「おおおお・・・何と神々しいお姿じゃ。」
空に浮かぶ女神のごときシアの姿を見上げながら、鬼面導師ブラスは思わずそう発する。
彼らモンスターにとって精霊はまさに別世界の、そして羨望の存在だ。姿形を別にしても
神の加護を受ける彼女らは、魔の力でその心を凶暴にする自分たちのまさに対極に位置する者。
まして理性が強く、かつて勇者によって魔王の邪悪から解き放たれたことをよく理解する
彼にとって、天の使者はまさに崇めるに足る存在であった。酔いが覚めきらぬのも手伝って、
まるで少年のようなキラキラした目で精霊を見上げる。
そしてその目と真逆の炎を滾らせて、精霊”輝きのシア”を睨み上げるオグマとナタルコン。
「輝きのシア!俺を、俺達を覚えているかあァァァッ!」
ナタルコンをかざしてオグマが吼える、己が旅に出た目的でもあるその仇敵の登場に
否応なしに全身の血が沸騰する。父の、集落の皆の仇!
『魔界皇ヒュンケルの懐刀・・・そして英雄ガルドの子孫、ダルタレクの子息。
あの無力な弱き者たちが・・・地上まで赴いたというのですか・・・?』
-びりぃっ!-
”弱き者”という屈辱の表現、そして自分とナタルコンを”誰かの何か”という認識でしか
捉えていないことに、さらに激高するオグマ。
(落ち着けオグマ、それではあの時と同じぞ、父の教えを忘れたか?)
心に響くナタルコンの声。思念波を使ったその説得にオグマはあっ!と我に返る。
そうだ、かつてこいつと対峙した時、自分の光の闘気とナタルコンの暗黒闘気が相殺
しあった結果、俺達は”無力な者”の烙印を押されたのではないか。
そして父の言葉。「敵を憎むな、敬意を持って、己の全てを用いて相対しろ」の教え。
それも忘れて今、自分は感情の任せるままに暴れようとしていた、なんと無様な事か。
そうだ、父自身が言っていた。ワシを倒したその強さを褒めよ、と!
(そうだ、闘気を押さえろ・・・今は、溜め込む時だ!)
すっ、と闘気を抑える。そうだ、こんな憎しみで濁った光の闘気になんの威力があろうか。
そしてそれがオグマの全身の力をもふっ、と抜く。まずはナタルコンのターン!
だが、オグマと同時にナタルコンもまた、その暗黒闘気を収めて行った。闘気を収めた
一匹と一振りは、今まさに”無力な者”へとなり下がる。
『ふ、ふっふっふ、ふわっはっはっはっはっは・・・』
いきなり高笑いを始めるナタルコン。それは虚勢でも挑発でもなく、ただただ上にいる
間抜けをあざ笑う声。
『聞いたかオグマよ、我らを未だに”弱き者”とほざきおる、あれが精霊、神の使徒よ。
なんとも間抜け極まる話では無いか、ふははははははははは・・・』
オグマもまた、その笑いの意味を理解し、ふっ、と笑みを浮かべる。そう、相対する敵
”輝きのシア”の成り立ち、立場、そしてその使命を考えたら、今の自分たちをそう評するのは
自惚れを差し引いてもなお、なんとも愚かしいではないか。
『弱き者達よ、故にあの時は見逃しました。ですが今、地上に赴いたあなた方を見逃す
訳にはいきません。』
シアが両手を左右に広げる。それと同時に彼女の周りに現れる無数の光!それはすぐ
形を成し、シアを少女にしたような姿に変化する・・・その数100以上!
クスクスクス・・・
うふふ・・・あはははは。
にゅふふふふ♪
キャッキャッ・・・ヒャアハハハハ
光の無い目で笑う使徒、それはシアの”石化の呪文”に命を宿した、生きた呪いの形。
かつてダルタレクを含むオグマの集落の皆を石に変えた、忌まわしき存在。
シアは手を上げ、それをオグマ達に向かってかざす。それを合図に100体以上の使徒が
一斉にオグマに向かって飛んでいく。薄気味悪い笑いを絶やさぬままで。
『オグマ!思い知らせてやれいっ!!』
「応!やらいでかっ!!」
喝に応えてナタルコンを鞘に納めると、かっ!と目を見開いて光の闘気を全開にする。
ここまでの機械竜やダイとの戦闘で、闘気だけはナタルコンと高め合って最高潮に達している、
オグマの周辺数mに渡って、斬るように鋭い光の闘気が身を覆う。
「
兜に込めていたトベルーラを発動させ、使徒の群れに真正面から突っ込んでいくオグマ。
両者の距離が瞬時にゼロになる・・・その時!
-パリパリパパパパパァリィッ-
オグマの闘気に触れた使徒どもは、まるで火花のように弾け飛んで消える。呪文である
彼女らは光の闘気に触れた瞬間にその存在を威力ごと消し飛ばされる。
降り注ぐ使徒をまるで雨を傘で弾くようにまとめて蹴散らしたオグマは、そのまま飛翔呪文で
シアの目の前、わずか50cmの所まで飛んで行き、息がかかる間合いでその目を眼光で射抜く。
『そんな・・・』
驚愕するシア。かつて無力だったものが今、100以上の我が使途を瞬時に消し去るなんて!
浮いたまますっ!と間合いを取るシア、再び手を左右に広げ、多数の使徒をもう一度生み出す。
「行くか、ナタルコン!」
そう言って闘気を抑え、ナタルコンを抜くオグマ。それに応えてナタルコンが暗黒闘気を刀身に纏う。
『うむ、とくと見せてくれよう!』
シアの精霊が再びオグマ達を襲う。だがそれはナタルコンの発した真空呪文によって
たちまちに渦に巻かれ、接近することもままならないまま彼らの周りを回転する。
『見よ、
ナタルコンが2発目の竜巻を放つ、最初のとは逆回転の渦を!それに巻かれた呪文共は
まるで回転臼にすり潰されるように崩壊していく。
それはロモスで相対した強敵、獣王クロコダインの技である”獣王激烈掌”を取り入れ、
ナタルコンなりにアレンジした技だ。
渦が収まる頃、あれだけいた使徒どもは綺麗さっぱり居なくなっていた。
『・・・一体、あなたたちは・・・?』
愕然とするシアの前まで再度飛んでいき、その目を見据えてオグマが告げる。
「呆れたな。ニカやイタ、レムに何も聞いていないのか?」
シアと同じ精霊”天の8行”。オグマ達は旅の中でそのうちの3人と巡り合った。時に戦い、
時に救われ、あるいは同じ時間を過ごした。その中で彼女たちは確かにオグマとナタルコンの
強者たる事実を知った筈なのだ。
だが、目の前のこの精霊は、それすら聞き及んではいなかった。
『なんとも愚かよな、仲間と連携する事すら意図に無い、まさに神の傀儡よ。これを
間抜けと呼ばずに何を間抜けと呼ぶのか。』
「確かに俺達は、いや、俺はあの時弱かった。だが旅に出て、自らを鍛え、強敵と戦い、
様々な出会いと彼らの物語を知って、日々強くなっていった。そんな当たり前のことを
お前たちは何故考えもせず、未だに俺達を”弱き者”だと思ったのだ!?」
その二人の言葉に顔を歪めるシア。そうだ、彼らは進化する魔の存在、悠久の時で
強くも弱くもなれない自分達とは異質の者たちなのだ。
どうして彼らを未だ弱きものと思ったのか、かつて天界で
”争いのたね”を失った時、確かに自覚したはずだった。
-魔界、一筋縄ではいきません-
私は何を己惚れていた?神から新たな力を与えられ、それで魔界の者など一蹴できると
信じて疑わなかった。私だけではない、他の7行たちも皆そうだ。
だが彼らは違うのだ。自らを研鑽し、鍛え、成長して強くなる。そんな自分達には敵わぬ
力を持つ、まさに”力こそが正義”の魔界で生まれた、無限の可能性を持つ恐るべき存在。
だからこそ魔界を閉じる必要があったのだ!あのヴェルザーやバーン以上の存在を生み育てる
土壌をこそ無くすために!
『弱き者・・・それはどうやら、私たちの方だったよう・・・ですね。』
シアはオグマ達にそうこぼす。自ら考えず、神の命に従うだけの存在。特別な力を
ポンと与えられ、その力に酔いしれて生殺与奪を欲しいままに出来ると思い込む、まるで
子供の妄想のような都合のいい思考・・・まさに疑うべきも無い”弱者”の考え方ではないか。
「聞きたいことがある!わが父や仲間の魂は無事なのだろうな!」
まずオグマが問う。彼の目的のひとつが、かつてシアに石化された父や仲間の開放、
その為には石化の解除法と、彼らの魂の健在を確認しておかねばならない。
『答えるわけには・・・いきません。』
目をそらしてそうこぼすシア。だがその反応は逆に雄弁に回答を物語っていた。
もし元に戻すことが不可能ならわざわざ言葉を濁す必要はない、『できません、諦めて下さい』
と言えばいいだけだ。逆に言えば魂を戻し、石化を解除して彼らを再生する事が可能だからこそ、
そう言わざるを得ないのだ。
それもまた彼らがミールやロズテナーから学んだ言葉の誘導、心理を知るための手段、
旅にて得ることが出来たひとつの”強さ”。
『もうひとつ問う!神の涙が次に具現するのはいつのことだ!』
今度はナタルコンが問う。神に通じる精霊ならばそれは知っているはずだ、ナタルコンが
是非とも落とし前を付けたいと願う奇跡のアイテム、その情報を引き出すべく。
『神の涙・・・そうでした。貴方はそれも目的の一つでしたね。』
シアはふっと力を抜くと、少しだけ距離を取り、そこから声のオクターブを一つ上げて
眼下に叫ぶ。
『聞いた通りです、勇者ダイ、魔賢者ブラス。彼らの目的は”神の涙”の抹消!』
「な、なんじゃとおぉぉっ!!」
ブラスが天を見上げて思わず叫ぶ。先刻から彼に頬をハタかれてようやく目覚めたダイもまた
その言葉に驚愕の表情を見せる。
「ゴメちゃんを・・・殺させて、たまるかあっ!!」
よろめきながら立ち上がると、そのまま
間に割って入るダイ。
『では、後は任せました、勇者よ。』
シアがそう言い残してその身を天に浮かばせる。オグマは追撃しようとしてそれが叶わない。
目の前の勇者から意識を外せば、その一瞬で地に叩き伏せられるだろうからだ。
『”強き者”達よ、次こそは必ずあなた方を止めます-』
シアは天に消える直前、そう一言、オグマ達に残していった。
「そういう事か!お主ら、やはりまだゴメを狙っておったか!」
下ではブラスがでろりん達に杖を向けてそう返す。彼らは良くも悪くもゴメと多く関わり
その価値をよく知る小悪党だ。だからこそ魔界の者と結託し、再びゴメの力を悪用せんと
しておるのか、と理解する。
無論彼らにそんな気は毛頭ない。だが、過去の悪行と言う奴は基本どこまでも付いてくる。
特にブラスのような直接関わった者にとっては、その印象はいつまでも消えないものだ。
見ればラーハルトもようやく正気に戻り、その槍を杖にして立ち上がる。
背中を負傷したリヴィアスもまた痛みに耐えつつ体を起こし、傍らにいるミールと
ずるぼんに支えられながら槍を構える。
再び対峙する両陣営。両者に緊張が走る・・・その時!
「待たれよ双方!この喧嘩、わしが預かる!!」
テランの森に響く、普段は穏やかなその老人の威風堂々とした声に、一同は動きを止めた。