「ふ、ふふふ・・・みだがフィガロ、だっぷりど食わらぜて・・・やっだぜ。」
引き上げて来たリヴィアスが濡れタオルで顔を冷やしながら、その腫れあがった顔を
フィガロに向けて親指を立てる。
「はいはい、爽快でしたよ・・・まったく無茶するんだから!」
とりあえずアルキードの旗を収納したフィガロが、感動というよりもむしろ呆れた顔で
兄貴分を労う。以前約束した「胸のすく光景を見せてやる」の約束は果たされたが、なにも
ここまで古風な方法を取らなくてもいいでしょうに・・・
「ダイ様・・・あなだの真名は・・・だじがにお守りじまじた・・・」
向こうではやはりボロボロの顔を冷やしながらラーハルトがダイにそう語る。
勝負が引き分けに終わったことで、敵であるリヴィアスの要求、ダイの真名”ディーノ”を
奪う要求を退けた事を報告する。
「いや・・・俺の問題なんだし、何もここまでしなくても。」
頬を掻きながら、男前が
この戦いの当初、あのアルキードの生き残りがいたことに激しく動揺したダイだが、その後の
リヴィアスの堂々とした態度や
真っ向から張り合ってみせた
パンチの応酬を見せるその姿に、いつしか動揺は感動に置き換わっていた。無論それで胸中の
モヤモヤが消えたわけでは無いが。
ちなみに二人とも
魔法だ。そして打撃を受けて皮膚が腫れ上がるのもまた体が自ら回復しようとするアクション。
つまり、今の彼らにホイミをかけると、体はますますケガを直そうとして腫れがすさまじく
大きくなってしまい、ますます熱を持ってしまうからだ、まずは冷やすのが先である。
「さて、きらりん様。ちょうど頃合いかと。」
そう切り出したのはミールだ。彼女はこの会場で地上の人間たちに、自分たちが何者で
何が目的なのか、それを発表する機会を伺っていた。本来なら先鋒で出た魔王きらりんが
相手を傷つけずにスマートに勝利して、自分たちの印象を良くしてから話す予定だったが、
対戦相手のヒムの消失によりその機を失っていた。
が、次鋒で出たリヴィアスが堂々とした戦いを披露した事、そして最後のど突き合いで
会場が大いに盛り上がったことで自分たちの印象もすいぶん良化しただろう、話すなら
このタイミングがベストと見て取った彼女にきらりんが、そして皆がうん!と頷く。
-ばさっ!-
魔界側の1人がその黒衣を颯爽と脱ぎ捨てると、会場からは「おおおおおっ!」と
どよめきが巻き起こった。リングに歩を進めるのは、青い肌に金緑色のウロコを纏い、
しなやかなカーブを描く竜の尾と耳を持った、どこかエキゾチックな美しさを持った女性。
しかもその姿が12~3歳の少女なのがさらに印象を深めた。あどけない顔にもどこか
妖艶な色気と成熟した落ち着きを備えたその姿に、異形の美を感じ取ってため息をつく。
「地上の皆さん、はじめまして。魔界から来たミールと申します。少し私の話を聞いては
いただけませんか?」
通る声でそう切り出す、その声はきらりんの真空呪文によって増幅され、会場中に響き渡る
ほどの音量と、それでもやかましさの不快感を感じさせない透き通る声質で皆の耳に届く。
-私たちが魔王様を旗印に、この地上に来た理由、それは-
ミールは語る。かつて魔界の都市サルトバーンを父と共に統括していた時に培った
その演説力で。
魔界の危機的現状や天界の精霊の行動、リヴィアスやナタルコンが”竜の騎士”や
”神の涙”を仇として見るその経緯を。きらりんが冥竜王ヴェルザーに見込まれ、その意を
汲んで魔界の為に魔王の大任を引き受けたいきさつを。
そして自分が呪われた体であり、やがて胎児になって消滅する未来が確定していることも。
私たちがいかなる出会いをして、旅をして、戦いを経て、友情を育んで、認め、通じ合って、
今この場に立っているのかを。
会場中がその言葉に聞き入り、それが終わった時には言葉も無かった。魔界が恐るべき
場所であるという思い込み、天界が尊い存在であるという常識、それらを一気にひっくり返す
澄んだ声で語られた爆発宣言。
それはある意味、精霊たちの天啓に対する彼らの「お返し」でもあった。自分たちが
地上に来てからこっち、あの天啓のせいで何かと目の敵にされてきた彼らの、強烈な
反撃の一手でもあったのだ。
幸いこのコロッセオには世界中から観客が詰めかけている。天啓には及ばなくとも、多くの
人間に自分たちの真実を伝えることが出来れば、少なくとも自分たちが絶対悪でない事くらいは
受け入れてもらえるだろう。
やがて会場がざわめきに包まれる。彼女の言葉を受けて、改めて自分たちの心に問いかける。
「確かに・・・ここんとこ地震多いよな。」
「あのニセ勇者一行の娘・・・あの娘が?」
「アルキードの生き残りが魔界に行って、帰ってきて、あの堂々とした態度・・・魔界だよな?」
「私、天啓で聞いた。”魔界の者の言葉に耳を貸すな”って。でもこうして聞いてみると、
まるで、天啓の方が・・・」
夢で告げられた天啓を、目の前に確かに存在する少女が語る言葉が打ち負かしていく。
ミールの演説力もあってその説得力は絶大だった。僧侶や賢者の職にある者すらも
彼女の言い分と天啓を天秤にかけて、尚ミールの言葉を無視できない。
誰もが皆、迷い、困惑し、そして思慮を深める。このまま天界の思惑通り魔界を潰せば
もう大魔王バーンのような恐ろしい存在が現れることは無いだろう。だがその際に
下敷きになるのは、今この場で演説を披露したミールのような、美しく誠実な者も
多数含まれる事になるのだ・・・それを歓迎して、盲目的に天を信じても・・・いいのか?
そんな空気を読んで、ミールはふふ、と笑みを浮かべて仲間の方をちらりと見る。
どうやら上手くいきそうです、と。
「地上の人間たちが天を崇拝しているのは理解しています。ですから私たち魔界に助力して
下さいとは言いません。ですが・・・」
一度言葉を区切り、そこから続きの言葉を紡ぐ。
「私たちと天界の争いを、せめて中立の立場で見守って欲しいのです!」
しん、と静まる会場。彼女たちは自分たちが滅亡に瀕している中で、あくまでそれを
自分たちで解決する決意なのだ。そこまで言われてはさすがに彼女たちを悪として
弾圧する事などできようか。
オグマ達も、さすがはミールだ!と感じ入る。自分たちがどう主張しても人間たちを
納得させることなど出来ないだろう、さすがは我らの賢者ポジションだと感心し・・・
「それが、私が勝った時に望む”願い”です!」
「「ぶーーーーっ!!」」
思わず吹き出すオグマ、リヴィアス、きらりん、そしてでろりん達。
ちょっと待て!まさか戦う気か?もう残り寿命は少ないというのに、こんな所で力を
使ってしまえばいよいよ終わりが近い、ましてや相手はあの傑物たちだというのに、
これでは自殺行為ではないか!
「ミールさんっ!」
「ダメだ!戦いは俺達に任せておけ、お前にはまだまだやる事がある!」
きらりんが、オグマが、他の皆が立ち上がってミールを止めようとする。だが彼女は
穏やかに微笑むと、毅然たる拒絶の空気を纏って仲間たちに告げる。
「私もお役に立たせてください、ご恩返しもしたいですし、何より私も魔界の者として
戦って道を開きたいのです。それに・・・」
一度言葉を区切って目を閉じ、かっ!と見開いて今までにない厳しい表情を見せると
かつてない強い口調で仲間たちにこう告げる。
「この場所は、父と因縁のある者の最後の地。私が
最初のきっかけとなった場所なのです。ここで戦わずにどこで戦いましょうか!」
それは初めてミールが見せた、”自分の物語”に対するこだわりだった。
これまで仲間の為、魔界の為、
ワガママともいえる感情。
妖魔学士ザムザ。かつて父をしてその差を思い知らされた天才、彼に頭を下げざるを
得なかった彼女の父ケートス、そこからミールの物語は始まったのだ。
そして地上に来て、そのザムザが自ら超魔生物として大願成就し、そして散っていった
場所が今この闘技場なのだ。
さらにいうなら、そのザムザが発案した大会こそが、今自分たちが居るこの武術会の
ベースなのだ。まるで道を繋いでいくように辿り着いたこの場所、ならばここで戦うために
自分はあの水槽から解き放たれ、旅をしてこの地上まで来たのではないか。
『ふ・・・ふははははは!お前たちの負けだ。ミールよ、存分に戦うがよい!』
そう笑うのはナタルコンだ。暗黒闘気を揺蕩わせながらも目で笑ってこう続ける。
『なに、誰でもいずれは死ぬ、ならば己が命をかける時を見極め、それに全てを注ぐのが
正しい生き方と言うものだ、お主にとっての人生の晴れ舞台がここだと言うなら全力で輝くべし!』
「ありがとうございます、ナタルコンさん。」
笑顔で会釈するミールに、魔界一同は「そこまで言われちゃしょうがない」と顔を見合わせ、
やるべき行動に移っていく。
「審判さん、少し時間をくれ!彼女の武器を取って来る、この辺に井戸はあるかい?」
会場中の手桶をかき集め、井戸と会場を何往復もして大量の水をリングサイドに並べる一同。
それを見てミールは嬉しそうに微笑むと、手を左右に広げて呪文を紡ぐ。
「
全ての手桶から一斉に水が舞い上がり、空中でひとつの水の塊になると、それが一本の
長い体を持った蛇竜へと変化していく。
-おおおおお!-
その光景に思わずうなる会場。ミールはその水竜に飛ぶと、そのまま竜の体の中に自らを
潜り込ませて竜の頭の上から上半身を出し、十傑のほうを指差して一言こう告げる。
「マァムさん、でしたね。お相手して頂けますか?」
今のミールのイメージはRPG「レナス」のラスボス、ゼイゴス+カイマートの絵面。