピシッとした服に身を包み、顔にはインテリそうな眼鏡、
何より後ろに流した髪の毛をキレイにカールセットしており、どうみても野営が必要なタイプには
見えない、どこかの貴族といったほうが遥かにしっくりとくる。
「・・・アンタ、こんな所で何やってるんだ?・・・あと、付け髭がズレてるぞ。」
えっ!?と驚いて手を口元にあてがう男。あわあわと狼狽しながら付け髭の位置を直そうと
悪戦苦闘した挙句、諦めたのか、べりっ!とその付け髭を外す。
「いやぁ~参りました。この付け髭お気に入りなんですがねぇ。」
髪の毛と同様にカールした髭を手に、にかっ!と笑う貴族風の男。こちらからやってきて何だが
うさん臭さしか臭わない・・・本当に何者?
「私、昔は良く
頭を掻いてそう笑う男は、己を”アバン・デ・ジュニアールⅢ世”と名乗った。
「わざわざ好き好んで不便な生活するとは、物好きだなアンタ。」
やれやれと向かいの切り株に座るリヴィアス。この柔らかな物腰からしても自分を知っては
いなさそうだ、少なくとも敵意は感じられなかった。
「少し火に当たらせてもらってもいいか?」
「もちろん!旅の道連れは大歓迎ですよ、シチューも煮込んでますので是非食べて下さい。」
「それは有難い、正直困窮していたのです、感謝します!」
一礼するリヴィアス。今の自分にとってまさに理想の展開が来た、この男にはまた後日十分な
礼をしなければな、と思いつつ差し出された椀を受け取る。
だがそれでも安易に口を付けないのは戦士としての性だろう。
「どうぞ、食べて下さいよ。」
「ご相伴に預かるのに、貴方より先に口を付けるわけにはいきませんよ。」
真面目ですねぇ、と己の椀にシチューをよそって、ずずっ!とすするアバン。彼が確かに
それを飲み下したのを確認して、リヴィアスもそのシチューを頂く。
頂く・・・
「美味い!美味すぎるっ!!!なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
ええ!?ありえないだろうこの味は!確かに空腹だし、地上のきちんとした料理は久しぶりだ。
だがそれを置いてもこのシチューの美味さは異常だ!口や体内の粘膜に染みいる温かさと
絶妙なコク、とろっとろの甘さの中にかすかに香るスパイス、胃に届いた瞬間に
なるようなその栄養価の高さ・・・人生で出会った食べ物の中で間違いなくナンバーワン!
これは仲間たちにも食べさせたい。いや、魔界の皆にも是非一度味わってほしい。もしこの男が
魔界で料理屋でも開いたらえらいことになるぞコレ!
「お気に召して光栄ですよ、お代わりもありますからどんどんどうぞ。」
得意げな笑顔を見せるアバンにたまらず椀を突き出すリヴィアス、遠慮せねばいかんと思いつつも
体がおかわりを求めてしまうのだから止むをえない。次々と平らげて、とうとう鍋を空っぽに
してしまった・・・不覚!
「申し訳ない!悪いとは思ったが止まらなんだ・・・この借りは必ず返す!」
「いえいえ、美味しく食べて頂ければなによりですよ。」
空になった鍋を片付けつつアバンは、変わらぬ雰囲気のまま、ふっと笑って言葉の爆弾を投げる。
「自白剤入りでしたが、お気に召して何よりです。魔王の配下のリヴィアスさん。」
「き・・・貴様っ!自白剤、だと!?」
思わず焚火から飛び退いてコーンランスを引っ掴む。コイツは最初っから知っていたのか?俺の事を!
「あっはっは、半分は冗談ですよ。ほら、人間満腹になると気が穏やかになって話も
弾みますからねぇ。」
してやったり、と軽薄にケラケラ笑うアバン。どこまで冗談でどこから本気なのか、全く
つかみどころのない男だ。
「少しお話しませんか、あなたの事は弟子のヒュンケルから聞いています。」
「分かった。食事の礼だ、何でも話そう。」
観念して座り直すリヴィアス、どうもこの男は自分より一枚も二枚も上手のようだ。ならば
この男との話が何かの打開策になる可能性は十分あるだろう。
まずアバンが語る。自分はカール王国の宰相を務める身で、かつては勇者の家庭教師をしていて
その弟子たちがかつての大戦において世界を救ってみせた事。そのうちの1人ヒュンケルが、
君とフィガロ君の話を盗み聞きして、どうすればいいかを相談に来た事。君に会うために
やはり弟子のポップの妻、メルルに君の今夜の野営場所を占ってもらい、先回りしていた事などを。
「う・・・占いでそんな事も分かるのか、凄いなその占い師は。」
「彼女は特別ですよ、いやぁ我が弟子には勿体ないくらいの才女です。」
リヴィアスは戦慄した後、その占い師の力で仲間を探してもらえないものか、と思い立つ。
「貴方があのアルキードの生き残りなら力になりますよ、何しろ我がカール王国も、竜の騎士
バランに滅ぼされちゃいましたからねぇ。」
答えてリヴィアスは話す。自分が竜の騎士を狙うのはあくまで己に対する落とし前でもある事、
妹を救えなかった無力な自分をこそ超える為に、竜の騎士に勝てる高みまで到達したい事。
魔界で出会った師匠、仲間たち、そして天界に滅ぼされんとしている魔界の現状。
それを救う為に旗頭として担いだ魔王、人間の少女きらりんのことを。
「えええっ!?きらりんちゃんが・・・魔王?」
思わず顔を歪め、目を点にしてそう返すアバン。なんでも彼女はカール領内の”破邪の洞窟”で
行方不明になり、追いかけて行った彼女の両親パーティも返ってこない。結果近日中に
大規模な捜索隊が出動する予定で、すでに斥候として一人の強戦士が突入していたのだが。
「あれから4日経つし、もう洞窟を出てると思うのだが・・・」
一度攻略した洞窟、まして降りるほどに難易度が上がるなら昇るのはより容易だろう、と。
「・・・なるほど、事情は分かりました。ですがその立場では大変ですよ?何しろ地上の人間に
とって魔界はとても恐れられていますからねぇ。」
メガネを抑えて瞑目しながらそう語るアバンにリヴィアスが返す。
「やはり・・・大魔王バーンの侵攻がそうさせているのか。」
「それもありますが・・・元々地上の人間と言うのは、天界を神聖な物、魔界を恐るべき物と見る
傾向があるのです、パプニカのような信仰深い国は特にね。」
アバンの言葉に得心が行くリヴィアス。どうりであのエイミさんがあっさり自分を
敵と見たわけだ、精霊の連中がご丁寧に彼女たちに”天啓”を下していたのか。
臍を噛むリヴィアスに、アバンは胸を張ってこう続けた。
「ですが私は近年、魔界の者にも目をむけ、耳を傾ける必要があると思っています!」
翌朝、野営道具を撤収した二人は、ルーラでカール王国に飛んだ。
リヴィアスを兵士に引き渡したアバンは、冷や汗を流して昨晩の王女の様子を聞く。
「そりゃもう、お察しの通りですよ宰相閣下。今夜は覚悟しておくことですね。」
その騎士の言葉に笑いが起こる。アバンだけは、うへぇという顔をして頭を掻く。
「今夜・・・ってことはアバン殿は王女様の?」
「そ!なんせかつても何年もフローラ様ほったらかしてたからなぁ、最近ますますお盛んだよ。」
「じゃ、拘束させてもらうよ、武器を。」
正面に立つ騎士がリヴィアスの
特に抵抗しない。アバンに己を託すなら、他国への対面上自分を接待できないことくらい
理解している。
「潔いな、俺は騎士団長のエルキンス。まぁしばらく泊って行ってくれ。」
「そうさせてもらう。だがきらりん達が見つかったら報告を頼みたい。」
アバンが振り返って「勿論ですよ」と手をひらひら振る。そのついでに一言。
「エルキンスさんもリヴィアスさんも、兄弟をバランに殺された者同士です、
仲良くしてくださいね。」
その言葉を受け、エルキンスは度々牢屋に訪れた。話を交わす度にお互いを認め合う二人。
なんでも彼はカール最強の騎士だった兄がいたが、バランの一撃のもとに散った。そして
自分は負傷してたとはいえ何もできず、去っていくバランを見送るしかできなかった事、
その時の悔しさをバネに騎士団長まで上り詰めたが、いまだあの時の悔しさを忘れられない事を。
「分かるよ、過去の屈辱を己を叩き上げる力に変える、その志の高さはな。」
自分やあの魔界の戦士、故郷を消し飛ばされたケプラスやガノイザーを思い出す。
「いや、俺の兄はあくまで戦って散った。あんたの妹みたいに何もできないまま死んだのとは
事情が違うよ、さぞ・・・悔しかったろうな。」
リヴィアスは思う。この地上は”力こそが正義”のシンプルな魔界とは違う。
愛、憎悪、偏見、償い、そして復讐、さまざまな感情が入り乱れる伏魔殿、そこに生きる者の
様々な”物語”を内包する世界である事を。
-さぁ、面白くなってきた。ここから世界は、どう動く-
いや・・・美味し〇ぼ、かな?