「この勝負の判定をお願いします、あなたの判断で試合を止めると。」
そのきらりんの言葉に、名指しされたチウは(何言ってんの?)という顔をする。
が、その際にいたポップは安堵顔で「そりゃいいや。」と笑顔を見せると、チウに耳打ちして
こう告げた。
(きらりんちゃん・・・ヤバくなったら試合止めてくれよ、公衆の面前でおしりペンペンなんて
トラウマになっからよ!)
その言葉にチウも当然だと返す。レディに親切なのも我ら獣王遊撃隊のポリシーだ、と。
ポップも、そして他の十傑も皆、ヒムの勝利を確信していた。他の誰が出るよりも
この試合はワンサイドゲームになること間違いなし、と。
(なんせ今のヒムに通用する
◇ ◇ ◇
-1年前-
「
「うおおおらぁっ!ヒイィィィト・ナックルウゥゥゥッ!!」
「って、バッカ野郎っ!何やってんだお前はああぁぁぁぁっ!!!」
ポップの所にふらりと現れたヒムが、なんかメドローア対策を思いついたんで試してみたいと
言うもんだから、広い所で距離を空けてメドローア撃ってやったら、なんと真っ向から拳を
呪文に合わせて来た!消滅の光に瞬時に飲み込まれるヒム。
-バッフォオォォォ・・・ン!-
「あ・・・あの、バカっ!」
自殺行為をしたのは相手とはいえ、顔馴染みが自分の呪文で消滅する光景に思わず目を覆う。
・・・が、手の隙間からポップは見たのは、真っ赤に燃え盛る炎の中で、己の拳をぐっ!と
握って満足そうに微笑むヒムの、無傷の姿だった。
「やっぱブラスさんの言ったとおりだったぜ、ありがとうよ。」
そのメカニズムを単純に語れば、隣接する分子の熱運動をバラバラにして、分子と分子の
結合力を失わせて分子崩壊を起こさせると言うものだ。そのためこの呪文はメラとヒャドを
全く同じエネルギーで合成させる必要がある。
逆に言えばこの呪文、実はメラゾーマやマヒャド級の熱系呪文をぶつければ、分子の
熱運動が均一化して消滅の効果が失われてしまうのだ。ブラスからその可能性を指摘された
ヒムは、メドローア克服のためにポップの放った呪文に真っ向からメラゾーマを宿した
勿論残りのメラ成分はまともにヒムに直撃したのだが、オリハルコンの体を持つ彼に
ただのメラなど何ほどの事もない。
この時から、ヒムに真正面からダメージを与えられる呪文はこの世に存在しなくなった。
◇ ◇ ◇
「それでは!第一試合、始めっ!」
-ごわあぁぁぁ・・・ん-
戦いの
ヒムがリングの中央に位置すると、そのままどっかりと座り込んでアグラをかく光景から始まった。
「さ、何でも撃ってきな。全部跳ね返してやっからよ。んで最後におしりペンペンの刑な。」
右手で(こいこい)のポーズを取ってきらりんを挑発する。
全ての呪文を克服し、オリハルコンの体に闘気技を宿した今の彼に死角はない。少なくとも
目の前の自称魔王ちゃんに己を倒す術は無い、まぁ好きなだけ呪文を撃つがいいさ、と。
きらりんはそれを見て、はぁ、とため息をつく。思えば彼が出てきたのは運が良かったが
こうまで期待以上のリアクションを取られると逆に(いいのかなー?)という思いすらする。
「じゃあ、行きます!」
そう言って紫龍の杖を天高くかざす。ロン・ベルクの補修によってより強力な
備えた杖に魔力を込め、地面に打ち付けて魔法を発動する。
「
瞬間、リング全体に魔法陣が出現する。その魔法陣の淵からは魔力の光が立ち昇り、
リングの魔法陣を底辺に、遥か上空まで円柱状の筒結界が出来上がる。
いきなりの光景に観客がざわつき、ヒムもまた(何だこりゃ?)と周囲を見渡し、
試しに腕をぐるぐる回す。
「これは魔法の効果を反転させる呪文です。例えばこの中で
きらりんの言葉に会場が思わず息をのむ、そんな呪文など聞いたことも無い、本当なのか?と。
「ほう・・・本当らしいな。で、これが何だってんだ?」
ヒムが凍った指先を眺めながら言う。彼はメラ系呪文を備えており、試しに指先に灯してみれば
彼が使えないヒャドになっていた。だが、それが勝負と何の関係が?
「じゃあ、行きます。」
紫龍の杖を突き立てて、両手でヒムに向けて呪文を発動する・・・本当にこのヒト楽でいいわー。
「
そう唱えた瞬間、ヒムの体がアグラをかいたままふわりと浮き上がると、加速しながら一気に
上空に舞い上がっていく。いや、正確には天に向けて”落下して”いたのだ。
「お?うおぉぉぉ・・・なんんだこりゃあぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
「・・・え?」
「何、なんだ・・・!?」
ラーハルトとヒュンケルの嘆きの直後にポップが絶叫する。
「あ、ああーーーっ、そんな手がっ!」
普段のヒムにベタンなど通じるはずもない、多少負荷がかかるくらいで余裕で耐えるだろう。
だがそれが逆に作用し、重力が踏ん張りの効かない天に向かったら、さすがに舞い上がるしかない。
「へっ!味な真似を、だが無駄だよ。
上空でルーラを発動したヒムを見上げて、オグマとリヴィアス、そしてナタルコンが呟く。
「あ、詰んだな。」
「それをやっちゃいけないんだよなぁ。」
『余裕をかましたのが仇だな、オリハルコンの体が泣いておるわ。』
一方の十傑勢は、なんだ、なぜルーラで脱出しない?といぶかしがる中、ポップだけが
事情を察してあちゃー、と頭を抱える。
「ルーラは体から魔法力を放出する魔法・・・それが逆になっちまったってコトは、あーあ。」
「なっ!何だ?俺の魔法力が体に凝縮されて・・・扱えねぇ、どうなってやがる!」
魔法の発動を封じられた、これで魔法陣の圏外に出ない限り、成す術なく舞い上げられるしか
無くなってしまった。
十傑も、会場の観客も、ただただ天を仰いで呆然とするしかない。ヒムはどんどん舞い上げられ
やがて点になって、そのうち見えなくなった。
「さて、ねずみさん・・・チウさんでしたね。」
きらりんがリング外のチウに向けて話す。もはや決着した勝負を止めてもらうために。
「私のマホリグル、普段は上空1000mほどしか効果が届きませんが、今はこの”紫龍の杖”の
力で10倍の距離まで効果を有します。」
「そ・・・それで?」
「あと5分もすれば、あのマネキンさんはこの地の重力圏を抜け、二度と地上には
戻ってこられなくなります・・・どうします?」
そう振られて初めてチウは、そして会場の全員は最初にきらりんが言った言葉の意味を
理解する。今ここにいないヒムに変わってギブアップ宣言をしてもらう為に、彼の上司のチウに
その判断を委ねたのだ。
「な・・・何と!あれが、まさか!」
ゲスト席でブラスがそう唸る。隣にいたラバーとラクーが思わず「何が?」と問う。
「手に負えない程に強大な敵を、宇宙に追放する呪文!伝説だとばかり思っておったが・・・」
それは魔王軍時代に小耳に挟んだ噂、てっきり作り話だと思っていた超呪文が今、目の前にある!
その事実にブラスも遊撃隊の面々も、仲間のヒムを案じてチウに視線を移す。
チウのみならず、十傑の面々は全員凍り付いていた。どう考えても楽勝だと思っていた試合の
まさかの絶体絶命の窮地に、認識を改めざるを得なかった・・・甘かった!
いくら見た目が少女でも、あそこにいるのは恐るべき知恵と力を備えた魔王だ、と。
かたやオグマ達はある種の安堵を感じていた。きらりんが出る以上最も恐れていたのが
ゴングと同時に呪文を使うヒマなく速攻で攻撃される事だった、特にあのラーハルトあたりは
その可能性が強く、できればきらりんの容姿に油断してスロースタートになる事を期待していたが
まさかアグラまでかかれるとは思っていなかった。後ろではミールやでろりん、ずるぼんが
ほっ、と胸をなでおろす。
むむむ、と顔をしかめて悩むチウ。ヒムちゃんの実力を信じたいが、このままでは今生の
別れとなってしまう。だが彼ならひょっとしてこの窮地をなんとかするんじゃ、という
希望的観測に囚われて判断に窮していた。
そんな彼の心配を察してか、観客席から一人の女性がすとっ!と闘場に降り立つ。
「メルル、どうした?」
ポップの妻、メルルが水晶玉を持って駆けてくる。取り押さえようとした大会役員を
アバン達に「いいから」と制してもらい、彼らのもとまでやって来た。
「ヒムさんの状況、これでお見せします。それで判断をされては?」
その意見に頼みます、と頭を下げるチウ。答えてメルルは会場を見回し、国王席の正面の
1階席と2階席の間にある広めの壁に向かい、水晶玉を掲げて念を込める。
水晶玉が輝き、そこから発せられた光が壁に映像を大きく映し出す。そこにはまさに
舞い上げられつつあるヒムの姿が鮮明に映し出され・・・出され・・・
「ぶーーーーっ!!」
「ぎゃははははははっ」
「ぶわっはっはっはっは・・・ひひひひぃっ!」
会場に巻き起こる大爆笑。王族も民衆も、警備兵も皆、そこに映った姿を見てまず笑い、
その後にヤンヤの歓声を飛ばす。
十傑チームも皆笑っている、クロコダインは大口を開けてガハハ笑いし、ヒュンケルと
ラーハルトはクールなフリをしようと懸命に笑いをこらえる。奴らしい、流石ヒム、と。
その映像にオグマもリヴィアスも、おお!その手があったか!と拳を握りしめて感心する、
かつてサルトバーンで俺達や魔界の強者、そしてあのケプラスやガノイザーすら翻弄した
きらりんの初見殺し魔法に抗うヒムの姿に感じ入る。
リング上のきらりんはその光景を見て「うわー・・・」という顔。開いた口が塞がらず、
呆れ汗をだらだら流している・・・やっぱあの人、イヤだぁ・・・。
-ガッシャガッシャガッシャガッシャガッシャガッシャ・・・-
「うおぉぉぉぉぉらあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
空中に舞い上げられながら、ヒムは懸命に
円を描いて空気をかき分け、両足をガニ股に開いては突き出して足の裏で空気を押し出す!
全身を揺さぶりながら、空中を懸命に泳ぐ!泳ぐ!!泳ぐ!!!
(あの結界、リングと同じ大きさだった!あの外に出ればもうこっちのもんだ!おらおらおらぁ!)
事実、ヒムの体は少しづつではあるが、結界の端に近づいていた。華麗さの欠片も無い
根性だけの一手が、まさかの逆転の手段になりつつある!
(うっしゃぁ、イケルぜ!こりゃだいごの奴に感謝しなくっちゃな!)
かつてヒムはデルムリン島で、遊撃隊10番の大王ガマ”だいご”に泳ぎを教わったことが
あった。無論オリハルコンの彼が泳げるはずも無かったが、その動作だけは生かせる場所が
あったのだ。今、この場が!
「いっけー!ヒムちゃん、もうちょっと!」
「根性ですよーーー!ヒムさんっ!」
チウに続いて、アバンが変なポーズを取りながら檄を飛ばす。
「ゲコゲコォッ!!」
ゲスト席からダイゴが歓喜の声を上げて飛び跳ねる。
「「泳げっ!泳げっ!泳げっ!泳げっ!泳げっ!泳げっ!」」
会場に鳴り響くおよげコール。当初の予定とは全く違った大盛り上がりがロモスの
コロッセオを熱狂の渦に包む。
あと5メートル・・・4m、3m、2m。徐々に結界のふちまでの距離が詰まる。もう脱出は
間違いないだろう。と、その時誰かが拍手を始めた。それに応えて会場は拍手の渦に包まれる、
まだ脱出してはいないが、懸命な努力が実る瞬間を祝うべく我先にと手を叩く観客たち。
あと1m・・・50cm・・・・そしてついに、ヒムの指先が魔法陣の縁をかすめる!
-ばしゅっ!-
「・・・」
その瞬間、ヒムは、映像からかき消えた。
出てからルーラで飛んだとかでは無い。彼は遥か上空で、文字通りにいきなり消え去ったのだ。
呆然とする会場内。チウもダイも、オグマもリヴィアスもミールも、何が起こったのかを
理解できないでいた。
全員の注目がきらりんに集まる。だが彼女も「え?え??え???」という顔で目を
ぱちくりさせるだけで、何が起こったのか全く理解が出来なかった。
やがて会場は、この勝負の行方を案じてざわつきはじめる。
◇ ◇ ◇
-ザッザッザッザッザッザッザッ・・・-
「んなっ!?」
ヒムは思わず叫んだ。今の今まで空中を泳いでいたのに、いきなり地面に寝た状態で
土を掻いていたのだからむべなるかな。
突然の場面転換に意識が付いて来ない、立ち上がって周囲をきょろきょろと見回す。
「あんの小娘、俺をどこかに転送でもしやがったか?」
だがそれも違うな、と思う。あの上空まで続く反転魔法に加え、そこまで届かせるベタンを
併用して、さらに見知らぬ場所まで自分を移動させるなど、どれだけ魔法力があっても
無理だろう。
「それにしても・・・なんだここは、嫌な空気だぜ。」
周囲を見渡して思わずこぼす。地には花が咲き乱れ、空気は静謐に澄んでいる。
風も音もなく、だた静寂だけが支配する世界。
そもそも花が咲いているのに虫がいない、いや虫どころかそもそも生き物の気配がしない。
「水清くして魚住まず」ということわざをブラスに聞いたことがあるが、まさにそれを
地で行くようなこの空間・・・いや、世界と言うべきか。
そこはヒムが知る世界とは、まさに一線を画している場所に思えてならなかった。
いやブラスさん、それ違う世界の魔法だからw