「お父さあぁんっ!!」
きらりんが絶叫したのと同時、機械の竜の吐いた見えないブレスがでろりんの体をえぐる。
「・・・え?」
衝撃も、痛みも無かった。だがえぐられた左腕は、その瞬間から左腕では無くなっていた。
「んなっ!なんじゃあこりゃあぁぁぁっ!」
かつて失い、サルトバーンで新たに付けてもらったそのモンスターの義手は、まるで
灰か砂のように瞬時に崩れ、風に巻かれて粉と消える。
それは彼の腕だけでは無かった。”シ”と呼ばれたブレスが通過した先の木も草も地面も、
全てがまるで砂の城のように粉になって崩壊していく。
『固まるな、動けえぇぇぇっ!!』
絶叫するナタルコン。そうだ、固まっていたら的になるだけだ、あんなものをまともに食らったら
絶命はおろか死体すら残るまい、的を散らすのは何より最優先だ!
『シ』
2発目が発射される。だがそれは宙にいたリヴィアスを狙って放たれていた。無論
使い手の彼はそれを余裕で躱す。というより彼は皆を逃がすためあえて囮としてこの機械竜の
目前に飛び出していたのだ、こっちを狙え!と。
そのスキにずるぼんはでろりんに
そのすぐ先には心臓がある、止血の治療はなにより優先する。
「参ったな・・・あの左腕に守られちまったよ・・・うぐぅっ!」
遅れてやって来た痛みに顔を歪めつつでろりんが感慨深くそう呟く。確かにあの瞬間
自分の義手は反射的に自分を庇い、あのブレスを受け止めに行った。魔界で生き抜いたあの
腕の持ち主もまた気骨ある戦士であり、腕だけとなってもその心意気は失われなかった、
そんな想像に思いを馳せ、感謝をする。
「よくも・・・よくもお父さんをっ!!」
きらりんが空に浮かぶ機械竜を睨んでそう叫ぶ。いかに才女とはいえ彼女もまだ8歳、目の前で
父親が大けがを負わされて冷静でいられるはずもない。
「いかんのう・・・血気にはやっては魔王の格が下がるぞい。」
隣にいたまぞっほがそうたしなめる。癇癪のままの行動など実を結ぶはずもない事を知る
老獪な彼の意見にきらりんは、でも・・・と言葉を詰まらせる。
「きらりん・・・指揮を取れ。お前の頭でリヴィアスやオグマを助けてやれ・・・ッ!」
でろりんが激痛と戦いながら娘にそうアドバイスする。現に今もリヴィアスが空中で
槍を振るい、オグマが泉のフチを駆け回りながらナタルコンを振り、真空の斬撃で攻撃を繰り出す。
だが、金属であるのみならず、無数の関節を持つその機械竜に攻撃は通じていない、
直撃するごとに大きく体を曲げて威力を殺す。鉄棒をハンマーで殴れば曲げることも可能だが、
張られていない鎖をハンマーで断ち切ることが出来ないように。
返す刀で『シ』を放つ機械竜。オグマは攻撃をナタルコンの暗黒闘気に任せ、逃げる時に
光の闘気をフットワークに変えてブレスを躱し続ける。そして地面に着弾したブレスは
木を、草を、虫を、小動物を容赦なく塵に変えていく。豊かな森がじわじわと死の世界に
彩られていく、なんという恐ろしい攻撃、能力か。
あの竜を止めないと!
「
紫龍の杖の能力のうちふたつを同時に使い、兜と翼を装備するきらりん。飛びつつブレスを
回避して、紫龍の眼であの機械竜の弱点を見定めるために。
「機械には
飛び上がるきらりんにそうアドバイスするまぞっほ。かつて黒の核晶を凍らせた経験を
可愛い孫のような存在に託す。
「わかった、やってみる!」
きらりんは紫龍の眼で敵を見る。確かにその体は無数の可動部で出来ており、それを凍らせれば
まともに動くことも出来なくなるだろう。方針を決めたきらりんは翼で飛び、オグマの傍らに
移動する。
「オグマさん、ナタルコンさん、アレを凍らせます。その時に私の背後に位置取りを!
リヴィアスさん、敵の注意を引いて下さい、くれぐれも気をつけて!」
「了解した!」
『承知』
「任せとけっ!」
3人が魔王の指示に応える。このまま闇雲に攻撃を続けてもこちらが息切れするだけだ、
初めてのパーティバトルにて、魔王のお手並みを拝見と行こう!
リヴィアスは
纏わりついて槍を叩き込む。元々トベルーラによる3次元殺法を得意としていた彼にとって
こういう戦いはお手の物だ。困惑する機械竜はブレスを連発するが、それは虚空を走る
だけだった。
「行くわよ!サササササササササササササササササササ・・・」
きらりんは紫龍の杖をかざして呪文の詠唱を始める。だがそれは「サ」を素早く繰り返す
だけの、誰もが聞いたことのない呪だった。
それは彼女が破邪の洞窟で得た特殊な呪文、同じ呪文を同時に多数発生させるための
増幅の為の言葉。直後に発する呪文を「サ」を言った数だけ生み出す魔法技術!
「サササササ、サム・マギア!」
きらりんの魔力が解放され、周囲に魔法力が展開される。
「
きらりんが唱えた瞬間、彼女の周辺に大量のヒャドが発生する、その数100個以上!
「なんと!」
『・・・サルトバーンのエイの目玉を思い出すな、あの小さな身でそれをやってのけるとは!』
驚愕するオグマとナタルコン。あの数ならマヒャドすら比較にならない威力を持つだろう。
だが無数の魔法を一気に生み出すこの魔法は当然魔法力の消費も激しい、ましてや
紫龍の杖のふたつの能力を同時に使っているきらりんは、さすがにふらっ、とよろめく。
「ナタルコンさんお願い、この呪文発生させることは出来ても、撃ち出すことは出来ないの。」
木の葉のようによろめきながら地上に降りたきらりんの言葉を受け、オグマがナタルコンを
無数のヒャドと、その先の機械竜に向ける。
「そういう事か!行けナタルコン!」
『
きらりんがオグマ達に後ろに位置してと言ったのはこの為だった。魔法を発生させる役を
きらりんが行い、撃ち出す役目をナタルコンが担うために。
真空の竜巻が多数のヒャドを纏い、吹雪の渦となって機械竜に迫る。
-ガッキイィィィィ・・・ン!-
機械竜の左後方から命中した
翼の火炎噴射で姿勢を制御して何とか踏みとどまるも、その身は半分以上が氷によって
固められていた。
「いよっしゃ。」
「きらりんちゃん・・・凄い!」
意気上がるまぞっほ達、あれならもう敵は成す術もないだろう、そう誰もが確信した。
『シ』
信じられない事が起きた。なんと機械竜は凍った自らの体に向けてブレスを発したのだ。
そしてその筒状の航跡は、機械の体を通り抜けつつ、氷だけを奇麗に消し去っていく。
「なん・・・じゃとぉっ!!!」
まぞっほが絶句する。なんだあの都合のいいブレスは!自らを傷付けずに氷だけを
消し去るとは・・・そんなのアリかいっ!?
『シ』
『シ』
『シ』
まるで鼻で水浴びする象のように、次々と己の体にブレスを浴びせ、氷を消し去っていく竜。
やがて全ての氷が消え去り、自らの体をグネグネと動かして稼働を確認すると、その目を、体を
きらりんに向け、彼女の方に迫りくる、まずいっ!!
きらりんの目前で停止し、その口を開ける竜。消し去るべき危険人物を見定めた敵は
オグマやナタルコン、リヴィアスの攻撃を受けても外さない姿勢で照準を合わせる。
「させるかあぁぁぁっ!」
-ガッツウゥゥン!-
機械竜も、オグマ達も予想しない方向から頭を剣で殴りつけたのは戦士へろへろだった。
その一撃で頭がずれ、狙いを外したブレスが誰もいない森を粉に変えていく。
へろへろは戦いが始まってすぐ、機械竜の死角へと回り込みながら機を伺っていた、
飛び道具を持たない彼が一撃を入れるには、奴が降りてきたその瞬間を狙うしかない。
それが見事に功を奏し、すんでの所できらりんを救ってみせた。
-ブォンッ!-
お返しとばかりに機械竜がその尾を振り回す、へろへろに直撃こそしなかったが、
機械の隙間に足を引っかけてしまい、そのまま森の中まで吹っ飛ばされる。
「へろへろぉっ!」
「おじちゃん!」
落下の姿勢が悪ければ即死も免れない勢いで飛ばされたへろへろ、だが木々の枝が柔らかく
彼を受け止め、そこから落下した場所は皮肉にも”シ”で粉となった砂場だった。
地に伏したへろへろは、それでも右手を上げ、親指を立てて「大丈夫だ」のジェスチャー。
「・・・一体、どうしたら。」
思わずこぼすきらりん。戦場では再びオグマ達が機械竜の相手をしているが、その体力は
無限ではない、彼らが力尽きた瞬間がこのパーティの最後の時・・・それまでに何とかしないと
いけないのに。
「
そう呟いたのはずるぼんだ。今だでろりんの腕に回復呪文をかけながら、かつて大魔導士
マトリフが放った消滅呪文を思い出して嘆いた。
「・・・めどろーあ。」
きらりんもその言葉を思い出していた。かつてマトリフお爺ちゃんの所で、彼の一番弟子が
披露してみせた、岩だろうが鉄だろうが消し去って見せる超呪文。
・・・あれ?さっき会った人って、その一番弟子さんじゃなかったっけ。
でも確かにその通りだ、あの呪文さえ使えればいかに相手が機械だろうと一撃で勝てる。
だが・・・きらりんはそれが使えない。幾多の魔法の才能を持つ彼女だが、攻撃魔法を合成する
才能だけは全く持ち合わせていなかった。
それでも彼女はうろ覚えの記憶を頼りに、右手にヒャド、左手にメラを発生させる。
「お願い・・・うまくいってっ!」
目前で手を、その呪文を合わせる。だがその瞬間に両呪文はお互いを食い合い、威力を
落とすだけだった。
「ダメ・・・やっぱり私じゃ。」
「ぐあっ!」
その悲鳴にこうべを垂れていたきらりんが顔を上げる。リヴィアスが竜の爪の一撃を受け
その身を弾かれていた。見ればコーンランスが機械竜の体に噛み込んでいる、抜けなくなった
槍に気を取られていたが故の痛恨の一撃!
「リヴィアスさん!ええいっ!!」
一も二も無く両手の呪文を投げつける、メラとヒャドが並走して機械竜に迫り、着弾する。
体のわずかな部分に灯る炎と氷、それは機械竜にとって取るに足らないものだった。
だが、機械竜は、あえてその氷と炎にブレス『シ』を吐く。それは先ほどのあの娘の
絶大なヒャドに対する警戒が起こしたアクションだった。だが、その行為が皮肉にも
決定的なミスとなる。
「・・・あれ?」
竜の体を見たきらりんが思わずこぼす、相変わらずヒャドはブレスで綺麗さっぱり無くなった、
だが同じくらい小さなメラの炎は消えずに未だ煌々と燃えている、間違いなくメラも
ブレスを浴びたにもかかわらず、だ。
「どういう・・・どうして?」
メラとヒャドは基本、熱エネルギーを操るいわば”同じ”呪文だ。使用する魔法力の性質も
その量も全く同じで、ただベクトルが逆なだけだ。にもかかわらずあの『シ』は、ヒャド
だけしか消し去れなかった。
「考えて・・・思い出して・・・あのブレスの性質を!」
・父の腕を瞬時に塵に変えた。
・木や草を、動物や虫を、一発でまとめて死に追いやった。
・自らの体を封じた氷を、氷
・そして・・・ヒャドの氷は消せても、メラの炎は消せなかった!
伝説に聞く”死の呪文”だと思っていた。無生物である機械には通じない性質なのかと。
だけど違う、似てはいるけどもっと具体的な・・・生物にとって決定的な死をもたらす効果。
ヒャドを消す、正確にはヒャドが凍らせた
メラに効かない、いわばメラが
「まさか・・・まさかっ!!」
きらりんが湖のふちに走る、残り少ない魔法力を紫龍の翼に託し、あの『シ』の謎を
解くために。
上空でリヴィアスを追い回す機械竜にきらりんが大声を上げる。
「こっちよーーーっ!私をブレスで撃ちなさい!!」
翼で飛び、湖の中央に位置したきらりんが天を見上げてそう叫ぶと、機械竜もそれに応えるように
首を直下に向ける。
「きっ、きらりん!?」
「いかん!逃げろっ!!」
リヴィアスが驚き、オグマとナタルコンが彼女を救うべく疾走する・・・だが遅い!
『シ』
真下に放たれるブレス、死が天から地に向けて落下する。
「お願い!紫龍の翼っ!!」
見えないブレスから目を切らずに、翼の力で辛うじてブレスを躱す。髪の毛一枚の差で体を
かすめたブレスはそのまま湖に突き刺さり、その航跡が湖に大穴を空ける、さざ波さえも立たせずに。
まるで湖に巨大な試験管を差し込んだかのように!
「やっぱり・・・間違いない。あのブレスは・・・!」
水面に空いた穴が水で埋まっていくのを見届けて、きらりんは叫ぶ。その恐ろしい
吐息の正体を。
”
「そのブレスはっ!あらゆる水分を消し去るんですーーーっ!!!」
※生物は約8割が水分で出来ています