・・・あれから、どのくらい、経ったのだろう。
湖の底に横たわったまま、「彼女」は意識の奥底でそんな事を考えていた。
記憶を巡らせながら「彼女」は自分が何者だったのかを、じっくりと思い出す。
名前は・・・ミール。
種族は、魔族の女・・・それだけ?
父がいた、名はケートス。そう、あの町の領主。そして・・・研究をしていた。
そうだ、私もまた、その研究に身をゆだねた。
引き換えに、時間と共に若返るという、呪われた体に成り果てた。
・・・ああ、そうか。以前も長い間こうやって水の中で漂っていた。
父の過ちと後悔の象徴として、そして少しでも長い間、私を生かす為の保存措置として、
ただ水槽内で浮かんでいた。いつか誰か私の体を元に戻してくれるかもしれないと、
ありもしない希望にすがって。
誰かが私を開放した・・・仲間、そう、大切な仲間だ。
死に向かう自分を、それでも生きるべきだと、あの水槽を叩き壊してくれた。
父の過ちを、そこから逃げずに真っ向から向き合う為に檄を飛ばしてくれた。
私を開放し、父を立ち直らせてくれた、大切な仲間。
オグマ、リヴィアス、ナタルコン。彼らとともに旅をして、冥竜王への目通りすら
叶えることが出来た。
ある家族に出会った。魔王となる志をその小さな体に秘めたきらりん様と、そんな娘を
心から案ずる両親。そのために実力の届かないはずの難関を潜り抜けて来た愉快な一行。
私と父とはまた違った、温かくて微笑ましい、うらやましい家族。
そして私は生まれて初めて”地上”に来た、魔族の私が恐らくは一生縁の無かった場所に。
そこで、悲しい”心”に出会った、報われない使命を持ち、永い永い時をただ存在するだけの
かつての水槽の中の私のような、あの竜水晶。
でも、あの水晶は自分でその運命を破った、己の依り代を作り出し、自ら目的を得て
行動を起こした・・・。
(そうだ・・・私はあの攻撃を受けて、そして・・・)
機械竜の”シ”を背中に受けたミールは、その瞬間に絶命した。
当然のことだ、血液はもとより全身の水分を瞬時に消し去られて、生命活動を維持できる
はずもない、細胞すら水分を含んでいるからこそ結合できるのだから。
だが、その瞬間に湖の中に放り出されたことが、ひとつめの奇跡だった。
水分を失った全身は霧散せず、咆哮の跡を埋める水によって纏められた。
ふたつめの奇跡、彼女と融合した
水分を湖の水から貪欲に取り込んだ。脳も心臓も活動を停止しているにもかかわらず、
彼女の肌は、細胞は、その命と細胞同士を全力で繋ぎ止めにかかった。水竜の持つ水を
変質させる力で、血液を、体液を、羊水を、循環水を、脳内麻薬すらも作り上げていった。
そして、みっつめの奇跡。
彼女は力を使うたびに若返る呪われた体。当然自らの体を再生させるこの行為は彼女の寿命を
急激に食っていった。だが、彼女の場合に限ってはそれは”若返る”行為。現在成人前の
体格の彼女は、少女といえる体まで縮こまってしまっていた。
つまり・・・元の体よりも”再生させる部分が少なくて済む”のだ。
水分を奪われ、霧散しかけた体を完全に回収するのは不可能だ。だが体が小さくなる分、
必要とされる細胞は元の体より少なくて済む、水竜の力がかき集めた彼女の肉体は、
今のミールに必要な体積と質量を充分に満たして見せた。
(なんという・・・奇跡なのでしょう。この呪われた体が私の命を繋ぎ止めるなんて。)
もしミールが十全に魔族のままだったらどうだろう、ここで死体も残らず湖に溶け込み
誰も私を探せないだろう。いや、そもそも地上にすら来ていない、あの仲間達とも出会わず
サルトバーンの館で、父と共に後悔に暮れる人生を送っていただろうか。
(お父様・・・オグマ、リヴィアス、ナタルコン・・・そして、きらりん様。本当にありがとう。)
運命と言うものがあるとするならば、それが紡ぐ私の物語はなんと豊穣なのだろう。
瞳に熱いものがこぼれる。そう、最後に再生されたのは体の中でも最も水分を多く有する
眼球だ。そこから涙があふれたことにより、彼女は視力の復活を知る。そしてそれが
最後の彼女の再生箇所である事も。
彼女が目を開けたまさにその時、湖の水面から下に向けて空気の筒が突き刺さる!
(あれは・・・あの機械の竜の、水分をかき消す魔法!)
水竜の力を使うがゆえに、彼女はあのブレス”シ”の正体に最初から気付いていた。
だからこそ背中に受ける瞬間に絶望し、今また落下してきたソレがあの機械竜のブレスで
ある事を瞬時に悟った・・・誰かが上で、あの竜と戦っている!
がばぁっ!!
水底に横たわっていたミールがその身を起こす。もう寝ている場合じゃない、あの水晶は
魔界の者を殲滅すると言っていた!止めなければ、誰かが戦っているのなら尚更に!
-そのブレスはっ!あらゆる水分を消し去るんですーーーっ!!!-
猛スピードで上昇するミールに届く、懐かしい声。健気で、そして懸命な声!
「きらりん様っ!みんな!今行きますっ!!」
◇ ◇ ◇
「そのブレスはっ!あらゆる水分を消し去るんですーーーっ!!!」
そのきらりんの絶叫に、一同が”何だって!?”という表情をする。そして次の瞬間に
その仮説が正しい事を全員が認める。
どうりで自らの体に張り付いた氷だけを消せるわけだ、着弾した森が砂漠化するわけだ、
そして、あの水面にまるでトンネルのような穴を穿てるわけだ!
「いかん!逃げろきらりんっ!」
リヴィアスが上空から叫ぶ。まるで彼女の言葉を理解したかのように機械竜はきらりんを
睨み据える。己のブレスの正体を看破した者に対して、怒りと憎しみを向けるように!
そして、きらりんの魔法力はもう尽きている。ルーラ系も紫龍の翼も使えない今、
彼女を動かすのは年相応のか弱い脚しかない、ブレスを躱すなどとても無理だろう。
-ドドドドドォォォン!-
その瞬間だった。機械竜の浮かんでいるすぐ下の水面がまるで爆発するかのように
立ち上がる。
その頂にいたのは、魔族と水竜の特徴を備えた少女。彼らの最後の仲間!
「きらりん様、大正解!」
ミールが天に向けて手をかざすと、追随してきた水がまるで蛇竜のようにうねり、すぐ上の
機械竜に強烈に体当たりをする。まるで好き勝手に消されてきた水分たちが”お返し”を
見舞うかのように!
「「ミーーーールっ!!」」
「お待たせしました、早速ですが皆さん、あの竜に
全員の驚嘆の声に応えた彼女は、振り向きざまにヒャドを放ちつつ皆にそう指示する。
「ヒャドっ!」
「ヒャダルコ!」
「ヒャドっ!」
まぞっほが、ずるぼんが、そして負傷しているでろりんが力を振り絞ってヒャドを放つ。
空気中の水分を凍らせるこの呪文を、水に濡れている相手に放てば効果は倍増する。ましてや
ミールが放った水の竜が巻き付いているとなればその威力は絶大だ。瞬く間に体の
ほとんどを氷の塊で包まれる機械竜。
「でも・・・ダメっ!あの竜のブレスですぐに氷が消されちゃう!」
きらりんが思わず叫ぶ。そう、まだあの竜の首は健在だ、あれが吐く”シ”なら、
その氷の呪縛はあっさりと解かれるだろう、動きを封じるのもほんの一瞬でしかない。
とっ、ときらりんの前に着地するミール。その姿に思わずええっ!?と声を上げる、
地上に来る前は人間でいう18歳前後だった彼女が、今は13~4歳の見た目になっていたからだ。
「ミールさん!力使いすぎですよっ!」
顔をしかめてそう嘆くきらりん。それどころではないのは分かっていても、寿命を削った
彼女に対して悲痛な感情を隠せない。
「じゃあ、これは”ついで”です♪」
そう言ってきらりんの頭を抱えたミールは、なんとそのままきらりんに唇を重ねる。
「うわあぁぁぁ!」
「きっ、きらちゃん!!」
「なん・・・じゃとぉ!?」
「ちょ、ミールさんって!」
ずるぼん一行が驚愕の光景に悲鳴を上げる。が、当のきらりんは目を丸くし、ミールから
口を離すと、自分の口の中の物をこくん、と飲み干す。
「これ・・・魔法力が、戻ってる?」
「”魔法の聖水”ですよ。私の体の中で生成しましたが、お口に合いますか?」
笑顔でそう語るミール、自分が再生の中でさらに高めた能力が早速役に立ったことに
ご満悦の表情を見せる。
「って、笑ってる場合じゃないってば!早くなんとかしないと、あの竜が!」
きらりんがそう叫び、でろりん達もああ、と同意する。ヤツに対して凍り付かせるのは
決定打にならない、復活までのわずかな時間に次の手を打たないと・・・
「あれ?きらりん様。満点回答が80点になっちゃいましたよ~。」
のんきな笑顔でそう返すミール。一同は「へ?」という声を上げ、目を丸くする。
それに応えて機械竜を見上げ、指を一本立てて、ふふっ、と笑ってこう続ける。
「もう決着は・・・ついてますよ。」
「さすがはきらりん殿だな、あのブレスをあっさりと看破するとは!」
「ああ、大したもんだ。ミールとも合流できたし、あとはコイツを片付けるだけだ!」
見ればオグマとリヴィアスが機械竜の鼻先に浮かんでいる。オグマがリヴィアスに肩を貸し、
そのリヴィアスが
「あいつら・・・何を!?」
「おいおいおい!ヤバいぞそこは!」
「何を・・・?」
彼らの危惧の声に応じるように、機械竜はその口をぐわっ!と開ける。ブレスが来たら
二人とも消し飛ぶというのに!
その瞬間だった。オグマは手にしていた短剣を、ぽいっ!と竜の口の中に投げ入れる。
-魔剣”ナタルコン”を!-
「あ!!」
「ああああーーーーっ!」
「おお!」
一斉に驚愕の声を上げるきらりん達。その手があったか!という感情を存分に込めて。
彼らの仲間に一人、その身に全く水分を有しないメンバーがいたじゃないか!金属と宝玉と
暗黒闘気で構成された頼もしい彼にとって、その恐るべき”シ”が今となっては単なるそよ風に
過ぎない事をきらりんが証明したばかりじゃないか。
「じゃ、頼むぞナタルコン!」
そう言って緊急離脱するオグマ達。竜の口の中に残ったナタルコンは、その喉の奥から
一本のノズルがにゅっ!と出るのを認める。
『なるほどな。それが”シ”とやらの発射口か。』
オグマもリヴィアスも戦いの最中、敵のブレスを封じるべく竜の口の中を何度も狙ってはいた。
だが、中から吐き出されるモノの正体が見えない以上、思い切って口の中に突っ込むことが
出来ないでいたのだ。
だが、今は違う。さぁ、借りを返す時!
『シ』
『
わずか30cmの間合いから、双方の技が発射され、そして交錯する。
-ベコォン!-
機械竜の顔が大きくのけ反る。喉の奥の発射口に真空呪文が直撃し、そのノズルを
完全にひん曲げ、押しつぶしたのだ。
虚空を薙いだ”シ”。それがこの恐るべきブレスの、最後の一発となった。
「シ・シ・シ・シ」
懸命にブレスを吐こうとする機械竜。しかしその口からブレスはが発せられることは無く、
己を固めた氷を消すことも、きらりん達を攻撃することも叶わない。ただただもがき、あがく。
そんな彼の遥か上空、リヴィアスによって舞い上げられたオグマが、ついに光の闘気を
全開にする。この戦いの決着をつけさせてもらう!
リヴィアスがオグマを離し、落下を始めるオグマ。狙うは氷で固められており関節で力を
逃がせない肩口から心臓への位置!あそこに水晶のようなものが見えており、おそらく
そこが奴の急所に違いない、狙いを定めて落下しつつ、闘気を頭に集める。
「
光の頭槌が輝き、まるで流星のように一文字に落下する。高度により位置エネルギーを
得た、どたまかなづちのメテオが今、戦いに終止符を打つ!
「行っけーーーーっ!」
「ぶちかませい!」
「食らうがいいわさ!」
拳を握りしめて叫ぶ一同。ようやくこの恐ろしい敵を倒せる!そしてようやく魔界から来た
全員が一堂に会する、その瞬間を今、刮目して見る!
-ガッキイィィィ・・・ン-
「な・・・何!?」
オグマの光の頭槌は、機械竜に直撃する寸前で止まっていた。青い光を発する剣と、
その剣を握った若者の、恐るべき力を秘めた一撃で!
「グガァァッ!?」
なんとオグマがその若者の一撃に弾き飛ばされる。あの
撃ち付けた必殺技を止めるのみならず、弾き返すだと・・・?
森の中まで飛ばされ、木に背中を打ち付けて止まるオグマ。その彼の元にナタルコンが
飛んでくる、オグマを弾き飛ばした若者から目を切らずに。
『なんだ・・・あの化け物は!?』
両拳に青い光を纏って、機械竜の傍らに着地したその若い戦士は、一同に剣をかざして
強い調子でこう叫んだ。
「オレの恩人の竜水晶さんに、何をするっ!!」
状況をまぜっ返しに登場したのは・・・誰だ?(すっとぼけ)